水宮を守る最古の道具

「あれが海上観光都市ウルクレア。」

「フィアナ、あまり顔を出すな。馬車から落ちても拾わんぞ。」

本日は辺境のお店から出張し、今からあの都市に私達は向かう。

人魚族マーメイドが運営し保護を目的とした都市であり、大陸の上澄も上澄の金持ちしか入れない高級観光都市、それがウルクレアだ。」

「なんでそんな凄いところから依頼が届いたのですか?普通なら縁もゆかりもないと思うのですが。」

「あそこには俺じゃないとダメな仕事があるからだ。あの都市とはかれこれ5年以上の付き合いだしな。」

「なんだかんだ人脈広いですよね本当に。」

都市の入り口に着くと、明らかに自分達よりも裕福な人間が列をなしており、時々生気を失った人が来た道を帰っていく。

「なんか条件とかあるんですか?」

「人魚族の保護という名目で最高級の魔道具が備え付けられている。それを用いて選別し、都市にとって害とならない人間のみ通していると言われている。つまり弾かれている人間は悪徳商人か、偽装している犯罪者って事だ。」

「徹底してますね。」

直ぐに私達の出番となり、自分よりも二回りもデカい人魚族マーメイドが前に立つ。

「お久しぶりです。今回もお仕事ですか、それとも観光ですか。」

「バカ言うなよ。俺がここに観光目的で来ようものなら、1日で全財産消し飛ぶ。仕事だ、ほら女王の消印付きの依頼書だ。」

「確認せずとも女王様から『通せ』とお伝えされています。お仕事頑張ってください。」

今までの凶悪な雰囲気とは他所に行ったかのようなお淑やかな人魚族の男性に思わず驚いてしまう。これほどまでに彼は信頼されていると言う事なのだろう。

すると後ろから明らかに豪商であろうふくよかな男性が声をかけてくる。

「すみません、その消印はどれほどでお譲り頂けますか。」

「は?」

二人してその男性の方に向き直り、唖然とする。

仕事で来たと言うのに、この男性は都市に入りたいが為にこの消印が付いた紙が欲しいと言っているのだ。意味が分からない。そもそもこの依頼書がなければ正式な仕事にならず、この先都市との関係が終わる可能性もあるのだ。それをこの男性は理解してるのか。

「おや・・・それではこれぐらいでどうですか。」

私達の対応が不満に思えたのか、馬車から様々な特産品や宝石、お金まで見せてきた。

それで渡すほど私達も落ちぶれていない。

「いやはやこれでもダメですか。見たところ庶民の出でしょう、一体どうやって女王の印を手に入れたかしりませんが、君のような者が持っていていいものでもない。」

男性は明らかに威圧しているが、当のアーウェンは気にもしていない。

(そうだ。この人確か普通にそこらへんの豪商よりお金持ちだった。)

フィアナは居候になってからしばらくが経っているおかげか、彼の懐のあったかさを理解している。

「なぁ出禁になりたくないなら引き下がった方がいいぞ。」

「君のような庶民から『出禁』なんて言葉が出るとは。愚かなのは君のほうだぞ、私を敵に回したらどうなるか。」

「いや・・・あちらにヤバい人が立ってるから。」

「誰か・・・・な!?」

アーウェンの言葉でその場にいた者全てがそこに振り向く。

そこにいたのは、女王に名乗る相応しい服装と美貌、風格を纏った人魚マーメイドだった。


「アーウェン、直ぐに来るように伝えたのに何をしているのですか。」

「一年ぶりですノクレア・・・今はノクレア女王と呼ぶべきか。」

「あら~アーウェンも口が回るようになったのね。お返し期待しておきますよ。」

「ひえ~。」

二人は顔見知りらしく、豪商と同じように蚊帳の外のフィアナだったが、隣の豪商が泡を吹き始めているのを見て、気を引き締める。相手はそれほどの存在なのだと自覚される。

「こちらの方は?」

「彼女はフィアナ、今の俺の仕事を手伝っている。」

「フィアナと申します。初にお目にかかりますノクレア王女。」

礼儀正しくお辞儀し、アーウェンの少し後ろに立つ。

「アーウェンにはもったいないぐらいのお方ですね。あぁ、あそこのお方は金輪際入国は禁止してください。魔具の認証もお忘れなきよう。」

彼女の言葉でその場にいた門兵は慣れた手つきで豪商を片付け、そのまま私達はウルクレアへと入ることになった。


「凄い!水が空まで覆い包んでる。」

人魚族マーメイドは乾燥に弱い、常に保湿するための措置なんだそうだ。」

「魔法の筈ですけど、これほどのものは初めて見ます。」

フィアナは年相応のはしゃぎようで、それを見てノクレアも嬉しそうにしている。

この都市の性質上、彼女のような子供はまず入ってくることがない。なのでノクレア自身も新鮮に感じているのだろう。俺自身も仕事さえなければ来ることがないので、仕事で来る度に観光している。

「フィアナさんも此処で暮らしてもよろしいのですよ。異種族の方は珍しいので。」

「・・・あり?」

「やめとけ。此処で暮らすと条約諸々で出られなくなる。逸話の人魚の如く海から出られなくなる。」

「アーウェン...口に出していいものは選びましょうね!」

「はい。」

「なんかノクレア王女に弱いんですねアーウェンは。」

「一応依頼主だからな。」

お得意先という奴らしく、ここを失うとかなり懐も痛いようだ。

「あそこが都市の中央であり、機関であり、王宮を担う、王都クレアです。」

馬車に乗り、数分足らずで目的地にたどり着く。

「私ノクレアが案内させていただきます。アーウェンだけでしたら放り出すのですが、今日はフィアナ様もいらっしゃいますので。」

「なら俺は一人で仕事を始めていいか。その間に彼女に町の案内を頼む。半日あれば終わらせられるだろ。」

「アーウェンはそそっかしいのですね。・・分かりましたフィアナはどうですか。」

「私は構いません。王女の貴重な時間を割かして貰うのですから光栄です。」

「なら決まりだ。」

王宮の門の前で別れる事になり、合流は夜、晩御飯の時間になりそうだ。


「アーウェンのお仕事について聞いてもいいですか。」

「構いません。」

アーウェンは仕事に参加はさせてくれるが、基本的に仕事内容は依頼の人が着てから教えてくれる。しかし今回は聞く前に別れてしまったので知らない。

「彼の仕事はこの都市を守る魔道具、都市を水上に維持させる機構の修繕です。」

「あれ?アーウェンはただの魔法使いで、魔道具などを修理出来る人ではないですよね。」

「その通りです。しかし此処を維持している魔道具は現存する数少ない最古の魔道具であり、自己完結型なのです。」

「最古・・・不能遺物アーティファクトなのですか!?」

不能遺物アーティファクト、アーウェンのような脱色魔法などの一代で生まれ、その人以外では生み出せず、再現も出来ない神の創造物とまで言われるもの。

一つあるだけ歴史を変えるものすらあると言われているので、基本的に隠匿されていると聞く。

「いえ違います。此処にあるのは初期型プロトアーツです。」

初期型プロトアーツ不能遺物アーティファクトとは異なり、限りなく近いものの、こちらは再現が可能である。けれど高位の魔法使いを100人単位で集まらなけれど再現が行えず、初期型プロトアーツを生み出した者はどの名誉にも勝る名誉を得られる。今使われている魔法の全てに初期型プロトアーツは存在し、これを改善、短縮させたことで汎用性を会得した。

「ならアーウェンじゃなくても大丈夫なのでは?」

「そう思われても無理はありません。残念ながらここの初期型プロトアーツは小型化が出来ない程の工程を重ねた魔道具故、作れるけど小型化するまでに1000年以上かかると言われています。そんな年月が経つほど継承し、発展を繰り返せば、出来上がった物はきっと原型を失っていると思います。」

「そうですね。」

今は本などの記録媒体はあるが、製作する者によって意図を読み違えたりする。それによって能力が反転したなんてザラにある。

「だからこそ今のままを保持していると。」

「その通りです。自己完結型と言いましたが、この都市を覆う水は魔物を弾き、海水から魔力を吸う事で維持しています。基本的魔力が欠乏して外部から魔力を注ぐなんてことはよくあるのですが、その逆が問題になるのです。」

「過多になるのがダメなのですか?」

「その魔道具は今ならありふれている物である魔力を貯蓄する機構が搭載されていません。」

話を聞くと、近隣で大型の魔物などが討伐や自然死すると、大量の魔力が海に拡散し、それを吸い込んでしまうことで問題が起こるようだ。

「過多になると魔道具が耐えられる魔力量を超える可能性がある。」

「そしてその魔力を奪える者を私は今一人しか知りません。」

だから彼が此処に呼ばれた。私が思う以上にアーウェンは凄い人らしい。


「おえええええええええええ。」

「毎度毎度綺麗な虹を作りますねアーウェン。」

「大丈夫ですか。」

「死ぬ.....」

近衛兵から連絡が届き、日が暮れた頃に王宮に戻って来た。

すると医務室でダウンしているアーウェンがいて、どうやら仕事は終えたみたいだ。

「近隣で海龍種リヴァイアサンが倒されたとは聞いてたが、かなりの大物だったみたいだ。そりゃあはち切れそうなるわな。」

「今回も助かりました。依頼料は後日送金しますので。今日は泊まっていきますか?」

「出来れば...すまんマジで動けそうにない。」

「アーウェンは休んでいてください。」


王女に寝室に案内される最中、夜の街が見えた。

「とても明るいですね。」

「この都市はどちらかと言うと夜の方が活気があります。」

王女は少し目を細め、苦虫を噛んだように話した。

「汚い話をしますがよろしいですか。」

「構いません、私は知りたいです。」

「ありがとうございます。人魚族マーメイドは基本的に男性が生まれません。故に男性が生まれた場合、その者の精子を大切保管します。けれどそれだけでは種族は息絶えてしまいます、故に私達以外の種族の精子も受け入れます。それでも生まれる確率は五分五分で、尚且つ妊娠の確率はとても低いです。理解した上で種を繋いでいく為にそれを受け入れています。この都市の本質は娼婦街なのです。醜いものですね」

「醜くありません。」

私は否定する。

「子孫を残す為自分が出来る事をする。それは王女である貴方が言ってはならない事です。確かに他の種族は酷い言葉をぶつけてくるかもしれません。その上で胸を張るのです、それこそが自分の先の生まれる者達の力になるのです。そうでしょノクレア。」

「フィアナさん....貴方は一体。」

王女は目を離せなかった。

今目の前のいる女の子の言葉は何処か重かった。が籠っていた。

「私はその手が汚れていても構いません。」

彼女は私の手を握る。

「だから誇っていいのです。自分達がここまで繋いだ命を誇っていいのです。」

「ありがとうございますフィアナさん。」

「大丈夫です。今日のお礼です!」


「もう帰るのですね。」

「ノクレア、俺も仕事があるから。まぁ暇になったら話相手ぐらいはなってやる。」

「そうですよ王女!絶対また来ますから。」

「はい!・・あ!!フィアナさん渡し忘れていました。」

渡されたのは鍵だった。

「これは?」「お前いいのかこの鍵どんだけ価値があると思って。」

「アーウェンも持ってるのに一度も使ってくれないじゃない。」

「なんですこれは?」

「それはな。」

入国許可証、つまりあの検査を飛ばして入る事が出来、しかもVIP対応のおまけ付きなので世界から欲しがる人が現れる代物。小国ぐらいなら動かせる力すらあると言われている代物らしい。

「やば....」

「早く帰るぞ。殺されたくない。」

アーウェンに引っ張られて馬車に乗る。

「また来てください。」

「あぁまた来る。」

「お土産沢山持っていきますね!」

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脱色魔導士と居所無しの放浪少女 ー貴方の色 貰いますー 焼鳥 @dango4423

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