第五章:激突の火蓋

嵐真とジャラルがカズラたちの仲間に加わり、これまで以上に強力な戦力を得た一行は、狗奴国の前線に向けて進んでいた。嵐真の馬術と戦術、ジャラルの騎馬戦闘の技術が加わったことで、カズラたちの戦闘スタイルも変化しつつあった。


「これで、俺たちの戦力は狗奴国に対抗できる……。だが、油断はできない。」

カズラは地図を見ながら仲間たちに言った。彼らが目指すのは、狗奴国が戦力を集中している山間部の集落だ。狗奴国は倭国全土を狙って勢力を伸ばしており、その進軍を止めることが今回の目的だった。


「相手は侮れないが、こちらには嵐真とジャラルがいる。俺たちの戦術を駆使すれば勝てる。」

タケルが自信満々に言い、槍を肩に担ぎながら前を見据えていた。


「嵐真たちの力は確かだが、今回の戦いはそれだけではないわ。何か大きな力が狗奴国を動かしている……。その背後にいる者たちの意図を探らなければならない。」

壱与が静かに口を開き、どこか遠くを見つめていた。


「壱与の言う通りだ。狗奴国はただの戦力だけじゃない。何かが動いている。」

カズラは険しい顔で言った。彼の心には、未だに難升米の影がちらついていた。狗奴国との戦いの裏で、倭国内部でも何かが起こっている――その予感はますます強くなっていた。


日が沈み、静かな夜が訪れる頃、カズラたちは狗奴国の前線基地に到着した。基地は山の中腹に位置し、狗奴国の兵士たちが厳重に警戒していた。


「見張りが多いな……どうやって侵入する?」

ハヤテが低い声で言い、周囲を見渡した。


「正面からでは無理だ。少数精鋭で奇襲をかけ、混乱を引き起こしてその隙に全軍で攻める。」

嵐真が冷静に状況を分析し、カズラに提案した。


「それで行こう。嵐真、ジャラル、俺たちで奇襲をかける。他の者たちは後方で待機し、俺たちが合図を出したら一気に攻め込むんだ。」

カズラは指示を出し、作戦を決めた。


「了解だ。」

タケルが力強く頷き、アカリも静かに剣を握りしめた。


「嵐真、ジャラル、行くぞ。」

カズラは剣を抜き、嵐真とジャラルと共に森の中に消えた。


敵の基地近くに潜みながら、カズラは敵兵の動きをじっと見つめていた。見張りの兵士たちは規則的に巡回しており、隙を見つけるのは容易ではなかった。


「ジャラル、お前は馬で敵の背後に回り込めるか?」

カズラが囁くように言うと、ジャラルは静かに頷いた。


「問題ない。俺が背後で攪乱し、嵐真が正面を攻める。それで一気に混乱を引き起こせる。」

ジャラルは自信を見せ、馬に乗り込んだ。


「嵐真、お前は俺と共に正面から突撃する。できるだけ静かに敵を倒し、混乱を引き起こそう。」

カズラは嵐真に指示を出し、剣をしっかりと握りしめた。


「了解だ。お前の合図で動く。」

嵐真は目を細め、カズラの動きを待った。


カズラは静かに息を整え、剣を掲げた。「今だ!」


その合図と共に、カズラと嵐真は敵の基地に突撃した。カズラは素早く見張りの兵士を倒し、基地内に滑り込んだ。嵐真も素早く動き、次々と敵を倒していく。


ジャラルは馬に乗り、敵の背後から奇襲をかけた。彼の素早い槍さばきにより、敵は混乱し、基地内に動揺が広がっていった。


「今だ!全軍、突撃!」

カズラは声を上げ、後方で待機していたアカリやタケルたちに合図を送った。


タケルは槍を高く掲げ、全軍を率いて基地に突入した。彼らの猛攻により、狗奴国の兵士たちは次々と倒され、基地内は完全に混乱状態に陥った。


「よし、これで勝てる!」

カズラは剣を振り下ろし、目の前の敵を打ち倒した。


だが、その時――


「待て!何かがおかしい!」

壱与の叫び声が響いた。


その瞬間、基地内の隠れた場所から黒い影が現れた。巨大な男がゆっくりと姿を現し、その目には冷たい怒りが宿っていた。


「スサラノ……!」

カズラはその姿を見て息を呑んだ。


「また会ったな、カズラ。」

スサラノは冷たい笑みを浮かべ、ゆっくりと前に出てきた。「前回は手加減してやったが、今回は本気で潰してやる。」


「くそ……こいつがまだいたとは。」

カズラは剣を握りしめ、スサラノに向かって一歩踏み出した。


だが、その瞬間、背後から別の声が響いた。


「カズラ、気をつけろ!」

ハヤテが叫ぶと同時に、遠くから矢が放たれ、カズラの周囲に降り注いだ。


「待て、これは……!」

カズラは矢の方向を見つめ、驚愕の表情を浮かべた。


「まさか、内部から……!」


その矢は、狗奴国ではなく、倭国の者によるものだった。カズラはすぐにその意味を理解した。これは、難升米が送り込んだ刺客だ。


「難升米が……裏切ったのか!」

カズラの怒りが爆発した。


「ははは!お前は気づいていなかったのか?お前の国の中でもう戦いが始まっているんだよ。」

スサラノは嘲笑を浮かべながら言った。「難升米が倭国の実権を握ろうとしている。そのためには、お前のような者は邪魔なんだ。」


カズラは剣を握りしめ、スサラノを睨みつけた。「俺がいる限り、そんなことはさせない!」


「なら、俺を倒してみろ!」

スサラノが叫び、再びカズラに襲いかかってきた。


カズラは剣を構え、スサラノの一撃を受け止めた。彼の体に再び天孫の力が宿り、その力でスサラノに対抗した。


「お前を倒して、この国を守る!」

カズラは全力でスサラノの一撃を受け止め、剣を振り上げた。スサラノの荒々しい力が彼の体に重くのしかかるが、カズラは負けじと力を込めた。


「前回とは違うな、カズラ!」

スサラノの目には興奮の色が見えた。彼は笑みを浮かべながら、さらに力強く剣を叩きつけてきた。


カズラの腕に強烈な痛みが走るが、その痛みすらも今は自分を奮い立たせる燃料だった。カズラは呼吸を整え、再び剣を振り下ろす。


「やるじゃないか!」

スサラノが一瞬身を引いた。そのわずかな隙を見逃さず、カズラは前進した。


「これで終わりだ!」

カズラが再び剣を振り上げた瞬間、スサラノの顔に一瞬の驚きが走った。


だが、その瞬間、カズラの背後から別の敵が襲いかかってきた。矢を放っていた狗奴国の兵士が、カズラを狙って接近していたのだ。


「カズラ、後ろだ!」

タケルが叫びながら、槍を投げつけた。その槍は敵の兵士に命中し、カズラへの一撃を防いだ。


「ありがとう、タケル!」

カズラは短く叫び、剣を振り抜いた。その一撃がスサラノの防御を打ち破り、彼の腕を切り裂いた。


「ぐっ……!」

スサラノは苦痛に顔を歪めながらも、その笑みを消すことなく後ろに飛び退いた。


「いい戦いだ、カズラ。だが、まだ終わってはいない……。次に会う時は、もっと楽しませてもらおう。」

スサラノはその言葉を残し、周囲の狗奴国の兵士たちに撤退の命令を出した。彼らは一斉に山中に散り、闇に消えていった。


カズラは息を整え、スサラノの背中を見送りながら剣を下ろした。戦いはひとまず終わったが、カズラの胸には不安が残ったままだった。


「カズラ様、大丈夫ですか?」

アカリが駆け寄り、カズラの傷を見て心配そうに声をかけた。


「問題ない。俺は大丈夫だ。」

カズラは額の汗を拭いながら、アカリに微笑んで見せた。「だが、俺たちはもっと強くならなければならない。スサラノの力は圧倒的だ。今のままでは……」


「それだけじゃないわ。」

壱与が静かに口を開いた。「狗奴国だけが問題じゃない。カズラ、私たちの国の内部に敵がいる。それが明確になった今、私たちは外敵だけでなく、内部の敵とも戦わなければならない。」


「難升米……。彼が狗奴国と手を組んでいるのか?」

カズラは険しい顔で壱与に問いかけた。


壱与は深く頷いた。「難升米は、邪馬台国を乗っ取ろうとしているわ。そして、彼が狗奴国に情報を流していたのも確かね。」


「そんな……!」

アカリが驚愕の声を上げた。「難升米は、倭国のために働いているはずでは……?」


「いいや、彼の目的は倭国を守ることじゃない。」

ハヤテが低い声で続けた。「奴は己の野望のために動いている。狗奴国と結託して、この国の実権を手に入れようとしているんだ。」


カズラは深く息を吸い込み、考え込んだ。「難升米を止めなければ、俺たちは狗奴国に勝てても、国内で戦が続くことになる……。まずは、奴の陰謀を暴く必要があるな。」


嵐真が横で黙って聞いていたが、静かに口を開いた。「カズラ、難升米の背後に何があるのかを探るべきだ。彼が狗奴国とどのように繋がっているのか。それがわかれば、奴を追い詰める手がかりになる。」


カズラは頷いた。「そうだな……まずは難升米の動きを調べる。そして、狗奴国との関係を暴く。そのためには、もっと情報が必要だ。」


「俺が偵察に行こう。」

ハヤテが前に出て、目を鋭く光らせた。「俺は斥候だ。難升米がどこで何をしているのか、必ず探り出してみせる。」


「頼む、ハヤテ。」

カズラは真剣な目で彼を見つめた。「お前の力が今、最も必要だ。」


ハヤテは頷き、すぐにその場を後にして姿を消した。


その夜、カズラたちは撤退した狗奴国の基地に陣を構えた。嵐真とジャラルは警戒を怠らず、周囲を見張っていた。


「嵐真、ジャラル、今日は本当に助かった。お前たちがいなければ、ここまで来れなかったかもしれない。」

カズラは感謝の意を込めて二人に声をかけた。


「俺たちは力を貸すと言っただけだ。」

嵐真は冷静に答えた。「だが、これからが本番だ。難升米の影響力が強まれば、邪馬台国の内部での戦いは避けられない。」


「そうだな。俺たちはまだ狗奴国と戦う準備を整えている段階だが、内部の問題を解決しない限り勝利は遠い。」

カズラは剣を見つめながら続けた。


「それにしても……難升米が狗奴国と手を組むとは。お前たちの国の事情も複雑だな。」

ジャラルが静かに呟き、馬を撫でていた。


「倭国は今、分裂しかけている。」

壱与が静かに言った。「カズラ、私たちがこの国を一つにまとめるには、まだ多くの試練が待っているわ。」


カズラは深く頷き、剣を鞘に収めた。「俺たちは、必ずこの国を守り抜く。そして、難升米の陰謀も打ち破る。」


その言葉を聞いた嵐真は、満足げに微笑んだ。「いい覚悟だ、カズラ。お前がその意志を貫くなら、俺たちも最後まで力を貸してやる。」


その夜、カズラは焚き火を見つめながら、これからの戦いに向けて静かに覚悟を決めた。狗奴国との戦い、そして難升米との対決――全てが重なり合い、カズラの前に立ちはだかろうとしていた。


「俺は、すべてを守るために戦う。どんなに困難でも、この国を必ず……」


カズラの中で燃え上がる決意は、これまで以上に強く、そして揺るぎないものになっていた。

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卑弥呼亡き後の乱世で、神々に選ばれた少年が国を救う! 天城 英臣 @ofura

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