第11話 取引

八坂雪穂という少女は、誰かにあれをやれこれをやれと言われたら、まず反発したくなるような性分である。

つまるところ、それは反抗期真っただ中というやつでもあるのだが、とにかく誰かに何かを命令されるのが、たまらなく嫌なのだ。

黒崎の申し出も、当初は完全に断る気でいた。

しかし、今朝の悪夢と激しい頭痛が、これを断ってはいけないという明確なメッセージとして、雪穂に襲い掛かってきていたとあらば、事情は変わってしまう。


ドアがギィと開く音に合わせて、雪穂は修道院の中へと歩を進める。

「…あれ、お客さん。ですか……?」

そこには、伊織とどこか似た外見の、小柄で中性的な少年の姿があった。伊織の弟か何かだろうか。

「約束の時間になりましたので、来ました」

「あっ…はい。黒崎さん、呼んできますねっ」

容姿の割にえらく高い声で、少年は雪穂に応対する。伊織ほどではないが、なかなかにちぐはぐな印象を受ける少年だった。


少年はそのまま、どこかに引っ込んでいってしまった。おそらく、黒崎を呼びに行っているのだろう。

その直後、カツカツという足音が聞こえてきたと思ったら、伊織が雪穂の前へと現れた。

「なんだもう来てたのか。お前みたいなやつのことだからてっきり遅刻してくると思ったんだけどな」

「しねえわあたしを何だと思ってんだ」

「まあ遅刻しねえならそれに越したことはねえ。時間にルーズなやつは信用できねえからな。大体そういうやつは約束だって破る」

「自慢じゃないけどあたしは約束だけは守る人なんで。命令されるのは嫌いだけど」


「…お前、思いの外めんどくさいやつだな」

「あんたに教えといてあげるけど、このくらいの歳の子はあんたが思う数倍面倒臭いから」

雪穂が同年代の女子高生に比べて、面倒臭い性格をしているのかどうかは……実際、本人にもわからなかった。友人のあまり多くない彼女にとって、同年代でそういった深いところまで知っているのが、風子くらいしかいなかったのだ。

「お前みたいなやつは別に嫌いじゃねーよ。そもそも、悪魔祓いなんて裏の仕事みたいなもんだ。基本ワケアリしかいねえよ」

「だよね。なんか君もワケアリっぽい感じだし。あ、そうだ。さっき君そっくりの子に会ったんだけど、あれ…もしかして」

「ああ、夜空に会ったのか。あいつは妹だよ」

道理でちぐはぐな印象を受けたわけだ、と雪穂は納得した。あの子は女の子だったのかと。


「なんかますます複雑な事情抱えてそうな感じ。もしかして、これあんま詮索しない方がいいやつ?」

「もしかしなくても詮索しない方がいいやつだ。簡単に言えば、あの爺さんに引き取られたって感じ。だからあの人はある意味親代わりなんだ。俺は爺さんって呼んでるけど」

「なんか…あの見た目に爺さん呼びって違和感凄いな……」

「実際若く見えるだけで、歳は完全に爺さんだからな。見た目と色々一致してねえのは、ある意味俺と一緒なのかもな」

「あ、それはそうかも」

「随分納得早いじゃねえか」

黒崎を待つ間、すっかり話し込んでしまった。伊織とは会話のテンポが近いのか、ついつい会話が進んでしまうのだ。


「おやおや、随分お2人とも仲が良くなったものですねぇ」

「そういうんじゃないんですけどね……っと、改めて。約束通りの時間に来ました」

「そうですか。私としてはもう少し遅れていても構わなかったのですが、それじゃ伊織君も納得しませんからねぇ」

「そりゃ時間も守れねえ奴、悪魔祓いなんて仕事任せられねえだろ爺さん」

「…あまり固くなりすぎるのも良くないという話ですよ。過度な緊張は仕事の精度を落とします。さて、こんな話をしている場合ではないですね」

相変わらず張り付けたような笑顔を浮かべながら、黒崎は話を進める。

「さて、ここでするのもなんですし、場所を変えましょう。ついてきてください」

黒崎の案内についていき、雪穂は修道院の中を歩き始める。どこまで行ってもドラマや映画で見たような場所というくらいで、一見特に何の変哲もない場所だった。

悪魔祓いなんていうファンタジーなことをしているのに、そういう風に見えるのは、かえって不気味さを感じさせた。


「さて、こちらです」

「えっと、何の部屋かだけ聞いてもいいですか」

「私の書斎ですよ。出来る限り1対1で会話をした方がいいと思いましてね。あ、不安なら場所変えますよ?」

「いや、別にそれは構わないです」

わざわざ文句をつけるようなものではないだろうと、雪穂はそのまま従って書斎に入る。

書斎は特に装飾品もないシンプルな部屋で、いくつか古そうな本とベッド、机があるだけの部屋だ。

前に父の実家にいた時に見た祖父の書斎が、そのままこんな感じだったなと、雪穂は思った。


「単刀直入に言いましょう。貴女の状態は、ただ悪魔に憑かれているというだけの状態とも、また違うと私は睨んでいます」

「……つまりそれって、どういうことですか?」

「言語化が難しいんですよねぇ。何分、私もこれまで長生きしてきて前例がないもので。なので私としては、貴女のその状態には少し興味があり、そしてそんな貴女を野に放つわけにはいかない、と考えています」

「いや、野に放つってそんな……」

少しおかしな表現に引っかかりこそ覚えたが、雪穂はそのまま話を聞き続けることにした。


「貴女、記憶がないかもしれませんが、一度理性を失ってここで随分大暴れしてましてねぇ。割とすぐに自我を失いかねない状態なんですよ」

「あ、それなんですけど。あたし実は寝る前にペンダントうっかり外しちゃいまして。それで……」

これは言っておかなければならないと、今朝のことを説明した。それを聞いた黒崎は、うっすらと笑みを浮かべた目を一瞬だけ開き、少し驚いた顔をした。

「ああ、それはだいぶ深刻ですねぇ。あれ、やっぱり持っていて良かったです。おっと、これはこっちの話でした。正直な話、もう悪魔祓いの契約とか、そういうのしなくても、あなたには平和でいて欲しいと思っています」

「それは。…まあそうですよ。というか、あんな危険な仕事したくないです」


「そうですよねぇ。ですが、最近どうにも悪魔の出現が増えているんです。以前はこんなことはなかった。おかげで私達は大忙しなんですよ。手伝うと思って、協力してはくださいませんか?」

「あたしみたいなほぼ素人でも、ですか?」

「貴女の友人だって、悪魔に狙われているかもしれないんですからね」


その言葉に、雪穂はハッとしたような顔をして、

「……わかりました」


「やります」

強い眼差しで黒崎の方を見ながら、答えた。

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