幽世界ノ終ワリ、命絶エシ者ノ讃歌

白雪れもん

第1話 幽世界の門

世界は二つある。昼と夜のように、一方が表で一方が裏。「人世界」は、生きた者たちが日々を繰り返す場所。そしてもう一つの世界――「幽世界」は、命を失った者たちが彷徨う闇の中の世界。そこには、終わりも救済もなく、ただ苦しみが無限に続くだけ。


リ・デッド・Mは、目を覚ました瞬間、すぐに自分がどこにいるのかを理解した。この重く淀んだ空気、常に耳鳴りのように響く不快な音。足元には灰色の大地が広がり、上を見上げれば、何もない黒一色の空が続いている。「ここは、幽世界だ――」彼はそう思いながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。


リ・デッド・M――それが今の自分の名だった。以前の名前はすでに忘れてしまっていた。いや、もしかすると自分で忘れようとしたのかもしれない。人世界での自分は、もうこの世界では何の意味も持たない。かつての自分がどうであろうと、今はただ「リ・デッド・M」という存在として、幽世界に生きるだけだ。


だが、彼の心の中には強い感情が渦巻いていた。それは憎しみ、復讐の念だった。彼は人世界に恨みを持っていた。彼を裏切り、絶望の淵に突き落としたあの世界。彼は自ら命を絶つことで、この幽世界にやって来たのだ。しかし、ただ逃げ込んだのではない。リ・デッド・Mは、この場所で力を得て、人世界を滅ぼすために動き始めることを決めていた。


幽世界は、静寂の中にも不気味なざわめきがあった。魂が彷徨うこの世界には、様々な「モノ」が存在していた。生きていた頃の姿を保つ者もいれば、怨念や後悔によって形を変えてしまった化け物もいる。そして、その全てを見下ろすかのように、この世界の頂点に立つ存在がいた。


「カイナン・メルヴィアス…」


幽世界の長として知られる彼の名を、リ・デッド・Mは呟いた。彼は人世界を破滅させるための鍵となる存在だった。カイナンは強大な力を持ち、数え切れないほどの魂を従えていると言われていた。そして彼自身も、人世界に対する強い敵意を抱いている。リ・デッド・Mは、その力を借りて人世界を滅ぼそうと考えていた。


リ・デッド・Mは、幽世界に潜む多くの魂たちの中でも特異な存在だった。普通の亡霊とは違い、彼は自らの意志でこの世界に留まり続け、時間と共に力を蓄えていた。そして、今こそ動き出す時だと感じていた。幽世界の長であるカイナン・メルヴィアスに接触し、人世界に復讐を果たす手助けを求めるのだ。


「カイナン・メルヴィアスに会うためには、まずは『エンズトリガー』を乗り越えなければならない…」


エンズトリガー。それは幽世界に生きる者たちにとっての試練であり、同時に力を証明するための儀式だった。この試練を乗り越えた者だけが、カイナンの元へ辿り着くことが許される。だが、この試練に挑む者は少ない。なぜなら、エンズトリガーは死んでなお命を削るほどの過酷なものだからだ。


「だが、俺はやるしかない…」リ・デッド・Mは心の中でそう決意を固めた。


彼が歩みを進めると、次第に周囲の風景が変わり始めた。灰色の大地が裂け、空には不気味な光が差し込む。耳鳴りのような音は、次第に低く唸るような音へと変わっていった。それはまるで、この世界そのものがリ・デッド・Mの動きを見守っているかのようだった。


「ここからだ…」彼は静かに呟いた。


リ・デッド・Mが立っていた場所は、幽世界において特異なエリアだった。無数の亡霊たちが集まる「亡者の回廊」。ここは、エンズトリガーの入り口とされる場所だった。回廊の中心には、古びた門があり、その向こう側に試練が待ち受けている。


彼は一歩一歩、確かめるように歩を進める。亡霊たちは彼を見つめながら囁き声をあげていた。


「また一人…」

「試練を受けに来たのか…」

「無駄だ、全ては無駄だ…」


リ・デッド・Mは無言で門へと歩み寄った。囁き声が彼の耳に響いていたが、それに耳を貸すつもりはなかった。彼はすでに決意していた。人世界を滅ぼすために、この試練を越えなければならない。


門の前に立った彼は、ゆっくりとその古びた扉に手をかけた。冷たく硬い感触が彼の手に伝わる。深呼吸を一つしてから、彼はその扉を押し開けた。


「エンズトリガー――始まりだ」


門を越えると、目の前に広がったのは荒れ果てた荒野だった。大地はひび割れ、遠くには何かが燃え上がるような光景が見えた。空は薄暗く、どこか不穏な雰囲気が漂っている。まるで、この場所そのものが彼を拒んでいるかのようだった。


「ここがエンズトリガーか…」


リ・デッド・Mはその場に立ち尽くしながら、周囲を観察した。何もないように見えるが、この場所に何かが潜んでいることは明白だった。彼の感覚は研ぎ澄まされており、周囲の異変を敏感に感じ取っていた。


「何が出てくる…?」


突然、足元の地面が揺れた。彼が身構える間もなく、大地が大きく裂け、巨大な影が姿を現した。それは、エンズトリガーの守護者だった。黒い鎧に包まれた異形の存在――幽世界の試練の守り手である「カラマス」が立ちはだかった。


「ふん…お前が試練を乗り越える者か」


低く唸るような声が響く。カラマスは、彼を一瞥し、まるで虫けらを見るような目で睨みつけた。その巨大な体躯は、人間の数倍はあろうかという大きさで、背中には無数の刃が突き出ている。リ・デッド・Mは、その姿にわずかな畏怖を覚えたが、それでも一歩も引くことなく、カラマスの前に立ち続けた。


「試練を越えなければ、カイナン・メルヴィアスには会えない…」リ・デッド・Mはその言葉を心に刻み、目の前の敵に向かって身構えた。


「来い…俺が相手だ」


カラマスが不気味な笑みを浮かべたかと思うと、その巨体を揺らしてこちらに突進してきた。リ・デッド・Mは素早く身を翻し、攻撃を避ける。カラマスの動きは鈍重だが、その一撃一撃には圧倒的な破壊力があった。







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