十四通目-2
K君は「見れば解る」と言い、ボスについて「ヤツは本当のところを言うと親分向きじゃないんだ」と話しました。
「どういう事」と尋ねると、K君はこう言います。
「ヤツは今まで散々子分をやって来たのさ。幼少期から、恐らくは大人になってまでもいじめられ、殴られても来た。体には子分だった時につけられた数々の傷があるのをキミは知ってるかい?
だから親分になりたかったんだ。子分気質の人間程、上に立ちたがる。
証拠に見てご覧、あの大股開きを。気の小さい人間は自分をデカく見せたがるものさ。僕はその気質を見、あいつが気に入る言葉を与えてやっているのさ。僕はあいつの欲しいものが手に取るように解る」と分析したボスの性格に加え、自分のやり口を教えてくれました。
他にも、確かボスについて、こう言っていました。
「あいつが可愛がっている小さいヤツを知ってるかい。あの見るからに無能な人間さ。あれは自分よりも確実に劣る人間を近くに置くやり方で安心している。だから横にいさせてるんだ。ヤツは小さいというだけでイジメられていた。実際何も出来ないからもあるけどね。
兎に角、それを助けているという事実をつくり、周りから一目を置かせる効果も生んでいる。小心者は周りを固めないと安心出来ないからね。それにはうってつけの存在があの小さいヤツさ」という話もしていました。
この言葉でも解る通り、大きい顔をしているヤツをK君は蔑んでいました。暴力に訴えるやり方をことさら嫌っていたK君は、そうしたやり方で成り上がった人間は大嫌いだったのです。彼は「暴力でしか自分を誇れない人間はクズだ」と言いました。
だからこそ暴力以外のやり方を見つけたのかもしれません。
故に、暴力の原因となるような問題が起きても強い態度で出るような行動はしない人で、その瞬間は傍観者でした。彼が出ていくのは大きな争いや暴力沙汰が停滞を迎えたその時です。K君が出で行けば不思議と問題は再燃もせず終息しました。
彼は状況判断、人物の分析の天才でした。
他の囚人に性格についても「あいつはこうで······あいつなんかは典型的な······」と、納得出来るような特徴やなんかも教えてくれました。彼の話す全ては的を射ているように感じ、人を見る才能は疑いようがありませんでした。
特に僕が特別覚えているのは、歯のない一人の囚人の分析でした。
その歯のない囚人は、隙間がある口元だからか、笑う時に「イヒヒヒ」と奇妙にも感じる笑い方をしました。そのせいでとても卑しい感じを受ける人です。従って、乞食同然の生活をしていた人かと思っていたら、彼は「違う」と言うのです。反対に「元々はいいとこの子だ」と断言しました。
僕が「本人から聞いたのか?」と尋ねると「いや、聞いていない。だから見れば解ると言ってるじゃないか」と話し、そこから始めました。
「あいつには後天的には身に付かない気品のようなものがある。育ちが良くないとああはならない。食堂で見ても箸の持ち方は綺麗だし、食べ方も然りだ。あれはいい家の出だからで、厳しく教えられたからだ。
尤もそれがいけなかった。厳しくし過ぎたせいで反動が大人になってから出てしまった。あいつが歯を無くしたのは全てを厳しくされたからだろう。自由な生活が出来るようになった時点で、清く正しくの生活が嫌になってしまったのだ。清く正しくの生活から遠ざかれるのが不規則な生活であり、ギャンブルだった。ギャンブルにハマると金は全部そっちへ回すようになって、歯が痛くなっても病院に行く金が惜しくなってしまったに違いない。
自分の金がなくなっても実家にはあるのだから、金の無心に行けばいいというのに、あいつには出来なかった。何故なら染み付いた教育があったからだ。『今の自分を親に見せたらなんというか』という考えが、あいつを実家へは向かわせなかった。
本当に生活に困って実家に帰った時にはもう遅かった。歯が手遅れになったのは勿論、醜い見た目が両親の逆鱗に触れ、金などは貸してもらえないどころか、勘当されてしまった。その結果歯も治せなかったし、勘当されたからといってギャンブル狂いも治せなかった。御存知の通りギャンブルで儲けられる人は少ない。彼も多数派。歯に回るとなるであろうの金は、胴元に献金したも同然になったのさ。
その後あいつは犯罪を犯すまでに落ちぶれて、両親からは『早めに勘当しておいて良かった』と思われる存在になった。
本当のことを言うと、後半は本人から聞いたものだけどね。だけど彼に対して推測した僕の意見をを聞かせたから、本人が話してくれたんだけどね」とK君は言いました。
僕は「そんなのを本人に尋ねたら気を悪くするのではないか」と言ってみるとK君は「いや、あいつはとても喜んでいたよ。だって僕のように育ちが良いと今まで気づいてくれた人がなかったんだから。あいつにしてみれば乞食に見られている方がよっぽど嫌だったろうからね」と返しました。
確かに今の彼は「育ちが良かった」という一点に縋るしかないのかもしれませんでした。
犯罪を犯し集まった下層の人間の中でも、見た目が酷いから更に下に見られているという現実は、彼にとって我慢ならないものがあったのは簡単に想像出来ます。
僕はK君の推測の凄さに心を奪われ、とりわけ気になった「集団から弾き出された人に対し何故優しくするのか」についても尋ねたことがあります。
彼は「ああいうヤツ程、仲良くしておくべきなんだ」と言いました。
「何故か」とこちらが訊くと「あいつこそが未来のボスなんだ。今のボスは正に、はじめこんな感じだったんだよ」と話します。
「将来的に被害を受けない為に仲良くなるってこと?」と尋ねると「それもあるし、集団から弾き出された人間は思い切った行動を取る場合がある。その思い切った行動こそが自分を助けてくれるんだよ」と言いました。
僕には意味がよく解りませんでしたが、彼が言うならそうなのでしょう。
彼には鋭い分析力があり、その分析をもとにした行動で、実績を積み上げているのを僕は見ていたのです。
彼の行動が僕を助けてくれ、K君が出所してからも大丈夫な、僕の立場を確保してくれたのは事実なのです。
こうした理由から僕は彼を信頼し、自分が言わずにいようとしていた「逮捕された裏にある真実」をも話してしまいました。
彼になら言わんとしていた話をも、して大丈夫と考えたのです。
彼も無実の罪で収監された身。二人は同じような立場で、何から何まで話す間柄になりました。
K君は此処にいる時の僕の心の支えでした。彼がいなかったらどうなっていたか······
僕が彼と仲良くする時間を持てたのは幸せでした。
今や夫婦にとっても大事な存在です。
我々の関係は続くとしても、貴方と繋がった今、K君の役目は一旦終わりとなります。僕からお礼は当然言うものの、貴方からも言って頂けると助かります。
貴方との関係性が生まれたのも、K君のお陰が少なからずあります。まだ全てが上手くいっていないとしても、彼の功績は小さくないと判断しているのですが、どうでしょう。
もし貴方が面倒だったりすれば別段強制ではありません。断って頂いて結構です。
住所が解らないと困るでしょうから、彼の住所を一応書いておきます。
◯県◯市◯丁目◯番地四-八-六
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