宇宙物語/エピソード1 巡る時と石

ぜんざる

街のお店屋さん

序文

無始無終 

これは仏教の教えにあるもので、ものには始まりも終わりもないとしたものだ。ある意味宇宙の真理と言えるかもしれない。

宇宙は滅び、また生まれこれを虚空の空間で繰り返している。

その中生まれた宇宙を、第一宇宙と呼んだ。

この物語は、その無始無終の切れ端を描いたに過ぎない。





王歴1536年6月12日 クラークズム星ランドール帝国

首都ユープラ郡モンゴバートル市フラズ厶ダン区


その日は、春だというのに、ひどく寒かった。ヤーデル・シャールドはコートを着ながらフラズムダン区のラメダラ町というこじんまりとした下町をトボトボ歩いていた。町並みは、綺麗に整っているものの、静かで寂しさも感じる。

「フィーなんだこりゃ・・・」

レンガ造りの建物が多く、殺風景に見えるため、余計寒く感じる。

「なんなら雪も降りそうだ・・」

ヤーデルは歩く速度を上げると、レンガを敷き詰めた道を進んでいった。

目的地は、ラメダラの先、ルフマシの一角にある珈琲店だ。

「いらっしゃい。ヤーデルさんだね」

マスターのフランクが、愛想よく迎えた。

一応立法院の議員に接する態度にしては、結構馴れ馴れしいが、ヤーデルは気にしない。

ヤーデルが椅子に座るなり、フランクは聞いてきた。

「ブリントのコーヒーが入ったんだ。一杯どうだね」

フランクはかなりぼろぼろな服を着て、何十年も剃っていないであろうヒゲを伸ばしている。こってり太った60の体には、ハゲ頭とは対称的にムダ毛が生えている。

「じゃあ、いただくよ。砂糖は多めでいいか」

「こういうのは、普通、砂糖も何も入れずに飲むもんだろ。まったく、36にもなって子どもだねぇ。ヤーデルさん」

人は、60歳を超えると、こうもマウントを取りたがるのだろうか。自分は、人生経験を積んで、何事もプロになった気になるのか。ヤーデルは、こんな具合に物思いにふけっていた。

「ところで、ヤーデルさん。一昨日か昨日だったか。立法会の会計委員会副委員長になったんだってね?」

「あぁ、そうなんだよ。確か、唯一衆皇合同の委員会なんだな。あんなん、財務なり、星税なりに任せりゃいいものを」

「そんなわけにゃいかんさ。庶民が選んだ議員に確認してもらってこそ、民主主義の財政なんだから」

コーヒーをフランクが持ってきた。

「どうも。支給議員宅よりも、どでかいユープラ城よりもここが落ち着くなぁ」

ため息を付きながら、ヤーデルは一息に言った。

「そりゃ、何よりだ」

フランクが経営する珈琲店フランクコーヒーに初めてきたのは、外交総合省の宇宙統計局にいたときだ。

来た時、ヤーデルは精神が衰弱していた。皇族教育によるものだ。

皇族教育の中でも、皇帝継承者1位の場合は、特別強化教育といって、緊急事態に耐えられるように、日々過度なストレスを職場でかけられる。

それにヤーデルは耐えられず、下町地域をふらふらしていたら、フランクコーヒーにたどり着いたのだ。

「あの時の、ヤーデルさん、ものすごかったなぁ。今でこそ、生意気なおじさんになっちまったが・・」

フランクは、くすっと笑うと、自分の分のコーヒーを注いだ。

「クッキーでも食うかい?サービスするぜ」

「ああ、いただくよ」

フランクは、店裏の大きな棚から、木製の箱を持ってくると、ヤーデルの前においた。

「ブリント産の小麦粉を使ってるから、かなりうまいぞぉ」

フランクは自慢げに言いながら、バクバク食べ始めた。

「そういえば、フランクさん。俺に一度たりとも敬語使ったことねぇな。俺としては構わんのだが、まずいとか思ったことないのか?」

ヤーデルは、ここ数年で思っていたことを聞いてみた。

「別に。俺が敬語を使う相手は、基本的に、俺よりすげーと思った奴。もしくは、俺より年上の人間。このどっちかに当てはまる人間だ」

「要するに、俺は、フランクさんよりすごくないという事か?」

「そいういうこった。例え、神から世界を統治を任される皇帝の第一子ともいえど、人としてはまだまだだからな」

彼は、一気に言うと、盛大に笑った。伊達に下町の中でも治安の悪いと言われるルフマシで何十年も珈琲店をやっていない。ヤーデルはそう思った。

「皇帝のことなんだがね。俺、実はあまりなりたくねぇんだ」

「いきなりどーしたのさ。皇帝になりたくねぇって、あんた兄弟姉妹に譲りたいと思ってんのか」

「そうなるね」

今まで動揺したことのないフランクでも、驚きを隠せない。国家を左右するようなことを、ペロっと言ってのけたのである。

「皇位継承第2位は、確か」

「フランドール。フランドール・シャールド。俺の妹さ。ったく、親父は、継承第1位の俺の名に『フラン』を入れなかったくせに、フランドールには入れやがった。その上、特強教育という名目で俺にストレスを掛けまくりやがった」

ヤーデルは気づいていないが、興奮したせいで目が充血している。

「目が赤いぜ。ヤーデルさん。水でも飲んで落ち着いたらどうだい?」

「ああ。すまんな」

ヤーデルは、一気に飲み干すと、話を続けた。

「俺が皇帝を継承したくないのは、フランのことだけじゃねぇ」

「口が悪くなってるぜ」

「あぁ。すまん。―でだ。俺は、自由が欲しかったんだ。もっと具体的に言えば『個人』になりたかった。皇帝になれば、権限は増えんし、何より個人としての行為が認められん。俺が皇帝になったとして、どこに行こうが、首相とか議員みたいに個人―ランドール帝国国民ヤーデル・シャールドとしてではなく、ヤーデル皇帝になっちまう。俺は、それがどうしても嫌なんだ」

「わからんでもないな。個人として尊重されないってことでいいのか?」

「まぁ、だいたい合ってる。ってもうこんな時間か。そろそろいくぜ」

そう言うと、ヤーデルは、金だけおいていくと、そそくさと店を出た。





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宇宙物語/エピソード1 巡る時と石 ぜんざる @zanzeru

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