こだわりだした兄
惣山沙樹
こだわりだした兄
僕は兄と一緒に住んでいる。兄はしょっちゅう飲み会に出かけており、今日は焼肉なのだとか。兄の焼肉スタイルならよく知っている。ひたすら肉とビール。それだけ。僕はキムチやナムルも美味しいと思うのだが、兄はとにかく野菜が嫌いでまるで手をつけないのだ。
さて、酔っ払うと変な物を買ってくるのが兄の悪い癖である。今までもおかしな目に遭ってきたが、今夜もどうせそうなるんだろうな、と完全に諦めた状態で兄の帰りを待った。
「瞬! ただいまー!」
「おかえり兄さん。どうせ何か買ってきたんでしょ」
「いい物だぞ。美顔器だ」
「美顔器ぃ?」
兄はビニール袋からそのまま美顔器を取り出した。箱に入っていないのはどういうわけだろう。僕は美顔器を手に取った。
「兄さん、これどこで買ったの? メーカーとか何も書いてないけど」
「ん? 公園でフリマみたいにレジャーシート広げてたおじさんがいてさ、その人から買った」
「大丈夫なんだろうね?」
兄はいそいそと洗面所の鏡に向かい、ためらうことなく美顔器を顔にあてた。
「俺も三十代だしな……肌のこととか気にしないと……」
「タバコやめた方がよっぽど肌にいいよ」
「うるせぇなぁ」
一応値段を尋ねた。
「いくらしたの?」
「三千円」
「やけに安いね……余計に心配だ」
「で、どうだ? 綺麗になったか?」
「そういうのは継続してからわかるもんでしょ」
夜遅かったし僕は先に寝た。
そして、翌日。
「兄さん、おはよう。コーンフレーク食べる?」
「うん、食うけど……ちょっとパッケージ見せてくれ」
「ん? はいどうぞ」
兄はまじまじとパッケージを見た。
「うわっ、蜂蜜使ってるじゃん。パス」
「ええ? 兄さん蜂蜜好きじゃない」
「俺、コンビニで何か買ってくるわ」
「あっそう……」
そして、兄が買ってきたのが豆腐バーだったので腰を抜かすかと思った。
「兄さん、豆腐そんなに好きじゃなくなかった……?」
「今は豆腐の気分なんだよ。うん、うめぇ」
「一体どうしたの……?」
それからもおかしなことは続いた。僕が昼ご飯に卵たっぷりの親子丼を作って出そうとしたのだが。
「ああ……鶏肉と卵か。無理」
「ええっ? 僕の親子丼好きって言ってくれてたじゃない?」
「なんか食べる気しないんだよ。納豆ご飯にする」
「う、うん……」
極めつけは夕食だ。兄はスーパーで生野菜を買ってきて、バリバリと食べ始めたのだ。
「んめぇ、んめぇ」
「兄さん! 一体どうしたのさ? あの美顔器買ってきてから絶対におかしくなってる!」
「そうなんだよ……今まで食べてた物が無理になっちまった……」
明らかに美顔器のせいだ。美顔器。びがんき。びがん……き……。
「兄さん! あれ、美顔器じゃなくてヴィーガン器だ!」
「……はっ?」
「ヴィーガン! 動物性由来のものが食べられなくなってるんだよ!」
「えっ、嘘っ、マジか」
その日は兄にヴィーガン器を使わせずに寝た。
そして、翌朝。
「瞬! ガッツリしたものが食べたい! 肉だ肉! 牛丼屋行こうぜ!」
「ええ……別にいいけど」
兄は牛丼屋で牛も米も大盛りにして温泉卵までつけた。
「んー! やっぱりこれこれ! 肉うめぇ! 肉!」
「はぁ……戻ってよかった。あのヴィーガン器どうする?」
「フリマアプリで売れるかな?」
「僕出品してみるね」
僕は正直にヴィーガン器の説明文を書いて出品した。値段はふっかけて五万円にしたがすぐに購入された。
「兄さん、手数料とか送料はかかるけど結構儲けられたね」
「俺が買ってくる物も役に立つだろ? この金でステーキ肉買わねぇ?」
「そうだね」
うんうん、兄はやっぱり、肉食系でないと。
こだわりだした兄 惣山沙樹 @saki-souyama
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