ごはん島に来る女「年の差恋愛小説」

浅野浩二

第1話

日本の近海に小さな離れ島がある。

その島は、ごはん島といって日本に属さない独立国だった。

そこには人口100人程度の人が住んで村社会を営んでいた。

無名の小さな島なので日本では、あまり知られていない。

いつから、この離れ島の村社会が出来たか、その起源はわかっていない。

しかし、一説によると、平家の落人が源氏の追手に殺されないように逃げて来たのが由来という説もある。

ここの村社会では、皆が農耕を営んで自給自足の生活をしていた。

しかし、この村社会には、昔から一つの風習があった。

それは小説を書くということである。

別に小説など書かなくても、生きていけるのに、どんな村社会にも、風変わりな習慣はあるもので、この村の住民は、みな小説を書いていた。

そして、それを皆で品評しあっていた。

ごはん島の住民は、皆、性格が優しく、ごはん村は、極めて平和な村社会だった。

しかし、困ったことが一つあった。

それは、ごはん村には医者がいないことである。要するに無医村である。

そのため、急病人が出ると、最寄りの医師がいる島に、モーターボートで救急搬送された。

しかし脳卒中や心筋梗塞などでは、間に合わず、ゴールデンタイムを逃して死亡してしまうケースも多々あった。

「この村にもお医者さんが居てくれたらなあ」

と、ごはん村の住民は、ため息をもらしていた。

そんな、ある時である。

ごはん村に嬉しい知らせが来た。

「おい。喜べ。ごはん村にお医者さんが来てくれるらしいぞ」

「本当か?」

「ああ。本当だ」

「で、どんな医者だ?」

「なんでも、京都大学医学部を卒業した優秀なお医者さんらしい」

「へー。それは助かるな」

などと村人は期待を持って、ごはん村に医者が来るのを待った。

それから一カ月が経った。

一週間に一度の定期船が、ごはん島にやって来た。

それには、ごはん村の島民が待ちに待った医師が乗っていた。

ごはん村の島民は全員、浜辺に集まっていた。

やがて定期船は桟橋に着いた。

身長168cm体重55kgの小柄な老人が定期船から降りてきた。

「あっ。あの人だべ」

「そうじゃ。写真で見たのと同じ人だ」

村人たちが、全員その小柄な老人に駆け寄ってきた。

「ようこそ。はるばる、この僻地の島に来て下さって有難うございます」

村人たちは、皆、小柄な老人に頭を下げた。

「いえいえ。こちらこそ、よろしく。私は大丘忍と申します。長年、連れ添って一緒に暮らしていた妻が死んでしまい、そのつらい思い出を忘れたいために、この島に住んでみることにしました」

「先生は何科が専門なのですか?」

「私は内分泌、代謝疾患が専門ですが、内科、および外科的治療は基本的なことなら一通り出来る自信はあります」

「それは有難い。この無医村は急病人が出ると、半数近くは死んでしまっていたのです」

「そうですか。では、力不足の私ですが、全力を尽くして皆さまの健康に尽くしたいと思います。私は、この島に骨を埋める覚悟で来ました」

大丘忍はそう言って皆に挨拶した。

「さっ。先生。車に乗って下さい。島を出て行った人の空き家がありますから、どうぞ見て下さい」

そう言って島民の一人が小型トラックのドアを開いた。

大丘忍は、それに乗り込んだ。

小型トラックは島の道を走って診療所に着いた。

大丘忍は小型トラックを降りた。

そこには小さな空き家があった。

大丘忍は、その空き家に入った。

「私はここで診療します。レントゲンと手術用具一式は、どうしても必要です。すぐに、取り寄せましょう。あと、薬品も一通り、そろえなくてはなりません」

大丘忍は毅然とした表情で言った。

「有難うございます。本当に、先生に来て頂いて有難いです」

・・・・・・・・・

その晩は村長の家で大丘忍の歓迎会が行われた。

村長の家には、ごはん島の村民が、みな集まった。

晩餐の料理は豪華なものだった。

「さっ。先生。どうぞ」

村長がコップに日本酒を注いで大丘忍に勧めた。

「有難うございます。では、お言葉に甘えて頂かせてもらいます」

そう言って大丘忍はコップに注がれた日本酒をグイと飲んだ。

「ああ。有難いことだ。ごはん島にお医者様が来てくれるなんて。これからは病人が出ても先生が診てくれるけん」

村民の一人が言った。

「みなは知らんじゃろが大丘先生は凄いお人じゃぞ。大丘先生は京都大学医学部をトップの成績で入学され、主席卒業されたお方じゃ。それだけではないぞ。大丘先生は独学で漢方医学も学び、漢方医学にも精通しておられるんじゃ。若い頃は卓球の選手として国体で優勝までしておる。詩吟も、鷹詠館明朋吟詩会の総範師じゃ」

村長が大丘忍の紹介をした。

「へー。凄いお方じゃな。先生。詩吟を聞かせていただけないじゃろか」

「ああ。ぜひ聞きたいな」

村民の皆が言った。

「そうですか。それでは僭越ながら一曲、詠わせて頂きます」

そう言って大丘忍は、詩吟の「川中島」を吟じた。

「鞭声粛粛~ 夜河を過る~ 曉に見る千兵の~ 大牙を擁するを~ 遺恨なり十年~ 一剣を磨き~ 流星光底~ 長蛇を逸す~」

川中島が腹から出された重厚な節で吟じられた。

皆はあっけにとられて我を忘れて聞き入ってした。

パチパチパチ。

村民の皆が拍手した。

「いやー。素晴らしい。心に沁みる」

「先生。もっと詠ってくだされ」

村民の要求に応えて大丘忍は、

「わかりました」

と言って。

江南の春。白帝城。名槍日本号。寒梅。春日山懐古。春暁。

も吟じた。

「いやー。素晴らしい。こげな、いい先生に来てもらって、ごはん村は大助かりじゃ。有難い。有難い」

皆は涙を流して喜んだ。

「皆は知らんじゃろが大丘先生は小説もお書きになられるんじゃ」

村民が言った。

「へー。すごいな。ごはん村では、昔からの慣習で、二週に一作、小説を発表することになっているんでな。じゃあ大丘先生にも二週に一度、小説を発表してもらおう。それと、どうか皆の書いた小説にも先生のアドバイスをしてくんしゃれ」

村民の一人が言った。

「わかりました。僭越ながら微力を尽くしたいと思っております」

大丘忍の態度は紳士そのものだった。

大丘忍の歓迎会は夜おそくまで行われた。

夜も12時を越したので、村長が、

「では、夜もおそくなりましたので、大丘先生の歓迎会は、これで、おひらきとさせて頂きます」

と言った。

あー楽しかった、いい人が来てくれたもんじゃ、と言いながら、ごはん島の島民は村長の家を出て帰途に着いていった。

雲一つない夜空には満月が出ていた。

・・・・・・・・・・

翌日から、大丘忍の診療所ができた、ごはん村の生活が始まった。

といっても、ごはん村では、滅多に病人や怪我人が出ることはなかったので、大丘忍の生活は大阪でクリニックの院長をしていた時と比べて、のんびりしたものだった。

大丘忍は律儀な性格なので、ごはん村の慣習に従って、2週に1作品、小説を発表した。

大丘忍の小説は自分の生い立ち、や、医学部時代のこと、医学部を卒業して医者になって経験した事を元にしたフィクションの小説が多く、また長年、連れ添ってきた、かけがえのない妻の死を悼んで、最愛の妻との楽しかった日々のことを小説風に書いたものが多かった。

古風な文体だが、大丘忍の小説は医療界のことを知らない島民には新鮮味があった。

しかもストーリーもちゃんと完成させているので、ごはん島の村民は大丘忍の小説を面白い、と言って読んだ。

また、大丘忍は、ごはん島の村民が書いた小説にも目を通し、適切なアドバイスをした。

それまで、ごはん島の村民は他人に作品をボロクソにけなす批評が多かったが、大丘忍はおおらかな性格だったので、そんなことはせず、適切な批評をした。

いい人が来ると、その人の影響で周りの人も良くなる。

ごはん村の住民の心は、大丘忍の影響で、なごやかになっていった。

大丘忍が、ごはん村に来て1年が過ぎた。

ある時、ごはん村の村長が急性心筋梗塞を起こした。

知らせを聞いた大丘忍は急いで駆けつけたが、もうその時には、村長は死んでいた。

村長の葬式が行われた翌日、

「今度は誰に村長になってもらうべ」

と村民は困惑した。

「そんなこと、悩むに値しないことだべ。大丘先生に村長になってもらうべ」

と村民の一人が言った。

「おお。そうじゃ。大丘忍先生に村長になってもらうべ」

と皆、異口同音に言った。

反対意見を言う者はいなかった。

「しかし、一応、法にもとづいて選挙をしよう」

ということになって、新しい村長を選ぶ選挙が行われた。

結果は村民全員が大丘忍と書いたので、大丘忍が、ごはん村の新しい村長になった。

「みなさま。みなさまのご期待とあれば、僭越ながら、お引き受け致します。僭越ですが、私は、ごはん村の発展のために微力を尽くさせて頂きます」

と大丘忍は新任の挨拶で述べた。

こうして大丘忍は、ごはん村の村長になった。

ごはん島に平和な日々が訪れた。

・・・・・・・・・・・・・・

ある時、本土から一週間に一度くる定期船に若い女性が乗って、ごはん島にやって来た。

一人のばあさんが彼女を迎えに来ていた。

「やあ。李林檎さん。よくいらっしゃいましたね」

ばあさんは待ってましたとばかり小走りに女性に近づいた。

ばあさんは99歳の夜雨という。

ばあさんは、ごはん島にやって来て泊まりたいという来訪者を、自分の家に泊めてやっていた。なので夜雨ばあさんの家が、ごはん島の旅館になっていたのである。

「こんにちは。おばあさん」

女性はニコッと微笑んで、ばあさんと握手した。

「何もない島じゃけども、ゆっくり、くつろいでいってくんしゃれ」

そう言って夜雨ばあさんは李林檎を自分の家に連れていった。

それを哲也は、うらやましそうに見ていた。

ごはん島の西には、ごはんビーチという小さな浜辺がある。

しかし、ごはん島は観光スポットにも載っていない無名の島なので観光に来る人はほとんど、いないのである。

しかし、たまに、ごはん島のことを知って、やって来る人も1年に2人か3人くらいはいるのである。

哲也は彼女を見た時からドキンと心臓が高鳴った。

ごはん島には女性が少ないのである。

加えて哲也は生まれつきシャイで、人一倍、女性に飢えていた。

哲也は物心つかない幼少の時から、ごはん島で育ってきた。

哲也の母親はわからない。昔、一人の女がごはん島へ定期船でやって来た。

女はまだ言葉も話せない幼少の哲也を連れていた。女は哲也をごはん島に置いて定期船で帰ってしまったのである。つまり女は哲也をごはん島に捨てにやって来たのである。それ以来、哲也は、ごはん島で一人で暮らしてきたのである。

そのため哲也は母性愛に飢えていた。

「ああ。李林檎さん。李林檎さん」

と、その夜、哲也はなかなか寝つけなかった。

翌日、哲也は夜雨ばあさんの家に行ってみた。

李林檎さんは、いなかったので夜雨ばあさんに彼女がどこへ行ったのか聞いてみると彼女は、ごはんビーチに行ったことを教えてくれた。

哲也は急いで、ごはんビーチに行った。

すると、なんと李林檎さんがピンクのビキニを着て、一人で、キャッ、キャッ、と寄せる波、引く波と戯れていた。

その姿はあまりにも、まばゆく美しかった。

というか哲也には刺激が強すぎた。

ごはん島には若い女性がいないので若い美しいビキニ姿の女性を写真でなく生きた人間で見ることなど一度もなかったからである。

哲也は彼女に気づかれないように松林の陰に隠れてビキニ姿の彼女が波と戯れるのを見守った。

哲也は奥手でシャイなので、とても彼女に話しかける勇気などなかった。

松林の後ろに隠れてビキニ姿の彼女を見ているだけで十分だった。

しかし彼女は松林の後ろで自分を見ている哲也を見つけてしまった。

彼女はニコッと笑って哲也の方にやって来た。

哲也はショック死するかと思うほど焦った。

だが逃げることも出来ない。

「ねえ。ボク。どうしたの。何をしているの?」

彼女は屈託のない笑顔で哲也に話しかけた。

「あっ。ゴメンナサイ」

シャイな哲也は顔を真っ赤にして謝った。

「ふふふ。もしかして私に気があって私を見ていたのかな」

彼女は哲也のオドオドした態度から哲也の心を察した。

「は、はい。そうです」

哲也は焦って正直に答えた。

「嬉しいわ。ねえ。ボク。よかったら一緒に遊ばない。私、一人で退屈していたの」

「し、幸せです。お姉さん。僕、昨日、お姉さんを見てから、ずっとドキドキしていたんです」

「ふふふ。ウブなのね」

「お姉さん。凄く奇麗です。こんな奇麗な人を見るのは生まれて初めてです」

哲也はあられもなく彼女を讃えた。

「それは嬉しいわ。私は李林檎っていうの。よろしくね。ボクの名前は?」

「僕は山野哲也と言います」

「哲也くんも海水パンツを履いて。私一人だけビキニ姿じゃ恥ずかしいわ」

「はい」

山野哲也は、もしかすると、こういう事態になるかもしれないと思って、海水パンツをカバンの中に入れて持ってきていた。

「じゃあ、私は後ろを向いているから」

そう言って李林檎はクルリと山野哲也に背を向けた。

哲也は急いで海水パンツを履いた。

「お姉さん。履きました」

山野哲也の声を聞いて李林檎は、また体をクルリと反転し山野哲也を見た。

「ふふふ。嬉しいわ。ごはんビーチには観光客は来ないとネットに書いてあったから一人でゆったりしようと思ってやって来たのに。こんな可愛い男の子と出会えるなんて。夢みたいだわ」

李林檎はニッコリ微笑んで哲也と手をつないだ。

「ぼ、僕も夢のように幸せです」

李林檎の手の温もりが、しっかりと哲也の手に伝わってきた。

哲也は女と手をつなぐのは生まれて初めてだったので気絶するかと思うほど嬉しかった。

これは哲也にとって生まれてきて最高の幸福感だった。

哲也の脳下垂体からは人間が幸福を感じた時に出る物質βエンドルフィンが出っぱなしだった。

「哲也君。フリスビーをしない」

そう言って李林檎はバッグの中から、フリスビーを取り出した。

「はい。します。します」

「じゃあ、私から離れて」

「はい」

哲也は李林檎を見ながら後ずさりして李林檎から離れて行った。

「はい。そこでいいわ」

哲也と彼女が20mくらい離れた地点で李林檎が言った。

彼女に言われて哲也は立ち止まった。

「じゃあ、行くわよー」

そう言って李林檎はフリスビーを哲也めがけてシュッと投げた。

彼女はフリスビーを投げるのが上手かった。宙を飛行したフリスビーは哲也の胸の前に来た。

哲也はそれを受け止めた。

「じゃあ、哲也くん。私に向かって投げて」

「はい」

李林檎に言われて哲也はフリスビーを彼女めがけてシュッと投げた。

フリスビーは勢いよく飛んで李林檎の胸の前に届いた。

彼女はそれをキャッチした。

こうして李林檎と哲也はフリスビーの投げ合いをした。

投げ合っているうちに、だんだん慣れてきたので李林檎は少しずつ後ろにさがって哲也との距離を伸ばした。

哲也は時々、勢い余って投げ損ねて彼女の正面ではなく前後左右にずれて投げてしまうこともあったが彼女は小走りに走ってフリスビーをキャッチした。

20分くらい二人はフリスビーの投げ合いをした。

「ふふふ。哲也くん。このくらいにしておこう」

「はい」

哲也が投げたフリスビーをキャッチした李林檎は哲也に投げ返さなかった。

「哲也くん。お願いがあるの」

「はい。何でしょうか?」

「私のビキニ姿どう?」

「どう、ってどういう意味でしょうか?」

「私のビキニ姿、似合う?それとも似合わない?」

「に、似合わないなんて、とんでもないことです。似合い過ぎます。美し過ぎます。週刊誌のグラビアに載ったら世の全ての男は、その号の週刊誌を買うと思います。週刊誌の記事を読むためではなく李林檎さんのグラビア写真を手に入れるために」

哲也はまくしたてるように矢継ぎ早に言った。

「ふふふ。そう言ってもらえると嬉しいわ。でも本当かしら?お世辞言ってるんじゃないかしら?」

「そんなこと絶対にありません。僕は生まれてから今まで、お世辞やウソを言ったことなど一度もありません」

哲也は鼻息を荒くして言った。

「ふふふ。じゃあ私のビキニ姿を写真に撮ってくれない」

そう言って李林檎はスマートフォンを哲也に渡した。

「はい。喜んで撮影します」

哲也は李林檎から離れた。

そして、パシャパシャと色々な角度からビキニ姿の李林檎を撮影した。

哲也は本職のカメラマンになったような気持ちになってパシャパシャと色々な角度からビキニ姿の李林檎を撮影した。

李林檎も自分のプロポーションに自信をもっているのだろう、そして撮影されるのが嬉しいのだろう、髪を搔き上げたり、様々なセクシーポーズをとった。

哲也はその全てを逃すまいと一つのポーズにつき10枚くらい撮影した。

雲が出てきて風が吹いてきた。

「哲也君。有難う。楽しかったわ。私、宿にもどるわ。哲也くんと出会えて嬉しかったわ」

そう言って李林檎は哲也の頭を撫でた。

「李林檎さん。僕もあなたのような素敵な人と出会えて最高に嬉しいです」

李林檎はふふふっと微笑んだ。

そうして二人は別れた。

その晩、李林檎はごはん島の旅館である夜雨ばあさんの家に泊まった。

夜雨ばあさんは99歳の腰の曲がったリウマチの痛風の白内障の総入れ歯のばあさんである。

「ただいま。おばあさん」

「お帰り。何もないけんど、ゆっくりくつろいでいきんしゃれ」

「ありがとう。おばあさん」

李林檎は風呂場に行き潮風にさらされた体を念入りに洗って湯船に浸かった。

はー気持ちいい。

十分、湯に浸かって風呂場を出ると脱衣場には、バスタオルと浴衣が置いてあった。

夜雨ばあさんが置いていったのだろう。

おばあさん、ありがとう、と李林檎は言ってバスタオルで体をふいて浴衣を着た。

その晩は囲炉裏の前で、ばあさんが作った、けんちん汁とご飯とタクアンの夕食を李林檎は、夜雨ばあさんと二人で食べた。

「何もなくてすまんのう」

夜雨ばあさんが済まなそうに言った。

「ううん。おばあさん。そんなことないわ。美味しいわ」

李林檎はけんちん汁を啜りながら嬉しそうな顔で言った。

「しかし、あんたも変わった人じゃな。何でこんな何にも無い島に来たんじゃ?」

その問いに李林檎は黙ってしまった。

ばあさんは何か事情があるのだろうと思って、

「すまん。すまん。何か言いたくない事情があるんじゃな。無理に聞いてすまんかった」

と謝った。

「いいんです。たいした事じゃないんです」

と李林檎はばあさんを、いたわった。

夕食が済むと李林檎は、ばあさんが敷いてくれた四畳半の部屋に入った。

さあ寝ようと布団に入ろうとした時である。

トントン。

玄関をノックする音が聞こえた。

夜雨ばあさんは風呂に入っている。

「はーい」

李林檎は大きな声で返事して急いで玄関の戸を開けた。

家の前には哲也が物欲しそうな顔でモジモジしていた。

「あっ。哲也くん。どうしたの。こんな時間に?」

李林檎は意外な訪問者に驚いた様子だった。

哲也は李林檎の問いかけに何も言わず一直線に李林檎に抱きついてきた。

哲也は堰を切ったように、わっと泣き出した。

「お、お姉ちゃん。さびしかったんだよう。どうしても、お姉ちゃんに会いたくなって来ちゃったんだよう」

哲也は李林檎の浴衣にしがみついて泣きながら言った。

まだ甘えん坊なんだなと李林檎は瞬時に察した。

「よしよし。哲也くん。来てくれて有難う。さあ中へ入って」

李林檎は哲也の手をにぎって哲也を家の中に入れた。

さあ中に入って、と言われて哲也は夜雨ばあさんの家に入った。

哲也は李林檎に手を曳かれて李林檎にあてがわれた寝室の四畳半に入った。

李林檎と哲也は寝室で正座して向き合った。

「哲也君。どうしたの。何かつらいことがあるの?」

李林檎が優しい口調で聞いた。

「うわーん」

哲也の涙腺が一気に緩み哲也は泣きじゃくりながら李林檎にしがみついた。

「どうしたの。哲也くん。悩み事があるのなら話して」

李林檎の優しい思いやりに哲也は涙ながらに話し出した。

「お姉ちゃん。僕、人に甘えてはいけないと自分にいい聞かせてきたけれど、お姉ちゃんのような優しい人に会って、その自戒の思いが耐えられなくなっちゃんだよう。僕のお母さんは僕が幼い時、このごはん島に僕を捨てていったんだ。だから僕は、お母さんもお父さんも知らないんだ。それで僕は、ごはん島の人の家に住まわせてもらって、今まで生きてきたんだ。僕は、他の家のお母さんと、その子供が仲良くしている光景を見ると、うらやましくって、やりきれなかったんだ。そこにお姉ちゃんのような綺麗で優しい女の人が来たものだから僕の心臓はドッキンと高鳴ったんだ。でも僕は人に甘えちゃいけない、と自分に言い聞かせていたから、お姉ちゃんとは友達という関係でいようと思ったんだ。でもお姉ちゃんは、あまりにも優しそうなんで耐えられなくて来ちゃったんだ。ゴメンね」

哲也は泣きながら話した。

「そうだったの。哲也くんが、そんなさびしい思いで生きてたなんて知らなかったわ。つらかったでしょうね。私でよかったら私をお母さんと思ってね。私、哲也くんのお母さんになるわ」

そう言って李林檎は哲也の頭を優しく撫でた。

「ありがとう。李林檎さん」

哲也は号泣しながら言った。

李林檎はヒッシと抱きしめていた哲也の頭を倒して両膝の上に乗せた。

「でも哲也くんは立派ね。人に甘えてはいけないなんて自分に言い聞かせてきたなんて。哲也くんは強い子なのね」

「強くなんかないです。僕は、人に甘えてはいけない、という誓いに負けてしまったんですから」

「哲也くん。もう恥ずかしがらないで。私にうんと甘えて」

そう言って李林檎は子守歌を歌いながら哲也の頭を撫でた。

「幸せです。李林檎さん」

哲也は生まれて初めての人間愛を感じながら目をつぶって李林檎の浴衣をギュッと握りしめていた。

李林檎は子守歌を歌いながら哲也の頭を撫で続けた。

1時間くらい経った。

哲也はムクッと起き上がった。

「お姉ちゃん。ありがとう。今日は人生で一番、幸せな日でした。僕もう家に帰るよ」

李林檎はニコッと微笑んだ。

「そう。そう言われると私も嬉しいわ。また来たくなったらいつでも来てね」

「ありがとう。お姉ちゃん。でもこのことは誰にも言わないでね。僕が甘えん坊だと人に知られると恥ずかしいもん」

「言わないわよ。哲也くん」

じゃあ、さようなら、と言って哲也は夜雨ばあさんの家を出て行った。

・・・・・・・・・・・・

翌日の朝から李林檎は夜雨ばあさんの畑と果樹園の農作業をするようになった。

夜雨ばあさんは腰痛と膝痛に悩まされていたので農作業はキツかったのである。

李林檎は優しい心の持ち主なので、

「おばあさん。私が代わりに農作業を手伝うわ」

と言って出たのである。

「ありがとう。せっかく旅行に来たのに農作業を手伝ってくれるなんて。申し訳ないけれど助かるわ」

と夜雨ばあさんは言った。

「ううん。気にしないで。私、いつもデスクワークだから自然の中で汗をかいての農業体験が出来るなんて、むしろ嬉しいくらいだわ」

そう言って李林檎は夜雨ばあさんの果樹園に出て行った。

李林檎がりんごの袋かけをしていると哲也がやって来た。

「あっ。哲也くん。こんにちは」

李林檎は哲也を見つけるとニコッと微笑した。

「こんにちは。お姉ちゃん。夜雨ばあさんに聞いたら、お姉ちゃんは果樹園にいると言ったので来ちゃった。テヘヘ」

哲也は恥ずかしそうに頭を掻いた。

哲也も作業服を着ていた。

「お姉ちゃん。僕も果樹の手入れ、手伝うよ」

哲也が恥ずかしそうに言った。

「ありがとう。じゃあ、りんごに袋をかけていって」

李林檎は哲也にりんごの袋かけの仕方を教えた。

難しい事ではないので哲也はすぐにりんごの袋かけを始めた。

哲也にとっては母親のような存在である李林檎と一緒にいることが幸せだったのである。

「お姉ちゃん」

「なあに?」

「お姉ちゃんはいつまで、この島に泊まっていくの?」

哲也が聞いた。

「そうねえ。いつまでにしようかしら?」

李林檎は少し困惑した口調でためらい勝ちに言った。

「お姉ちゃんには長く居て欲しいな」

テヘヘと哲也は恥ずかしそうに舌を出した。

「そうねえ。どうしようかしら?」

李林檎は返答に窮した。

李林檎は2泊3日で明日、帰る予定だった。

哲也は夜雨ばあさんに聞いて、そのことは知っていた。

「お姉ちゃん。本当は僕、知っているよ。お姉ちゃんは明日、帰るんでしょう?」

哲也は機先を制した。

「いえ。そんなことないわ。確かに予定では2泊3日だったけど、哲也くんと会えたし、もうちょっと泊まっていこうと気持ちが変わっていたところなの」

李林檎は早口で言った。

「お姉ちゃん。無理しなくていいよ。お姉ちゃんは僕の気持ちを察してくれてそう言ってるんでしょ。嬉しいな。でも、お姉ちゃんも帰郷して、やらなくちゃならないことがあるんでしょ。僕ももっと、お姉ちゃんと一緒に居たいな、出来たら、ずーと居て欲しいと思っているけれど、僕も昨夜、家に帰ってから、やはり、お姉ちゃんの優しさに甘え続けていてはいけないと思ったの」

「う、うん。確かに哲也くんの言う通りだけど哲也くんとのことだけじゃなくて、私、他にも理由があって、いつまで、ここに居ようかは、決めないで逃げるように、ここに来たの。それは本当よ。信じて」

「うん。信じるよ。で、そのもう一つの理由って何なの?」

「そ、それはちょっと・・・・」

李林檎は言いためらった。

李林檎の顔に陰りがさした。

哲也はすぐにそれを察した。

「何か言いたくないことなんだね。強引に聞き出そうとしてゴメンね」

「ううん。いいの。哲也くん。でも、それほど、たいした事じゃないから気にしないで」

李林檎は哲也の優しさにほだされて、ニコッと微笑した。

・・・・・・・・・

午前中に果樹園の仕事は終わった。

仕事が終わると李林檎は哲也に、

「さあ。哲也くん。ごはんビーチに行こう」

と誘って夜雨ばあさんの家に行ってビキニに着替え、ごはんビーチに行った。

そして李林檎と哲也は砂浜でフリスビーの投げ合いをしたり、凧揚げをしたり、水上バイクに乗ったりして遊んだ。

そんな二人の関係が1週間ほど続いた。

李林檎がごはん島に来て7日目になった。

哲也はいつものように李林檎に会いに夜雨ばあさんの家に行った。

今日も優しい李林檎さんに会えると思うと小走りに走る哲也の心臓は高鳴った。

「こんにちはー。お姉ちゃん」

そう元気よく言って哲也は夜雨ばあさんの家の戸をノックした。

しかし様子が少し変だった。

いつもなら、すぐに家の中から「いらっしゃい。哲也くん」という李林檎の明るい透き通った声がしてパタパタと玄関に向かう足音が聞かれ戸が開いて「いらっしゃい。哲也くん」と李林檎が笑顔で出てくるのに今日はそれがない。

おかしいなー、どうしたんだろう、と思っているとギイーと戸が開いた。

痛風で腰痛で総入れ歯で白内障で寝たきりに近い、梅干しババアの夜雨ばあさんが、のそりのそりと片足を引きずりながら出てきた。

「あっ。おばあさん。こんにちは。李林檎さんは?」

夜雨ばあさんは哲也の質問には答えず、

「やあ。哲也くん。こんにちは。ともかく、まずは家に入んしゃれ」

と言った。

哲也は家に上がった。

李林檎のために用意された四畳半の戸を開けて哲也は驚いた。

四畳半の部屋は何も無く、もぬけの殻だったからだ。

李林檎の持ってきたボストンバッグも無ければ、壁に掛けてあった、彼女がこの島に着てきた上下揃いの白のスーツも無い。

嫌な予感が哲也の背筋を走った。

「おばあさん。李林檎さんは?」

哲也は夜雨ばあさんに聞いた。

「ああ。彼女はさっき家を出たよ」

嫌な予感が哲也の背筋を走った。

「そ、それで、どこへ行ったの?果樹園?」

哲也の声は震えていた。

「いや。彼女はスーツを着て、ボストンバッグを持って出かけたよ。7泊分の宿泊料です、と言って、7万円の宿泊料も払って。私が宿泊料などいらん、と言ったのに。彼女は、色々と有難うございました、と深く頭を下げたよ。今日は、週に1度の定期船の来る日じゃろ。だから彼女は今日、定期船で本島に帰るんじゃろ」

哲也の顔は真っ青になり背中が凍りついた。

そ、そんなー。

哲也は言葉を失った。

「あっ。そうそう。哲也くんが来たら渡して、と言って彼女は私に封筒を渡したよ」

そう言って夜雨ばあさんは哲也に封筒を差し出した。

哲也は、それを、ひったくるように夜雨ばあさんの手から取ると急いで封を開けた。

中には1枚の便箋があって、それにはこう書かれてあった。

「哲也くん。さようなら。訳あって私は帰ります。哲也くんと夢のような7日間、楽しかったわ。さようなら、のお別れ、も言わずに行ってしまう失礼、非礼、無礼を許して下さい。哲也くんに、お別れの言葉を言ったら哲也くんは悲しむでしょう。哲也くんの悲しむ顔は、どうしても見たくなかったの。だから、どうしても言えなかったの。でも、この7日間、私は哲也くんのお母さんだったわ。そして私がいなくなった後も私は哲也くんのお母さんよ。一生、私は哲也くんのお母さんよ。本当はもっと、ここに居たいんだけど、どうしても帰らなくちゃならない事情があるの。ごめんなさい。哲也くんのお母さん。李林檎」

うわーん。

哲也の涙腺が一気に緩み哲也はボロボロと涙をこぼした。

「うわーん。ひどいよー。僕そんなに弱くないよ。いつか別れる時が来ることは覚悟していたよ。さよならも言わずに帰っちゃうなんて、あんまりだよー」

哲也は号泣した。

「おばあさん。李林檎さんは、いつ、ここを出たの?」

哲也は夜雨ばあさんに聞いた。

「1時間ほど前じゃ。定期船はいつも12時くらいに、ここを出港するから港に急いで行けば会えるかもしれんよ」

哲也は時計を見た。

11時30分だった。

哲也は急いで家を出た。

家の前には自転車が置いてある。

夜雨ばあさんの自転車である。

哲也は自転車に乗ると力一杯ペダルを漕いで、ごはん島の港に向かった。

どうか間に合って、と祈る思いで。

ごはん島の港が見えてきた。

幸い、まだ定期船が桟橋に着いていた。

ボーという物悲しい出航の汽笛が鳴っていて船は今にも港を出るところだった。

(よかった。ギリギリ間に合った)

哲也はホッとした。

さらに驚き嬉しかったことがあった。

それは甲板の手すりに、つかまって、ごはん島を名残惜しそうに眺めている一人の上下揃いの白いスーツを着た女性を見つけた時である。

潮風に美しい髪がなびいている、その女性は間違いなく李林檎だった。

桟橋に着くと哲也は自転車を乗り捨てて急いで桟橋を走って、ピョンと定期船に飛び移った。

哲也は李林檎に抱きついた。

「お姉ちゃん。ひどいよ。黙って帰っちゃうなんてー」

哲也は泣きながら言った。

李林檎も哲也をギュッと抱きしめた。

「ごめんね。哲也くん。私どうしても哲也くんが、さびしがる顔を見る勇気がなかったの」

李林檎も泣いていた。

「お姉ちゃん。僕そんなに弱くないよ。お姉ちゃんがいなくなっても雄々しく生きていく強さくらい持っているつもりだよー」

哲也は泣きながら言った。

「ごめんね。哲也くん。手紙にも書いたけれど、私、哲也くんのお母さんよ。一生、私、哲也くんのお母さんよ」

李林檎も泣きながら言った。

「有難う。お姉ちゃん。ところで、お姉ちゃんにお願いがあるんだ」

「なあに?」

「お姉ちゃんの履いていたビキニをくれない?それと、お姉ちゃんが今、履いているパンティーも」

もう定期船は出航の時間で哲也には恥ずかしがっている時間など無かった。

「わかったわ」

そう言って李林檎はボストンバッグから、ごはんビーチで履いていた、ピンクのビキニの上下を取り出して哲也に渡した。

そしてスカートの中に手を入れて、パンティーを降ろし足から抜きとって「はい」と言って哲也に渡した。

哲也はビキニとパンティーをギュッと握りしめた。

「有難う。お姉ちゃん。これを、お姉ちゃんだと思うよ。つらいこと、苦しいこと、があっても、これで、お姉ちゃんと一緒だと思えるから僕くじけないから」

哲也は泣きながら言った。

「さあ。もう出航だよ。ボク」

船長に言われて哲也は船から桟橋に移った。

ボーという物悲しい出航の汽笛が鳴り船が動き出した。

「お姉ちゃん。さようなら。愛をありがとう」

哲也は彼女のビキニとパンティーをギュッと握りしめながら手を振った。

「さようなら。哲也くん。私は哲也くんのお母さんよ。一生、私は哲也くんのお母さんよ。またきっと会いに来るからね」

そう言いながら李林檎も手を高く挙げて振り続けた。

定期船はゴオオオオと重厚なエンジン音を鳴らしながら桟橋から離れていった。

二人の距離はどんどん離れていったが哲也は手を振り続けた。

定期船に乗っている李林檎も、どんどん小さくなっていったが哲也と同様に手を振り続けていた。

ようやく船が小さな点になって見えなくなると哲也は踵を返して桟橋から離れた。

そして倒れている自転車を起こし李林檎のくれたビキニの上下と白いパンティーをカゴの中に入れて夜雨ばあさんの家に自転車を返しに行った。

「どうだった。李林檎さんに会えたかの?」

梅干しババアの夜雨ばあさんが聞いた。

「うん。ギリギリで会えたよ」

哲也は答えた。

「そうかの。それはよかったの」

哲也は自転車を夜雨ばあさんに返すと踵を返してトボトボと家路についた。

家に着いて自分の部屋に入ると、もう李林檎さんは、この島にいないんだ、という実感がこみ上げてきて哲也は、スマートフォンで撮影した李林檎のビキニ画像を見ながら、「ああ。お母さん。お母さん」と叫びながら泣いた。

そして哲也は李林檎のパンティーのクロッチ部分に鼻を当てて、その匂いを貪り嗅いだ。

(ああ、これが李林檎さんの匂いだ)

そしてスマートフォンの李林檎のビキニ画像を見ながら「お母さん。ありがとう。僕どんなことがあっても、へこたれないよ」と誓うように言った。

まだ中学生の哲也にとって李林檎は憧れの年上の女性であると同時に母親的な存在でもあった。

母性愛に飢えている哲也にとって、李林檎は、憧れの年上の女性であると同時に、どんな外敵からも命がけで守ってくれる母親でもあったのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここは東京にある被差別部落である。

入ろうかしら、でも怖いわ

一人の美しい女性が民家の前で困惑していた。

そう。ごはん島から本土に帰ってきた李林檎である。

(家の中は灯りがついているから、あの人はいるんだわ)

李林檎はボストンバッグをギュッと握りしめながら自分の家の前に戻ってきてから1時間ほど躊躇していた。

夜中の1時なので近所の家々の灯りは消えていた。しかし1時間も家の前でウロウロと立ち往生していたので近所の人に見つかって、

「やあ。李林檎さんじゃないかね。1週間ほど見かけんかったが、どうしたんかね?」

と声をかけられてしまったので李林檎はとうとう決断して(地獄の拷責に耐えよう)と自分に言い聞かせ勇気を出して家のカギを取り出して鍵穴に差し込み家の戸を開けた。

そして家の中に入った。

家の中には一人の男が胡坐をかいて一升瓶の安酒を飲んでいた。

そうとう飲んでいるらしく男の顔は茹蛸のように真っ赤だった。

「ただいま帰りました」

李林檎は男の前に正座して深々と頭を下げた。

「おい。顔をあげろ」

李林檎が畳に額を擦りつけ続け、顔を上げようとしないので男は、しびれをきらせて言った。

李林檎が恐る恐る顔を上げると男は李林檎をジロリとにらみつけた。

「おい。1週間も家を出て、どこへ行っていた?」

男は李林檎をにらみつけながら聞いた。

「そ、それは許して下さい。もう二度と無断で家を出たりしません」

李林檎は全身をブルブル震わせながら言った。

「お前の実家や、兄弟、親戚、友人の家など、お前が泊まれそうな所は全て電話で聞いてみたが、どこでもお前は来ていないと言った。まあ来ていたとしても来ていないと言うだろうがな」

男は酒をコップに注ぎグイと一飲みした。

そう。この男は上松聖といって李林檎の夫である。

二人は在日朝鮮人のための朝鮮学校で知り合った。

二人とも朝鮮からやって来た朝鮮人ということで二人は意気投合して親しくなった。

上松は(オレは小説を書いている。オレは将来、間違いなく芥川賞どころかノーベル文学賞を受賞する大作家になるだろう)と自信満々に語った。

李林檎は上松の自信に満ちた物言い、態度を好きになり(きっとこの人なら本当に立派な作家になるだろう)と確信し結婚したのである。

しかし現実は違った。上松はただ空威張りするだけの中身のカラッポな誇大妄想人間だったのである。しかし李林檎は誠実な性格だったので(私は自分の意志でこの人と結婚した。だから悪いのは私の方だ。私の決断、意志で結婚した以上この人を支えていかねばならない)という健気な涙ぐましい信念を持ち続け、どんなにつらくても離婚することはしなかった。

「おい。どこへ行っていたかと聞いているんだ。答えろ」

李林檎が黙っているので上松は怒鳴りつけた。

「どうせ男が出来たんだろう。そいつは誰だ?」

上松が怒鳴りつけた。

「ち、違います。それだけは信じて下さい」

李林檎は必死で訴えた。しかし上松は自分の思ったことは絶対に正しいと信じている決めつけ男なので、もう上松の頭には、李林檎の不倫の相手が誰なのか、それを追求することしかなかった。

「お前も強情な女だ。しかし言わないんなら吐かせるまでだぜ」

上松はコップ酒をグイと飲み干すと李林檎に向かって、

「おい。着ている物を全部、脱いで素っ裸になれ」

と怒鳴りつけた。

「はい」

李林檎にとって夫の命令は絶対だったので彼女は上下揃いのスーツを脱いだ。

彼女はブラジャーとパンティーだけになった。

彼女は哲也に履いていたパンティーをあげてしまったが、替えの下着を持っていたので、船が沖に出て、ごはん島が見えなくなると、すぐにボストンバッグから替えのパンティーを取り出して履いていた。

さあ下着も脱げ、と言われて李林檎はブラジャーを外した。そしてパンティーも脱いで一糸まとわぬ丸裸になった。

上松は麻縄を持って立ち上がり李林檎の華奢な両腕をグイとつかむと両腕を背中に回し手首を重ね合わせ、手首を麻縄でカッチリと縛り上げた。

「ほら。家の外に出ろ」

上松は妻の後ろ手に縛った縄の縄尻を持って李林檎を蹴飛ばしながら彼女を家の外に出した。

家の前には高い樫の木があった。

上松は椅子を持ってきて椅子の上に登り、縄尻をグイと引き上げて木の高い所にある太い枝にカッチリと固く結びつけた。

李林檎は木の枝に吊るされた状態になって身動きがとれなくなった。

上松が妻を折檻する時は、いつもこうだった。

上松は水道ホースを持ってきて蛇口を開け冷たい水道水を李林檎の体に放出した。

ブババババ―。

寒い冬に丸裸にされて外に出され冷たい水を浴びせられて李林檎は、

「つ、冷たいー。許してー。あなた」

と足をモジモジさせながら叫んだ。

「やめて欲しければ男の名前を言え。そうしたら止めてやる」

そう言ってサディストの決めつけ男、上松は楽しむように水責めを続けた。

しかし李林檎は浮気などしていない。

なので男の名前など言いようがない。

「ゆ、許して。あなた。私、本当に浮気なんかしていないんです」

と李林檎は泣きながら叫んだ。

「水責めでは手ぬるいようだな」

と言って上松は竹刀を持ってきた。

そして力一杯、李林檎の尻、や、背中、脚、腹、を滅多打ちした。

ビシーン。

ビシーン。

ビシーン。

鞭が李林檎の体に当たって弾けるような鞭音が静かな夜空に鳴り響いた。

彼女の全身は真っ赤に蚯蚓腫れしていった。

「ああー。許して。あなた。私、本当に浮気なんかしていないんです」

李林檎は激しく顔を左右に振り、髪を振り乱して足踏みしながら泣き叫び続けた。

その悲鳴は静まり返った被差別部落に響き渡った。

家々の中の在日朝鮮人たちは、その叫び声に起こされて、

「ああ。また上松が嫁いびりをしているな」

と言った。

しかし誰も上松に「あんた。もう、やめてあげんさい」と注意する者はいなかった。

なぜなら上松に注意すると上松の怒りは、注意した者に向かい「うるせえ。オレ様に楯突くと痛い目に会うぜ」と言われ上松ににらまれるからである。

「上松の嫁も可哀想じゃな」と言いつつも「触らぬ神に祟りなしじゃ」と言って、近所の家は灯りをつけることはしなかった。

李林檎は浮気などしていないので答えようがない。

「許して。許して。私、本当に浮気なんかしていないんです」

という叫び声が真っ黒な夜空に響き続けた。

1時間ほどして上松は李林檎を叩くのをやめた。

上松の方がネを上げたのである。

「チッ。この強情女め。明日の朝まで立ち続けていろ」

上松は吐き捨てるように言って李林檎をほったらかしにして家の中に入った。

そしてコップ酒をグイとあおり布団をかぶって寝てしまった。

すぐに上松は眠りに就き、ぐおー、という大きな、いびき声が鳴り響いた。

外では丸裸で後ろ手に縛られ吊るされている全身をブルブル震わせている李林檎がいた。

寒さにブルブル震えている李林檎の脳裏に哲也の顔が浮かんできた。

(哲也くんだって両親がいないのに、さびしさに耐えて頑張っているんだもの。私だって耐えなくちゃ)

そう自分に言い聞かせたものの、李林檎の脳裏には自分を優しく育ててくれた、母親、父親、そして朝鮮学校の友達の姿が浮かんできた。

楽しく笑顔で毎日、仲良く過ごしている、みんなのことを思うと寒い冬の真夜中に丸裸で吊るされている自分がみじめになってきて涙がポロポロと流れ出た。

「お母さん。お父さん」

自然とその言葉が口から出た。

うわーん、と李林檎は泣いた。

上松が家の中に入って1時間くらい経った。

誰かが抜き足差し足で丸裸で縛られて吊るされている李林檎に近づいてきた。

近所に住んでいる田吾作だった。

「李林檎さん。つらいじゃろ。今、縄を解いてやるからな」

李林檎を吊るしている縄を解こうと田吾作は椅子に登ろうとした。

「田吾作さん。ありがとう。でもやめて下さい。夫に無断で家を飛び出してしまった私が悪いんです。それに私の縄を解いたら、主人は私に、誰が縄を解いた、と私が喋るまで執拗に私を責めます。私も弱い人間です。主人の責めに負けて、あなた様の名前を言ってしまうかもしれません。そうしたら主人の怒りの矛先があなたに向かってしまいます。ですから私のことは構わないで下さい」

李林檎は涙ながらに言った。

田吾作も李林檎の優しい心根に胸を打たれ涙した。

「あんたは女神のように優しい人の持ち主じゃ。わしも上松さんは怖い。勇気の無い私を許してくれ」

そう言うや田吾作は泣きながら去って行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

李林檎の縄が解かれたのは翌日の正午近くだった。

「ふあーあ。よく寝たぜ」

と言って欠伸をしながら家から出てきた上松が、意識を失ってダランと脱力している李林檎を見て、

「チッ。強情なアマめ」

と不愉快そうに言って李林檎の縄を解いたのである。

・・・・・・・・・・・・・・

李林檎に7日間も家出され、しかも浮気相手を強情に喋らない妻に対する上松の怒りは炎のように激しく燃えさかっていた。

李林檎は浮気などしていないのだが主観が物事の真実である決めつけ男の上松にとっては、妻は浮気相手の名前を喋らない強情な悪女なのである。

それまでも李林檎は上松の暴君さに耐えかねて実家へ帰ったことが数度あった。

もう上松の心には妻に対する愛などカケラもなく、あるのは自分に従わず逆らい続ける女に対する憎しみの感情だけだった。

・・・・・・・・・・・・・・・

上松の仕事は個人経営の汲み取り屋だが彼は誇大妄想者なので「オレ様は偉い人間だ」と信じ込んでいるので、ほとんど毎日、銀座の高級クラブに行っては、ホステス相手に「オレ様は偉い人間なんだぞ」と偉そうに豪語して浴びるように酒を夜が明けるまで飲み続けていた。

それが上松の毎日だった。夫が仕事をしないので妻の李林檎がバキュームカーを運転し夫の代わりに働いていた。

上松の高級クラブ通いの頻度と金使いの荒さは増した。

そのため妻にさせているバキュームカーでの汲み取り業だけでは生活していけないので上松は何とか、もっと妻に金を稼がせることを考えた。

ちょうど、いいタイミングで金になりそうな仕事が見つかった。

それは自民党の政治資金集めのパーティーである。

自民党には、いくつもの派閥があり高級ホテルを借りて食べ放題の立食パーティーを行っていた。

派閥に所属する議員は自分に課されたノルマの一枚2万円のパーティー券をたくさん売りさばなくてはならなかった。

それが派閥に属する者の義務だった。

2万円のパーティー券を買ってもらって高級ホテルでの食べ放題に勧誘というのが建て前だったが実際には極力、経費を削減しての派閥の頭領のための資金集めだった。

出来るだけ経費を削減しなくてはならないため食べ放題と銘打っていても料理は少ししか用意しておらず、すぐに食べ尽くされてしまって、パーティーに来た客は「あーあ。全然、食べられなかったよ」と愚痴をこぼしていた。

そこで自民党は食欲を満たす代わりに面白いショーを鑑賞させることを売りに決めたのである。

それは酸鼻なSМショーだった。

上松は、ある筋から「SМショーの美人モデル募集。報酬は十分に支払います」という情報を入手した。

その報酬の額は上松の満足のいくものだった。

上松は、自分の妻をSМショーに出演させる契約をした。そして前金を受けとった。

そして妻の李林檎に、

「今日。××ホテルでSМショーがある。ソフトなSМショーだ。お前はそのショーに出ろ。そうすれば、家出、浮気の罪は許してやる」

と言った。

李林檎にとって夫の命令は絶対だったので彼女はそのホテルに向かった。

たくさんの自民党議員が来ていた。

ホテルの前には「清和政策研究会パーティー会場」と書かれた立て看板があった。

スーツに蝶ネクタイをしたパーティーの進行係りと思われる男が李林檎に、

「ここは控え室だ。今、立食パーティーが行われている。それが終わったら、お前のSМショーだ」

と言った。

「あ、あの。私は何をすればいいんでしょう?」

李林檎は不安を感じながら聞いた。

「なに、たいしたことじゃない。オレやお客さん達の言うことを素直に聞いているだけでいい。お前は演技などしなくていい。お前は自分の感じたことを言っていれば、それだけでいい」

と蝶ネクタイの男は言った。

控え室にはパーティー会場を映し出している画像があった。

200人くらい人がいる。

「早く食べないと無くなっちゃうわよ。せっかく2万円も出したんだから」

招待客たちは豚のようにテーブルの上に乗っている料理が入っている皿の料理をトングで自分の皿に移して貪るように食べていた。

しかし食べ放題と銘打っていても用意されている料理の量は少ないので料理はすぐに客たちによって食べられて無くなってしまった。

もう、ほとんどの皿は空っぽになっていた。

「あーあ。たいして食べられなかったわ」

招待客たちは不機嫌そうに言った。

その時である。

蝶ネクタイの男がステージに出てきた。

「Ladies and Gentlemen。みなさま。お腹も満たされたところでございましょう。では、これよりSМショーを開催いたします」

と言って控え室に戻り、

「さあ。お前の出番だ。来い」

蝶ネクタイの男は李林檎の手を引っ張ってステージの上に立った。

大勢の人の前に、いきなり立たされて李林檎は戸惑った。

「おおっ。なんてハクい女なんだ」

「絶世の美女じゃないか」

みんながそんな賛辞を一斉に述べた。

「みなさま。これから皆様お待ちかねのSМショーを行います。この女が皆様の奴隷です。一つ言っておきますが、この女こそが自民党の裏金問題を告発した張本人の共産党員です。彼女は政権与党の自民党をおとしめたことを後悔しており、それを詫びたいと申し出た正真正銘のM女です。どうぞ、お好きなようにして下さい」

蝶ネクタイの男がそんなことを言った。

李林檎は顔面蒼白になった。

「ち、違います。私は共産党員でもありませんし自民党の裏金問題を告発などしていません」

李林檎は訴えるように言った。

「ははは。どうです。この嫌がりっぷり。この女は皆様の嗜虐心を煽るために、わざと、このように演技しているのです。しかし、この女こそが自民党の裏金問題を告発した張本人であることは間違いありません。どうぞ皆様がご満足いくまで心行くまで、この女を嬲って下さい」

蝶ネクタイの男がそんなことを言った。

「この女だったのか」

さっきは、その美しさに見とれていた自民党議員たち、および、自民党を支持する招待客たちの顔が憎しみに変わった。

「さあ。おわびの第一歩として着ている物を全部、脱いで素っ裸になれ」

もうお前の夫には前金を渡し公証役場に契約書を書いてもらっているから、お前は従うしかないぞ、と蝶ネクタイの男は、李林檎に小声で耳打ちした。

「わ、わかりました」

そこまで用意周到にされていては、もう抵抗しても無駄だと李林檎はあきらめた。

それに裸にされてSМショーをすることによって夫の怒りがおさまってくれるのなら、それでいいわ、という気持ちも李林檎にはあった。

李林檎は上下揃いのスーツを脱いだ。

そしてブラウスも取り去った。

大きな乳房をおさめて膨らんで二つのふっくらした盛り上がりを作っている白いブラジャーと恥肉をおさめてモッコリと盛り上がっている白いパンティーだけの下着姿になった。

「おおっ」

「素晴らしいプロポーションだ」

そんな声が会場から沸き上がった。

李林檎はブラジャーのホックを外した。そしてパンティーも降ろしていって両足から抜きとった。

一糸まとわぬ李林檎の丸裸は、まばゆいほど美しかった。

しかし女の生理的な羞恥心から自然と手はアソコと豊満な乳房へ行った。

「ほら。手を出せ」

蝶ネクタイの男は李林檎の両手をグイとつかむと手首を麻縄で縛った。

そしてその縄尻を天井に固定されているカラビナに通した。

そしてグイグイと縄を引っ張っていった。

李林檎の手首は、あれよあれよ、という間に上に引っ張られて天井から吊るされる形になった。

もう女のアソコも乳房も尻も丸見えである。

「では、仕置きとして、これから、この女を鞭打ちます」

蝶ネクタイの男は鞭を取り出すと李林檎の尻めがけて思い切り鞭を振った。

ピシーン。

イキのいい炸裂音が鳴った。

尻の鞭の当たった所には一筋の痛々しい赤い蚯蚓腫れの跡がしるされた。

「ああー。痛いー」

李林檎はあまりの痛さに全身を震わせて叫んだ。

司会者の蝶ネクタイの男は情け容赦なく李林檎の体を休む暇なく鞭打った。

ビシーン。

ビシーン。

ビシーン。

「ああー。痛いー」

李林檎は足をバタバタ踏み鳴らし全身を右へ左へとくねらせて泣き叫んだ。

パーティー会場の人々は我を忘れて、その光景を眺めていた。

しばし鞭打った後、蝶ネクタイは鞭打ちをやめた。

「この女こそが、自民党の裏金問題を告発した張本人の共産党員です。自民党議員の先生がた、および、自民党を支持されておられる来客の方々にとっては、この女は憎みても余りあることでしょう。どうぞ皆様もこの女を鞭打って怒りを晴らして下さい」

自民党議員および自民党を支持する来客たちに憎しみの炎がメラメラも燃え盛り出した。

(この女が年収3350万の安泰の権力の地位を奪い、それどころか、自分たちを刑事事件の犯罪者におとしめた張本人なのだ)

という実感がパーティー会場にいる全ての人間の心に起こった。

「それでは、この女を鞭打ちたい方は一列にお並び下さい」

蝶ネクタイがそう言うと会場にいる全ての人間が我先にと李林檎の前に近づいてきた。

一列にお並び下さい、と言われて、まさにパーティー会場に来た全員の長蛇の一列が出来た。

最初の自民党議員が鞭を手に持つと、

「このオレ様を刑事犯罪者に仕立て上げた売国女め」

と言って李林檎の体を滅多打ちにした。

ビシーン。

ビシーン。

ビシーン。

「ああー。痛いー。許して下さいー」

李林檎は足をバタバタ踏み鳴らし全身を右へ左へとくねらせて泣き叫んだ。

・・・・・・・・・・・・・

男はハアハアと息を切らしながら、

「これで少しは気が晴れたぜ。次はお前の番だ」

と言って彼は鞭を次の自民党議員に渡した。

彼も憎しみを込めて「この売国女め」と言って李林檎の体を滅多打ちにした。

「このオレ様を刑事犯罪者に仕立て上げた売国女め」

と言って李林檎の体を滅多打ちにした。

ビシーン。

ビシーン。

ビシーン。

「ああー。痛いー。許して下さいー」

李林檎は足をバタバタ踏み鳴らし全身を右へ左へとくねらせて泣き叫んだ。

こうしてパーティー会場にいる全ての人間が李林檎を鞭打った。

李林檎は泣く気力もなくほどの状態で項垂れてガックリと首を落としていた。

「よし。鞭打ちはこれで終わりだ」

蝶ネクタイの男が李林檎の手首の縄を解いた。

李林檎はガックリとステージの床に倒れ伏した。

「さあ。お前はここにいる自民党議員および自民党支持者の方々の犬だ。四つん這いになって御主人様たちの靴をなめろ」

蝶ネクタイは李林檎の腹をドンと蹴飛ばした。

(た、耐えよう)

李林檎は自分に言い聞かせ犬のように四つん這いになって這って歩きながらパーティー会場にいる人間たちの履いている革靴を舌を出してペロペロなめて回った。

あはははは、と悪魔たちは笑った。

もう李林檎には人間としての尊厳もプライドも屈辱もなかった。

「Ladies and Gentlemen。みなさま。こいつは、政府が推進している、新型コロナワクチンを毒薬とまで言っている反ワクです。こいつのデマのおかげでワクチンの接種者が減少してしまいました。ここに廃棄用の8680万回分のワクチンの入った注射器があります。どうぞ、皆さま、こいつにワクチンを打ってワクチンが安全であるということを、わからせてやって下さい」

蝶ネクタイが言った。

大きな箱が運ばれてきた。

その中には廃棄用のコロナワクチンの入った注射器が入っていた。

パーティー会場にいる自民党議員および自民党支持者は一人づつ注射器をとって、李林檎に近づいてきた。

ここに至って李林檎はぞっと背筋が凍る思いになった。

(こ、殺されてしまう。これはSМショーではない。殺人ショーだ)

「いやー。やめてー」

命あっての物種である。

李林檎は立ち上がって逃げようとした。

しかし。

「おっと。まだSМショーは終わっていないぞ」

と言って二人の蝶ネクタイの男が裸の李林檎の腕をつかんだ。

ブツブツのアバタ顔の気持ち悪いワクチン接種推進大臣だった男がコロナワクチンの入った注射器を持ってニヤニヤ笑いながら李林檎に近づいてきた。

「いやー」

李林檎は大声で叫んだ。

その時である。

「おーっと。ちょっと待った。オレは2万円のパーティー券を買って、やって来た招待客だがオレは自民党支持者ではない。お前らの悪事をあばいた張本人はこのオレだ。今日、オレがここへ来たのは、お前らの悪事の決定的な証拠をとるためだ。SМショーと銘打っての彼女の殺人ショーは、しっかりスマートフォンで録画して生中継でYou-Tubeにアップしたぜ。まあ、どうせバンされるだろうがな。しかし、ニコニコ動画にもアップしたぜ。それにCBCテレビの大石さんにも録画は送ったぜ。お前ら全員、殺人犯だ。オレを殺そうとしてもダメだぜ。オレは空手三段、柔道四段、合気道二段の武術の達人だ」

と凛々しい顔立ちの男が言った。

「全員。ホールドアップしろ」

ここまで確実な証拠を握られては抵抗しようがない。

男に言われてパーティー会場にいる人は全員ホールドアップした。

男はステージの上にある李林檎の下着とスーツをとって李林檎の手をつかんで、

「さあ。李林檎さん。早く下着を着けてスーツを着て」

と言った。

言われて李林檎はパンティーを履きブラジャーを着け上下揃いのスーツを着た。

「さあ。李林檎さん。急いでパーティー会場から出ましょう」

男は急いで李林檎を連れてパーティー会場から出た。

男はパーティー会場から少し離れた所にある駐車場に李林檎の手を引っ張って、連れていった。

駐車場には一台の車があった。

「さあ。李林檎さん。これに乗って」

「はい」

男は李林檎を車に乗せるとスピード違反にならない上限のスピードで車を飛ばした。

「有難うございます。あなたは誰なのですか?」

李林檎が聞いた。

「私はね、ごぼうの党の奥野卓志のボディーボードさ。奥野卓志さんに頼まれて自民党のパーティーの様子を撮影するように命令されていたのさ」

「そうだったんですか」

男は車を少し飛ばしてから別の駐車場に行った。

そこにも別の車が一台あった。

「さあ。李林檎さん。この車に乗って」

「はい」

言われて李林檎はその車の助手席に乗った。

そして男はスピード違反にならない上限のスピードで車を飛ばした。

「どうして車を乗り換えるんですか?」

「前の車を見ているヤツがいるかもしれないからね。敵は国民の命など屁とも思わない国家権力だ」

そう言って男は首都高に入り東名高速道路を西へ飛ばした。

「ところで、あなたの身の安全が心配だ。敵は国民の命など屁とも思わない国家権力だ。奥野卓志さんはたくさん秘密のアジトを持っているよ。そこでかくまおうか。どうするかね?」

男が聞いた。

「あ、あの。できたら、ごはん島に行きたいです」

ごはん島は夫の拷問にも耐えて言わなかった秘密の島である。

日本に属さない独立国でもある。日本政府も絶対に手出しできないだろう。

李林檎は100%そう確信した。

なぜなら、ごはん島とは優しい心をもった浅野浩二という作者が想像で作り上げた、物理的には、この世に存在しない空想の島なのだから。

優しい浅野浩二さんなら決して自分を悪いようにはしないでくれると李林檎は確信していたのである。

「ごはん島?聞いたことないな。そんな島。どこにあるの?」

男が聞いた。

李林檎はスマートフォンを取り出した。

そして地図アプリで、北緯××度、東経××度にある、ごはん島を男に見せた。

「ここです。ここが、ごはん島です」

「なるほど。確かに、北緯××度、東経××度に、小さな島があるね。じゃあ、そこへ、あなたを連れていこう」

男は静岡のインターチェンジで東名高速道路を降りた。

そして少し走って林の中に入った。

林の中には一台のヘリコプターがあった。

「さあ。李林檎さん。このヘリコプターに乗って下さい。これは奥野卓志さんの自家用ヘリコプターです。ごはん島にあなたを連れて行きます」

「はい」

男に言われて李林檎はヘリコプターに乗り込んだ。

ババババッと激しい爆音をたててヘリコプターは離陸した。

そして一路、ごはん島へと向かって飛行した。

ちょうど朝日が昇り始めている所だった。

もう日本には帰らないわ。夫の上松は私の命なんか何とも思っていないんだわ。

今まで、ずっと夫のワガママに耐えてきたけれど、それは私が耐えることで、あの人が自分の悪業を自覚し反省し、まっとうな人間になること信じていたからだわ。でも、あの人は骨の髄から悪魔なんだわ。

李林檎は、ここに至ってようやく、それに気づいた。

李林檎は夫に宛ててメールを書いた。

「あなた。あなたと結婚して過ごした2年間は楽しかったわ。何回も家出してしまってゴメンなさい。私は自分がどんな辛いことをされても、それに耐えることによって、いつか、あなたが礼儀正しい謙虚な真人間になってくれると思っていました。しかし、それは、あなたを、あまやかせ、あなたを、ますます堕落した人間にしてしまうことになると気づきました。これでは、あなたのためにも私のためにも良くありません。なので、あなたとは離婚します。どうか、あなたにふさわしい良い人を見つけて下さい。私は周庭さんのように、あなたから亡命します。李林檎」

そう書いて李林檎は送信ボタンを押した。

これでやっと耐えに耐えてきた肩の荷が降りて李林檎は、ほっとした気持ちになった。

李林檎の心は晴れ晴れとしていた。

嫌な過去が全て洗い流されて、かわりに、これから行くごはん島の様子がありありと浮かんできた。

李林檎の頭に優しかった哲也の顔が浮かんできた。

シャイな、はにかみ屋、甘えん坊、母性に飢えている可愛い少年、でも人に甘えてはいけないと思っている健気な子。

ふふ。哲也くん、どうしているかな。私が来たら、きっと喜ぶだろうな、と想像すると李林檎は楽しい気持ちになってきた。

どのくらいの時間が経ったことだろう。

ヘリコプターは真っ青な海の上空を飛行し続けた。

やがて、ちいさな島が見えてきた。

「あっ。ごはん島だわ」

李林檎が感激して叫んだ。

「では高度を下げて着陸します」

ヘリコプターはババババッと大きな爆音をあげて、ごはん島に着陸した。

ごはん島の数人が何事かとやって来た。

その中に哲也もいた。

李林檎は奥野卓志のボディーガードに、有難うございました、と礼を言ってヘリコプターから降りた。

奥野卓志のボディーガードは、

「では私は日本にもどります」と言ってヘリコプターはババババッと爆音を立てて、また離陸して飛び立っていった。

哲也は李林檎を見つけると、

「あっ。お姉ちゃん」

と叫んで走り出した。

そして李林檎に抱きついた。

「お姉ちゃん。さびしかったよう。また来てくれたんだね。僕、最高に嬉しいよう」

と号泣していた。

李林檎も哲也をガッシリと抱きしめた。

「ごめんね。哲也くん。私も哲也くんのことを一時たりとも忘れたことはないわ。哲也くんは元気にやっているかなと毎日、思っていたわ」

哲也は李林檎の脚についている痛々しい鞭打ちの蚯蚓腫れの跡に気づいた。

「お姉ちゃん。何かつらいことがあったんだね。何があったの?」

「哲也くん。心配してくれて有難う。でも何でもないわ。私は大丈夫よ」

哲也に心配させまいと李林檎は夫の上松に虐められたこと、自民党のパーティーで嬲られ抜いたことは言わなかった。

・・・・・・・・・・

その晩、李林檎は夜雨ばあさんの家に泊まった。

「あんさん。何かつらいことがあったんじゃろ。じゃが何があったかはわしは聞かん。ゆっくり休んでいくがよろし」

そう言って夜雨ばあさんは李林檎のために風呂を沸かした。

「有難う。おばあさん」

温かい風呂に浸かっているうちに自民党の「清和政策研究会」のパーティーで受けた体の痛みも和らいでいくようだった。

風呂から出ると李林檎は夜雨ばあさんが用意してくれた浴衣を着た。

夜雨ばあさんは李林檎のために、豚汁を作っていた。

「あんさん。何かつらいことがあったんじゃろ。これを食べなされ」

そう言って夜雨ばあさんは李林檎に、豚汁を勧めた。

「ありがとう。おばあさん」

李林檎は夜雨ばあさんの作った、豚汁を啜った。

何も食べていなかったので、温かい、豚汁は五臓六腑にしみわたった。

そして四畳半の部屋に通されて温かい布団に入った。

色々なことがあったため体はやはり疲れていて李林檎はすぐに眠りに就いた。

その晩、李林檎はぐっすり眠った。

夜中に哲也が李林檎に会いに来たが夜雨ばあさんが「李林檎さんは疲れてぐっすり眠っておる。明日また来んしゃい」と言われて哲也は「はい」と言って帰ろうとした。

しかし、その声に李林檎は起こされた。

「おばあさん。私は大丈夫です。哲也くん。来てくれて有難う。おいで」

李林檎に声をかけられて哲也は李林檎の寝ている部屋に入った。

李林檎は身を起こして正座していた。

哲也は久しぶりに会う李林檎を見ると、わっと泣き出した。

「お姉ちゃん。さびしかったよう。会えて嬉しいよう」

そして李林檎に抱きついた。

「私もよ」

李林檎も哲也をギュッと抱きしめた。

哲也は大人と同じほどの農作業をしながらインターネットで一生懸命、夜中まで勉強している中学生だった。

といっても、ごはん島には中学校はない。

しかし哲也は本土の高校に進学したいと思っていたので独学で中学校の勉強をしていた。

哲也にとっては農作業と勉強のつらい毎日だったが、そんな時、哲也をなぐさめ励ましてくれたのは、李林檎がくれたパンティーだった。

哲也はつらい時、李林檎のパンティーのクロッチ部分を貪り嗅いでいた。

(ああ。お姉ちゃんの匂いだ。お姉ちゃん。僕どんなにつらくても頑張るよ)

と哲也はパンティーに誓った。

しかし哲也は強く逞しく生きようと思ってはいたが、気の小さい、まだ子供である。

李林檎に会えたことで痩せ我慢の箍が一気に外れてしまったのである。

哲也はそのことを李林檎に話した。

「哲也くん。ゴメンね。さびしい思いをさせて。私は哲也くんのお母さんよ。うんと甘えて」

それを聞いた哲也の涙腺は一気に緩んだ。

「うわーん」

哲也はわっと泣き出した。

李林檎は哲也の頭を太腿の上に乗せて膝枕させた。

李林檎の太腿には清和政策研究会のパーティーで受けた鞭打ちの跡が残っていた。

「お姉ちゃん。誰かに虐められたんだね?」

哲也が聞いた。

「ううん。たいしたことないわ。心配しないで」

李林檎は哲也を心配させまいと、そう言った。

「お姉ちゃん」

「なあに?」

「今度はいつまでいるの?」

「ずーといるわ。私一生、ごはん島で生きるわ」

「本当?」

「本当よ」

「わー。嬉しいな」

李林檎は子守歌を歌いながら哲也の頭を撫で続けた。

ずーといると聞いて哲也はほっと一安心した。

哲也は李林檎の肌の温もりと安心感と膝枕で頭を撫でられている心地よさで、いついか眠りに就いていた。

・・・・・・・・・・・・・・

翌日から、李林檎は以前、来た時のように、まめまめしく働いた。

李林檎は夜雨ばあさんの畑と果樹園の農作業をするようになった。

もちろん哲也もやって来て李林檎の仕事を手伝った。

そして午後は、ごはんビーチで李林檎はビキニに着替え、哲也とフリスビーをしたり水上バイクに乗ったり小船に乗って海釣りをして楽しんだ。

ごはん島は亜熱帯なので一年中、海水浴が出来た。

小船に乗って釣り糸を垂れていると思いがけない魚がかかることがよくあった。

人食いザメがかかることもあれば体長30m、体重100トンのシロナガスクジラがかかることもあった。

李林檎は釣りが得意らしくエサに食いついた魚は全て釣り上げた。

「おばあさん。今日はクジラが釣れたわよ」

と報告してクジラを持って帰ると夜雨ばあさんは喜んで、

「ああ。それはよかったわね」

と言って、その日の晩のおかずはクジラの刺身となった。

哲也と李林檎は、美味しい、美味しい、と言ってそれを食べた。

・・・・・・・・・・・・

再び、また李林檎に明るい表情がもどって、もう彼女は暴君の夫の上松や、自民党の「清和政策研究会」のパーティーのことなど忘れていた。

李林檎は哲也との付き合いがこの上なく楽しかった。

哲也にしても李林檎との生活が夢のように楽しかった。

しかし平和は、いついつまでもは続かなかった。

・・・・・・・・・・・・

ごはん島には本土から1週間に一度、定期船がやって来るのだが、李林檎が日本を脱出して、ごはん島に来て、2ヵ月が経ったある日のことである。

定期船がいつものように、ごはん島にやって来た。

船が桟橋に着くと一人の男が船から降りてきた。

男は戦国の武将のように鉄兜をかぶり鎧を着ていた。

李林檎の元夫の上松だった。

哲也は定期船が来ると、いつも見に行っていた。

なのでその日、哲也は定期船を見に行った。

哲也は、定期船から出てきた鉄兜をかぶり鎧を着ている異様な男に驚いた。何か悪い予感がして哲也はスマートフォンでその男を撮影した。そして急いで李林檎の居る夜雨ばあさんの所に行った。

「お姉ちゃん。今日、定期船で変わった人が来たよ」

そう言って哲也はスマートフォンで撮った、その男の写真を李林檎に見せた。

「お姉ちゃん。何か悪い予感がするんだ。この人、誰か知ってる?」

李林檎は写真を見ると青ざめた。

「・・・あ、あの人だわ。きっと私を連れ戻すために、この島にやって来たのね。でも、どうして私がこの島にいることを、つきとめたのかしら?」

李林檎の声は震えていた。

「お姉ちゃん。やっぱり、お姉ちゃんにとって都合の悪い人なんだね?どういう関係の人なの?」

哲也はせっつくように聞いた。

しかし李林檎は哲也を心配させないようにと、元夫の上松のことは言わなかった。

・・・・・・・・・・・・

上松は船から降りると、ごはん島に放送局に行った。

そして島中に伝わる大音量で、こう発信した。

「あっははは。おい。李林檎。聞いているか。お前は、また家出したな。確かな情報でオレはそれをつきとめたぞ。お前はオレの女房だ。隠れてないで出てこい」

しかし、ごはん島の全ての家々では外を歩いていた人達は、すぐに家に入って戸を閉めた。

そして内から閂をしたり、つっかえ棒をしたりして上松が入ってこれないようにした。

ごはん島がシーンと静まり返った。

しかしそれがかえって、上松に、ごはん島に李林檎は居て、皆がかくまっている、という確信を与えてしまった。

上松は、ごはん島のトラックに乗って一軒一軒、回った。

「おい。オレの女房の李林檎が来ているだろう。戸を開けろ」

上松は怪力で鍵のかかった、ごはん島の家を開けようとした。

家の中では家人が必死に戸を開けられないようにと戸をおさえた。

しかし上松の怪力があまりにも強いので家人は、

「どうか戸を開けようとするのはやめて下さい。李林檎なんて人は、この島にいません」

と訴えた。

「お前の家にオレの女房が居ないのならオレを入れない理由はないじゃないか。オレは女房がいるのかどうかを聞きに来ただけだ。オレは女房いがいの人間には手出しをしないぜ」

そう言われても家人は上松を入れる気にはならなかった。

上松が気性の荒い人間で上松を家に入れてしまっては李林檎の居場所を喋るまで、どんな酷い拷問にかけられるか、それを思うと、とても怖くて上松を家に入れることは出来なかったのである。

家人が必死で戸を押さえて家に入れないと分かると上松はチッと舌打ちした。

そして上松はガソリンを家にかけて家に火をつけた。

「ああー」

火がまわるのは早く家人は消火活動をあきらめて裏口から逃げだした。

家を失うのは痛手だったが命にはかえられない。

上松は、ごはん島の家々を、そうやって放火していった。

ごはん島は日本と違って拳銃の所持は認められていた。

そのため何人かの村民が、

「クズ松、死ね」

と言って上松めがけて発砲した。

バキューン。バキューン。

しかし弾が当たっても弾ははじかれた。

「あっははは。オレ様の着ている鎧は超合金で出来ているのだ。さらに鎧の内側には防弾チョッキも着ている。だからピストルの弾などオレ様には通用しないぜ」

上松は勝ち誇ったように言った。

「お、お姉ちゃん。こわい」

「哲也くん。神様に祈りましょう」

夜雨ばあさんの家に居た李林檎と哲也はガッシリと抱きしめ合って、手を合わせ、どうか、上松がやって来ないようにと神に祈った。

しかし上松はヘビのように執念深い男なので、このままでは平和なごはん島が滅ぼされてしまうのは時間の問題だった。

ごはん島の家の半分近くが放火された。

このままでは、ごはん島は滅ぼされてしまう。

なにせ相手は拳銃も通用しない怪物である。

ごはん島の村民も「死」を覚悟し出した。

上松は一軒の小さなオンボロ家に入った。

そこは、そうげん、の家だった。

そうげん、は、たいして力も無く拳銃も持っていなかった。

「よし。この家の主に何としても女房の居所を吐かせてやる」

そう意気込んで上松は「開けろ。開けろ」と家の前で叫んだ。

しかし家の中から返事はなかった。

上松が家に入ろうと戸を開けようとしたが、その家は鍵がかかっていなかった。

上松は家に入り「おい。オレの女房の居所を言え」と言った。

その時である。

「悪魔め。死ね」

そうげんは、振り返るやいなや上松に向かって聖書と十字架と100ルックスのLEDの光を上松に向けた。

そして上松の口に、にんにくを放り込んだ。

すると上松は以外や以外「うわー」と大きな悲鳴を上げた。

そして塩をかけられたナメクジのように上松の体は萎んでいって、どんどん小さくなり、そして蝋のように溶けて液体になり、その液体は蒸発して、なくなってしまった。

ピストルの弾も通用しない上松が一体どういうことなのかと村人が集まってきた。

「そうげんさん。どうして上松をやっつけることが出来たのですか?」

村人は疑問に思って、そうげんに聞いた。

そうげんは答えた。

「こいつの正体は悪魔だ。悪魔には拳銃の弾は通用しない。しかし悪魔は、聖書と、にんにくと、十字架と、光に弱い。僕はこいつの正体を最初から見抜いていた」

そう、そうげんは説明した。

「なるほど。そうだったんですか」

村人たちは納得した。

こうして悪魔は、ごはん島にいなくなり、ごはん島に再び平和が訪れた。

夜雨ばあさんは脳梗塞を起こしていて、要介護5の状態だったので、李林檎は夜雨ばあさんの家に住み込んで、食事、排せつ、入浴、着替え、掃除、など日常生活の全ての面倒を見た。




2024年2月25日擱筆

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ごはん島に来る女「年の差恋愛小説」 浅野浩二 @daitou8

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