6.はじまり(1)
「……っ」
目覚まし時計のアラームが鳴る直前に止める。こんなに最悪な目覚めは何度目か。頭はずきずきと痛むし、体はとてつもなくだるい。
「……また、あの夢を見たのか」
昔から繰り返す夢がある。
物語のようにカットバックする断続的な場面の中、悲しそうな眼で俺を見上げる少女と――俺と同じ少年の顔。確かなはずの現実が、あの顔で揺らぐ。
起き上がっても、その記憶がぼーっと流れて動きが止まってしまう。
「俺は、誰だっけ……?」
「とーもやー!!」
ばんっ! と乱暴に開けられるドア。おい、今ミシッって音聞こえたぞ。それに今、着替えの途中なんだけど。
「今日! 何の日! だと思う!? 」
“祝☆転泊!”と書かれた旗をぶんぶん振りまわしている。正直うざい。
「……うぜー。転泊の日だろ」
朝からレシオがうざい。
そういえば、今日が転泊の日だ。両親はいつまでも新婚気分なので、おじさんのところに行く許可はもらっている。巽もおじさんのこと気に入ってるし、レシオも真弘も懐いているし。
「あ。やっぱりレシオ、友也のとこにいたー」
「真弘のカン、鋭いな」
レシオを見つけて得意げにしている真弘と呆れている巽。ようやく着替え終えた俺は、二人に軽く挨拶すると小さめのリュックを背負う。
「あれ? 荷物少なくねえ?」
「昨日、整備委員会から直してもらったロードバイクが帰ってきたので」
「あー。ロードバイクで帰りたいのか」
おじさんに買ってもらった自慢のキャノンデールのロードバイクだ。緑のグラデーションが綺麗で思わず、「あれ、かっこいいなー」と言ったら入学祝におじさんが贈ってくれた。
趣味で毎日乗ってるから、月一で整備委員会に点検を頼んでいる。社会人になっても乗っていたいからね。俺の大切な相棒。
「え? 俺は?」
「その辺でチャリ買ってこい」
「……」
真弘がロードバイクのことを無言で検索する。
「時速七〇キロ出ることもあるって」
「フツーのチャリだったら追い付けないじゃん!」
「整備委員会にレンタルロードバイクあるぞ」
レシオが小銭入れを見て、50円玉を取り出した。
「お金ない……」
「……八栄なんだから、金かかることなんてないだろ」
「!」
八栄の整備委員会はバイクや教師の車の整備も担当している。
『えっ、整備委員会だからロードバイクもやってくれるんじゃないの?』
去年、ロードバイクを整備委員会の工房に持ち寄った時、「うちは車とか機械系がメインだから」と言われ、思わず言ってしまった。それでロードバイクを見てもらうと、俺の手入れの仕方がよかったのかロードバイクに興味持ってくれて整備委員会でも扱ってくれるようになった。
そうしたらいつの間にか、メイドイン八栄のロードバイクが島内の自転車道路を走るようになった。路面電車に乗ることも多いけど、ロードバイクに乗って風を切る感じが楽しいんだ。
「真弘、巽、早く整備委員会にイッテハキュルルノテンス行こうぜ!」
「は?」
「日本語を話せこの野郎」
◇◇◇
「おおー。このオレンジのやつかっこいいじゃん」
「この黒いのにする」
「水色のロードバイクだー! 俺これがいい!」
オレンジ色を基調としたロードバイクにレシオが食いつき、黒いロードバイクを巽が気に入り、水色のロードバイクに真弘が騒ぐ。
「なあなあ、これ無料で借りていいの?」
「問題ないぞ。予算で買ったパーツで作ってるから。むしろ感想をもらえるんだからありがたい」
「あ、でもロードバイク、水上リニアモノレールに乗せられないじゃん」
「タイヤ分離できるぞ。バラした状態で専用のバッグに入れて運ぶんだよ。重森はそのこと知らないで、荷物置き場にそのまま置いて持ち込んでたけどな」
「ほーう」
「……」
にやりと笑う真弘。ロードバイクでの移動はしたことあるけど、ロードバイクを移動するのをしたことなかったんだよ。
「よろしくな、オレンジショット!」
「勝手に命名すんな」
「ちなみに友也の相棒の名前は?」
「小狐丸」
「なんか強そう」
水上リニアモノレールまで行くと、蛇神先生がいた。
蛇神先生は世界史の先生で
「荷物なら荷物置き場にどうぞ」
「はーい」
「ムシャはい」
「レシオ、何か食ってんじゃねえよ」
30分かけて千葉のターミナルに着くと、ロードバイクを運び出す。おじさんの家はここからそれほど遠くはない。
「さて、おじさんとこ、行くか!」
「ヘルメット忘れたああ!!」
「アホは放っとけ」
んじゃ、おじさんとこ行こうぜってなってロードバイク四人組が誕生した。
目的地に着くと、ロードバイクを下りて敷地内にとめる。
「ん?」
「おじさん!」
おじさんの家に着くとおじさんが例の次男くんと何やら話し込んでいた。
「おかえり、友也」
白いシャツに赤黒いシミがついているのは無視する。
「真弘くん、巽くん、レシオくん、いらっしゃい」
「夕貴!」
白髪の少年が振り返る。少しこわばっていた表情が、俺を見て幾分か和らいだみたいだ。
「友也。……おかえり」
次男くん――ユウキは照れたように笑った。
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