第二章:影の中の誓い

夜明け前の薄暗い森。鳥たちがわずかに鳴き始め、冷えた空気がカズラたちの肌に触れていた。焚き火は消えかけ、静寂が辺りを包んでいる。カズラはまだ眠れず、剣を磨きながら考え込んでいた。


「俺たちが立ち上がったとしても、今の人数では狗奴国に対抗するのは難しい……。」


タケルが加わったことで一歩前進したものの、カズラの胸には焦りが募っていた。敵は容赦なく迫ってくる一方で、仲間を集めるのは容易ではない。彼は剣の刃をじっと見つめ、手の中でその冷たい重みを感じていた。


「カズラ、もう少し休んだ方がいいわ。」

壱与の声が響く。彼女は眠っていないらしく、夜空を見上げていた。


「……そうだな。でも、眠れないんだ。」

カズラは剣をしまい、壱与の隣に座った。


「あなたが思っている以上に、重い運命を背負っているのは分かるわ。でも、焦らないで。私たちが信じる限り、力を貸してくれる仲間は必ず見つかる。」


「そう願いたいな……。」

カズラはため息をついたが、壱与の静かな声に少し救われる気がした。


その時、突然、遠くからかすかな音が聞こえてきた。枝が折れる音だ。カズラは反射的に剣に手をかけ、音のする方へと目を向けた。


「誰か来る!」

アカリもすでに目を覚まし、カズラの隣に立って周囲を警戒していた。


しばらくして、森の中から一人の男が現れた。男はふらふらと歩きながら、手に長い槍を持っていた。体には無数の傷があり、血で染まった衣装が戦の激しさを物語っている。


「おい、無事か?」

カズラは急いで駆け寄り、男を支えた。


「……誰だ……お前は……」

男はかすれた声で問いかけたが、目はすでに焦点が定まらない。


「俺は邪馬台国のカズラだ。お前は?」


「……俺は、ハヤテ……狗奴国の斥候に追われ……仲間が……全員やられた……。」


「ハヤテか。大丈夫だ、今は安全だ。」

カズラは慎重に彼を地面に座らせた。


「アカリ、すぐに水を。タケル、辺りを見張ってくれ。狗奴国の兵が近くにいるかもしれない。」


アカリは素早く水袋を持ってきて、ハヤテに差し出した。ハヤテは震える手で水を口に含み、少しだけ安堵の表情を浮かべた。


「……仲間が全員……死んだ……狗奴国は、俺たちが探っていることに気づいて……襲ってきたんだ……。」

ハヤテは苦しそうに話し始めた。


「それでも、お前は生き残った。何があったんだ?」

カズラは慎重に問いかける。


「俺は……斥候として、狗奴国の動きを探っていたんだ……でも、彼らは俺たちがどこにいるか知っていたかのように、待ち伏せしていた……。」


「狗奴国の動きが素早いのは、何か裏があるのかもしれない。」

アカリが不安げに呟いた。


「もしかすると、内部に狗奴国と繋がっている者がいるのかも……。」

壱与が低い声で続けた。「その情報が漏れている可能性があるわ。」


「それに、奴らの斥候の動きも尋常じゃない。俺たちが動くたび、すぐに察知されているような感じだ。」

カズラは険しい表情で森の奥を見つめた。


「カズラ……」

ハヤテが再び口を開いた。「お前が……お前が邪馬台国の力を持っているという噂を、狗奴国の連中は恐れているんだ……。お前が本物なら、俺も力を貸す……だが、俺はまだお前がそれに足る者かどうか、確かめたい……。」


カズラは一瞬驚いたが、すぐに覚悟を決めた顔を見せた。「それでいい。お前に俺の力を示してみせる。だが、そのためにはお前の知識が必要だ。狗奴国の動きや戦術について、詳しく教えてくれないか?」


ハヤテはカズラの真剣な目を見つめ、少し微笑んだ。「……いいだろう。だが、まずは俺を信じてもらわなきゃな。」


「俺たちは互いに命を預けることになる。信じるには時間が必要だが、今はその余裕がない。」

カズラは手を差し出した。


ハヤテはその手をじっと見つめた後、力強く握り返した。「俺もお前と共に戦う。それが、この国を守るためなら……。」


ハヤテが仲間に加わった翌朝、カズラたちは次の村へ向かう準備を整えた。彼らは狗奴国の動きがさらに活発化していることを知り、その対策を練るために情報を集める必要があった。


「村を一つずつ回って仲間を募るつもりか?」

タケルが問いかける。


「それしかないだろう。俺たちには、時間がないが、力も足りない。」

カズラは地図を見ながら答えた。


「狗奴国の侵攻は止まらないわ。急いで動く必要がある。」

壱与が地図を覗き込んで言った。「でも、焦って動けば敵に隙を突かれるわ。」


「ハヤテ、俺たちがこれから行く村は狗奴国に狙われているか?」

カズラが問うと、ハヤテは地図を指差した。


「この辺りの村々は、すでに狗奴国の斥候が入り込んでいる。奴らは大規模な進軍の準備をしているようだ。だが、この村の近くに、狗奴国の前哨基地がある。そこを潰せば、少しは時間が稼げるかもしれない。」


カズラは地図をじっと見つめ、決意を固めた。「俺たちでその前哨基地を叩く。狗奴国の動きを止めるには、ここを抑えるしかない。」


「少数での奇襲になるが……できるか?」

タケルが鋭く尋ねた。


「少数だからこそ、奇襲が可能だ。俺たちでやるしかない。」

カズラの声には強い自信が感じられた。


壱与は静かに頷き、「私たちには、まだ未来がある。カズラ、あなたが決断したなら、私たちもそれに従うわ」と言った。


「行こう、皆でこの戦いを終わらせるんだ。」

カズラは力強く言い放ち、剣を腰に差し直した。これから始まる戦いが、倭国の未来を左右することを彼は理解していた。


仲間を信じ、そして自分自身を信じることが、カズラにとって最大の試練となる。彼はその重さを背負いながら、次の戦場へと足を踏み出していった。

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