第4話 親友の気持ちにちゃんと向き合いたかったんです
とは言ったものの。
曖昧なままじゃ良くないよね。
今朝、微睡みの中で想ったことに偽りはない。
寄り添って支えてくれる美月に、昨日の分も合わせて、ちゃんと向き合わないと。
よだれを垂らした美月を見てると、その…若干の、危険も感じるし。
「ねえ、美月」
「なにかしら、あなた♡」
あ、これは向き合いきれないかもしれない。
九月も佳境に入ってすっかり秋めいてきたというのに、汗がだらだらと噴き出してくる。アツいな今日は。
おたおたしている私とは対象的に、美月がふっと撫子モードに戻った。
「冗談よ」
冗談かぁ…。え、どこから?
「昨日のこと、あまり覚えてないのでしょう?顔を見てれば分かるわよ」
そりゃ、こんなあからさまに動揺してたら気づくよね。
幼稚園からの付き合いだから、隠し事は出来ない。
そして私にも、彼女の顔を見て、伝わったことが2つある。
間違いなく彼女の豹変の理由は私であること。
そして少なからず、彼女を傷つけてしまったこと。
「その……ごめん。美月に泣きついてたのは覚えてるんだけど、その…」
「いいの。正直、そんな気はしていたもの」
昨日のあなたじゃしょうがないわ、と美月が寂しそうに微笑む。
「でも、ちゃんと謝りたいの。だから、私が何をしたか教えて欲しい」
気遣いは有り難いけど、ここで美月に甘えたくない。
そうしたら今度こそお天道様の下を歩けない、いや、美月の隣を歩けない気がするから。
「何って、さっき言ったじゃない」
「へ?」
「私の腕の中で『美月しかいない』『ずっと一緒にいて』って言ったのよ」
本当にさっきので全部だった!?そ、それだけ?
「侑も同じ気持ちだったんだ、やっと通じたんだ、って嬉しかったのよ?昔もこれからも、ずーーっと友達止まりだと思っていたから…」
「ちょ、ちょっと待って!『ずっと一緒』が、なんで友達以上になるの?」
っていうか、そもそも…その…
「美月って、私のこと、好きだったの…?」
恐る恐る、聞いてみる。
ニワカには信じられないけど。そういうことになる、よね?
私の問いに美月は。
「あ、あああああ、あなた、気付いてなかったの!?!?」
顔を真っ赤にして、目をかっぴらいて驚愕していた。
口もあんぐり開けている。こんな顔、初めてみた…
じゃなくて!
「えっ、だって、そんなこと言われたことないよ!」
「言ってないわよ!でも必死にアプローチしてたじゃない!!迎えに行って一緒に登校したり、手を繋いだり…」
「そんなん友達の範疇じゃん!」
「そっ、そんな…」
大和撫子がすぎるだろ!
ええ〜〜〜〜…。じゃあ私、あんまり悪くなくない…?
私の思いとは裏腹に、よよよと泣き崩れてしまう美月。
そのまま座り込んで、魂が抜けてしまったように動かなくなってしまった。
私は……どうしたらいい?
やっぱり私はあんまり悪くない、とは、思うけど。
予想外だったから、受け止めそこねてしまったけど。
たぶん今の美月は、昨日の私だ。
いや、きっとそれ以上なんだろう。
ずっと想い続けて、一生懸命(本人なりに)アピールして、やっと通じたと喜んでいたら、相手は全く覚えてすらいないなんて。
私は結果的に、自分の傷心にいっぱいいっぱいになって唯一の親友を弄んでしまったのだ。
「ねえ、美月」
美月は顔を上げない。
そうだよね。どの口が、って思うかも知れないけれど、その痛みはよく知ってる。
そっと、隣に屈んで美月の手を握る。昨日、この子がそうしてくれたように。
「私、美月を傷つけちゃったんだよね」
返事は、無い。
「私は自分のことしか見えてなかった。今まで、美月の気持ちに気付けてなかった。本当にごめん」
「じゃあ、」
美月の顔にほんの少し、期待の色が浮かぶ。
「でも、私、今までそういう目線で美月を見たこと無くって」
「そう…」
またしても表情を反転させ、目を伏せる美月。
胸がズキンとする。
無責任な話、傷ついた美月を見たくないっていうのも、少しある。
昨日の私と同じ痛みに苦しんでいるんだとしたら、一刻も早く開放したいし、そもそも原因が私っていう負い目もある。
でもそれ以上に今の私は、人の好意に向き合うってことについて、少し考えようって気になっていたから。
「でも!その、大好きって気持ちも、一緒に居たいって気持ちも本当だから……それが、恋人としての”好き”なのか、考えたこと無かったから。私も、真剣に考える!」
真っ直ぐ美月の眼を見る。美月もそれを応えるように、顔を上げる。
切れ長の瞳には、意志の光が戻っていた。
「わかったわ、侑。私、必ずあなたを振り向かせて見せる!」
よかった。少し調子を戻してくれたみたい。
やっぱり美月には、キリっとした顔がよく似合う。
切り替えが早いのは美月の美徳だ。早すぎて若干、情緒不安定なきらいはあるけど。
「それじゃあ私達は今から、恋人(仮)ってことでいいわね?」
「えっ………いや…でも、そういうことになる、のか?」
なるのかな?疑問の余地はないでもないけど。
「うん、そうしよっか」
親友の前向きさを、少し見習うことにしよう。
私も、新しい恋(仮)に一歩踏み出してみる決心をした。
「じゃあ。改めて行きましょうか。はい」
美月がもう一度、手を伸ばした。私は、今度はもう躊躇わず、恋人(仮)として、その手を取る。
「うん、行こう」
そして私達は、新しい一歩を踏み出した。
私が美月と恋人(仮)になってから二十分。
いつもよりちょっと遅くなってしまったけど、やっと学校に到着。
手を繋いで一緒に登校するのはいつも通りだけど、やっぱりちょっとムズムズした。
見慣れたはずのかぐや様みたいな横顔に見惚れちゃったりとか。
『今日も仲良しね』なんて声を掛けるクラスメイトにも、ちょっと過剰に反応しちゃったり。
ちなみに美月は声を掛けられるたびにビクンビクンしていた。
「ねえ美月、そろそろ、手…」
「嫌よ、離さないわ。死が二人を分かつまで」
病んどるやんけ。参ったな。
もともと美月はちょびっとヒステリックだし思い込みも激しいから、こうなるのはちょっと納得だけどさ。
でも意識したうえで手を繋ぐのは、ちょっと恥ずかしいよ。
「あ!確か美月、日直だよ!急いで行ったほうがいいよ!」
「あら、そうだったかしら…まだ当分先だったと思うけれど…」
「いや、今日だよ!うん、間違いない!」
もちろん嘘です。
でももう耐えられないもん!熱いよ顔が!!
「そう?じゃあ、名残惜しいけれど…先に行くわね?」
「うん、続きは放課後だね!あー本当に残念!」
何度も振り返る美月に罪悪感を覚えながら、ひらひらと手を振って送り出す。
ふぅ。彼女にはちょっと悪いけど、少し安堵した。
私も満更でも無いとはいえ、相手の気持ちを受け止めて真剣に向き合うのって、エネルギーがいるんだな。
考えてみれば一ノ瀬さんにも悪いことをした。
私と美月でもこんなに大変なんだから、名前も知らない人から告白されて、さぞ困っただろうな、なんて。
こんなことを考えられるくらいには、私は立ち直っちゃってるんだな。少し意外。
昨日の夕方まで、ず〜〜〜っと恋い焦がれていたのに、今では美月にドキドキして。もしかしたら私は世紀の薄情者なのかも知れない。
それか、新たな恋がもたらしたスーパーパワーかな。いや、恋(仮)か。
なんにしても、立ち直らせてくれた美月に感謝しないとね。
「あ〜〜〜〜!や〜〜っと来た〜〜〜〜!!」
朝から黄昏れていた私の背後から、甘ったるい声が飛んできた。
「も〜。名前も聞いてないのにすぐ帰っちゃうし、待ってても全然こないし。困っちゃったんだよ?」
状況を理解できずに固まった私の顔を、頬をぷくーっとした妖精さんが覗き込む。
この顔を見間違えるはずもない。
「じゃあ、改めて。あなたのお名前は?」
女の子同士だし恋人未満だからこれは浮気じゃないんです @mirror12
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