第4話 夜
絵梨花と初めて会話をした日の夜。美愛さんと絵梨花はいつものように出かけて行った。一週間に数回別の神社の巫女さんと会うためらしい。なのでこの時間は俺一人になる。俺の父さんは刑事として「舞姫」を追っているので家にいない日が多い。昔から父さんは家にいないのが普通だったので今更さみしさを感じることはないと思ってた。
「なんか静かでさみしいな」
新しく家族ができて昼間は美愛さんと話しているから余計一人の時のさみしさが目立つ。俺は今の生活に心地よさを感じているんだろう。
「気晴らしに外歩くか」
俺はこの前絵梨花と初めて会話をした裏山に行くことにした。前に住んでいたところよりも神社は高い位置にあるし周りが森だからより一層寒さを感じる。前に通った道を同じように進む。ある程度進んでいくとあの時の滝の音が聞こえてきた。一回見ているとはいえ水の冷たさとお墓の不気味さでかなり寒く感じる。
「いったいここって何なんだろうな。先祖代々のお墓って感じでもないし」
お墓といっても地面に木の板が刺さっているという簡素なものなのでおそらく先祖のものとかではないのだろう。
「もう少し奥まで行ってみるか...」
この奥に何があるのか気になったのでさらに奥に進んでみることにした。
川を越えてさらに奥まで進むとそこには小さな小屋があった。
俺はその小屋の中に入ろうとした。
「奏くん。待って」
ふと俺を呼び止める声が聞こえて後ろを振り返る。
そこには絵梨花がいた。
「あれ、絵梨花帰ってきてたのか」
どうやら俺が裏山に入ってからかなり時間が経っていたのだろう。
「ちょっと話がある。ついてきて」
絵梨花が俺に話しかけてくるなんて初めてのことで少し驚いたがおとなしく付いていくことにした。
絵梨花に連れられてやってきたのは裏山の頂上。俺が奥に進んでいた道を少し戻って滝のあたりを上に登って行った。
「うわぁ、きれいだな」
そこには絶景が広がっていた。
「ここは私の好きな場所。暇なときによく来るの。」
「いい場所だな。少し寒いけど。それで絵梨花が俺に話しかけてくるなんて珍しいじゃん。どうかした?」
「この前私と奏くんが初めて話した時の話。あの話お母さんにしてないよね」
なんの話かと思ったらその話か。泣いていたことをよっぽど美愛さんに言われたくないみたいだ。
「あぁ、絵梨花が泣いてた時の話か。誰にも話してないぞ」
「そう、ならいい。それとその時私が言ってたこと聞こえた?」
「いや、滝の音が大きくて何を言ってるかはわからなかった」
「そう、じゃあいい。それだけ。じゃあ私帰るから」
「え?あぁ」
それだけ話して絵梨花は帰っていった。そんな話ならわざわざこんなところまで連れてこなくてもいいのに。にしても絵梨花とは最低限の会話しかできてないな...ちょっと普段から話しかけてみるか。
そんなことを考えながら俺も家に帰った。
「ふー、極楽極楽」
家に帰ってすぐ俺は外に出て冷えた体を温めるべくお風呂に入っていた。絵梨花が連れて行ってくれた山頂は景色はきれいだが少し寒すぎる。そこで冷えた体に温かいお湯が身に染みる。
ガラガラ
ふと扉が開く音がした。扉が開く音がした!?
「はぁ、外寒すぎ。お風呂お風呂」
絵梨花の声だ。
「絵梨花!俺中にいるぞ!」
あぁ、一歩遅かった。俺がそう声を上げたときにはもう目の前に絵梨花がいた。
「きゃあああああ!!見るな!!見るな!!」
「いや、ちょ、ごめ...ぐえっ...」
洗面器が飛んできた。なんときれいなフォームなんだろうか。まっすぐ俺の顔面目掛けて飛んできた洗面器は俺のおでこのクリーンヒット。後ろに倒れた。
「バカッ!!!!」
そう叫びながら絵梨花はお風呂場にすっ飛んでいった。
「ごめん絵梨花。見てないから!!見てないからあああ!!」
俺の謝罪は絵梨花に届いただろうか。後でちゃんと謝りに行こう。
「にしてもあんなに大きな声を出している絵梨花初めて見たな。」
とか考えながらお風呂を済ませて絵梨花の部屋へと向かった。
「絵梨花ー絵梨花ー。さっきは本当にごめん。マジで何も見てないから。許してくれ」
返事はない。普段からあまり話してくれないから返事が返ってこないのは慣れているが今日だけは状況が状況なので絵梨花にちゃんと謝っておきたい。
「絵梨花!本当にごめん。ちゃんと謝りたいから出てきてくれないか」
もう一度絵梨花の部屋に向かって叫んでみる。やっぱり絵梨花は出てこない。
「奏くん。私はうしろ」
「へ?」
なんと俺が探していた妹は後ろにいたのだ。
「なんで後ろに...じゃなくて本当にごめん。もっと早く俺が声を出してたらこんな事故は防げただろうに」
「別に大丈夫。私も大きい声出してごめん。よく考えたらお風呂の電気ついてるのに誰も入ってないわけないよね。今までお母さんと二人だったから忘れてた」
そっか。絵梨花も俺と同じで家族がいる状況って久しぶりなのか。
「そうだ。少し話をしないか?兄妹になったのに俺は全く絵梨花とを知らないし、ほぼ話したことがないからこれを機に仲良くなれないかなって思ってさ」
「...わかった。下で待ってる」
よっしゃああああああ。ついに絵梨花と話す機会を作れた。妹と仲良くなるチャンスを絶対にものにしてやる。意気揚々と俺は絵梨花の待つ一階へと降りて行った。
「これ、どうぞ」
そういって絵梨花は俺にお茶を出してくれた。
「ありがとう。わざわざいいのに...」
さて話す機会を作ることはできたけどいざこうやって話すとなると一体何を話せばいいかわからない。
「絵梨花と話すのってこれで三回目だよな。今まで事務的な会話しかしてこなかったけど。一応改めて自己紹介しとくな。俺は奏。17歳。特技は料理だ。改めて兄としてよろしくな」
「私は絵梨花。16歳。特技は舞を舞うこと。よろしく」
「舞ってなんの舞なんだ?」
「神社の舞。昔から私の担当。でも最近やってない」
「へー意外だな。すごいおとなしそうなのに人前で舞えるのか。素直に尊敬する。すげーな」
「む、昔からやってたことだから慣れてるだけ。別にすごくないよ」
なんか急に早口になったな...
「好きな食べ物とかあるか?さっき言ったけど俺料理得意なんだ。今度作ってあげるよ」
「好きな食べ物...考えたことない」
「うーん。それじゃあ食べたいものでもいいぞ」
「食べたいもの...肉じゃがが食べたい」
意外なものが絵梨花の口から出てきた。
「肉じゃが好きなのか?わかった。美愛さんに聞いてみて明日作るよ」
「ありがとう」
「普段は何してるんだ?ずっと神社のことをしてるわけじゃないだろ」
...
沈黙が返ってきた。
「悪い。あんまりプライベートは触れられたくないか。まあ出会って一週間しかたってないやつにいうのもあれだよな」
「ごめん」
「いや大丈夫。俺こそ悪かった。さっきから俺が聞いてばっかだな。何か俺に聞きたいことあるか?なんでも答えるぞ」
しばらくの沈黙の後絵梨花が口を開いた。
「なんで私なんかに話しかけてくれるの?」
びっくりした。想像もしてない質問をされたからだ。
「うーん。俺は絵梨花と仲良くなりたいんだよ。別に深い理由もなく。こんなこと家族や兄妹を知らない俺がいうことじゃないのかもしれないけど俺たちはもう家族なんだよ。だから仲良くなりたいし絵梨花のことも知りたい。不安な時には居場所になってやりたい。そう思ってるんだよ。家族になる第一歩として仲良くなりたいから絵梨花に話しかけてるってことだな」
少し恥ずかしかったけど俺は本心を絵梨花に伝えた。言い終わって絵梨花の方を見ると絵梨花は泣いていた。
「ど、どうした絵梨花。いきなり家族とか言って気持ち悪かったか?もしそうならごめん。えっとえっと...」
泣いてる絵梨花を見ておろおろしてると絵梨花が近づいてきて言った。
「信じていいの?私の家族で居場所になってくれるの?」
「あぁもちろん。さっきの言葉に嘘はないよ」
「もしけんかとかしても最後には居場所になってくれるの?」
「あぁ。でもけんかはしたくないな。仲良くしてたいよ」
「ありがとう。よろしくねお兄ちゃん」
笑った顔かわいいな。絵梨花がずっと笑っていられるように俺も兄として頑張ろう。
今日絵梨花と話して正解だった。話すきっかけは何であれこれから仲良くなっていける気がする。絵梨花もずっと美愛さんだけが家族だったから不安だったんだろう。その不安をできる限り取り除いてあげないとなと思った。
エリカ 雛菊シアン @shian3939
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