長き命を捨てる少女

「アーウェンの魔法は無色なのよね。」

「そうだ。」

「無色の魔法なんて希少でしょ。他の魔法使いが黙っていないはずよ。」

無色。五属性から外れたその魔法は、常識を逸脱したものが多く、前回訪問された少年の魔法も無色に当たる。

「俺の魔法は他人の魔法を奪う。おいそれと使えば一発で指名手配犯だ。」

「それよ。賢者と呼ばれる人の魔法すら奪えるのなら、国からも大事にされるはずなのに、どうしてこんな辺境にいるのよ。」

アーウェンが使う魔法は、他の無色の魔法より人生の根幹を覆す魔法だ。彼女の言う通り、国が手放す理由が無いのだ。

「なんで奪った。」

「え・・・・え!?」

「昔南京された事があって、俺に関わる人間の魔法全て奪ったら自由にしてくれた。まぁそこまでされて奪うだけだと物足りないから、その家族からも奪ったけどな。」

彼はとんでもない発言した。フィアナからすれば重大も重大だ。

「待って!家族からも魔法を奪ったら、子孫に魔法が遺伝しないじゃない。」

「別に俺に関わらなければよかっただけの話だ。南京される前に忠告したのに、その上でやったんだから文句は言えまい。」

魔法は遺伝する。遺伝すると言っても、魔法そのものではなく『色』が遺伝するため、将来的に生まれる子供は両親と同じ魔法が使える可能性を秘めるだけではあるが。

「まぁ王族に警告したら、もう手は出さないと言われたので、今はこんなにのんびり生活出来てるんだけどね。」

「うわぁ....。」

アーウェンに引きながらも、今日は一ヶ月ぶりに客が来る日だ。

フィアナも散らかった部屋を綺麗にしながら、アーウェンの尻を蹴り、迅速に片付ける。しかしアーウェンはお客さんさんの情報を一切話さないので、今日も誰が来るか分からない。

「出すお茶とかぐらい教えて欲しいよ。」

此処に居座ってからだいぶ経つが、未だに彼は私から魔法を取ろうとしない。

しっかり理由を話せば取ってくれるとは思うが、話せば此処にいられなくなるのが先なので余計に話せないのだ。

「今日の依頼人は森妖精エルフだ。」

森妖精エルフにまでこのお店広まってるんですか。」

「知らん。俺は広告とか出してないから、口コミなんだろうよ。」

森妖精エルフ、緑の属性しか持たない代わりに人より遥かに高位の魔法を行使出来る者達であり、莫大な魔力によって長命種になったと言われている種族だ。

「そんな森妖精エルフが依頼してきたのだ。俺も腕が鳴る。」

「でも色を奪ったらその依頼人はもう魔法が使えないのでは。」

「それを理解したうえで依頼したんだ。こっちも腹を括れ。」

彼の表情はいつもより真剣だった。それほど今回の依頼は難しいという証拠だった。



「いらっしゃい。ようこそ脱色屋へ。」

「お邪魔させていただきます。」

予定より早くその客が到着し、慌てて客室に案内する。

依頼人の見た目は子供の女の子といった感じで、ここまで一人で来たのかと驚くほどだ。

「私はフィアナと申します。ここまで遠かったと思いますし、ここでゆっくりしていってください。」

「ありがとうございます。」

フィアナはお茶を取りに行く為、席を外す。入れ替わりでアーウェンが席に着く。

「ユグドラシル...さんであってますか?」

「合ってます。変な名前ですよね。」

「いえ、申し訳ございません。前もって知識は入れていましたが、いざ見ると驚いてしまって。」

森妖精エルフの殆どは名前を持たない。森妖精エルフは種族的特徴として、微細な魔力の違いにすら感づくことが出来る。その為、名前をなど確認する前に魔力で人を判別するのだ。今回の依頼人であるユグドラシル、彼女はユグドラシルと呼ばれる世界樹付近で生活してる『ユグドラシルの一族』だから「ユグドラシル」と名乗っているのだろう。

そもそも世界樹自体はこの店から大陸一つ分の距離が離れている筈だ。普通に来れば一年はかかる筈だが、依頼の手紙が来たのは一週間前だ。どうやって来たのか。

「転移装置を使いました。」

「マジですか!?あんな大金払うだけの欠陥装置を使うなんて命知らずですか。」

転移装置、はるか昔に作られたとされている遺物。仕組みが解明されておらず、国によって管理されており、世界に幾らか点在している。恐らく世界樹から王都に転移してきたのだろうが、転移装置に致命的な問題がある。

まず莫大な魔力を要するので、一回使うのに一般人の年収ぐらいの金がかかり、更にわずかの可能性で目的地に行かない事があるのだ。

「まぁ無事に来れて良かったです。」

「はい。依頼内容は既にお伝えしてる筈です。」

依頼内容は、こうだ。

「精霊のフェアリーソングの排除。並びに魔力の大部分の消失。確かにどちらも一気に解決可能ですが、それを行えば貴方は今後一切魔法が行使出来なくなりますし、恐らく故郷にも戻れなくなる。それでもよろしいのですね。」

「構いません。私が選んだ事です。」

「ちょっと待ってください!!!」

恐らく盗み聞きしていたフィアナが思いっきり扉を開き、アーウェンに怒鳴り込む。

「こんな子供の未来を奪うなんて酷いです。前の少年みたいにもっと鍛錬を積むとかあるはずです。なのにそれしか選択肢が無いなんてありえません。」

少年の未来を守る為に、敢えて奪わない選択をアーウェンしたのだ。

ならば今回も出来る筈だ。

「あのなフィアナ、彼女は子供じゃない。年齢で言えば100歳は超えている。」

「え・・・え?」

森妖精エルフは見た目と年齢が乖離してるから無理もない。後凄い失礼だから謝れ。」

ユグドラシルさんの方を見れば、彼女はにっこりと笑顔を向けているが、それが何より怖いと感じた。

「すみませんでした!!!!」

とても綺麗な土下座であった。



「それでどうして魔法を捨てたいんですか?」

私が話を聞きたいと言ったら、アーウェンは席を外し、ユグドラシルさんふたりきっりにしてくれた。多分話しずらい話題なのだろう。

「精霊のフェアリーソングという魔法は知ってるよね。」

「知ってます。高位種族である精霊の力を借り、その精霊に合わせた魔法を使えるというものですよね。図書館で読んだことがあります。」

「その通りです。私が借りれる力は、一般的な弱い妖精の魔法だけ。そして私は魔法自体には対して不便や失いたいとは思ってないの。」

「でしたらどうして?」

「私が失いたいのは魔力の方。」

「魔力・・・つまり寿命ですか。」

「そう。私はこの長い命とお別れがしたいの。」

普通であれば森妖精エルフはその寿命を誇りに持ち、他の種族とは異なると常に日頃から威張っているほどだ。なのに彼女はそれを捨てたいと言っている。正直普通じゃない。

「そこまでして捨てる理由とはなんですか。」

「理由もきっと貴方は笑うかもしれない。でも私にとって十分すぎる程だけどね。」

彼女は一呼吸置いて言った。

「私、恋をしたんだ。」

彼女は語る。

「一年程前に世界樹から近くの村に隠れて遊びに行った時があってね。森妖精エルフは他の種族と関わらないのが種族として決まりではあるのだけれど、私はどうしても我慢できなくてね。そこで男の子に会ったの。」

その男の子は年齢相応の子だった。私を同い年の子だと勘違いしていたが、私は不思議と嫌な気持ちにならなかった。

「その子とはすぐに仲良くなってね。その子の両親が経営している食堂でご飯を食べたの。彼が「うちのご飯世界で一番おいしいから」なんて言われたら楽しみになるでしょ。食べたら本当に美味しくてね、美味しそうに食べてる私を見て、彼も凄く笑うんだ。それがとても忘れられなくて、ずっと思い出しちゃうの。」

けれど種族の寿命の差、絶対に置いて行かれる恐怖を彼女は理解している。

「家に帰ってもその子の事を考える。でも同じ時間を生きてはいけない、ならどうすればいいか。」

「脱色屋。それでここに来たんですね。」

「その通り。」

寿命を長めている要因は膨大な魔力、そしてそれを魔法と一緒に取り除ける人がいる。

「私は直ぐにこのお店に手紙を送って、それから使える手段と財産をもって此処に来た。どう酷いものでしょ。」

「それは違います。」

彼女はそれを遮る。

「貴方は自分の思いに答える為に此処まで来たんです。私が先ほど言ったことのほうが酷いです。先ほどの発言をお許しください。」

アーウェンは言っていた。「真にそれを手放したいと思った時、俺が消してやろう」と。彼女の心は手放したいと願っている。

きっと沢山悩んだと思う。直ぐに手紙を送ったという言葉もきっと嘘だ。

魔法を手放すなど人生を棒に振り、数多の人に下に見られて良いと思える人だけだ。

「話は済んだかい。」

「済みましたよアーウェンさん。よろしくお願いします。」

「心得た。」

彼はユグドラシルさんを外に連れ出し、準備を始める。

「では始めます。」

彼が手を突き出し、魔法を唱え始める。

「アーウェン・バーレットがここに命じる。」

「人生を変える者、未来を守る者、誰かを愛するもの。」

「それらの尊き力を奪い、我はそれを喉元から通す。」

彼女を中心に淡く優しい光が集まっていく。

。」

「その上で明日を目指し、明日に歩むと言うのなら。」

光は彼女の足元に落ち、魔法陣となって形を成す。

「我はその道を照らそう。」

「力なき後の人生を前に、苦しみで埋め尽くされたとしても。」

「我は何も言う事は無く、我はただ見ているのみである。」

それに合わせて突き出された手の中にも魔法陣が現れ、二つは共鳴するように輝きだす。

「どうか、どうか、その人生に薄暗い輝きを。」

その言の呪文をもって魔法が完成する。

「『色を喰らうものコードグリード』。」

視界を埋め尽くす輝きは直ぐに収まり、視界が回復する。

「これで貴方の魔力は人並みになったはずです....うぷ気持ち悪い。」

フィアナが確認すれば、彼女が纏う魔力が魔法を行使する前より別人と思われるほどに減っていた。

「大丈夫ですかアーウェンさん。」

「ユグドラシルさんは気にしないでください。貴方の魔力を奪った影響です。森妖精エルフの魔力が人間の俺と相性が良いはずが無いので。」

顔を真っ青にしながら言い切ると、そのままバタリと倒れてしまった。

「アーウェンさん!?」

「アーウェン!!」

彼が目を覚ましたのはそれから一時間後のことだった。

「すみません、ここまで相性が悪いとは。」

彼が回復したは後は仕事の報酬と状態の確認、何かあった場合の避難先を教えるといった、事務作業となった。

「これであの子と生きていけるのですね。」

「それは貴方次第です。俺は仕事をしただけ、なんなら貴方の魔力量が想像以上で凄かったですよ。」

「確かに、まだ最初にスタートラインに立っただけね。フィアナさんもお疲れ。」

「はい!」

彼女はお代をアーウェンに渡し、店を後にする。

「皆さまありがとうございました。ここからまた頑張ろうと思います。」

「こちらこそありがとうございました。」

「ユグドラシルさんファイトです!!」

彼女は何かをポケットから取り出し、それを握りしめる。

すると青い光が彼女を包み込んだと思ったら、いつの間にか消えてしまった。

「帰還石だと!!??」

「え・・えええ!!!??」

帰還石。ありとあらゆる場所から、指定された場所に戻る事が出来る一度限りの魔道具。そのお値段は貴族でも泡を吹くほどだ。

「彼女何者なんですか。」

「いや彼女から魔法と魔力を奪う時に見えたんだが。」

アーウェンは魔力感知と色を見極める能力が高い。それ故に見えてしまったのだ。

彼女の周りを漂う精霊、ただしフィアナに話したような一般的な精霊などでは無かった。

「五体ぐらい漂ってたが、あいつらどう見ても神霊相当の化け物だったぞ....」

精霊の中でも、自然現象を再現出来る精霊を霊獣やと呼ぶ。

「じゃああの人はそれだけ・・・。」

「精霊に愛されている。だから魔法を奪ったところで彼女を傷つけようなんてしたら、死ぬより酷い目に逢わされるだろうな。」

二人はそれから少し経った後にようやく肩の力が抜け、店仕舞いとなった。



後日世界樹ユグドラシルの根元にある森妖精エルフの国から、王位継承権第一の長女が突如として失踪、行方不明となったと新聞で報道された。

それと同時に、その国の近くにある小さな村でその長女によく似た人間が食堂で働いているのが確認されたらしい。

「頑張ってるみたいだな。時間が出来れば食いに行くか。」

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