十四通目-1
前回までの手紙を書いてから、僕はもう『貴方へは手紙を差し上げまい』と思っていました。
僕に出来る事はもうしたからです。
どうなろうとも、転がった先でより良い形をつくり上げられれば良い、として半分諦めから来る「希望」に賭ける気持ちがあったように思います。
それが、貴方の訪問で全く良い方向に裏切られ、喜びの余りこうして筆を執っている次第です。
貴方の訪問は、ほぼ諦めていたとして良く、場合に依っては手紙すら届いていないと思っていました。それが手紙を毎回読んでくれていると知り、嬉しい気持ちになりました。
住所も教えてもらい、これからは直接貴方へと手紙を届けられるのを楽しみにしたいと思います。
前回会いに来てくれたところでは、矢張「怜に直接······」というのは、躊躇いがあるとのこと。
当然だろうと思います。
ただ、僕の所まで来てくれたのを踏まえても、話は良い方に流れているのであり、貴方の心の準備が出来るのを待ちたいと思います。
貴方が来てくれて気づいたのは「世界で誰よりも僕が怜を愛する人間である」というのは間違いだったという点です。自らのお腹を痛め、産み落とした我が子を思う気持ちは、僕以上にあると感じました。
貴方からすれば出会って数年でしかない僕です。怜にとっての一番に成り上がったなどとは思うべきではありませんでした。
ましてや、一人だけの血を分けた子。親も亡くした貴方には、忘れようもない存在でしょう。その大事である子に対して、良からぬ接し方をしてしまったとなったら『どう修正すればいいか······』と考えるのは痛いほど解ります。
自分のしてきた愚行を知り、心の準備がいるのは当然で仕方がない。
幸い僕には時間がありますし、貴方の手助けが出来ます。
いずれにせよ、貴方の準備が整うまで僕なりの手助けが出来ればと思っているので、成る可く頻繁に僕の所まで来てくれればと思っています。日々の愚痴を言うだけでもストレス解消にはなるでしょう。
それくらいの軽い気持ちで来てくださればと思います。
ところで、貴方にはお知らせしていなかった事です。
前回までのお手紙は、実を言うと人伝に送って貰っていたのです。
ですから、新たに住所を態々尋ねたのを変に思ったでしょう?
というのを、貴方が出て行ってから気づいて『説明が必要だった』と反省したというわけです。貴方が姿を見せてくれるとは思っていなかった反動で、少しばかり浮ついて必要な話をしませんでした。
そこで、貴方にどうやって手紙を送っていたかをお伝えしたいと思います。
僕は書いた手紙を、まず「K君」という人に送っていたのです。
K君とは、僕と同室にいた人です。
彼は不幸な人でした。親は物心つく前にK君を捨て、結果的に施設に預けられると行方をくらまし、今ではどこへ行ったかも解らないと言います。
預けられるとなった施設では、様々な問題を抱えている人が集まった関係で、難しい環境でした。その環境では仲間も出来ず、殆ど一人で過ごしました。
そんな彼が道を踏み外すのは時間の問題だったと言えます。
年齢が上がると共に悪い仲間の集団へと加わり、組織が考えた犯罪計画へと参加するようになったのです。その間何度も捕まり、少年院に送られたりしました。
けれども彼は早々に「これではダメだ」と気づいたのです。
K君は組織を抜け出そうとしました。
としても、そういった組織は(利害関係で集まった素人達とはいえ)簡単には抜けられないという状況だったのです。
それでも彼は意を決して何度も「抜けたい」と言うと「最後の仕事をきちんとやってくれたら」という条件付きで、なんとか脱退を許可されました。
K君はその計画を実行し、成功して組織を抜けたのです。
それから何年か経ち、彼は抜けた筈の組織の一員として罪に問われ、今に至るのです。
聞くとK君は最後の計画ではなく、なんの手も貸していない件で無実の罪を問われるとなり、釈明も通らず裁判で決められたままに、収監されたのでした。
以前一緒に組織にいた仲間は、新たに犯罪を起こすと、K君が犯行を行ったと見せかける為、彼の私物を盗んでおき、それを現場に残しました。
なんの手も貸していない犯行の殆どを押し付けるようにして、K君は責任を取らされたのだそうです。
それは言ってみれば報復でした。
そんな誰しもが納得するわけのない状況で此処へと入るとなっても、K君は「仲間に対して恨みは持っていない」と言うのです。
『なんと出来た人間なのだろう』と当時も思いました。
彼は「これは自分が今までしてきた物事の結果なのだ」と言って納得した様子を見せ、誰かを責めようともしないのです。
こんな話をするようになったのは、向こうもこちらを信頼してくれたからだと思います。自分の不幸など話すのは躊躇うことです。
我々は話しにくい部分も話し、仲良くなって行きました。
深い話をする程懇意になった時点で、彼の刑期はあと僅かでした。色々と話した流れから僕の事情を知ったK君は「だったら、僕を通して手紙のやり取りをすれば」と言うので、そうさせてもらうとしたのです。
お読み頂いた内容の殆どは、なんてことのないものだったかもしれません。ただ、ここから送るとなった場合、不都合が発生するかもしれませんでした。もし黒塗りになっても修正してくれる人が必要だったのです。
K君は此処を出てから忙しいだろうに、僕の所まで来てくれ「これでいいか」と黒塗りの部分の確認や、誤字の修正をしてくれていたのです。
長く届かなかった時などは「修正時間が大分掛かってしまった」と考えてくれれば、納得も行くでしょう。
因みに、貴方の連絡先も彼が探してくれたのです。
手がかりのあまり無い連絡先を探すとなったら、考えられるのは探偵なりを使うという方法だと思います。お金が掛かったであろうに、請求してくるでもないのです。「幾ら掛かった」と、こちらが言っても「いや、いいんだ」と言います。「お金もかけさせてしまったし、手紙の面倒まで請け負わしてしまい、申し訳ない」と謝っても彼は「心配するな」と言ってくれました。
本当はK君に迷惑になるならと、貴方の住所を尋ね、自分で送ろうとしたのです。
ところがK君は「いらぬ心配はいいから、俺に任せとけ」と、教えてくれませんでした。
怜との諸々も知っているだけに、こう言って貰ったのに便乗し、おんぶに抱っこで迷惑を掛け続けてしまっている有り様です。
ここまでK君を信頼しているのは矢張、人間性に依る部分と同種の人間である点です。
塀の中という、絶対的に人間性へ問題のある集団の中では、彼は異質。彼が捕まったという内容からしても我々は同類。同じような環境から来る親近感は抜きにしても、異質な人間同士、同類でした。
それに彼は模範囚の部類です。立場からしても看守に目をつけられるでもなく色々と話せたのです。
それらが信頼に至らせたと言えます。
更に信頼に至ったのは、ある事が大きかったと言って良いでしょう。
此処という世間とは違う異空間では、ごく普通の人間こそが、他の囚人からは敵視される場合があります。時には納得いかない因縁をつけられる時もある。
僕もこのまま行けば、K君が出て来る前の感じからして、囚人達の捌け口として存在するしかないところでした。
それを助けてくれたのが彼なのです。
K君は誰にでも取り入るのが可能な、言わばその筋の達人でした。
彼は誰に対しても、たとえ集団から弾き出された人にさえも優しく、それを快く思っていない人にも取り入って揉め事を沈静化し、何ら攻撃もされない立場に収まっていられる人でした。
当然、塀の中の「ボス」と言われる人にもそうで、寵愛を受けていました。(斯様な立場にいる人の上手いやり方と言いましょうか、ボスを利用した方法で、僕も何度か美味しい目に合わせて頂きました)
僕は彼に「何故そんな事が出来るのか?」と尋ねてみた日がありました。
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