7.はじまり(2)

夕貴ゆうき!」

「友也!」

 夕貴が嬉しそうにこっちに駆け寄ってくる。横でレシオが食パンをむしゃむしゃ食べているが、とりあえず無視しよう。

 おじさんは夜九時に帰ってくるとのこと。それまでは俺、真弘、巽、レシオでゲームしつつ、あまりゲームに慣れていない夕貴とペアを組んでゲームしようってことになった。

「おじさんとの暮らしはどうだ?」

「楽しいよ。あれから一度も兄さんたちには会ってない。それに……、僕にはもう関係ないことだから」

 あのぼろぼろだった次男が、こんなに立派になって……。昔から色素の薄い瞳が目立つ子だった。兄妹とは違う色を嫌って前髪で隠していた夕貴。今じゃ前髪はヘアピンでとめられ、自信があるように感じられる。

「友也、実家には顔を出さなくていいのか? おじさんも心配していたぞ」

「旅行でおいていかれました。帰ってもいませーん」

 そう答えると夕貴は苦笑する。父さんも母さんもいい人なんだが、夫婦仲がよすぎて困る。

 夕貴はおじさんに引き取られて変わった。よく笑うようになったんだ。不満なことや嬉しいことがあると、すぐおじさんに報告する。少し前までは、兄も妹もいるのに、いつもひとりぼっち。そのことを長男に言えば「妹は体が弱いからしょうがないだろ。夕貴が我慢すればいい話じゃねえか」と返され、俺はこいつが夕貴のことわかってないんだなって思った。

 居間に通された俺たちは学校でのことを話す。レシオがやったこと含めて。夕貴も学校でのことを話してくれた。

 夕貴の通う学校は進学校で学業以外にも力を入れているので、夕貴は弓道部に入っているそうだ。中学生の大会で関東大会までいったらしい。これもおじさんに引き取られなかったら出来なかったと、夕貴は笑って言った。

 そういえば夕貴は今年高校受験か。どこに入学するんだろう。

「高校は八栄に行くつもりだ」

 きっぱりと告げる夕貴。もう既に願書も書き終えているし、おじさんのサインと印鑑もある。

「う、嘘だろ……」

 ビビる俺。俺の場合、全寮制のところを探して八栄を決めたんだけど。八栄は八栄で問題しかなかった。

「正気の沙汰じゃない」

 真顔になる真弘。真弘は受験生の時、妹と喧嘩して「妹ちゃんと離れる! 家出る!」ってなって八栄入ったクチだから。

「考え直せ」

 コピー用紙に『しんろそうだん』と書いて準備する巽。ある意味一番優しいよお前。

「イヤッフー! ピザパーティー! ピザの歌ー、マルガリータ大好きー。コーラもいいよー。唐揚げー、揚げバター、そしてマヨコーン!」

 唯一喜ぶレシオ。レシオは元から八栄志望、八栄育ちだったらしく、そもそも島の外に出るのは数えるくらいだったそうだ。そういえばレシオから家族の話されたことないな。

 成績いいんだからそのまま進級してくれよ。あとレシオはうるさい。そして歌うな。

「うぐっ」

 巽のボディブローがキマった。レシオがその辺でもだえている。

「友也を尊敬しているから八栄に行くことを決めたんだ。あの日、僕を救ってくれたのは友也だからな。それに寮生活にも興味がある」

 そう言ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっと別のやり方で恩返ししてくれないかな?

「生徒会入りそう」

「わかる」

 夕貴は真面目な性格だからな。たまに冗談を真に受けることもある。少し前に「布団がふっとんだ!」とか言ったら「大変だ!」って、布団がどうなったか確認しに行ったことがある。

「あ、これおみやげね。薔薇ジャムとスコーン。調理委員会が作ったやつだから、味は保証する」

「ありがとう。薔薇ジャムなんて初めてだ」

「これがレシオだったら、もう食べてるな」

「馬鹿にすんな! いただきますくらい言えるわ!」

「そうじゃねえよ」


◇◇◇


「え? 泊まらないの?」

 ひとしきり騒いだ後、巽が実家に帰ると言った。真弘も同意見らしい。

「実家っつーか、地元の治安が心配だ」

「ウチは妹がいるから」

「俺は――家がねえ!」

「もうレシオは泊まっていけよ」

 レシオだけはウチにいることになった。

「カレー作ろうぜ、カレー! ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、豚肉が入ったどろどろの田舎カレー!」

「田舎に謝れ」

 おじさんが帰ってくるまで俺がここの家主(代理)だ。簡単な料理でいいだろ。夕貴だってレシオに慣れてないんだから。エプロンをつけるところから始める。

「僕は、……妹が病弱だったから食べたことがないな」

「レシオ、そこの一番でかい鍋持ってこい」

「俺に対して塩」

 よし、今日はカレーだ。

「豚肉あったー」

 冷蔵庫を漁るレシオをとりあえず引っぺがし、居間に座布団置いてレシオをぶん投げた。

「夕貴はレシオが台所に入るのを阻止してほしい」

「わかった」

「え? 俺、実質足手まとい?」

 レシオには前科がある。たまごを電子レンジで爆発させたことがある。しかも何でもかんでもバターを入れようとするので正直邪魔。しかもこいつが作る料理全部まずくて、クラス全員ブチ切れた。

「さーて、簡単なサラダでも作っとくか」

「俺にもなんかさせてー」

「じゃあ、レタスちぎって」

「はーい」

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ドッグス 冬島れん @shikimi00

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