水道局ハッピー係

@ramia294

 初雪の降る夜に

 水道局ハッピー係。

 学生時代を終え、水道局に就職した僕が、配属された部署の名前です。


 数年前、自身の身体に翼を持つ実験をした悲劇の天才科学者が、発見した幸せ粒子。


 空中を浮遊しているこの粒子は、時折、雪に運ばれ地上に降って来ます。

 気象庁は、空から降ってくるその雪の中に粒子が含まれている可能性が高い場合、幸せ予報を出す事になりました。

 幸せ粒子は、地球上の空の至るところに、存在します。

 しかし、その存在に偏りがある事も事実です。

 現在科学では、水の綺麗な場所の大気に多く含まれているのではないか、という説が有力です。

 清冽な水が、豊富に湧き出すこの国に特に多くの幸せ粒子が存在するのも頷けます。


 この国の水道局の、高度な濾過技術は、幸せ粒子まで取り除いていることが解り、幸せ粒子だけを水道水に残す技術開発担当部が僕の職場でした。


 蛇口を捻ると、そのまま飲める綺麗な水。


 奇跡の様な、美味しく安全な水を提供し続けてきた大切な存在。

 この国の水道局。


 しかし、この国では最も地味な存在。

 この国の水道局。


 僕の見かけもとっても地味。

 もちろん、中身も。

 僕に、ピッタリの職場。

 僕は、水道局員です。


 幸せ粒子が、降って来る季節。

 それは、初雪が観測される季節。


 その年のカレンダーも、最後の一枚を残すのみになった12月。

 人々が、あと数日に迫ったクリスマスに浮かれているとき、列島を寒波が覆いました。


 気象庁は、初雪予報。

 そして、今年から始まった幸せ粒子予報。

 テレビの中では、笑顔ピカピカのお天気お姉さんが、クリスマスには、初雪と共に幸せ粒子が降る模様ですと話していました。


 気象庁が、出す予報。

 信用度バツグン!!


 幸せ粒子が降ってくる可能性が大きくなりました。


 今年から、僕たちの開発チームで製作された、幸せ粒子透過型濾過装置。

 もちろん、僕も貢献している開発チーム。

 

 今までの物と変わるところは、唯ひとつ。

 幸せ粒子だけは、透過させて各家庭に水道水と共に送ります。

 これで、水道水を飲むだけであなたも幸せに。


 イブの朝、新型濾過装置に切り替えました。


 これで、クリスマスに皆さんに贈られる水は、幸せ粒子入りです。


 クリスマスイブ。

 今にも沈みそうな、夕陽。

 あれ?

 夕陽?

 雪予報じゃなかったかな?

 新型濾過装置の活躍は、見送りかな?


 職場からの帰り道。

 大きな歩道橋を歩いていると、夕陽を見て佇む女性が独り言。

 

「何故晴れるの?雪の予報を外しちゃった。またまた明日から苦情の嵐ね」


 んっ?

 外れたではなく、外した。

 独り言の彼女は、笑顔ピカピカのお天気お姉さんではありませんか?


「外れる事だってありますよ。お天気ですから」


 突然声をかけられた彼女は、怪しそうに僕を見ました。


「実は、僕。水道局の者でして……」


 初めての濾過装置運転が、空振りに終わった事まで話すと、彼女は僕に謝りました。


「だってお天気の事じゃないですか。たまには、外れる事だってありますよ。外れない普段のお天気予報には、とても助けられていますよ。ありがとうございます、ですよ」


 夕陽が沈み、いっそう気温が下がりました。

 頬に触れる空気が、小さな痛みを運んで来ます。


 暗い空には、星の姿も見えません。

 その時、突然、

 先程から冷たい空気に晒さられていた僕の頬に、小さな痛みの代わりに何か優しい物が触れました。

 お天気お姉さんの指も、頬に触れたものを確かめています。

 見上げると、天空から白い物がチラチラ降ってきます。


「雪だ」


 お天気お姉さんは、ピカピカ笑顔に。

 僕も新型濾過装置が役に立ちそうと、ピカピカ笑顔に。


 翌日、テレビの中のお姉さん。

 いつもの笑顔。


「このまま大晦日まで、雪が降り積もるので皆さん、足元にご注意下さい」


 んっ、それはたいへん!

 笑顔は、まずいかも?


 でも……。


 僕もあの夜以来、何故か笑顔になります。

 彼女の笑顔は何となく解るかもです。


 ところで、皆さんへ届く水道水、寒くて雪が溶けないので、皆さんに幸せ粒子が届くのは、まだ少し先になりそうです。

 水道局からのお詫びでした。

 

 年末の仕事納め。

 帰り道。

 あの歩道橋。

 またまた、お天気お姉さんと遭遇。


「こんばんは、クリスマス・イブのお天気予報、外れなくて良かったですね。この量は、ちょっと降り過ぎかもですが」


 彼女の笑顔は、少しイタズラっぽく変わると、


「降りすぎよね。でも私。寒いはずなのにあのクリスマス・イブの歩道橋の時から、何となく心が温かいの」


 僕も同じでした。


 その夜は、ふたりで夕食を。

 初詣もふたり。

 お花見もふたり。

 さくらんぼもふたりで食べ。

 暑い夏に負けないよう、ふたりの恋は熱く燃え上がり。

 唇を重ねる秋。

 紅葉に負けまいと、染まる君の頬。

 僕の耳。


 時間が流れる蛇口は、誰にも閉める事が出来ず、季節は巡ります。


 再びのクリスマス・イブ。

 あの歩道橋の上。

 今年も初雪予報。

 そして幸せ粒子予報をした彼女は、空を見ながら、


「あの時、ふたりに降った雪は、幸せ粒子を運んでくれていたのね。私の今の幸せは、あの時から始まったわ。これから降る今年の初雪にも幸せ粒子が含まれているはず。このまま雪に触れたらどうなるのかしら?これ以上の幸せって、ちょっと怖い」


「それなら、これ以上の幸せが、どんなものかをふたりで確かめに行こうよ。あのときみたいに初雪に触れてみよう。何事も試してみないと、わからないよ」


 そう言った僕は、コートのポケットを少し膨らませている指輪のケースに、そっと手を触れました。


         終わり


 





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