その子のその子

すずな

無意味

ここを抜け出せても、何も変わらない。

そう一言こぼし、その子はベランダから足を踏み出した。


その子の人生は全てが無意味だった。

勉強、スポーツ、友情、恋愛、将来への希望。何を考えても結局はお金が無い。それを成し遂げたところで?と完結してしまう。朝目が覚めたらロボットのように決められたルーティーンをこなし学校へ行く。もっとも、学校に行くのが嫌だという感情だけが私の生きがいであった。「行ってらっしゃい」と笑顔で送ってくれる妹、お弁当毎日かかさず作ってくれるお母さん、に、この気持ちが悟られないように「行ってきます」とできるだけ明るく一言残しわたしは玄関の扉を開け、無音という音楽が流されているヘッドフォンを付ける。

電車は必ず男性が一人や二人はいる女性専用車両に乗り込み、眺めるだけの単語帳を開く。そして各駅の長々しい1秒間の学校へのカウントダウンをするのである。

この次の工程からがその子の一日の始まりの鐘がなる。乗り換え電車に一緒に行くことを約束した友達がいるからだ。だからその子は必ずトイレに行き笑顔の練習をし、話題の考察をする。そうしないと不安でねじれそうになるかららしい。いつものように無理やり口角を上げた悪人のような顔を作り電車に乗り込むとその子は「おはよう!」と声をかけた。友達も「おはよう!」と返事を返し、「昨日のあのドラマみた!?◯子のバ先のカフェここ使われてたんだって!行くしかないっしょ」と「あの」じゃ確実に伝わらないドラマの話を振ってきた。「行くしなかないそれは。」と心とは真逆のことを口に出すことが正当であるなどといった15年の教訓を生かした答えを言う。もしここで違う答えを口に出したならその子の学校生活はthe endだと言うことはもう既に分かりきっていることである。その事を前提にその子はまた気づつかないうちに嘘をついている。

学校に着いてからもその子の嘘は増えてゆく。では嘘で1つ、この子が失敗したことを紹介しよう。

仲が良く常に一緒にいたA子がその子の悪口を言っていた。と、ある友達から聞いたのだ。その子はA子が悪口は絶対言わない。と聞いていたからショックを受けてしまった。だからある仲のいい女の子に「A子に悪口を言われてさ。でもA子ってちょっと信頼性にかけるから怖いなあ」と言ったのである。それを誰かに聞かれたのか分からないが、A子の耳へ伝わってしまった。その次の日からA子はその子を避け、A子はその子が居ないグループでお昼を食べた。だから今日みんなで撮ると決めた写真は仕方なく、その子はA子が消えたグループで撮りSNSに上げた。その子はA子が自分からいなくなったのだからいいだろう。と思っていたのだ。しかし今思うと酷いものであろう。でもそれよりも酷いことがおこってしまったのだ。その次の日からA子にその子の嘘のことや悪口を広められたことだ。クラスの居場所も少しづつ、水鳥が飛び立つように減り、必要以上にA子に避けられ、謝ろうとすると「被害者ヅラするな」と言われる。SNS上でたくさんの人に叩かれ、身に覚えのないことを責められる。それに加えてその子が悪いように作られたおとぎ話をその子のことを知らない子にも広められる羽目となる。まあ、ここまでがそのA子の計画なのだろう。結局はその子を1人にしたかったのだ。何故かって??その子が勉強もスポーツもできて、ビジュもよく、さらには絶対音感を持っているためピアノもすごく上手に弾け、楽器は直ぐになんでも出来るようになる。一言でいうとオールマイティなのだ。多分嫉妬したのだろう。めんどくさい奴だ。

しかしその子はそうなることを願っていた。そしてわざとそうなるような学校に入学したのだ。

中学の頃、その子は地味であった。ありすぎである。何もかもが平均値で目立ったものがなかった。言い換えると褒められることがなかったのだ。だから自分が目立ってなんでも出来るすごいやつという地位が欲しいがために価値観が絶対合わないような生徒が行く高校を選んだ。まずその時点で受験から逃げているため弱い人間確定であろう。今思えばもっと頑張って自分くらいの人が沢山いる常識のある人だけがいる学校に行けばよかったと強く思っている。1年前の自分に一言言えるなら何を言う?と聞かれたら迷う暇もなくその事を言うだろう。それに加えてその子は2学年から転校することも考えている。お金はかかるが必ず返す。その間はお小遣いは要らない。と親に言うつもりの心構えを持っているところだけが頼もしい。

でもその子は学校に行くのが怖くなってしまった。願っていたことなのに実際に現実となるのは嫌だという心構えがとても弱い。それでも学校へ行かなきゃいけないという使命感に囚われてしまっている。学校に行く時間が迫っていく限りその子の無意味な涙は強さをまして目に迫ってくる。泣いて解決する訳では無いのに。

話が逸れてしまった。戻していこう。

学校とは嘘を気づかないうちについてしまうところなのであろうか?道徳の授業とはなんのためにあるのか。と哲学的なことも考えてしまっている授業中、急に当てられ当てられたがっている人の目が飢えたゾンビのような目つきでその子を眺める。ただただ迷惑で痛かった。

目で人は語る。実感したよ、というような思いが図々しいほど乗ったため息が喉に突っかかり、詰まった声で答えを言う。「正解です」という声に交えて小さく咳払いをし、また考え事に移ろうとすると邪魔が入ってくる。その子に直接的に関わらなくてもその小さな嘲笑いはその子の悪人の笑顔を強ばらせるほどの威力がある。それでも聞こえないふりをしてまた自分の世界に入るのがその子にとっての1番楽で誰も傷つかない方法だった。

休み時間。A子が笑っている。その子も笑っている。回りもその子を見て笑っている。そんな時その子には心に決めた言葉が浮かぶ。「この世の中に水よりも柔軟なものはない。」その子は水になりたかったのだ。水のように優しく、心地よく、笑顔で、刃を向け、受け入れ、、、この世でいちばん自分を保っているのは水だけであるとその子は思っているのだ。そして水はどんなものにも適応をする。思ってみれば水はほんとに偉大なものである。そんな水に憧れ、自分を流して周りを笑顔にしていくことがその子の使命だと勝手に思い込んでいた。

ガタン、大きな音とともにたくさんの人と目が合った。みんな顔が横になっている。A子も見ている。

踏まれる。そう思った瞬間にはもう何とも焦点が合わなくなっていた。

その子がいるのはどこ。どこか分からない、分からないはずだったのにこの刻がずっと続けばいいと願ってはいられなかった。暖かい、世界は水だった。春風に当たっている気分のような、なんの前触れもなく笑っていられるような、優しく寄り添ってくれる音楽を聞いているような、ギターの前奏に溺れているような、海月姫の走馬燈を覗いているいるような、死ぬってこんな事なのかな?気持ちが高ぶる。

あ、待って、

月。

指一本その子のものじゃないのに心だけが動く。この子の世界だと涙は泡となって空気に変化を遂げる。回りは空気なのに砂の中に水の中に花の中に空気の中に吸い込まれていく。その子の心の中はとてもきれいだ。辛い人ほど心はきれいだということが確立された瞬間、その子の口が動いた。

カーテンがヒラヒラ動くほどの風が心地がいい。その風に乗って青春という値札を打たれた事に今更後悔をしても遅くは無いのだろうか。売れ残った棚に陳列させられているのに売れることを待ち望んではいなかった、ぬいぐるみに語られたあの日のことを思い出す。こんな気持ちなのだろうか。空の青さを伝えられない虚しさが心を過ぎる。「お昼ご飯を一緒に食べるために来ました」という声が聞こえたとともに仕切りのカーテンが開く。先生の返事も待たずに行動するのは2人しか思い当たらない。「ご飯たーべよ!」「持ってきてやったぞー」

正解。テストだったら問答無用の満点だろう。大きな丸がついた紙を渡されることは何回もあったが成績の入らないことを喜ぶには幼稚すぎた。とりあえずおはよう。ありがとねほんとに。と声をかけると同時に「心配したんだよー!ほんとに無理しないでよね」と言われた。ごめんごめん笑と返した。

「ねーなんで喋んないの?」

「眠いんだよねー私たち邪魔だった?」

いやいや、そんな事ない!一緒にいて欲しい!って必死に伝えてもその子の声は誰にも届かず、音もなく、地に落ちてその子のところに跳ね返るだけだった。

口だけが動く醜い魚のよう、小説家なら直喩でこう表すにちがいない。異変に素早く反応した先生が「保健室でご飯を食べるのは禁止です。帰ってください。」と声をかけてくれた。急のことだったので初めはぽかんとしていたが、急に武士が描かれてる絵の顔をし始めた。「じやあお弁当置いてくだけ置いてくので、食べさせてください。この子最近痩せ気味なので。」と一言残して笑顔で見送る先生を睨み気味に出ていった。

さて、その子はどうなっただろか。まあ想像通り先生から任意の事情聴取を受けるのかと思いきや、「先生と一緒にお昼ご飯食べようか。特別にメロンパンあげる!」と声をかけられた。首を横に振ったがすでにお弁当の横にメロンパンは置いてあり、「いただきます!」と元気な声で美味しそうにご飯を食べている先生につられてお弁当に手を伸ばしたが食べようとしたら吐きそうになるだけで余計に食べれなくなってしまう。それがもっと申し訳なくてごめんなさいという言葉で解決しようと努力する。努力したところでごめんなさいという言葉がその子の中で軽々しくなるだけなのに中毒に溺れ、泳ぐことさえできない。

肩にちょうどいい重さを感じる。「謝らなくていいんだよ。」そしてぬいぐるみをその子に手渡し、ハグを促した。言われるがままにハグをしたら先生も持っていたぬいぐるみで「なんで悲しくなっちゃったのかな?僕に話してみない?」その子にとってぬいぐるみとは



最後の授業。このクラスはとても元気である。しかしその子だけが檻に囲まれていた。下を向き、頬ずえをついて寝ているようにさえ見えるが、違っていた。目の前が水でかすみ、心臓が心がキリキリ痛む。でもその子はこれがなんだったのか理解できなかった。そして理解できないまま空白の音楽を聴いて家という名の居場所へ帰った。帰るまでの記憶は無なのである。

家に着いてからその時までは一瞬だった。溢れて溢れてとまらなかった。止めようとして無理やり口角をあげると余計に溢れてくるだけだった。全ての力が抜け、その場に寝かされるように、崩れ落ちた。でもなんでこんなに泣いているのかがその子には分からなかった。学校では笑い合える友達がいて、美味しいご飯がは食べられて、自分なりの優しさで人と関わることが出来た。それなのに泣いている理由がわからなかった。

その子は限界だった。

生きる意味がわからなかった。

人生の無意味さを悟ってしまったのだ。

生きることへの意欲がなくなってしまっていた。

その子の性格が分からなくなっていた。

その子じしんが何者か見失っていた。

孤独を感じていた。

正体不明なプレッシャーに押しつぶされていた。

目標が何も無かった。

自分で蒔いた種を育てる方法が分からなかった。

その子はもう自分を奮い立たせる事が出来なかった。「辛いなぁ」「死にたいなあ」「もう15年を生きたんだよ」「明日が来るのが怖い」「また朝が来たら学校に行かなきゃ行けない」「独りだなあ」「自分がいなかったことにして欲しい」って涙がその言葉を語っているかのような美しい水を流しながら、結局は「頑張れ。自分」の一言で立ち直らなきゃいけないことに気づく。

その子は何を求めているのだろうか。それはその子自身が今世の中で1番欲しい「もの」だった。でもその子にはその「もの」が分からないからまた水を流すのであった。

夜が深けてお母さんが帰ってくる。その子は普通の顔で「おかえり」と声をかけ「ただいま」と返事が来るのを待つ。そしていつものように美味しいご飯を食べ、勉強机に向かうと涙がこぼれた。その時は目の前が滲むことも無くなんの予言もなくだったからか、その子自身もびっくりし、大好きなぬいぐるみに顔を伏せ、声を殺した。「泣きやめ。泣きやめ。もう沢山泣いただろ。お母さんには見せられないんだ。」と思えば思うほど心が痛み、さらに大きくなんの意味もない涙が落ちるばかりである。「死にたい」ひとつの感情だけが解決策だった。そう。その子は「泣いても何も変わらない。辛いならこの世界も自分の世界も終わらせてしまえばいい。」という答えにたどり着いてしまったのだ。でも最後にお母さんとハグがしたかった。そして

私のためにたくさんのお金を使わせてごめんなさい

迷惑かけてごめんなさい

いつも反論しててごめんなさい

言う事聞かなくてごめんなさい

ダメな娘でごめんなさい

なんの才能もなくてごめんなさい

冷たく当たってしまいごめんなさい

性格がクズすぎてごめんなさい

優しく生きられなくてごめなさい

自分を強く見せようとしてごめんなさい

素直になれなくてごめんなさい

なんの感謝も伝えられなくてごめんなさい

友達が居なくてごめんなさい

全てが無駄になってしまいごめんなさい

お金を必ず返すと言いましたが、出来なさそうですごめんなさい

自分のせいでお母さんを追い込めてごめんなさい

美味しいご飯ありがとうございます

いつもそばにいてくれてありがとうございます

居場所を作ってくれてありがとうございます

仕事を頑張ってくれてありがとうございます

いつも傍で見守ってくれてありがとうございます

何事にも一生懸命になれなくてごめんなさい

それでもいつも応援してくれてありがとうございます

素敵な名前をありがとうございますこの名前が大好きです

いつもいつも明るく喋りかけてありがとうございます

塾に通わせてくれてありがとうございます

辛い時に慰めてくれてありがとうございます

いつも自分を気に止めてくれてありがとうございます

ぬいぐるみの写真を送って元気づけてくれてありがとうございます

毎日「行ってらっしゃい」と言ってくれてありがとうございます

必ず美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます

誕生日を毎年祝ってくれてありがとうございます

推薦で受かった時一緒に喜んでくれてありがとうございます

テスト前に必ず「頑張れ」と言ってくれてありがとうございます

気を使って出かけてくれてありがとうございます

夜寝てる時に時々頭を撫でてくれてありがとうございます

沢山な自分の行きたいところに連れてってくれてありがとうございます

どんなに高いものでも欲しいものは必ず買ってくれてありがとうございます

自分の悪い所を指摘してくれてありがとうございます

毎日生きてくれてありがとうございます

毎日隣にいてくれてありがとうございます

毎日自分を1番に考えてくれてありがとうございます

私を産んでくれてありがとうございます

幸せにしてくれてありがとうございます

お母さんの所に生まれて幸せでした

ほんとに幸せで溢れてしまた

悔いがないです

最後は笑って終われそうです。

自殺をしてしまいごめんなさい

でも今後の生き方が分かりません

一緒に喋ってくれる友達もいて、そのA子も気にしていません。でもほんとにどっから来たのか分からない誰からのかも分からないただ重くて真っ黒なプレッシャーに囲まれています。抜け出そうにも抜け出せません。

この状況を自分で作り、自分で適応するのが本当の人間でしょうが、私はそうは出来なさそうです。何が辛いのか分からないんです。それがいちばん辛いです。

正直転校することを選びたいと思いましたが、それは沢山な費用がかかってしまうため、ここで人生の終止線を貼りたいと思います。

これまでの15年を幸せにしてくれて、笑顔で溢れさせてくれて、ありがとうございます

私はお母さんの所に生まれることができて本当に幸せだったと胸を張って全世界に伝えることが出来ます。本当に私は家族のことが大好きです。大好きでは終われません。本当に愛しています。

私のことは引きづらないで欲しい。私はが決めた人生の終わりに泣かないでください。これ以上周りに迷惑かけられません。

ありがとう。さようなら。

という思いを込めてハグをしたい。

その子はふと立ち上がってお母さんにハグを求めた。

お母さんは静かにハグをしてくれた。強く強く優しい、そして安心するハグだった。

その子は泣いていることに気が付かなかった。お母さんは無言で背中をさすって頭をなでなでしてくれていた。

これだった。その子はこの言い表せない温もりを求めていた。もう涙をこらえることすら考えらなかった。

声を上げてお母さんにしがみついた。

その子はその時間が永遠に続けばいいと無意識に願っていた。

落ち着きを取り戻したその子は「ありがと。おやすみ」と一言声をかけ、寝室へと向かった。

後ろから「おやすみ、いつでもハグを待っているよ」という声に泣きそうになるのを自覚して「ありがと!」と返事を返した。

その子の悔いはもうない。

机の上に「お葬式は小さく、お金をかけずにやってほしい。なんなら開かなくてもいい。自殺だから。」と置き手紙を置く。

横を見る。

髪がその子をそそのかす。

少しトゲのある夜風がその子を呼んでいる。

自分の人生を振り返りながらその子はベランダのガードレールに登った。

そして大好きなぬいぐるみを抱きながら1歩踏み出した。

これで終わるという快感と上手に適応できなかった自分に哀れみの意を持って、蘇る小さな幸せ、一つ一つを噛み締めて直ぐに消えた激しい痛みとともに息を引き取った。



その子を置いてまた進学の時期が訪れる。その子は自分のなんの意味もない、ただただちっぽけな奇跡を無駄にした事に気づいていない。そう思わせるような、笑顔をした遺影の前で私は彼女が愛した水を流して手を合わせて告げる。「乗り過ごしたらいい景色が待ってたよ」

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その子のその子 すずな @rillyna

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