第四章:二つの影

スサラノとの激戦を終え、カズラたちは静かな森の中に戻っていた。燃え残った焚き火の傍で、カズラは息を整えながら、その戦いの余韻に浸っていた。体中が痛んでいたが、それ以上に胸の奥で何かが静かに燃え続けているのを感じた。


「俺が……天孫の力を持っているなんて……。」

カズラは拳を握りしめ、再びその力が目覚めるのを感じようと試みたが、今は静かだった。


「今は無理よ、カズラ。」

壱与が柔らかい声で話しかけてきた。「その力は、おそらく今後もお前を試す形で現れるはず。でも焦らないで。力を制御するには時間が必要だから。」


カズラは壱与の言葉に頷き、剣を鞘に収めた。「俺がもっと強くならなければ、スサラノや狗奴国には勝てない……。この国を守るためには、俺にできることをすべてやらなければならない。」


アカリはその言葉を聞きながら、周囲の警戒を解かずに立ち上がった。「私たちだけでは限界があります。カズラ様、さらに仲間を増やす必要があります。もっと多くの者を集めなければ、この戦いには勝てない。」


「そうだな……。」

カズラは周囲の静寂を見つめながら考えた。


その時、ハヤテが突然口を開いた。「この先に、俺がかつて接触した強者がいる。彼の力は俺たちにとって重要だ。だが、その男は、俺たちとは違う世界で生きてきた。説得は簡単じゃない。」


「強者?」

カズラは興味深そうに問い返した。


「彼の名は嵐真(らんじん)。元は倭国にゆかりのある一族だったが、檀石槐にさらわれ、鮮卑の地で育ったという噂だ。彼は狗奴国とは異なる戦術を持ち、馬上戦闘に長けている。俺たちがこれまで見てきた戦士とはまったく違う力を持っている。だが……」


「だが?」

カズラはハヤテの躊躇に気づいた。


「彼は決して人を信用しない。しかも、鮮卑の友であるジャラルという男と共に行動している。彼らを仲間に加えるのは簡単ではないだろう。」


「それでも……俺たちにはその力が必要だ。」

カズラは拳を握りしめた。「嵐真とその友がどれほど強いか分からないが、戦術の幅を広げるためにも、彼らを説得してみせる。」


タケルは槍を肩に担ぎながら口を開いた。「ふん、面白そうな男じゃないか。馬上戦闘だろうが何だろうが、力で説得するのが一番だと思うぜ。」


アカリが冷たい目でタケルを見た。「それでは、ただの争いを生むだけです。カズラ様が決めた方法に従うべきです。」


「分かってるさ。だが、いつでも準備はできているぜ。」

タケルは笑みを浮かべ、地面に突き立てた槍を見つめた。


その夜、カズラたちは嵐真の居場所を探すべく、山岳地帯へと進んだ。嵐真は人里離れた山中に拠点を構えているという情報をもとに、険しい山道を歩き続けた。


「これが嵐真のいる場所か?」

カズラは険しい岩壁を見上げながら、ハヤテに問いかけた。


「そうだ。この先に彼らの拠点があるはずだ。」

ハヤテは目を細め、周囲を警戒しながら進んだ。


しばらくすると、突然、馬の蹄の音が響いてきた。カズラたちはすぐに身を隠し、音の方向を見つめた。


「来たな……」

ハヤテが低く呟く。


現れたのは、一人の男とその隣に並ぶ黒馬に乗った戦士。男は堂々とした姿で馬上から周囲を見渡し、鋭い目つきでカズラたちを見つめていた。


「俺が嵐真だ。お前たちは誰だ?」

彼の声は低く、冷静だったが、そこには一瞬で周囲を制圧する力強さがあった。


「俺はカズラ、邪馬台国の者だ。お前の力を借りに来た。」

カズラは身を現し、嵐真に向かって一歩踏み出した。


嵐真はカズラを一瞥し、軽く鼻で笑った。「邪馬台国の者か……。今さら何の用だ?俺はもう、倭国の争いに関わるつもりはない。」


「お前の力が必要なんだ。狗奴国が倭国を滅ぼそうとしている。お前たちが加われば、その勢いを止められるはずだ。」

カズラは必死に訴えた。


だが、嵐真は首を横に振った。「俺たちはもう、この国のために戦う理由がない。それに、ここには俺の友ジャラルもいる。彼の意思も無視できない。」


隣に立つ男――ジャラルは鋭い目つきでカズラたちを睨んでいた。彼の背には長い槍が掛けられ、その身のこなしには鮮卑の戦士としての誇りが感じられた。


「カズラ、嵐真の言葉に従え。」

ジャラルが冷たく言い放った。「俺たちはこの地で平和に暮らしている。わざわざお前たちに関わる必要はない。」


カズラは拳を握りしめ、さらに強い声で言い返した。「俺たちはただこの国を守りたいんだ!お前たちだって、倭国のために戦えるはずだ!」


嵐真はその言葉に反応し、カズラの真剣な目を見つめた。しばらくの間、二人は無言で睨み合ったが、やがて嵐真は深いため息をついた。


「分かった……。お前がどれほどの覚悟を持っているのか、俺が試してやろう。」

嵐真は馬を降り、カズラの前に立った。「お前が俺に勝てるなら、力を貸してやる。」


「本気か?」

カズラは剣を抜き、嵐真の挑戦を受けた。


「本気だ。俺がここまで来たのは、ただ強い者と戦うためだ。お前がその資格を持っているか、確かめさせてもらう。」


剣と槍が激しくぶつかり合い、火花が散った。嵐真は驚くべき速度で攻撃を仕掛け、カズラもそれに応じた。嵐真の力は、これまでのどの敵とも異なり、力と技術の両方を兼ね備えていた。


「いい動きだ……だが、まだ甘い!」

嵐真が槍を振り下ろし、カズラはそれを辛うじて防いだ。


「やはり……ただ者じゃないな。」

カズラは息を整え、再び立ち向かう。


その時、ジャラルが少し離れた場所で静かに見守っていたが、彼の顔にはわずかな興味が浮かんでいた。彼もまた、カズラの覚悟と力に何かを感じ取っていたのだろう。


「お前が……俺を試すなら、俺も全力で応じる!」

カズラは剣を振り上げ、嵐真に最後の一撃を放った。


嵐真はその攻撃を受け止めたが、力の差に気づき、一瞬だけ後退した。


「ふん……どうやら、お前はただの若造じゃないようだな。」

嵐真は槍を地面に突き刺し、笑みを浮かべた。


「お前に力を貸そう。ジャラル、どうだ?」

嵐真がジャラルに問いかけると、ジャラルも静かに頷いた。


「面白い……お前たちと共に戦うのも悪くないだろう。」


カズラは息を整え、剣を下ろした。「ありがとう、嵐真、ジャラル。これで俺たちは、さらに強くなれる。」


嵐真は満足そうに頷き、「だが、これで全てが終わりじゃない。お前が本当に国を守れるかどうかは、まだ分からないぞ」と言った。


「それでも、俺たちは前に進むしかない。」

カズラは決意を込めて答えた。

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