薄明光線
あじふらい
薄明光線
兵士は浅い呼吸で壁にもたれかかっていた。
身に付けた全てが重力によって彼を冷たい地面に縛り付ける鎖となっている。
全てを脱ぎ捨ててしまいたいと思うのに、両の手で握りしめる残弾僅かな小銃から手が離せない。
瓦礫と化した美しい故郷の街並みは、今はただ冷たく彼を見下ろしていた。
兵士の側で仲間が横たわりその体温を散らしている。
くだらない冗談を言い合った彼がその口を開くことは、もう二度とない。
せめて虚ろに開いた瞼を優しく撫でてやりたくとも、兵士の体は鉛のように重く、指の一本さえ自由にならない。
兵士は唯一自由の効くその瞳を空へと向ける。
どんよりと分厚い雲が故郷の全てを灰色に染めんとするかのように、重く垂れ込めている。
先刻から続く弾着の破裂音がその雲に跳ね返され、街を包み込んでいた。
兵士は瞼を閉じる。
記憶の中で美しい故郷の街が蘇る。
瓦礫を聖堂に、土煙を花嵐に、砲声を鳴り響く教会の鐘の音に、枯れ木を緑あふれる巨木に、兵士は全てをその瞳に再生する。
ワンブロック先で地面に伏している上官が、聖堂に続く石畳の道で自慢の美しい幼子の手を引き、兵士の側で冷たい亡骸に変わろうとしている戦友が、その幼子の頭を撫でる。
櫛の歯がかけるように死んでいった僚友が、ひとりまたひとりと現れ、ある者は母を、ある者は父を、ある者は子を、ある者は妻を、ある者は恋人を、ある者は友を、それぞれ伴って、きらきらきらきらと陽の黄金に輝く故郷の石畳に集合する。
笑い声が響く街角に、通りのパン屋からパンの焼ける匂いが漂っている。
兵士は咳き込み、美しい故郷は霧散する。
えぐれた石畳が冷たい瓦礫の山へと続いていた。
ぬめり、と赤黒い液体が流れ水たまりのようになり、兵士の体を取り囲んでいる。
まるで縫い付けられでもしたかのように小銃から離れなかった手が、地面に落ちる。
それでもまだ、もう片方の手は小銃の握把を固く握りしめていた。
霞み、靄のかかった兵士の視界がふと明るくなる。
分厚く垂れ込めていた灰色の雲から一筋の光が差し、兵士の記憶の中の故郷のように、暖かい黄金色が彼の体を優しく包み込んでいた。
その光芒が現実であったのか、それとも兵士の見る束の間の夢であったのか、真実を知る者は誰一人として、いない。
薄明光線 あじふらい @ajifu-katsuotataki
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