ゲームの最序盤で死ぬ悪役に転生した俺の生きる術

ホードリ

第1話 転生先は…

「…………思い出した」

「え? 何をです?」


 俺は今日、唐突に前世の記憶と呼ばれるものがフラッシュバックした。

 なにか前兆のようなものがあったわけじゃない。昨日も一昨日も子供の遊んで寝る生活を普通に謳歌していたはずだ。

 ただ、頭の中に掛かっていた靄が晴れていく感覚があるだけだ。


 前世の記憶――とは言っても、覚えているのは俺が日本という国で暮らしていたこと。そして、俺には家族が居なかったという事。

 いや、正確には両親が居たはずだ。

 だが、両親は幼かった俺を置いて蒸発。そのあとは親戚の家をたらい回しにされる日常が続いた。

 高校を卒業した頃、俺は就職したあと直ぐに一人暮らしを開始。俺のことを心配してくれる恋人すらできないまま、死因は覚えていないが死んだ。


 まぁ、前世の記憶を取り戻した所で日本に置いてきた家族なんて居ないし、会いたいと思うような恋人や友達もいないので特段意味はない。

 後ろ髪を惹かれるものが無いというのは良い。

 前世で苦しんだ分だけ、今世ではせめて普通の幸せを謳歌していきたい。


「坊ちゃーーん! 無視しないでくださーい!」

「うわぁ!?」


 と、そんな事を考えていると、俺の近くに居た桃色の髪の侍女が耳元で大声を上げた。

 彼女の名前はティティシア・ルーファン。ティティシアでは少々長ったらしいので、愛称としてティティと呼ばれている。

 そして、彼女はこの俺――アルファ・フォウ・アルヴィシスの専属メイドだ。


 そう。何を隠そう今世の俺は大貴族であるアルヴィシス侯爵家の長子である。つまりは親が超大金持ちで、俺は将来この家を継ぐ立場にあるという事だ。

 確か侯爵というのは貴族の爵位の中でもかなり高い順位の階級だったと記憶している。


 このアルヴィシス侯爵家は広大な領地を有しており、俺らの暮らす国――アーテル共和国の中でも五本の指に入るほどに広い土地の支配を許されている。

 ここアルヴィシス領はアーテル共和国の西方に位置する広い平野に作られた領地で、御先祖様たちが躍起になって開拓していったらしく、元はただの草原だったものが今では景観の整えられた都市にまで発展したらしい。

 清流が街の中心を通り、白亜の大理石を用いて作られた建築物の澄んだ色合いから、アルヴィシス領は『水の都』とも呼ばれ、親しまれている。


 ……まぁ、とは言え俺は別に貴族だろうが、平民だろうが穏やかに暮らしていければ良いから、俺の家の立場なんてどうでも良いし、この街を作り上げた過去の栄光もどうだって良い。


「それで? 何を思い出したのですか?」

「あ、えーと……」


 それより目下の問題はこれだ。

 俺は先程、ティティに遊んで貰っていたが、その途中で記憶を取り戻してしまったせいで、思わず『…………思い出した』と口走ってしまった。


 ここで俺が実は転生してたんだ……なんて言っても万が一にも信じて貰えず、子供の戯言とスルーされるだろう。

 だが、仮にこの万が一を引いて信じてもらえた時が問題なのだ。

 実は子供が転生者だった――なんていう有り得ない事を吹聴し、持ち上げられでもしたらたまったものじゃない。此処は誤魔化すのが吉だ。


「そ、そう! 何をして遊びたいか思い出したんだ!」

「あ、そうだったんですね! それじゃあ何をしたいか教えてください!」

「え、えーと……木登り! 木登りしよう!」

「良いですね、木登り!」


 …………く、苦しい。あまりにも苦しい嘘すぎる……。

 そもそもやりたい遊びってなんだよ。しかも、咄嗟に思い付くのが木登りって……。まぁ幼少期も碌に大人に遊んで貰えた記憶もないし仕方がないだろう。

 それに案外ティティも乗り気である。

 なんとか誤魔化せたようで、一安心だ。


「張り切っちゃいますよー! こう見えて、私結構得意なんです、木登り!」

「そ、ソウナンダー」


 やばい。棒読みになってしまった。子供らしく無邪気に凄い!と素直に言えれば良いが、生憎俺には演技力のカケラもない。

 しかし、そんな俺の棒読みを気にする事なく、ティティはメイド服の袖を捲り、裾をたくし上げて木登りの準備を着々と進めていく。


 そんなティティの視線の先――庭の中央に生えた一本の大樹がそこにはあった。


 この大樹は確か元々、先代だか先先代だかの当主が気に入って植えた樹木らしく、現当主である俺の父はこの大樹を伐採したいと考えているらしい。

 俺としては此処まで立派に育った木を伐採するなど勿体ないと思うが、そこはやはり現当主である父の意向を優先するのだろう。


 ティティが登る準備を終わらせ、木の幹に触れた時。

 俺の隣で芝生を踏む音が聞こえた。


「ささ! 他の人……特に、口煩いメイド長に見つからない内に登っちゃいましょう!」

「――ティティ? 何を……しているの……?」

「ピィッ!? メ、メイド……長……。い、いえ別に何もしてませんよ〜。アハハ……」


 俺が視線を横にずらすと、そこに立っていたのは恰幅の良い老婦だった。

 ティティにメイド長と呼ばれた彼女はシャノア・ルーファン。何を隠そうティティにとって、祖母にあたる人物だ。

 ティティとは違い色の抜け落ちたシルバーグレーの髪をお団子にして後ろで纏め、伸ばされた背筋からは往年の貫禄というものを感じさせる。


「そう。何もしていなかったの」

「うん! ほ、ほら……坊ちゃんと遊んでたんですよ!」

「ふぅん……それじゃあ、私ももう歳かしらねぇ。ティティが凄くノリノリで『その木』に登ろうとしてたように見えたのは、私の目の錯覚だったのかしら?」

「ギクリ!?」


 あぁ、ティティ。君はどうしてそこでギクリなどという図星を突かれたような声を出してしまうんだ。

 ほら、見たまえ。

 君のお婆さん……メイド長がドス黒い含み笑いをしているじゃないか。


「ねぇ……ティティ? 私に嘘……吐いてないわよね? もし嘘を吐いてたとしたら、私の育て方になにか間違いがあったという事かしら?」

「そ、それは……その……」

「今、正直に言えば許して上げようかなと思ったのだけどねぇ……」

「登ろうとしてました!」

「そうなのぉ……」


 俺でも分かる。シャノンは今、怒っている。

 語調は優しげだし、笑顔を作っているから勘違いしそうになるが、この人……目が笑ってない!


「ティティ……? 少し、お話しましょうか」

「へ!?」


 そうして、シャノンに首根っこを掴まれたティティは「イヤダァァァ!!!」という声と共に、何処かへと引き摺られていった。


 ご愁傷様……ティティ……。俺が苦し紛れに木登りしたいとか言わなければこんな事には……。


 そう。ティティは犠牲になったのだ。

 俺が吐いた嘘のせいで、彼女はお星様となった。





 その夜――。


「そうだったァァ!!!」


 俺はようやくこの世界について思い出した。


 どうして今の今まで忘れていたのだろうか! 俺の居るこの世界を、前世の俺は知っていたじゃないか! 折角取り戻した前世の記憶を俺は無駄にしてしまうところだった!


「俺のこの顔も! アルファって言う名前も! 俺は全部知ってる! そうだよ、この世界は……《スターゲイズ:コア》の世界だ!」


 今になって思い出した。いや、もっと早いタイミングでこの結論に辿り着くべきだった。俺の周りには《スターゲイズ:コア》の登場キャラクターが居た。

 ティティもシャノンも。アルファの従者として登場した事を覚えている。

 そして、もし俺がこのゲームに登場するアルファと同じキャラクターだと仮定し、同名同性の同じ従者を従える別の人物ではないとするなら……


「アルファ・フォウ・アルヴィシス……ゲームの最序盤で主人公たちに絡む悪役で、しかも第一章のボスに殺される噛ませ犬……ってことになるのか?」


 俺は行き着いた結論に戦慄を覚えた。


 どうやら俺は……ゲームの序盤で死ぬ悪役に転生してしまったようだ。

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