第三章:奇襲の夜

夜の闇が深まる中、カズラたちは静かに狗奴国の前哨基地に向かって進んでいた。焚き火の明かりがかすかに見える場所に差し掛かると、カズラは手を挙げ、仲間たちを止めた。


「ここから先は慎重に行く。見つかれば一巻の終わりだ。」

カズラは囁くように言い、周囲を見渡した。敵の数は不明だが、前哨基地は夜も厳重な警戒が敷かれているはずだった。


「ハヤテ、斥候の仕事を見せてくれ。」

カズラが言うと、ハヤテは頷き、静かに前に進み出た。


「任せておけ。見張りがどれだけいるか探ってくる。」

彼は影のように滑るように前方に消え、周囲の木々に紛れ込んだ。


「アカリ、タケル、準備を整えてくれ。すぐに動けるようにしておいてくれ。」

カズラが二人に命じると、アカリは鋭い目つきで剣を握り直し、タケルは槍を構えた。


壱与は少し離れた場所で何かを感じ取ろうと静かに目を閉じていた。彼女は戦闘に直接加わることはないが、彼女の霊的な力はカズラたちを常に導いている。


「何か、感じるか?」

カズラが静かに問うと、壱与はわずかに眉をひそめた。


「敵の動きが不自然だわ。彼らは何かを待っているような……感じがする。」

壱与の言葉に、カズラはさらに警戒心を強めた。


その時、ハヤテが戻ってきた。息を整えながらも、声は冷静だ。「見張りは4人だ。東側が手薄だが、それでも油断はできない。奇襲をかけるには今が最適だ。」


カズラは一瞬考え込んだ後、鋭い目つきで仲間たちを見渡した。「よし、俺とタケルで東側を攻める。ハヤテとアカリは北側から回ってくれ。合図があれば、一気に叩き込む。」


「了解です。」

アカリが静かに頷き、タケルは槍をしっかりと握りしめた。


「壱与、もし俺たちが見つかりそうになったら、すぐに知らせてくれ。」

カズラが頼むと、壱与は目を開け、穏やかな笑みを浮かべた。


「気をつけて、カズラ。」


静かな夜の闇を裂くことなく、カズラとタケルは東側の茂みに潜みながら前進した。基地の見張りの兵士が周囲を警戒しているが、その動きは緩慢だった。


「今だ。」

カズラが小声でタケルに合図を送ると、タケルは素早く槍を構え、一瞬で前方の見張りを無力化した。


「よし、残りだ。」

カズラは次の目標に視線を送った。見張りが再び姿を見せる前に、基地内に潜り込むチャンスだ。


一方、アカリとハヤテは北側から接近していた。アカリは矢を放ち、敵の見張りを静かに倒した。ハヤテも剣を振るい、確実に敵を仕留めていく。


「思ったより少ないな……。」

ハヤテが敵の数を見て眉をひそめた。


「油断しないで。敵は奥にいるかもしれない。」

アカリが鋭く言い、二人は更に奥へと進んだ。


カズラたちが基地に入り込んだ時、突然、内部から大きな叫び声が上がった。


「見つかったか!?」

カズラが振り向くと、兵士たちが一斉に動き始め、彼らに向かって押し寄せてきた。


「くそ……奇襲がバレたか!」

タケルが歯を食いしばり、槍を構え直す。「どうする、カズラ!」


「全員、戦うしかない!」

カズラは剣を抜き、敵に向かって突進した。タケルも続き、二人は数で劣る状況の中、懸命に戦い始めた。


敵兵が次々と襲いかかってくるが、カズラは鋭い剣技で彼らを打ち倒していく。タケルも槍で敵を次々と仕留め、二人の背中を預け合いながら戦っていた。


「ハヤテ、アカリ!こっちだ!」

カズラが叫ぶと、ハヤテとアカリが合流し、四人で敵の中央を突き進む。


「数が多い……!どうすれば……」

タケルが焦りを見せる中、アカリが冷静に言い放った。


「カズラ様、ここは持久戦に持ち込むべきです。焦れば、敵の罠にはまる。」


「持久戦か……。」

カズラは少し考え、アカリの言葉に同意した。「よし、後退しながら、敵を少しずつ削る!」


四人は敵の攻撃をいなしながら、巧みに後退していった。ハヤテは斥候としての経験を活かし、敵の隙を見つけて反撃し、アカリは鋭い射撃で敵の動きを封じる。


タケルもその場で踏みとどまり、次々と襲いかかる敵兵を叩きのめしていた。


しばらく戦いが続いた後、突然、敵の動きが止まった。兵士たちは徐々に引いていき、周囲の静寂が戻ってきた。


「何が起こった?」

カズラは剣を構えたまま、周囲を見渡した。


「何かがおかしい……。」

ハヤテが警戒を強めた。


その時、一人の兵士が前に出てきた。彼はカズラに向かって低い声で言った。


「お前が、カズラか……。邪馬台国の若き英雄か。」


カズラは剣を握りしめ、兵士を睨んだ。「誰だ、お前は?」


「俺か?俺は狗奴国の将、スサラノ。ここで待っていたんだ、お前のような奴をな。」


スサラノ――熊襲の王として知られる存在。彼は冷酷で、荒々しい力を持つ戦士だ。


「どうやら、面白い相手が来たようだな。俺がここにいる理由、わかるか?」


「お前が……狗奴国の侵略の指揮をしているのか?」

カズラは剣を構えたまま、スサラノを見据えた。


「俺はただの戦士だ。この地を奪うのはお前らの弱さだ。だが、お前が強ければ、別の結果になるかもしれないな……カズラ。」


スサラノは冷たい笑みを浮かべ、ゆっくりと剣を引き抜いた。「お前の力を試させてもらうぞ。倭国の未来をかけてな。」


スサラノはその剣を軽く振り、笑みを浮かべた。その動きはまるで猛獣が獲物を見定めるかのように、鋭く、そして余裕があった。


「お前の力が本物か、見せてもらおうじゃないか。」

スサラノの声は冷静で、自信に満ちている。


カズラは剣を構え直し、敵を見据えた。彼の中にわずかに緊張が走る。スサラノの強さは一目でわかったが、それ以上に彼が何か不気味な力を持っていることを感じ取った。


「行くぞ、カズラ!」

タケルがカズラの横に立ち、槍を構えた。


「俺たちもいる。やつに一人で挑む必要はない。」

アカリも矢をつがえ、ハヤテは剣を握りしめた。


「待て。」

カズラは二人を止めた。「これは俺の戦いだ。スサラノが望んでいるのは、俺との一騎打ちだろう。」


「しかし……!」

アカリが口を開きかけたが、カズラの強い意志に押され、言葉を飲み込んだ。


「俺を信じてくれ。みんなが後ろで見守っていてくれれば、それで十分だ。」

カズラは仲間たちに背を向け、スサラノに向かって一歩一歩前進した。


スサラノは楽しそうに目を細めた。「いい心意気だ。お前一人でかかってくるとはな。だが、その自信がどこまで続くか、見せてもらおう。」


カズラは深く息を吸い、剣を構え直した。彼の目はスサラノの動きをじっと追っている。全身に緊張が走り、その瞬間、二人の間に火花が散った。


スサラノが鋭い一撃を繰り出したのは一瞬だった。カズラはそれを紙一重でかわし、反撃に転じた。剣がぶつかり合い、火花が散る。スサラノの剣さばきは非常に重く、力強かったが、カズラも必死に応戦する。


「お前、なかなかやるじゃないか!」

スサラノは楽しげに笑みを浮かべながら、さらに激しく攻撃を仕掛けてきた。彼の動きは荒々しいが、その中に計算された正確さがあった。


カズラは防戦一方になりつつも、一瞬の隙を見つけ、反撃のチャンスを狙っていた。スサラノの剣が鋭く振り下ろされた瞬間、カズラは身を低くし、反撃の斬撃を放つ。


「これで終わりだ!」

カズラの剣がスサラノの体に向かって閃いた。


だが、スサラノは驚くべき反応速度でその攻撃をかわし、逆にカズラの腹部に拳を叩き込んだ。強烈な衝撃がカズラを襲い、彼は一瞬息を詰まらせた。


「ぐっ……!」

カズラはその場に膝をつき、息を整えようとした。


「やはりまだ足りないか……カズラ。お前の力は本物かもしれないが、それだけでは俺には勝てない。」

スサラノは冷たい視線を送りながら、ゆっくりとカズラに近づいた。


「くそ……まだ終わってない!」

カズラは再び立ち上がり、剣を構え直した。だが、その体は明らかに限界に近づいていた。


「カズラ、無理だ!俺たちも戦う!」

タケルが叫び、槍を構えて前に出ようとするが、カズラは必死に手を振った。


「まだ……やる。俺が倒れたら、その時は頼む。だけど……俺はまだ戦える!」

カズラの声には確固たる決意があった。


その時、突然、カズラの胸の中で何かが燃え上がった。それは、彼の中に眠っていた天孫の力――神々の血を引く者に宿る力だった。


目の前のスサラノが一瞬動きを止めた。彼は驚いたようにカズラを見つめ、わずかに後ずさった。


「これは……なんだ、カズラ、お前……」

スサラノは言葉を詰まらせた。カズラの体から、まるで神々の加護を受けたかのような力が放たれていた。


「天孫の血……」

カズラはその言葉を口にし、体の中から沸き上がる力を感じた。彼の剣が光を帯び、その刃はさらに鋭く輝いている。


「これが……俺の力か。」

カズラは剣を強く握りしめ、スサラノに向かって再び立ち向かった。


「面白い!それなら、俺も本気を出してやる!」

スサラノも剣を構え直し、全力でカズラに向かって突進してきた。


二人の剣が激しくぶつかり合い、今まで以上に激しい戦いが繰り広げられた。カズラの動きは格段に鋭く、スサラノの攻撃をかわしながら的確に反撃を加えていく。


「これが……お前の力か!」

スサラノは再び笑みを浮かべたが、その目には確かな危機感が宿っていた。


ついに、カズラの一撃がスサラノの腕をかすめた。スサラノはその痛みに眉をひそめ、一瞬動きを止めた。


「やるな、カズラ。だが、俺はここで終わらない。」

スサラノは後ろに飛び退き、戦いを中断した。


「お前の力を確かめた。それだけで十分だ。だが、次に会う時は、お前を本気で潰しにくる。覚悟しておけ。」


そう言うと、スサラノはその場を後にし、狗奴国の兵士たちも一斉に引いていった。


カズラは剣を下ろし、激しい息を整えながらその場に立ち尽くした。


「カズラ様!」

アカリが駆け寄り、彼を支えた。ハヤテもタケルも驚いた様子でカズラを見ている。


「……俺は、勝ったのか?」

カズラは息を整えながら、仲間たちを見渡した。


「そうだ、お前の力がスサラノを退けた。」

タケルが満足げに笑った。


「だけど、まだ終わりじゃないわ。これからもっと激しい戦いが待っている。」

壱与が静かに言った。彼女の顔には深い憂いが浮かんでいた。


「スサラノは本当に強い。だが、お前はそれ以上に強くなれるわ。」

壱与はカズラをじっと見つめ、その手を優しく握りしめた。


カズラは彼女の手を握り返し、静かに頷いた。「これからも戦いは続く……だけど、俺は必ずこの国を守り抜く。」

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