アオハルは青年の顔をしていない

蒼乃 夜空

1話「見えない涙」

 どうして、どうして、誰も私を見てくれないの。


 先生も、クラスメイトも、実の親だって私のことを見失う。

 誰も私の存在に気付かない、だから誰も私を愛してくれない。


 ねえどうして。

 どうして私はこんな体で生まれてこなくちゃいけなかったの。

 私が何をしたって言うの。


 誰もいい、誰でもいいから。お願いだから。

 私を見つけて。




 * * *




 静かな教室の隅、なんだか声が聞こえて目を覚ます。

 少女の悲しげな声が、寝起きの耳にかすかに残っている。


「ん、んー……?」


「お。やっと起きたか、この寝坊助


 いかにも無気力そうなしゃがれた声が、しゃっきりしない男子高校生、飯沼いいぬまこたつを起こしてやった。


「あれ……、なこちゃんだ。もう来てたんだ」


「おー、愛しの名古なこ先生だぞー」


「変なこと聞くけど。なこちゃんさ、今、もしかして泣いてた?」


「私が? 別に泣いてないけど……この私がそんな気弱そうに見えるのか?」


 互いに名前呼びをするほどの砕けた関係ではあれど、二人は教師と生徒だった。

 はたから見ればおかしな二人。

 そんな二人は夕焼けが沈む窓を横目に、冗談を交わす。


「そりゃそうか……なこちゃん新任なのに図々しいもんね」


「ぶん殴ったろか、こたつ、このやろ」


 ここ、私立伏奇ふしぎ高等学校の2年A組を受け持つ女教師、子子子 ねこし名古なこ

 彼女はこたつの担任であり、なおかつ彼が所属する風紀委員会の顧問でもあった。

 そんな名古は名古同様やる気のない目の前の生徒に、毎度、委員としての仕事を持ってきてやるのだ。

 押し付ける、とも言う。


「そんなことよりも、こたつ。今日来る予定だった子、まだ見てないか?」


「あー。例の、幻想種ソムニウムの相談者?」


「そ。もうすぐ最終下校時刻なのにまだ来てないんだよ」


「え? それならここに――」


「私、もっかい探してくるからもうちょっとここに居て」


 こたつの言葉を遮って、気怠そうに「委員会室」を後にする。

 

「え、ちょっと――!」


 戸惑うこたつの声も聞こえていないのか。

「チャイム鳴ったら帰っていいから」と一言残して行ってしまった。


 風紀委員会の委員会室だとは到底思えない、空き教室同然の寂れた室内。

 そんな場所に、こたつは特有の居心地の悪さを覚えながらも、この部屋に取り残されたの方へと向きを変える。


 そして目が合う。


 驚くほど特徴のない。というか、視界に入れた次の瞬間から印象が消えていく。

 影が薄いを地で行くような女子生徒。

 それでもこたつは、こたつは彼女を見失わない。


 そして問う。


「えっと……君が相談者、ってことで良いんだよね……?」


 おずおずといった調子で話しかける。

 が、待っても一向に返事が無かった。

 それになんだか表情が読めない。


 が、まさかの反応に、こたつはぎょっと驚いた。


「え!? え! え!」


「えっ? え、何?」


「え! え! え! え!?」


「マジでなに? え僕何かした?」


「えっ! えっ! えっ!」


「え、怖い怖い、怖いって! なんか言って!?」


「え、え、え」と声を上げるだけの目の前の女の子。

 泣いているようにも、驚いているようにも、あたふたしているようにも見える。


 姉と妹、あと名古くらいだ。これはこたつの身近な女性たち。

 つまり。女子との接点なんてろくに持たない彼に、挙動不審女子の対応なんて不可能に近いのだ。


 こたつはただ慌てふためくことしか出来ず、結果、え、え、と漏らすだけの高校生二人の謎空間が出来上がってしまった。

 今は放課後。幸か不幸か、誰か生徒や教師が教室の前を通り過ぎることもなく、それはしばらく続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アオハルは青年の顔をしていない 蒼乃 夜空 @aono_yozora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画