第5話 月と太陽。

マジョリティー「一般社会」に勝ったセレブたちと、「一般社会」に負けた、精神疾患者たちだと思っている。僕となこさんは、そんな勝ち組と負け組のマイノリティーである。セレブが太陽だとしたら、精神疾患者は、月。僕となこさんは、太陽と月の関係だと、僕は思った。実際、なこさんは、太陽のように明るい性格で、屈託のない、素直な、やさしい女性だった。一方、僕は、月のように、おとなしい、静かで、悲しみと絶望感を帯びた男性だった。今まで、僕は、障がい者施設のグループホームで、毎晩毎晩、台所で夜会を開き、静かに、仲間たちと、古いパソコンで音楽を聴きながら、貧しく、コーヒーを飲み、ひそひそと、話し会いっこして、楽しんでいた。貧しくとも、月の世界に住んでいたようなもので、そんな感じで、精神疾患者の仲間たちは、幸せだった。一方、なこさんは、太陽の世界で、社会で高いポジションにいて、仕事をして、大金に恵まれて、大豪邸に住み、スポーツカーを乗りまわし、テニス、ゴルフ、スポーツジム、乗馬クラブ、ヨガで汗をかき、温泉でリラックスして、家族たちと温かいご馳走を食べて、優雅な暮らしに満足していたようだ。そんな、対照的な男女の僕たちだった。次の日の日曜日、僕は「なこさんと話すと温かい気持ちになるよ。」と言い、なこさんは、「僕と話すと落ち着いた気持ちになるの。」と言った。太陽を中心に、月が、地球の周りを回るように、僕となこさんも、スムースに、うまく、バランスの取れていた。お互い、違った方法で、地球を愛しているようだった。「シンガポールは、美しく、裕福な金融都市ですよ。」と、やさしくなこさんは、ふるさとを表現した。そして、なこさんは、貧しく、ひっそりとした僕に、「一緒に、投資信託の仕事をしませんか。なこは、幼い頃、父親の影響で投資に興味を持ち、現在仕事にして、潤沢な報酬を得ている、あなたにFXの技術を教えてあげることもできますよ。あなたにも、豊かな生活をしてもらいたいわ。」と言う。僕は、「そんなに大金はいりません。普通、精神疾患者は、国から、国民の血税による、障がい者年金や、生活保護で、慎ましく、ありがたく、生活しているのです。一般家庭や、社会人に対して、頭の上がらない、感謝申し上げた気持ちでいるのです。また、そんな生活でも、精神疾患者は、満足していて、プライドだって持っています。」と、言って、なこさんの申し出を、おことわりしたのだった。なこさんは、僕と共同作業をしたかったようであった。そして「あなたの頑固な姿勢は、時に、不具合な問題を抱えることになるでしょう。」と、表現した。僕は、「まさしく、僕は、たくさんの人びとから、差別意識をもたれて、虐げられて、迫害されている感じがします。」と、表現した。考えても、月が太陽になれる訳がないような話しであり、僕は、なこさんみたいには、絶対になれるはずがない。僕はなこさんに、絶望を感じた。もう、これ以上、お付き合いは、できないし、潮時だと思った。「短い間ありがとう<(_ _)>。なこさん、僕は楽しかった。」と、言って、時計を見たら、深夜になっていたので、「もう、なこさん、休みましょう。おやすみなさい。」と言うと、なこさんは、「おやすみ」と、言って終わりになった。次の日から、僕たちのやり取りは、僅か週末の二日間で、なくなった。僕たちの楽しい時間は、終わりを告げる。月曜日、僕は、朝起きて、いつもの生活に戻った。仲間と、送迎バスに乗って、作業所に行く。

昼間は、作業場に、仲間たちと働いて、夜はグループホームで過ごす現実生活に戻った。それでいいと思った。夫婦みたいな、恋人は、確かに、なこさんだったと思う。

セレブと精神疾患者のカップル。甘く短命なカップルだった。

そこには、一緒には、長く、いられないし、暮らせない、住む世界が違う事実があった。しかし、満足した僕は、あらためて、人間を考えようと思う気持ちなった。

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