第一章:揺らぐ国、迫る影
邪馬台国の大地を走り抜ける風は、どこか冷たく、重い緊張を運んできていた。夜が明けても、倭国全土に漂う不安の霧は晴れない。女王・卑弥呼が亡くなり、国の中心が失われたことで、連合国の秩序は崩れ始めていた。
カズラとアカリ、そして壱与は、山間にある小さな村に向かっていた。カズラは天照との対話を胸に、これから自分が進むべき道を考えながら歩いていた。
「カズラ様、あの山を越えた先に村があります。」
アカリが指差した先には、深い森が広がっている。村々は次々と狗奴国の侵攻に怯えているという報告が増えていた。
「この国のすべてが崩れかけているんだな……。早く動かないと。」
カズラは静かに言いながら、足を早めた。
「そのためには、仲間を増やすことが必要だわ。」
壱与が穏やかな声で話しかけてきた。「あなた一人では、狗奴国の勢力に対抗するのは難しい。私たちが力を合わせることが大切なの。」
「わかってる。だが、誰を信じていいのかもわからない。」
カズラは険しい表情を崩さなかった。邪馬台国内部での争いが激化しているという噂が、彼の耳にも届いていたからだ。特に、難升米が権力を握ろうとしているという話が、不気味な影を落としていた。
「信じられる者を見極めることも、あなたの役割です。」
壱与はカズラの肩を軽く叩いた。「力は、ただ戦うためだけのものではないのよ。人を導く力でもある。」
カズラは少し驚いた顔をして壱与を見つめたが、すぐに深く頷いた。彼の胸には、確かな覚悟が宿りつつあった。
村に到着すると、そこには異様な静けさが広がっていた。かつては子供たちの笑い声が響き、活気に満ちていたはずの村が、今はまるで廃墟のように静まり返っていた。
「これは……」
アカリが声を漏らし、村の様子に目を向けた。
「狗奴国の影響か?」
カズラは剣に手をかけながら村の中心に進んだ。壱与は少し離れた場所で、何かを感じ取ろうと目を閉じている。
「カズラ様、あれを……」
アカリが指差した先に、一人の男が立っていた。彼の姿はぼろぼろで、疲れ切った様子だった。彼の足元には、村人たちの遺体が散乱していた。
「おい、どうしたんだ!」
カズラは駆け寄り、男に声をかけた。
その男は、ゆっくりとカズラを見上げた。目は虚ろで、どこか別の世界を見ているようだった。
「……すべて……すべてが奪われた……狗奴国が、私たちの村を……家族を……」
男の声は震え、絶望に満ちていた。
カズラはその場に膝をつき、男の肩を掴んだ。「俺たちが、この国を守る。お前たちの仇は、必ず討つ!」
しかし、男は頭を垂れたまま震え続けるだけだった。カズラは拳を握りしめ、胸の奥で熱いものが燃え上がるのを感じた。
「アカリ、何があったのか、もっと詳しく聞き出してくれ。俺は、村の周囲を確認してくる。」
アカリは静かに頷き、男に近寄った。カズラはそのまま村の外れに向かって歩き出した。
村の外れにある木々の中を進むと、突然、何かが視界を横切った。カズラは反射的に剣を抜き、構えた。
「誰だ!」
森の中から現れたのは、一人の若い男だった。彼は素早く身を引き、カズラを警戒するような目で睨みつけている。
「待て!俺は敵じゃない!」
男はカズラを見据えたまま、ゆっくりと剣を構え直した。「お前は、狗奴国の者か?」
「違う!俺は邪馬台国のカズラだ!」
その名を聞くと、男は少し表情を緩めたが、まだ完全には警戒を解かない。「邪馬台国の……カズラ? 名は聞いたことがある。だが今は信用できる者は誰もいない。」
「だったら、俺と剣を交えればいい。お前が敵じゃなければ、分かるだろう。」
カズラは剣を下げずに言い放った。
男は一瞬考え込んだが、やがて剣を納めた。「……俺はタケル。この村を守ろうとしたが、狗奴国の兵に押し切られた。」
「タケルか……」
カズラは剣を納め、彼に近づいた。「一人で戦ったのか?」
「俺一人じゃなかった。何人かの仲間と共に村を守ろうとしたが、みんなやられた。俺も、助かったのはただの幸運に過ぎない。」
タケルの言葉には悔しさと無念が滲んでいた。彼の体には無数の傷が刻まれており、その戦いの激しさが伺えた。
「お前の力が必要だ、タケル。俺たちと共に、この国を守ってくれないか?」
カズラの真剣な眼差しに、タケルはしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。「……俺も、この国がどうなっていくのかを見届けたい。」
「よし、それでこそだ。俺たちと共に戦おう。」
カズラとタケルは、固い握手を交わした。彼の腕には、仲間を失った者の悲しみと怒りが宿っていたが、それ以上にカズラと共に戦う決意が強く感じられた。
その夜、村の外れで焚き火を囲みながら、カズラたちは次の行動を話し合っていた。
「この村だけでなく、他の地域でも狗奴国の侵攻が広がっているようだ。」
アカリが焚き火の光を見つめながら言った。「私たちだけで対抗するのは難しいかもしれない。」
「もっと多くの仲間が必要だな。」
タケルが腕を組み、険しい表情を見せた。「狗奴国の勢いは止まらない。俺たちが立ち上がらなければ、すべてを奪われる。」
カズラは火の中に視線を落とし、静かに考え込んだ。「俺たちには、まだやるべきことがある。だが、壱与が言う通り、俺一人じゃこの国を救えない。もっと力を集めないと。」
「力を集めるだけじゃなく、今の敵を見極めることが重要だわ。」
壱与が低い声で言った。「狗奴国だけでなく、邪馬台国の内部にも危険な影がある。難升米が動き始めているのを感じるわ。」
その言葉に、カズラは一瞬息を飲んだ。天照から聞かされた予言が現実のものとなりつつあることを感じていた。
「難升米か……彼がこの国を支配しようとしているなら、俺たちは両面で戦うことになる。」
カズラは剣を手に取り、光に反射する刃をじっと見つめた。戦いは避けられない。だが、その戦いが終わる時、果たして誰が立っているのか――カズラはその答えを自分で見つけ出さなければならなかった。
「行くぞ。次は、もっと多くの仲間を見つける。俺たちでこの国を守るために。」
カズラの言葉に、壱与、アカリ、そしてタケルが静かに頷いた。彼らはまだほんの少数だが、心には確固たる決意があった。
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