Epilogue
手を伸ばした。
不破の髪の毛を撫でれば、眉間に皺を作っている不破が上目で私を窺う。
「……朝美さんは、いいの?」
不破は今聞くのかと呆れて、暑そうに脱ぎかけのまま放置されていたシャツの襟を引っ張り上げた。
「朝美と別れたの、もう7、8年前だから」
「時間は関係ないでしょう」
「そもそも、そんな引きずってたわけじゃねえよ。普通に惚れる相手に出会わなかっただけだから」
不破の上半身があらわになる。手を伸ばし彼の素肌に触れれば、不破はその手を不破自身の首にまわさせ、倒れ込んできた。
素肌同士が密着する。
「つか、ちょっと後にし……」
「白川さんのことだけど」
「……何だよ」
「今週の頭、縁談の件について、白川さんの方からお断りのご連絡があったわ」
「へえ」
「贔屓にしていただいてる方のご子息だったから、あちらから断っていただけて良かった」
白川さんは電話口で言った。
よく考えてみたのだが、男を知っている女性と結婚するのはあまりいい気がしない。
「不破ってすごいわ、全部解決するのね」
「俺、何もしてねえだろ」
「でも全部不破の影響だもの。不破はすごいわ」
「ああ、そう」
不破は私の認識を改めさせることを諦めて頷くと、抑揚の少ない口調で言った。
「そのうち挨拶行くわ」
また変な縁談持ってこられてもな。不破はたいして困ってもいない様子で続ける。
間を置いて、不破の発言に呆然と口を開く私に気付いた。
「なんでびっくりしてんの?」
「あ、あなたの口から挨拶という言葉が出てくると思わなかった」
「あー」
「なんか、私、日和みたいね」
私も誰かに、両親に挨拶することを検討されるだなんて思わなかった。誰かに触れられる日が来るとも、誰かの彼女になれることがあるとも思えなかった。
まるで日和になったみたい。日和になったようで、幸せ。
そんな夢想を不破は嘲る。
「そんなお姉ちゃんになりたい?」
「そりゃあ。私が日和だったら、あなたも澄ましてられないでしょう」
「いつ澄ましたよ、俺が」
「それに、日和にだったら「それなりに」なんて言わないと思うわ。大好きって言うのよ、きっと」
「は、“大好き”」
不破は、馬鹿にするように口の端を曲げた。
「それあいつの口癖だろ」
不破は、私の腕を掴み引っ張り起こした。
向き合う形で膝の上に乗せる。
「そう、だけど」
「俺は言わない」
「知ってるわ」
不破の首に抱きつく。
「あなたはそういうことを言わないからいいのよ」
不破は癖みたいに抱きしめ返しながら、呆れた。
「よく俺のこと好きになったよな」
「本当にそうね」
「認めんなよ」
「でもどうしようもないじゃない、あなたがいいんだから」
不破の首筋に顔を埋めていれば、不破の手がうなじに触れて、顔を上げさせられる。遊ぶようなキスに降られてつい笑えば、不破は目を細めてからかった。
「夏葉、笑えんの?」
それは私を真似た言い方で、私たちは揃って笑った。
Over【完】 実和 @miwa_33
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます