鉄仮面のライダー

寒川吉慶

第1話

荒廃した町。

響くエンジンの音。

俺が来たと知らせる黒い煙。

そう、俺があの鉄仮面のライダーさ。

いま、この町は隣町からきた盗賊たちに襲われてキリキリ舞いだ。

町のヤツらは悪漢どもに襲われたとき、俺の名を呼ぶんだ。


「助けて、鉄仮面ッ!」


てな。

俺はそんな時に颯爽と現れて悪漢どもに立ち向かうのさ。

俺がバイクから降りて、悪漢どもと目が合ったら血で血を洗うドンパチだ。

もう何回続けたんだろうな。

俺の顔をベールで包むこの鉄仮面も、もう返り血で染まっちまったよ。


さっき、住宅街から俺を呼ぶ声がした。

駆けつけてみると、娘を抱きしめて震えてるオバサンがいるじゃねえか。

その視線の先にはナイフを持った二人組の悪党どもだ。

鉄仮面のライダーの出番だと思ったね。

バイクごと奴らに突っ込んでって悪漢の一人に体当たりしてやった。

悪漢の奴は脇のブロック塀に叩きつけられてがれきの中で動かなくなった。

もう一人の悪漢はそれを見て足がすくんじまったみてえでな。

「に、兄さん……」なんてか細い声出しでぶるぶる震えてやがった。

俺はそいつの頭をバットでゴツンだ。

当たり前だろ、こいつは盗賊の一味で顔も割れている。

その悪党も動かなくなった。

今日もいい仕事をしたっつって振り向いたらオバサンはまだ震えてやがる。

それどころか、俺があいつらを倒す前よりも怖がってんじゃねえか。

怖がらせないようにニッコリと笑って近づいたけどオバサンは俺と目を合わせようともしねえ。

娘だけでも守ろうって腕にぎゅって力が入るのがここまで伝わったぜ。

そしたら夫らしいオジサンが脇の道からオバサンに駆け寄ってきた。

オジサンがオバサンと娘を抱きしめた瞬間、オバサンはせきがきれたように泣き出した。

オジサンは大泣きするオバサンをずっと抱きしめて、オバサンが落ち着いたと思ったら、俺を見て言ったんだ。


「家族を助けてくれて感謝する。だが、妻と、それに娘をこれ以上怖がらせないでくれ」


それを聞いた瞬間、俺は背を向けた。

がれきのそばに倒れたバイクを立て直して、エンジンをかけたさ。

体当たりでまた一つボロボロになった俺の愛車はガタガタになりながら走ったよ。

あのオバサンは、俺から娘を守ろうとしてたのか。

あの悪漢どもを懲らしめたみてぇに、俺が娘もバットでぶん殴るって思ったのか。


俺はそっからずっとバイクを走らせてるさ。

別にあのオバサンに、オジサンに腹が立ったわけじゃねえ。

ただよ、あんたが呼んだ助けで俺はやってきたんだぜ。

「助けて、鉄仮面」ってことはそういうことだろうよ。

俺が怖いなら、俺が悪漢をやっつけてる様が怖いなら、夫の名前を叫べばよかったじゃねえか。

今日は早くケリが付いたが、相手だって本気だぜ。

二対一なら、ちょっとでも隙を見せたらこっちがぐしゃぐしゃになってオバサンたちだってタダじゃすまなかっただろうさ。


ボロボロになった建物の隙間から朝日が差し込んでくるのが分かった。

そして、土と血と煙で見づらくなった仮面の間からでも、目の前に海が広がっていることが分かった。

綺麗だった。

俺はもう汚れちまったよ。

血に染まっちまった鉄仮面に、ひしゃげたバット、ガタガタになっちまったバイク。

みんな、お疲れ様。

こんな俺と一緒にクタクタになってくれて。

この綺麗な海に入ったら、俺も子どもたちですら笑いかけてくれるような、そんな幸せな男になれるのかな。

スピードを上げた。

俺の愛車が苦しそうな声を上げた。

ごめんな、最後の最後まで。

でも、こんな時くらい俺たちの最高スピードで突っ走らせてくれよ。

鉄仮面のライダーは、崖から海へ飛び立った。






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