第4話 真
――クリストフ子爵、死亡。
かねてから婚約していたバフドール伯爵令嬢との結婚式当日、屋敷内庭園で、祝宴の出入りに紛れた強盗に襲われる。
目撃者である妻とその姉によると、犯人は三十歳代と見られる黒髪の大男。クリストフ氏と妻の宝飾品を盗み、凶器を捨てて逃走――
その悲劇的なニュースは、またたくまに国中に広まった。
子爵家は商売で財を成した富豪である。生き馬の目を抜く業界で、恨みや妬みを持つ人間はいくらでもいた。街中へ逃走されてしまった以上、容疑者を絞ることは不可能だった。
その場にいた女性二人には容疑はかからなかった。妻はすでに子爵家の女主人であり、その姉は資金援助を受けている。二人ともクリストフが亡くなれば困る立場にあり、彼を殺す理由が何もなかった。
商家はたちまち経営に困窮した。悲劇の花嫁エリアナは臨月で、事件のショックで失語症となり、とても商売などできる状態ではなかった。
絶体絶命の危機を救ったのは、メリッサ・バフドール伯。
もとより才女と名高く、伯爵家の経営に手腕を振るっていた彼女。伯爵家の広大な領地も活用し、商家はむしろさらなる成長を遂げる。
――子爵家はあのメリッサに乗っ取られた。もしや、あの事件の裏で手を引いていたのも――などときな臭い噂が浮かんできたころ。
「妹の心身が回復し、跡継ぎも成長したから」と、メリッサはあっさりと経営を降りた。
後年、エリアナ嬢は語る。
「あたしは悪い娘でした。出来のいい姉に嫉妬して、ワガママばかりを言って、愛や、人間のなんたるかも知らぬままに身をゆだねて。
……お姉様はあたしの犠牲になってしまった。あんなに美しいひとだったのに、婚期も逃して、寂しい田舎の伯爵領に閉じこもって……。
詫びても詫びても、詫びきれません。どうかお姉様には、ご自分の幸福を手に入れて欲しいと……心から願っております」
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「――ですって。とんだ美談ですね、メリッサお嬢様?」
そう言って、クルルはクスクスと笑った。
メリッサの髪に櫛を入れながら、歌うように話す彼女。メリッサは唇を尖らせた。
「いやだクルルったら。まるで本当はわたくしが悪いヤツだった、みたいに言わないで」
「ごめんなさぁい。でもこの記事、まるっきり嘘だらけじゃないですか」
「人聞きが悪いことを――わたくしが嘘をついたのは、クリストフ殺害の犯人像だけよ? それも妹に情けをかけてあげたからだし……」
いよいよクルルは笑い声をあげた。
「この記事だったら、そうですね! でも三年前、エリアナ様を焚きつけたのはあなたでしょう?」
「……まあ、それはそうだけど」
そこでちょうど、メリッサの髪が結いあがった。クルルが置いた櫛を拾い、今度はメリッサが、クルルの髪を梳っていく。
ひと梳り、ひと梳り、いつくしむようにして。
「エリアナは……わたくしの持ち物を奪わずにいられない子だった。幼いころからずっと、ぬいぐるみ、ドレス、両親の愛……そして婚約者。
クリストフが腐った男だと、出会ったその日に分かったわ。嫌悪感が顔に出てしまって、抑えきれないほど、嫌いだった。
……だけど彼を拒絶などせず、むしろ心から愛しているように見せかければ、妹が奪おうとしてくれる――わたくしの代わりに地獄に落ちてくれる。
わたくしは何もしていないわ。ただ思った通りに、ことが進んだだけのこと……」
「それにしても、あの婚約破棄はむかつきましたね。お嬢様を悪女に仕立てるなんて」
自身の髪を撫でる、メリッサの指に頬ずりをして、クルルは嘆息した。
「私、思わずカッとなって怒鳴っちゃいましたもん」
「あら、事前の打ち合わせ通りだったじゃないの」
「演技はしてないですよ。もうほんとむかつくあの男。目つきが悪いだのなんだの、私のメリッサ様を侮辱して、死にさらせ! ってあぁ、もう死んでた」
ぺろりと舌を出して肩をすくめるクルル。
メリッサは笑った。
この感情豊かで残酷で、メリッサを溺愛する侍女が可愛くて、愛おしくて。
……あの二人が、あんなになるまで傷つけあうことまでは期待していなかった。
だけど、全くの想定外でもなかった。
それでもよかった。どうでもよかった。
「わたくしは復讐なんて望んでいません。あの男や妹……両親が不幸になって、ざまあみろ、とも思わない。莫大な富や権力も、何も要らない。ただ誰にも邪魔されず、身分や性別なんてしがらみもなく……あなたと過ごしたいだけなのよ」
結い終えたクルルの髪と、むき出しになった首筋に、メリッサは唇を押し当てた。
とある悪女の復讐劇 とびらの@アニメ化決定! @tobira
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