十二通目-4

斯様な自分に気がつくと『我々が考えた通りにことは進んでいくのではないか』と期待が生まれていました。第一歩としては好調な滑り出しです。


これからまた一つ、為すべきことを為す、その積み重ねが我々の事実を生んでいく。そう言い聞かせて、決意を新たにしました。


 こうして頑張ろうと決意した僕であるも、そう簡単ではなさそうと解りました。


平日に入ると、我々の件をワイドショーやらニュースでやりだしたのです。


休日には目に入らなかったものが様々な人に入り出すと、ますます連絡が増えます。今までの無視して来たのも手伝って、一層対応をしなくてはいけなくなりました。


大変だとしても、献身的な両親でいる為には、一人一人きちんとした対応をしなくてはならないのです。


『心配で疲れているだろう』と連絡を控えてくれる人ばかりではない以上、思いもしなかったこんな諸々でさえ、ちゃんとしなくてはいけなかったのです。しかも対応は掛かってくる電話だけでなく、マスコミにもしなくてはいけませんでした。


 偶然にも大きな事件が起きなかったこの時期が影響し、ごく一般的な家庭である我々に、強い関心が寄せられるとなっていました。


マスコミの人間が、最近では強引ではなくなったといっても、こちらが強く要請しない限りは、家の前にへばりついているし、食材を買いに行くくらいの時でも話を聞かれ、心の休まる時間はないという程になっていました。


 更に僕を悩ませたのは、連絡を取っていなかった僕の両親が、しつこく連絡してきたからです。向こうは「僕の方が繋がらないなら」と控えていた怜の方へと電話を掛けて来、僕へと代わってもらってから何度も「家まで行こうか」と言うのでした。


この言葉は『いつかは改善したい』と思っていた、向こうの便乗的なやり方で「家まで行こうか」は「家に行きたい」であり、他人の不幸につけこんでの本懐なのでした。


他にも、ちょっとした疑いを持っていたところにこの件があって「自分の方でも調べたい」というつもりがあったのでしょう。


 そういう意味からしても、母を来させるわけにはいきませんでした。


色々と探られても困ります。それ以上に、数日の出来事、状況に、気が狂うほど疲弊していました。

そんな状況から、怜の方も実家からの電話を着信拒否にし、その後一切の連絡はしませんでした。


 僕らは令美が見つかるまでの間、家にいるしかありませんでした。見つかるまでは「心配でいる」と装う為に会社へも行かず、だからこそ暇を持て余していました。暇だからと外に行くわけにもいかず、家の中で出来る何かは限られていました。


 僕がしてしまったのはネットを見る事で、これがいけませんでした。


ネットには我々に対する様々な書き込みがあり、そのせいでこちらの計画に気づいている人がいると思ってしまって、気が気でなくなっていたのです。


 ネットには所謂「心ない書き込み」というのがあったり、それにも心を痛めました。中でも「両親がやったんじゃないか」というズバリなものもあり、犯人ではない人が見ても傷つく文字は、犯人ならば突き刺さったと言えました。


 ネットを見たせいで、昨日までは出来ていたマスコミの対応でさえ、出来なくなりました。単なる一個人の書いた文でしかないものが、我々には『多くの人がそう思っているのではないか』と捉えられ、気を狂わしました。


マスコミに何かを話せば『ボロが出てしまうのでは』という恐れが生まれ、その恐れが「じきに警察が捕まえに来る」という妄想を生んで、マスコミからは殆ど逃げるようになっていました。


 一方で僕は、早々に会社へと復帰しました。


これは「仕事に於ける責任感のある人間」を装う目的でもあり、いつもとは違う自分を見せれば『話題になっている一件が本当のことなのだ』と思わせる効果も期待していたのです。


それに数日間の件は仕方がない。一過性のもので、はじめはひっきりなしに話はされるとしても『次第におさまっていくだろう』と簡単に考え、仕事へと復帰したのです。


 こうしたことで環境がこの数日とは変わって少しは気が紛れ、楽天的に見れる効果が生まれました。


 怜は別でした。


怜の方は変わらず家に居なければならず、生活は切り替わりませんでした。そのせいで気が更に波立っていました。


 怜は元来、熱しやすい性格で、何時までも変わらぬ環境にスイッチが切り替わらぬまま、気分を悪化させていたのです。


ですから、僕が家へと帰ってくるなり(令美へと向いて長らく自分には向いていなかった)悪癖を見せ、暴れ始めました。


怜は思っていたよりも大きなストレスを抱えていたのを示すかのように僕を攻撃し、物まで投げて、すぐ家の中はグチャグチャになりました。


 攻撃により少し怪我をした僕は、必死で怜を押さえつけて、行動へと移れない間に気がおさまってくれるのを待ちました。


漸く落ち着きを見せ、話が出来るまでになった後「何故暴れたのか」を尋ねると「昼間我慢したから」と答えます。更に怜は「いつ窓からみてもマスコミがいる。それに耐えられなかった」と話しました。


マスコミには向けられない感情を、帰って来た僕にぶつけたのです。


 話を聞いた僕は素直に「偉い」と言っていました。あれだけすぐに沸点に達する怜が、一時的にでも我慢したのは成長です。

怜はこちらの言葉をを聞いても「何を言っているのか」といった顔をしていましたが、本当にそう思ったのです。


 この一件から、僕が怜のストレスを感じながらも蔑ろにしてしまったのを詫び「明日は家にいる」と約束し、久々に出社したというのに、また「休む」という連絡を入れていました。


令美の成長を楽しみにしていた僕の目は、令美を亡くした今、怜へと移って、我が子が成長したのと同じような喜びを得ていました。


 この新しく生まれた僕の価値観であり楽しみは、今後も我々が生きている限り続いていくものと盲信的に思っていたのです。


残念にも、次の日起きたことにより、楽しみに向けていた目などは、置いておくしかなくなりました。


 次の日は、朝早くから集まっているマスコミに、積極的な取材や近辺にいるのをやめて貰うよう言いに行き、近所だけは静かになっていました。家の中も割合に穏やかで、怜も落ち着いていると感じました。


状況が一変したのは午後になってからです。


令美が下流の川で見つかったというのです。


我々はそれが令美かどうかを見に行く流れとなり、二人で「遺体がある」という警察署に行くとなりました。


 勿論二人は、相当に動揺していました。


令美が何日も見つからなかったという事実から、令美はもう見つからないと思っていたのです。証拠という証拠が見つからないまま、悲劇に遭遇した両親でいられるものと考えていました。


それが一転、思い込めていたものが霧散したのです。


 令美を愛していたとはいえ、流してしまった後には、我々の生活を脅かす存在に変わっていました。


我々にはもう、変わってしまったものや訪れた状況に対処する術はなく、気休めの言葉すら発っさないまま車に乗っていました。


 警察署に向かっている途中、動揺は考えにも表れて『見つかったのが令美であってくれ』と思う自分もいれば『全く他人であってくれ』とも思っているのでした。


当然ながら自らの手で殺めたとしても、我が子は我が子であり、後悔や申し訳無さもあったという中で、通常の弔いもしたいと思っていました。だからこそ『顔を見たい』と思っていたのです。


ただ見つかってしまうと、問題が発生するのは事実です。罪を隠すなら絶対に見つからない方が良い。


この二つの心の中の真実はせめぎあい、偏った考え方をするともう一方が出てきて、一方には決めさせまいとしていました。


 心の整理がつかぬまま警察署へと着くと、流れに身を任せるように、令美の遺体と対面していました。


促されて入った部屋には、大きさにして幼児が寝かせてあり、白い布が被せてありました。

白い布で顔が見えなかったとしても、既に見えている特徴的なホクロは、他人と見間違えるわけはありません。


顔を見るまでもなく令美でした。


令美であると認識された瞬間、まるで胸を誰かに鷲掴みにされたようでした。

こうなったのは罪の意識からか、父としてこの姿を見ることになったからなのか、解りません。いえ、多分両方でしょう。


 それでも僕は『他人の見る父でいなくては』という意識がありました。


罪人としての意識は極力抑え、演技をしながらいる感覚があって、付き添った人がいなくなるまでは、見られることを意識していました。


「遺体はお子さんですか」と尋ねた人がいなくなると、反対に父としての自分の感情が爆発して、夫婦だけ残された部屋で、ただ只管に泣きました。


 令美は数日水に浸っていただろうに綺麗で、生きて我々と過ごしていた姿を簡単に思い出させました。


 僕は父としてやっぱり令美を愛していた。


涙の量は悲しみの証、自分の中にあった愛情が存在していた証でした。

泣けば泣くほどに令美との思い出が浮かんで、色々と思わせます。

『令美という存在は僕という人生の中心にいたし、良い思い出も沢山あった』とつくづく思いました。


 二人は自分達の決断したことにも、大分後悔していたと言って良いと思います。この時はそんな話はせず、二人抱き合って胸のうちを感じ取っていました。

それから目を合わせ『気丈に答えられるだけの自分を保てなくては』と、手を繋ぎながら部屋を出ました。


 待っていた担当の警察官は、我々を見るとお悔やみの言葉をかけ、続けて諸々の説明をし始めました。


警察官によると司法解剖をすると言います。


この言葉は僕に「もう逃げれられないのだ」と突き付けたように感じさせました。

警察の方は当然そういう意味で言ったのではないでしょう。しかしこちらは「もう目をつけている」と宣告されたくらいに捉えられていました。


 家に帰ると「正気でいるのがやっと」という具合になり、地球最後の日が来るというくらいに考えて「どうしようか」と怜に話していました。


怜は冷静に「解剖したからって証拠が出て来るとは限らないでしょ」と言います。不安が募っていた僕がああだこうだと言ってみても、怜は毅然として答えます。


姿を見ていると『本当に大丈夫かも』と思えてきました。


怜は「証拠なんか残っていない」と言い張るので、自分も『そうかも』と、一時は完全に思えるまでになりました。確かにちょっと調べたくらいで、何が解るでもないかもしれません。


 怜の言葉から『大丈夫なのかも』と思って床に就いた僕であるも、全ての不安が消え去ったのではないようでした。

気づくとベッドから起きて、カーテンの隙間からまだ夜である外を眺めていました。


 外には取材を断った流れから、誰もいない筈でした。


僕の目には敷地外の道路に二人ばかり立っている光景が映りました。


今となっては二人がマスコミの人間なのか解りません。ただの野次馬が興味本位で見ていただけかもしれません。


 僕にはこの二人が犯人を逸早く見つけ出し「犯人が今日捕まる」という情報を掴んで張り付いていると思えました。


『僕は今日捕まる』という妄想は、実にリアリティを帯びて感じられました。


 従って、今僕がする行動は、速やかに「僕が犯人です」と名乗り出ることでした。


怜を苦しめたマスコミは、僕を晒し者にしようと、捕まって連れて行かれるのを我先にと撮り、その光景が怜を再び苦しめるに違いありません。捕まったあとも怜を追い回すでしょう。


追い回すのは回避が不可能だとしても、もう一方は回避が出来る。怜の苦しみを軽減させるには、晒し者になるであろう僕を見せないのが有効で、行き着く「最悪」の中でもまだマシな地獄であると思われました。


 最悪なレールにはもう乗ってしまっているとしても、その手前には僅かにまだマシな駅があり、そこで怜を降ろしたいと僕は願っているのでした。


「もう捕まる」と決定してしまった自らの中で「悲劇をどう軽減出来るか」という観点から出した答えは「自首」で、それが最善であると結論し、行動を促しました。


 僕は警察まで自ら出向くと決意し、家を出る準備をしました。


 準備とは置き手紙でした。


隣室で寝ている怜を起こさぬままに行くのが良いと、考えてしたのが手紙を書き残すことでした。


「何も残さずに行くのは······」と書き始めた手紙でしたが、思ったよりも長い時間を使ってしまいました。


気づけば夜明けがもう迫って来ている時刻です。こうなったのは矢張、言い残しておきたい言葉が書くほどにあると解ったからでした。


僕の人生はつくづく怜と令美に支配されていたのです。


その支配は心地の良いもので、人生を賭けても良いものだった。

人生を賭けてもいいと思える物事が、この世に幾つあるというのでしょう。


 書き置きを残している間程、自分という人生に喜びを感じた時間は今までありませんでした。だからこそ、書いておきたい言葉が次から次へと浮かんで時間が掛かってしまったのです。


怜は幸い起きては来ませんでしたから、喜びの時間を堪能出来ました。その時間の長さは、今からしようと思う行動の正しさも感じさせてくれます。


 書き終えた手紙を見るとなんだか清々しく、僕が行く道は開けた道なのではないかと錯覚を起こさせました。


 手紙を書き終えると僕は、車の鍵を取り外に出ます。


外着に着替えるでもなく車に乗り込むと、すぐには目的地へとは向かいませんでした。

最後になるかもしれない、お世話になった街を走り回って脳裏に刻み付けたのです。


気が済んで警察署へと赴くと、受付で名乗り「僕がやりました」と言いました。


 それ以後は、貴方のほうが詳しいかもしれません。僕の逮捕は大々的に報道されたのだと思います。家の前に集まっていたマスコミ関係者の数から、そうだろうと想像します。


僕が捕まった数日後には司法解剖の結果も出て、それが証拠ともなり、僕は史上最悪の殺人犯の一人になったのです。


史上最悪とは買いかぶりすぎでしょうか?


いえ、少なくとも貴方にとってはそうでしょうから、それで良いのです。

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