18.Shooting Star

 私には未だに信じられないが、人間は極限状態までくるとここまで変わってしまうのか…。見るに堪えない光景は私の心を腐らせていったが、隣に海斗がいることでまだ腐りきらないでいることができている。

 あの女性の会見から15分弱、ロケットの一機はついに発射された。あらゆる妨害をくぐり抜けてロケットに乗り込んだ10人は機体への入口の扉を閉め、即座に発射ボタンを押した。その瞬間ロケット下部から凄まじい勢いで炎が噴射され、煙があたりに充満した。その煙で見えなかったが、ギリギリでロケットに乗れなかった人はきっと発射時の炎の高熱に耐えられなかっただろう。見たくもなかったが、真っ黒に焦がされた人の姿が想像つく。

その間も残る2機をめぐる争いは続いた。多数の犠牲者が出ても尚、その人数は20人を超えており誰かがさらに犠牲になることは確かだった。怖くて身震いがした。そんな私を見た海斗が肩に手をかけ、こう言う。

「無理して全人類を背負う必要はない。見たくなければ見るな」


それでも私は見届ける義務があると思った。

絶望の涙をこらえながらあと2機の発射とその後残された人の様子をしっかり見届けなければ。

1機目の発射から3分と経たないうちに2機目も発射された。近くに乗り損ねた人が数人いたのを思い出し、煙の中の惨状を再び想像する。

3機目まではもっと間隔が短かった。30秒くらいだろうか。まだ2機目の煙が消えきってない中で発射音が聞こえた。きっとまた乗り損ねた人が犠牲になったんだと思うと胸が雑巾を絞るように締め付けられ、しまいには水ではない何かが染み出してきそうだった。

3機目の煙が完全に消え、そこに残っていたのは平地だけだった。私と海斗はかなり離れた所から見ていたため巻き込まれはしなかった。

「終わったな。」

海斗がそう呟く。

「終わっちゃったね…」

何も言葉が出なかった。

「……海斗、」

「うん」

「泣いてもいい?」

「ああ」

「思いっきり泣くよ?、」

「早く来いよ、受け止めるから」

その瞬間、私の瞳から涙が蛇口をひねったように溢れ出した。

「…………海斗…、!」

海斗は何も言わず私を抱きしめるだけだった。もう決して会うことのできない家族も親友も一緒に作った思い出も、その全てが頭の中を回想する。そして地球上の人間史最後の出来事を見届けたそのショックで私は何も考えることができず、何も言うことができず、何も行動できない状態になった。

 しばらくして自分の首元に何かが滴ってくるのを感じ、ふと海斗の顔を覗き込むとそこには大粒の涙が溢れていた。


 あれから少し時間が経ち、お互いに涙が落ち着いてきた。顔に残る涙を袖で強く拭い空を見上げる。

すると急に頭の中に「上を向いて歩こう」の歌詞が思い浮かんだ。こんな時でも思い出してしまうなんて、やっぱりすごい名曲だなと1人考える。

 ……あれ?

「海斗、あの空で光ってるものなんだろ」

「んーと、…なんだ??」

「何か近づいてきてない?」

「うん、しかもすごいスピードで。おまけに3つも光の点が見えるぞ」

「流れ星かな」

「そんなロマンチックなこと、、あっ、もしかしてあれって……」

「何か思い当たるの?」

「………ロケットだ」

「え、……」

それを聞いてすぐには今の状況を理解出来なかった。しかし、その近づいてくる光の点が白い棒に見え始めたころにはすべてを理解した。その3つの光は確実にこちらに向かってきている。

「美咲、ここを離れるぞ」

「うん…」

「とにかく急ぐぞ!」

次の瞬間海斗は私を背負って近くにあったバイクを指さした。

「バイクの免許持ってるの!?」

「持ってるわけないだろ!」

空を見上げると3つの光、否、白い棒はかなり近くまで迫っていた。海斗がバイクのエンジンをつけ最大速度で遠くへ向かった。

「絶対、手離すなよ」

以前、2人乗りバイクは後ろに乗る方より運転する方が怖いという話を聞いたことがある。理由はもちろん後ろの人が手を離してしまったら終わりだからだ。

今の海斗は私を後ろに乗せて危険な運転をしようとしている。これは海斗からの最大限の信頼を意味していた。その信頼に応えるために必死に海斗の胴から身体が離れないようにしがみつく。運転はかなり荒く、しがみつくので精一杯で周りを見る余裕はなかった。

2.3分の運転だったが、腕の力はもう残っていなかった。海斗はバイクを止めて言う。

「燃料切れみたいだ」

「嘘でしょ……」

「大丈夫、全力でぶっ飛ばしたからだいぶあそこからは離れた。」

空を再び見上げるともう地面に付きそうなロケット3機が見えた。そして瞬きをする間にそれらは地面に直撃した。

鼓膜が破れるほどの音とともに墜落地点付近に高く煙が上がった。

そう言えばロケットに乗れず空に登っていく3機を見上げていた人が数人いたことを思い出した。しかし、彼らもこうなってしまっては行方の予想がつく。


「あぁ……」

海斗がため息をこぼす。

「ほんとに全てが終わっちゃったんだね…」

この言葉をどれだけ噛み締めて言ったことか

「ほんとに全て終わったよ…」


新しい人間史が幕を開けることは無くついに私と海斗はたった2人しかいない生存者となってしまったのだった。


「海斗、これからどうしよっか…」

「どうしようもないな」


お互いに言葉を発することなく静かに夜空を見上げる。


3つの流れ星がゆっくりと横切るのが見えた。



                       Fin.

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Shooting Star 益城奏多 @canata_maskey

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