第12話 決意
雪穂はこの1日、改めて過ごしてみて思った事がある。
自分たちの日常は、やっぱり大事なものだということ。
母親と一緒に過ごす日常、風子と一緒に過ごす日常。これらが失われることを少しでも想像したくはなかった。
でも、気づいたことがある。
もし、あの『悪魔』のような存在が、風子にも襲い掛かってきたら?
もし、その時に尊のような存在が現れなかったら?
悪魔祓いというものの人数がどれほどいるか、どれほど動けるかなどはわからない。自分がいなきゃいけないというような、殊勝な気持ちなんてものはない。ただ、いざという時にこの人達の力を『借りさせてもらう』、そんな気分で。雪穂はただ一言、やりますと、そう答えた。
「随分と急な心変わりですが、どうしたのです?何か心境の変化でもあったのですか?」
「あたし、色々考えたんですよ。なので、決めました。あたしは誰かのために戦うんじゃなく、自分のために戦うんです」
「…面白いことを言いますねぇ。考え、聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
いぶかしげな目で自分を見る黒崎に対し、雪穂は一歩も退く様子なく、続ける。
「あたしは、まず最初に、自分の住む日常が崩れるのが嫌です。でも、今まではこんな日常、早く終わってしまえと思ってました。退屈なだけのそれが本当に大嫌いで。でも、いざ悪魔と遭遇したらそれは違った。退屈な日常が嫌だったんじゃない、何か。別の何かが嫌だったんです」
「…ふむふむ。よくわかりませんが、続けてください」
「だからあたしは決めました。あたし自身が何かに巻き込まれるのはいいです。それはそれで退屈しませんから。でも、家族や友人が巻き込まれるのは嫌です。だから、守れるだけの力が欲しい。いざという時に駆けつけてやりたい。もし手遅れになるくらいなら、あたしが助けます」
「…………」
黒崎は黙り込む。
その姿勢に、思わず雪穂も不安になってしまった。格好つけて啖呵を切ったのはいいものの、何か失礼なことを言っていなかったか、何かずれたことでも言っていなかったのか。急に激しい不安が襲ってくる。だが、もう言ってしまった以上それを取り消すことはできない。
不安になりながら、黒崎の表情の変化を追って、少しでも好意的な反応をされているかどうか、確かめようと彼の顔を見る。
「あまり見つめられても恥ずかしいのですけれど。ですがそうですねぇ。実のところ、悪魔祓いにそこまで殊勝な考えの人間はいないのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。悪魔に家族を殺されたから悪魔を殺したいとか、何でもいいからお金が欲しいとか。それらも立派な生きる目的です。もしそれらを奪ってしまったら、彼らは生きる目的も失い、生きる屍となってしまうでしょう。そういう人物を保護するのも大事です」
「要するに何が言いたいんですか」
回りくどい言い回しに、ついつい言葉尻が強くなってしまう雪穂。そんな彼女に対し、黒崎は表情を変えずに話を続ける。
「いえ、あなたは本当に面白い人だ、と思いましてね。勧誘して正解でした。しかも、あれほど強力な悪魔が憑いていながら、ペンダントの力で何とか自我を保てるとは。実のところ悪魔祓いというのは深刻な人手不足なのです。私も自分で思いますが、随分と胡散臭い職業な上に危険も多い」
一瞬、あの貼り付いたような笑みが消え失せたように、雪穂には見えたが、どうやら気のせいだったようだ。すぐに元の顔に戻る。
「尊くんには感謝しないといけませんねぇ」
「あたしとしてもあの人は命の恩人ですけど…あなたの立場でそれ言うのも、ちょっとおかしくないですか」
「それはそうかもしれませんねぇ。いやぁ、歳をとるとついつい余計な独り言がこぼれてしまって困ったものです。とりあえず、そのペンダントは貴女にあげます。明日、悪魔との戦い方を教授しましょう。貴女は今のところ何も知らないでしょう?大丈夫です。すぐ戦えるようになりますよ」
「…それ、あたしの寿命使って云々とか、そういうのじゃないですよね?」
「そういうのではありませんよ、安心してください。とりあえず、話は尊くんたちにもしておきますので、貴女は帰ってください。あまり夜遅くまで貴女をここにいさせるわけにもいかない。何せ…夜というのは、悪魔の時間ですから」
やっぱり、夜行性だったか…などと考える雪穂だったが。とりあえず改めて後には引けなくなったなと、先ほどの発言を少し後悔していた。
結局、いつもの反発癖が出てしまっただけじゃないだろうか。そんなことを思いながらも、何故か少しだけ心の奥で、ほんの少しだけ、心が躍るような気分になっていた。
書斎を一度出ると、そこには伊織と尊が佇んでいた。
「あの、さっきの会話盗み聞きしたりとかしてないでしょうね?」
「んな行儀悪いことはしてねえよ。そもそも爺さんの書斎はドアが堅くて外の音、聞こえねえからな。単にお前が戻ってくるの待ってただけ」
「それなら良かったけど…」
「せめて疑ってごめんとか言えや」
「ごめんなさい」
流石にこれは何も言えないなと、雪穂はもうほぼ反射で謝罪の言葉を口にしていた。それに、確かに、これは自分も同じことを言われたら気分が良くないだろう。
「とりあえず、僕達の仲間にはなるのだろうか」
「うん。…相変わらずあの人は何考えてるかわかんないけどね」
「随分話し込んでいたみたいだが」
正直、雪穂はまだあの男のことはあまり信用できないでいたが……逆に積極的に疑うようなことも、今のところは特に見つからなかった。
単純に、雰囲気が胡散臭いのが気に入らないだけなのだと、今はそう思うことにしたのだ。
「言ってることが回りくどくてわかりづらいからな。だからお前の気持ちはわかるぜ。
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Sliver Moonlight~白銀の月夜に悪魔は微笑む~ 八十浦カイリ @kairi_yasoura
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