5.レシオ(5)

「今日のメニューはウインナー入りオム焼きそばとコーンポタージュ、アロエヨーグルトです。……残すなよ!」

「おかわり! アババグトヒュドスダシゲセル!」

「レシオが早速レギュレーション違反した」

「食うの早すぎ。あとお前、何て言った?」

「レシオの母国語は無視しておこう。……いただきます」

 あの後、寮に戻った俺たちは寮の食堂にいた。食堂で提供される料理は、調理委員会がつくっている。将来の夢はシェフだったり実家を継ぐことだったりといろいろだ。

「ところでさっきの、いったい何だったんだろうなー」

「集団幻覚じゃないの?」

「あんな書生姿、四人が見れるのかよ。ラッキーだなおい」

 食事が終わるとそれぞれが、化野の話題になる。

 ……化野。一体何のために、俺たちの前に現れた? そもそも、忠告なら、俺だけでよかったはずだ。何で、四人でいる時なんだ?

「おい、そこの四人組! 露天風呂の入浴時間がそろそろ終わるぞ! 早よ入っとけよ!」

 保安委員会の生徒が声をかける。寮の外にある露天風呂は大浴場のように広くて、保安委員会や生活委員会の管理部門。午後九時には保安委員会が閉め、生活委員会がその後掃除をする。

 慌てて俺たちは露天風呂に向かった。

「じゃあ、また明日ー」

「あーあ、三年生の寮いかんと駄目なのかあ」

「ちょうど眠くなってきた……」

「おう、また明日」

 うぐいす寮の二階――。

 暗い自分の部屋。電気をつけると、勉強机に飾ってある懐かしい写真が目に入る。小学生の俺とEs。

「Es……」

 あの日、俺が小学六年生の時、Esはいなくなった。化野を倒して安堵していたのかもしれない。勝手に力を与え、勝手に戦うことを強要させた、あの化野がいなくなったことに。一瞬、世界が真っ暗になったかと思うと、俺はあの遺跡で倒れていた。

 起き上がったとき、違和感に気づいた。誰もいない。さっきまで戦っていた化野やその仲間も。そして――Esも。

「――っ!」

 でも、どうしてEsはいなくなった? 何度も未解決事件を解決してきた俺たち。なにか、大切なことを忘れている気がする。

 思い出したいのに、頭が、心が拒絶している。

「あー、もーわかんねー」

 ベッドの上に大文字で寝る。俺は少しずつ眠りに落ちた。

『小生は見ているよ。君たちが信じたその先を――』

 大正時代の書生を思わせる装いをした青年が笑って光の中に消えていく。十一歳の時に見たあの光景だ。親友と一緒に戦ったあの日。彼らの理想を否定した瞬間。薄氷の上に立っていたのように、足元がぱきりと割れた。

 そして今、落ちている。落ちている? 空に落ちるってどういうことだ。なんでとか、どうしてとか疑問が次々と浮かぶが、猛スピードで落ちている自分。すると誰かに引き上げられた。不思議そうな顔でこっちを見る赤い瞳。

 俺は――。


 ◇ ◇ ◇


「友也」

 振り返るとEsがいた。成長したEsは俺より背が高く、雰囲気も落ち着いていて変な感じだ。

「Es!」

 やわらかい金髪が風で揺れている。少し長めの髪は光にあたって綺麗に見えた。その碧眼は澄んだ海のように美しい。俺のグレーの瞳とは全く違う。

「今日も学校の話、聞かせてくれるかい?」

「ああ、俺も話したいと思ってたんだ」

 Esにうながされ、俺はここ数日で起きたことを話した。

「――で、レシオがさ。ジャンプしてドミノ倒し台無しにしてー」

「ふふ。レシオは楽しい人なんだね」

「あいつは多分、何も考えてないと思うわ」

 楽しそうにEsが笑う。クラスメイトたちの話をしているからか、Esは俺のクラスメイトの名前は全員憶えてしまった。真弘のことは知っているけど、当時色々あってEsが真弘に会うことはなかった。

「友也はいい人たちに恵まれてるね」

「問題児ばっかだから疲れるよ」

 八栄に通う生徒はどうしてこう問題ばかり起こすんだろう。さすがにレシオ以上の人材はまだ見たことがないけど。

「うちの学校くらいなもんだぜ。委員会の多さとその役割とかさ」

 中学生時代は「委員会って図書委員会とか保健委員会くらいでいいだろ」と思っていたけど、島全体が学校敷地であるこの学校をどうにかするには大勢の生徒がやらないといけない。

 俺は委員資格をはく奪されたけど。

「友也。君は君のままでいい。無理に変わろうとしなくていいんだ」

「変わろうなんて思ってないよ」

 これは俺の本心だ。最初は化野から未解決事件のことを告げられ、Esがいないのなら俺しかいないと思った。だけど、俺はEsじゃないし、Esだって俺じゃない。

「Esがここにいなくても、俺は諦めないよ」

 Esが首にかけたネックレスを外し、俺の手にのせる。小さな翡翠色の石がついている。これは『薙』だ。Esが未解決事件の異能者を元に戻してきた力。そのかけらがきらきらと俺の手元にある。

「大丈夫。僕はここにいるよ」

「友也ー!」

 だんだん! という乱暴な音とともに、俺の意識は浮上した。


 ◇ ◇ ◇


「友也ー! 友也ー! 起きてるー!?」

 どんどん! どんどん!

「起きたからドアを殴るのやめろや!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る