4.レシオ(4)

「あー……もう金曜日か」

 ようやく本日最後の授業が終わった。明日には全校集会があり、それが終わったら帰る準備をすることになる。

「いやっほう!! シェケナベイベアンティルソンスルルロケイソルバトン」

 金曜日になるとテンションの高いレシオが見られる。その参考書みたいに小脇に抱えたペヤングはなんだ? どういう状況?

「キャビデンスウェイトリバッド!!」

「うるせえ」

 理不尽にもレシオは巽に殴られた。さすが元ヤン。

「なー。来週、どっかレジャーランド行こうぜ」

 二人の様子をスルーしてサズを見る真弘。

「幕張メッセでやってる超会議なら当日チケット買えただろ。近所に新しいなんかのショップもできたみたいだし」

「王蟲ライスは食べてみたいと思った。早朝から並びたくねえけどな」

「じゃあ俺マンガ肉ー!」

 よっしゃ交通費安くあがりそうだ。俺は心の中でほくそ笑んだ。

「転泊届思いっきり無視してるけど?」

「同じ千葉だし問題ない」

 真弘が適当に返答する。いいのか三年生。進路とかもあるからこれから忙しいだろうに。

「もう放課後じゃん! 早く寮に戻って飯食わね?」

 レシオがそう急かすけど、なんていうのかな。嫌な感じがした。

「ちょっと待って」

「どうした?」

「友也?」

「ピカチュー?」

 コツコツ……。誰かがこちらに向かって歩いてくる。

「やあ。久しいな」

「!」

 廊下の影から人が出てきた。その姿はまるで大正時代にいた書生を思わせる。薄青の着物の下に、スタンドカラーのシャツ、そして深緑色の袴と学生帽の着こなし。黒い外套がいとうを羽織ったその男は――。

化野あだしの……!?」

 未解決事件を引き起こし、何度もEsと戦っていた首謀者だった。

 未解決事件とは、俺たちが小学生の時に起きた事件だ。警察でさえ解決することが出来なかった不可解な事件。突然人が消えたり、人間じゃできないようなことが起こったりする等。

 化野は他人の弱みにつけこんで、そんな人間に疑似的な異能力を与えて事件を起こさせる。だからおかしい。だって、化野はEsが完全に消し去ったはずだから。

「化野って、誰?」

「……未解決事件の首謀者」

「は?」

「殺るか」

 臨戦態勢の真弘、ブラックジャックを用意する巽。嬉々として爆竹をカバンから取り出したレシオ。脳筋しかいねえじゃねえか。

「あゝ、お友達かい? 少し待ってくれ。今回の小生は敵ではない」

 そう言うと近くの椅子に腰かける。どこから取り出したんだその椅子は。

「敵じゃ、ない?」

 呆気に取られている俺に、たたみかけてくる化野。

「今回の未解決事件は小生が引き起こしたものではない」

「今回……? いや待て、まだ未解決事件は起こってないぞ」

 化野は笑顔を張りつけたまま言う。

「新宿で広まっているぞ。あれらはマガリという麻薬を使い、力を無理やり目覚めさせ式神を作っている」

「お前のやってることと一緒だろ」

 違う違うと手を振る化野。

「小生に出来るのは異能者もどきを作るだけで、人間を喰うなどといった薄気味悪い術を使った憶えはないな」

 化野が言うには、そのマガリというドラッグが原因だという。マガリの中には血晶けっしょうが入っていて、徐々に思考や肉体が侵食されていく。侵食具合で異能の力が強まる。

 血晶は未知のエネルギー物質。血液に入るとその部分を結晶化させる危険性がある。それでも原子力発電を捨てるには血晶発電が必要だった。人間の血液でエネルギーを爆発的に生み出すのだそうだ。

「それにもう――」

 すかっと壁を突き抜ける化野の手。

「小生は君たちに負けてから、実体を保つことが難しい。安心したまえ、今回の小生は君たちの味方だ」

「本音は?」

「ざまあって笑いにきた」

 巽がボディブローをきめた。しばらく化野がむせる。

「一つだけ持っているのがこれだ」

 小さな錠剤のカプセルを見せる化野。

 これが、マガリ……。カラフルな色彩のそれの中には、血晶の中に小さな何かが入っているのが見えた。

「この中心にあるものが血晶に反応して異能者もどきを作り上げる、といった具合だ」

「なあ、これ百味ビーンズみたいな形してるぞ」

 レシオがそう言って他三人の力が抜ける。

「目的は?」

「ん-……。そうさな、これをばらまいている連中を止めてほしい。Esがいればマガリそのものを消し去れるんだがなあ。そうすれば、Esが戦ってきたことに意味があるのだよ」

「Es……」

 化野がEsの名前を口にした。それに驚いて俺は一瞬だけ止まった。そっか、俺たちがやってきたことは無駄じゃなかったんだ。よかったな、Es。

「おい、友也」

 巽が耳元でささやく。あれ見てみろ、という視線。仕方なく化野から目線を移すと――。

「さっきの百味ビーンズみたいなの持って、あっち行ったぞ」

 レシオがマガリ持って猛ダッシュしていた。何してんの!?

「レシオ――――!!」

「ははは。これなら安心できるな。頼んだぞ、Esの親友」

 化野はそう笑って闇にとけて見えなくなった。

「ところでさ、さっきの誰?」

 レシオは何も聞いていなかった。

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