叶わぬ剣聖の恋 ~嫌いだった少年と魔界で一年過ごしたら好きになったけど、彼にはすでに恋人がいる件~
過去英孝/旧・三茄子
叶わぬ剣聖の恋
【人物説明】
・私
主人公。
不遇な幼少期のせいで人間不信。
世界を守る英傑の一人で、剣聖の称号を持つ。
・千也
主人公と共に魔界で一年旅した少年。
優香の恋人。
・優香
勇者の称号を持つ、この世界の守りびとの一人。
千也とは恋仲。
『私』とは大親友で、かつて手を差し伸べて地獄から救ってみせた経験がある。
◇◇◇
魔界で彼と過ごした一年間。
それはもう、人生で一番満ち足りていた時間だった。
魔界を脱出して数日が経った今でも、私はその光景を思い浮かべる。
それと同時に、脳裏にもう一つの光景が浮かぶ。
仲良く手を繋ぎ合う、彼と一人の少女。
その姿は幸せそうで、満ち足りていて。
とても私なんかじゃ、太刀打ちできそうもなくて。
「あの二人があんなに惹かれ合っているなんて、それを知ってさえいれば!!こんな無謀な気持ち、抱かなかったのに……胸を引き裂かれるようなこの痛みに、悶えることもなかったのに!!」
無我夢中で剣の素振りをしても、脳裏に浮かぶのは彼と過ごした一年間。
そしてそれをかき消すかのように現れる、手を繋いだ彼と私の親友。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!!!」
こんな醜い感情を、私は知らない。
自分の愛している人が、他の異性と仲良くしているのを想像するだけで狂いそうになる。
その感情は決して美しくなどなく、むしろ醜悪な嫉妬心や独占欲の塊でしかなく。
そんな自分自身に愕然とする。
「こんなことなら、好きにならなきゃよかったのに。あのまま、私にとって何物でもない彼のままでいてくれたら、どれだけ良かったことか……」
私は生まれてから、人から裏切られ続けてきた。
物心ついた時に、両親から見捨てられ。
そして養女として拾ってくれた父は、兄弟子として慕っていた人に殺された。
その時から私は、人を信じることを止めた。
一人で生きていけるくらい強くなって、誰にも惑わされずに、ただひたすらに剣の道を極めるだけの人生を過ごすと、そう誓ったはずなのに……
彼のことも、始めは嫌いだった。
親友である優香は勇者で、数々の功績を打ち立ててきた。
その金や権力や、はたまた優香の美貌に惚れただけの三流野郎だと思っていた。
それを裏付けるかのような、彼の弱さ。
私はそんな彼が嫌いだった。
でも魔界での一年間で、私の彼を見る目は変わった。
彼は確かに弱かったけど、それ以上に勇気があった。
他人を信じることが出来ない私に、ほんの少し勇気を分け与えてくれた。
自分もボロボロなのに、傷を負った私を庇うようにして強敵に立ち向かっていった。
私は沢山弱音を吐いた。
醜いぐらい、彼に八つ当たりをした。
どうしようもなかった。
止められなかった。
でも彼は、そんな私を見捨てなかった。
裏切らなかった。
信じてくれた。
助けてくれた。
共に、戦ってくれた。
そんな彼との日々が、私を変えてくれた。
彼のことを、好きになっていた。
「でも、もう遅い……もう彼は優香のもの……」
私は、また一人になる。
いや、違うか。
元々一人だったんだから、元に戻っただけか……
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!」
もう嫌だ!こんな世界! なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないんだ! 私が一体何をしたというんだ!!
どうしようもない気持ちで、胸が一杯になる。
優香は親友だ。
私が絶望している時に拾い上げてくれた、真の勇者なんだ。
だから、優香から彼を奪ってはいけない。
頭ではそう分かっている。
でも、心がそう言ってはくれないんだ。
彼を想う気持ちが、溢れて溢れて止まらない。
「会いたいよ……彼に……」
自然とその言葉が口から出る。
その途端、目から涙がこぼれ始める。
あぁそうか、これが失恋なのか……
恋を失うって、こんなにつらいことなんだ……
もう認めるしかないのだろう。
私は彼に恋をしているのだと。
もう元には戻れないのだと……
私は必死に、剣を振るう。
微動だにしない案山子を前に、私はその思いをぶつけるように叩きつける。
「忘れろよ、忘れろおおおおおおおおおおおお!!!」
自分に必死に言い聞かせる。
雑念を振り払うように、手にした剣を振り下ろす。
何度も、何度も絶え間なく。
「くっ……がああああああああああああ!!!」
それでもこびりつくその想いがどうしようもなく不快で。
私は持っていた剣を、自身の胸に突きつけた。
「いい加減に……しろおお!!」
そしてそのまま、その剣で自身の胸を突き刺した。
ドクン……ドクン……。
「あぁ……」
もう助からない傷を受け、私の心臓は最後を告げるかのように鼓動を鳴らす。
もうこれで楽になれるのか……
私は薄れゆく意識の中、そんなことを思った。
でもその時、私の頭に浮かんだのは、彼の笑顔だった。
「あは……ははは……」
もう笑うしかない。
私はなんて馬鹿なのだろう。
なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。
私が彼を好きになってしまった時点で、この恋は叶わないと決まっていたのに……
「あぁ……会いたいなぁ……」
そんな自分の愚かさを呪うかのように、私は最後にそう呟いたのだった。
「ん……?」
目を覚ますとそこは見慣れぬ場所だった。辺りを見渡すと、私はまるで介護を受けるかのようにベッドに横たわった状態なのが分かる。
一体ここは何処なのだろうか? そもそも、私は何でここに……
「ああ……」
そうだ。思い出した。私は自害をしたんだ。
それが何故か生きている……? そんな私の疑問に答えるかのように、部屋の入口が開いた。
そこには私がよく知る人物が立っていた。
「優香!」
「あ、目を覚ましたのね!良かったぁ」
私を見て安心したのか、彼女はホッと胸をなで下ろした。
「ここは?」
私は彼女にここが何処か尋ねた。
「……病院よ」
「病院……?」
なんで? 私、自分で心臓を刺したのに……
そんな私の疑問に気が付いたのか、優香は話し始めた。
「うん、貴女自分で心臓を突き刺そうとして倒れたのよ?」
優香が言うには、近くを通りかかった人が慌てて助けてくれたらしい。
何というか、ある意味幸運だったのかもしれない。
死のうと思っていたのにそう思うとは、やっぱり私は最悪な人間だ。
「それにしても、一体どうしたっていうの?あんな無茶するなんて。貴女らしくない」
「……ごめん」
あぁそうか。優香は私を心配してくれるのか。
どこまでも優しい親友に、私は罪悪感を抱いた。
だって……私が死ぬのは、私の勝手だもの……
「まぁいいわ。こうして無事だったんだから」
そう言って彼女は私に微笑みかける。
そんな彼女の笑顔を見て、私は胸が痛くなった。
なんでだろう……? この胸の痛みは何なんだろう……?
「ハアハアハア……悪い、遅くなったな……」
「千也君!今丁度、目を覚ましたところだから」
「千也っ……」
息を切らせながら入ってきた千也。
そんな彼は私の顔を見るなり、安堵の表情を浮かべた。
「良かった……目が覚めたんだな」
「うん……」
なんでだろう……? 彼のその優しい笑顔を見て、私は胸が一杯になった。
もう何もかもが手遅れだというのに……
「なぁ優香。ちょっと彼女と二人にしてくれないか?」
彼がそう言うと、彼女は頷いて部屋から出て行った。部屋には彼と私の二人だけが残る。
「大丈夫か?どこか痛むのか?」
そう言って心配そうな目で私を見つめてくる彼。
「うん、大丈夫……心配かけてごめん……」
そんな彼に私はいつものように返した。
どうしてだろう? さっき優香に感じた胸の痛みよりも、こっちの方がずっと大きいような気がする……
「そうか……なぁ聞きたいことがあるんだが」
「……何?」
私がそう返すと、彼はいつになく真剣な表情を浮かべる。そんな表情の彼を見たのは初めてだった。
「お前さ、なんであんなことしたんだよ?」
彼のその問いに、私は何も答えられなかった。
いや、答えたくなかった。
こんな歪んだ気持ちを抱いて、それをかき消そうとして。
それを笑われるのが嫌だった。
愛している男に、そう思われるのが一番苦痛だったから。
でも、伝えなきゃいけないと思った。
ここで誤魔化したら、私は彼を裏切ることになる。
裏切られ続けて、それに嫌悪を覚えた私が他者を、それも愛する男を裏切る苦痛には耐えられそうもなかった。
だから、私は必死に平静を取り繕って言う。
「……ねえ千也」
そんな気持ちを押し殺して、私は彼に話しかける。
「なんだ?」
「私ね……貴方に恋をしたみたい……」
私がそう言うと彼は、まるで神を見たかの如く驚いた。
そんな彼を尻目に、私は矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。
私の言葉が終わるまで、彼には喋って欲しく無かったから。
「私ね……貴方のことが好き」
「え……?」
今、私はどんな顔をしているのだろうか? ちゃんと笑えているだろうか?
「貴方が好きなんだ……」
「……」
あぁ、良かった。どうやらちゃんと笑えていたみたいだ。
鏡に映る自分の顔が、醜いくらいに笑えていたから。
彼を見ると呆然としていた。
そんな彼の顔を見ていると、自然と涙が溢れてくるのが分かった。
もう絶対に叶うことのない恋だと悟って。
私は最後の悪あがきをしてみたんだ。
その結果がどうなろうとも、後悔だけはしたくないから……
「その気持ちは嬉しいよ……でも俺は優香と付き合ってる」
「うん……知ってる」
そんなのは分かってるよ……だからお願いだからそんなに悲しそうな顔しないで?
そんな顔をされると、本当に死にたくなってしまうから……
「知ってたのか……」
「うん……」
そんな気まずい空気が二人を包む。
そんな時間がどれほど続いたのだろうか?
数分か、或いは数秒だったかもしれない。でも私には永遠とも思える時間を体感していた。
そしてその沈黙を破ったのは千也の方だった。
「……なぁ、本当に俺のこと……その、好きなんだよな?」
何か覚悟を決めるかのように、千也はそう言う。
「勿論、私が嘘をついたことがある?」
「いや、ならいい」
そう言って、彼はベッドに座る私を強く引き寄せた。
そしてそんな私の頬に、軽く唇を添えた。
恋人がやるような、そんな熱烈なキスではない。
それでも、私にとっては十分すぎるくらいに嬉しくて……
「千也……?」
そんな突然の彼の行動に、私は驚きを隠せなかった。
だってそうだ。彼は優香と付き合っているんだから。
その彼女がいるのに、なんでそんなことをしたのだろう?
「……浮気じゃない?」
歓喜と困惑と申し訳なさが入り混じって、私の心はかき乱された。
そんな気持ちの中、絞り出したのがそんな言葉。
ああ、嫌だ。
また醜い私が出た。
こんなこと言わずに、今の幸せを享受していればよかったのに。
「浮気じゃねーよ。……ご褒美のキスだ」
「え……?」
「魔界で、俺は散々お前に世話になったからな。だけど、今の今まで俺は何も返せていなかった。だから、そのご褒美だ」
「千也……」
嬉しい。本当に……すごく嬉しかった。
だけどさ、私馬鹿だからさ。勘違いしちゃうんだよ?
そんなのされたら、もしかしたら私の想いに応えてくれるんじゃないかって思っちゃうじゃんか!
そんなこと絶対に無いって分かっているのに……
もう手遅れなのにさ……
ああもう!嫌になるなあ!!
どうしてこうなんだろう?
なんで私は、素直になれないんだろう?
こんな醜い自分なんて大嫌いだ!!
「そんじゃ、俺はまだ仕事が残ってるんで行くぜ。お前が怪我したせいで、俺は仕事が山積みだ。早く回復しろよ」
そう言って、彼は去って行った。
心なしか、耳元が赤くなっていた気がする。
本当にそれは気のせいで、ただの私の願望なのかもしれない。
でも今はそれで良かった。
それだけで、良かったのだ。
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