3.レシオ(3)

 転泊届を何度も書かされたレシオはメタモンみたいになっていた。

 俺と巽、真弘は一回で通った。文章をまとめた俺、必要事項をまとめた巽、校正担当の真弘。さすが現国98点。

「やったぜ!」

「ふっふーん。真弘先輩もやればできるだろ?」

「いーなー。ただ友也の家で遊ぶだけなのに」

「いや、字が汚い」

「友也は俺の味方だよな!?」

 ぎゃんぎゃん泣きながら俺に助けを求めるレシオ。そういわれても、その汚い字をどうにかすればいいのに。

「これが出来たら、きっと意味があるのに」

『友也が生きていてくれれば、きっと意味があるんだ』

 ぽつりとつぶやかれたレシオの言葉に、ふと5年前のことを思い出した。

 小学生の時、に出会った。お人好しなのか、俺は彼に声をかけて当時都市伝説の「未解決事件」を解決してきた。彼のことは今でもよく憶えている。

 Esエス――それが彼の名前だった。敵と戦うEsをずっと見てきた。小学六年生の夏――、俺のせいでEsがいなくなった。どうしてEsがいなくなったかは憶えていない。それでも……。

『僕はいつだって、友也のそばにいるよ』

 嘘だよ。どこにもいないじゃないか。会いたいよ。最後の「未解決事件」解決後。Esがいなくなってから、心にぽっかり穴が空いた気分だ。Esは強かった。いつだって俺を守ってくれたし、たった一人で敵と戦い、何度も世界を守ってきた。そして――どこにもいなくなった。そのEsはもういない。

「どーん」

「うわっ、なんだよ、重い」

 思考の海の中にいたら、レシオが俺にのしかかる。重い。

「元気がないから、俺が元気づけようと思って」

「いつも通りだよ」

 そう言われ別に気にしていない風に装うも、レシオは信じてくれない。真弘が寂しそうに笑っているのが見えた。真弘は他人の感情に敏く、考えすぎる余り一人で抱え込んでしまう。

「びょいーん」

「俺の背中で遊ぶな」

 俺の背中で伸びをするレシオ。転がったり乗っかったりを繰り返す。こいつ俺が何考えてるかわからないくせに。

「一人じゃないよ」

 俺の気持ちを読んだかのように、レシオが言った。

「俺も、巽も、真弘もいるよ。だから一人で抱え込むなよな」

 ほら、と言われて見てみれば、口をとがらせる真弘に不機嫌な巽。真弘的には弟みたいに思っている俺が、親しいはずの友達を信頼していないように思ったらしい。巽は黙っていても顔が怖い。

「わかってる。本当に困ってるときはちゃんと頼るよ」

 勝ち誇ったようにレシオが笑った。

「レシオ、転泊何度目書き直した?」

「お前は今までに食べたパンの枚数を憶えているのか?」

「……」

 無言で立ち上がる俺。

「せ、背骨がああああああ!!」

 俺のバックブリーカーが火を噴いた。

「レシオの残機が……」

「うわー、友也もやるんかい」

「アホか」

「もうほとんどの生徒が出したぞ。あとはそこのアホなんだが」

 学級委員長の鷹宮がのびているレシオそこのアホを一瞥する。鷹宮は金髪、制服にじゃらじゃらとシルバーアクセサリーをつけている。総重量はどのくらいだろう。

「ドゥルルスタンドマン!」

「どういう復活?」

 死にかけだったレシオが謎の奇声をあげて起き上がる。

「鷹宮ー、巽に手伝ってもらったけどできたー」

「お、できたのか。んじゃ、生活委員会に提出してくるわ」

 そう言うと陽気に鷹宮が転泊届を受け取るとそのまま廊下に出て行った。

「あー、もう夕方じゃん。食堂行こうぜ!」

 真弘がわくわくしながら教室を出た。残った俺たちは食堂まで走っていく真弘を見て、とりあえず速足で追いかけていった。

「あー……疲れた」

「何で真弘は走るんだ?」

「カワバンガ!」

 寮にある食堂に到着した時には、他の生徒たちはもう夕飯を食べ始めていた。今日の料理当番は二年生の担当か。

「お、友也たちじゃん。今日の夕飯は親子丼とみそ汁だぜ。デザートは杏仁豆腐な。みそ汁は赤みそと白みそがあるから好きに選んでくれや」

 生徒の食事を担当する調理委員会。ここでは調理師免許を先にとれるし、調理師になるため日夜努力する生徒がメインで作っているのでとにかくおいしい。親子丼なのに、油揚げが入っているけど、すごくおいしい。

 ちなみに調理委員会が使う野菜は農業委員会が作ったものだ。農業委員会は学校敷地内にある、“畑”(通常の畑、水田、果樹園、ビニールハウス等)を担当している。それと外交委員会が肉や学校で作れないものを本土に要請し、物資を運んでもらっている。

「うまい!」

「あ、うめえ」

「美味いな」

 お前らそれ以外のボキャブラリーないのか? 不味いもの食ってる時はかなり饒舌に食レポしてるのに。

 食事を終え、露天風呂の入浴を済ませた後、卓球をやってから自分の部屋に入っていく。何がいいって、寮部屋なのに一人に一部屋が与えられるんだ。おかげで気を遣うことも、迷惑をかけることもない。

 ここ――うぐいす寮は昔どこかのお貴族サマの別荘だったらしい。こんなに設備がよすぎる別荘って……。

 まあいいや。俺はそのままベッドに倒れて眠ることにした。

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