第2話
白人館を抜けると、次は道の向こうにある黒人ゾーンに行った。白人ゾーンで見た檻と同じようなもののなかに黒人が住んでいた。個体によって少々差はあるが、白人の鼻の高さに比べると黒人の鼻は横に広い個体が多かった。
「ちょっと違うけど黒人と白人もそんなに大差ないね」
「そうね。でも白人は黒人を奴隷にしてた過去があるの」
図鑑に載っていた気がする。地球のアフリカ大陸に住んでいた黒人はユーラシア大陸に住んでいた白人に連れられ、奴隷として扱われていた。知能も同じ黒人がなぜ上下関係になってしまったのか、キュピラは図鑑を読んでもでもいまいちよくわからなかった。
地球人とは異なり、フメブト星人は、高い知能を持つ者同士、差別や奴隷は誹謗利敵で有り、協力、協業体制こそ繁栄の道であるという考えであった。
リーダーの役割を持つものや補佐の役目などの役割の違いはあったが、個体別の差別など考えられなかった。
「ばかばかしいよね。同じ仲間なのに」
「そうだね」
キュピラは色だけ違う人間を見るとすぐにふれあいゾーンに向かった。
ふれあいゾーンには長蛇の列ができていた。
「最近、人間の赤ちゃんが生まれたんだって。それを見る行列だね」
「人間の赤ちゃんは触れないの?」
「フメブトの赤ちゃんだってデリケートでしょ? 生き物の小さいときは何でもか弱いのよ」
「ふうん」
「並ぶ?」
「うん」
キュピラと母は手を繋ぎながら列の一番後ろに並び始めた。意外にも列は定期的に前に進んでいる。おそらく定位置に警備員がいて促しているのだろう。
「あっ! 見えてきた!」
新生児は四本しか生えていない手足を縮めて目を閉じている。
「寝てるのかな?」
「人間の赤ちゃんはほとんど寝てるらしいよ」
ふとケースに入っている新生児は大きく口を開けた。並んでいるフメブトたちはそれを見て歓声を上げる。
「かわいい!」
キュピラは何度もまばたきして脳内に瞬間を保存した。周りを見れば同じようにまばたきしている人は大勢いる。
新生児見学をし終わったあとは成熟した人間と触れ合えるコーナーにたどり着いた。
成熟した大人は手首に錠をつけられながら、周りをフメブトに囲まれていた。
「何か言ってるよ!」
「ええとね……」
母は人間園マップを裏向けたそこには人間の言語表が載っていた。
「あったあった。この人間はね。地球の東アジアっていう地域で捕獲したらしくて、『助けて』『帰りたい』って言ってるよ」
「やっぱり故郷に帰りたいんだね」
成熟した人間がしゃがみこんだ。キュピラは目の前にある頭をなでてやったが、人間は体を震わせるだけだった。
「髪の毛って固いけど曲がるんだね」
キュピラは新鮮で何度も髪の毛を撫でた。一本抜いてみたい衝動にかられたが人間が怒れば何をするかわからない。最近、ペットとして購入した人間が暴れ回って飼い主が殺されたというニュースもよく見る。知能が高いだけに、反抗されかねないのだ。
「さ、いっぱい触れ合ったから手を洗いましょう」
キュピラはトイレに連れていかれ、四本の手をごしごしと洗った。
「お母さん、ちょっと疲れちゃった。休憩しない?」
「僕もおなかすいた。ご飯食べたい」
休憩コーナーは早くも賑わっていた。母はメニュー表を一瞥し、店員を呼んだ。人間園に来る道中で話していたものを注文した。厨房からは香ばしい香りが立ち込めて涎が伸びて床に落ちた。
「お待たせしました。人間の手元、塩焼きです」
素巨大な皿に載っていたのは、人間の肩から手先を醤油で炙ったものと、人間の姿焼きだった。
食用の人間の繁殖はまだ十分に進んでいないため、普段の食事に人間が出てくることはない。人間は新生児を生むのに、十か月ほどかかるため、需要に追い付かないのだ。それに成人の人間の捕獲もまだ十分ではないことも影響している。
キュピラは顎を伸ばして引きちぎった腕を丸ごと放り込んだ。強酸性の涎が腕を溶かし、繊細な風味が全身から香ってきた。筋肉質な人間だからだろうか、溶かしごたえは十分にある。それに対して脂身は少なく、すぐに脂酔いしてしまう体質のフメブトにとっては格別の食材だった。
「おいしいね! 毎日食べたい!」
「この前ニュースで、人間の育成方法の研究で新しい成果が出たらしいから、キュピラが大人になるまでに、人間が食卓に並ぶ日が来るかもしれないね」
「楽しみ!」
キュピラとサイズが変わらない人間だったにもかかわらず、十分足らずで完食してしまった。
「うおおおお!」
厨房から叫び声が聞こえてくる。
「ここのイートヒューマンは、生きた人間のまま調理するから、人間の鳴き声とか雄たけびが良く聞こえるんだって。今のもそうだよ」
母がマップの文章を見ながらキュピラに言った。
「この後どうする?」
「黄色人種ゾーンだけ行ってないよね。そこ行こう」
キュピラは人間の骨に残っているわずかな肉を器用に引きちぎりながら答えた。
人間園 佐々井 サイジ @sasaisaiji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます