十三通目-1

前回書いたところまでが、僕がここにいる羽目になったあらましです。

報道を見るだけでは知り得なかった話も多いと思います。


 ところで、僕は貴方にお礼を言わなくてはなりません。


それは手紙を書いてみて「どれだけ家族を愛しているか」というのを、深く知れる有益な時間となったからです。


家族とは、妻とは、子供とは、という根本的な価値を考えるのは、こんな事でもなければしなかったかもしれません。


家族を持つという体験で、それまでは解り得なかった幸せが沢山あったと知りました。その幸せは、娘や怜の笑顔を思い出すだけで湧いてくるのです。


僕の中に家族という幸せが、染み込んでいる証明と言えます。


 他人にとっては僕らのような家族は、世の中の家族の中でも「最低」と捉えられているかもしれませんが、僕にはお金では買えない最も価値のあるものに相違ない。これは自分が塀の中へと入ってしまったからこそ、解ったことでもあります。


 世間の人達は、目の前にあるものを当然のものとして、そこに、それが、なんで存在するのかを考えない。それが「どれだけ価値のあるものか」「どれ程自分にとって大事か」は理解もせず生きているのです。


 僕も以前はそうでした。


大事にしてると何処かでは思っていても、それは実体を伴わない、脳の中にあるだけの言葉、概念に過ぎないし、概念に沿わされる義務としての働きでしかない。


家族とは『煩わしい』と感じる場合もある。だが、その煩わしい存在こそが自らの立場を保証してくれている存在でもあるのです。家族こそが自らの立場を固め、欲されることで自分を保ってもいられる。


『生きていよう』と思うのが欲ではなく、愛に、他人を想うというが行動の原理に変わっていく。一人で暮らして、欲だけに純粋でいる状況から、他人にとっての自分、そうしようと思う自分に変わるのは、実際人の喜びなのです。


犠牲を伴うからこそ多くの見返りがあり、そしてそれは、見返りを求めるからそうなるのではなく、勝手にそうなってしまう。意図せずこうなってしまうのは人間の成長した本能がそうさせるのです。


それは決してマイナスではない。


意識もせずそうなってしまったとして、人生という視点で捉えると、喜びへと導いてくれるからこそ必然的にそうなるのです。


なのに、多くの人は家庭が足枷かのように考え、自らが得ている利益や幸運を見ようともしないのです。


長く考える時間を頂いたお陰で、気づくべきことに気づけたのは本当に幸運でした。


 それからこの時間は、最初に言おうと思っていた件を、改めて言おうという決心を促しました。


 実を言うと、ここまでなんの躊躇いもなく手紙を書いていたわけではないのです。


書き進めるほどに「どうしようか」という気も生まれ「貴方にお伝えしたいことがある」と始めたというのに『途中でやめてしまおうか』とも思ったりしていたのです。


言わないでいるというのも正解であって『この後の人生ずっと、一人理解していれば良い』とも思っていました。


それが書いているうちに、怜を愛していると今更ながら理解し、やっぱり貴方にだけは言うべきであると再び思い至りました。


前置きが長くなってしまいました。

僕がお伝えしたかったのは、家族との思い出なんかではなかったのです。





では改めまして言わせて頂きましょう。


まず、本当に言いたい事を書く前に、前置きしなければならない話があります。

それは······


「僕は令美を殺してなんかいない」


ということです。


今でも僕は令美を愛し、出来るならば再びこの腕で抱きしめたいと思っています。

令美を亡くしてから毎夜の如く夢に現れ、日増しに令美への想いが強まっているくらいです。


なのに何故、僕は殺してもいない令美を「殺した」と名乗り出たかに、貴方は疑問を持つ筈です。


結論から言うと、そうするしかなかったのです。僕はもう逃げられない立場にいました。

 

前回の手紙には書きませんでしたが、下流で見つかった令美の遺体には、厳密に言うと首には、明らかな痕が残っていたのです。それを認めた僕は「捕まる」と悟り、出頭を決意した次第です。


前回のお手紙では僕が「首根っこを掴んで川に沈めた」としていましたが実のところ違ったのです。

しっかりと首を絞めて殺しました。

書くには酷すぎて首を絞めたとはしたくなかったのです。


ここまで言うと貴方にはピンと来ているかもしれません。


僕が何故、怜との思い出を書いていたかは貴方にだけは解ると思われます。


首を絞めそうな人物、その人こそ真犯人であり、貴方だからこそ、それが誰か察するのが可能なのです。





お解りですね。





真犯人とは怜なのです。




愛する怜のしてしまった事を被る為に、僕は犯人へと立候補したのです。


本来、司法解剖の時に調べられた首の痕は、僕が犯人ではないと示したであろうに、自供した話に「取り立てた矛盾がない」となると詳しくは調べないのが警察のようです。


手の大きさが僕の手に合わないとか、そんな部分は自供があれば必要なしと、話を裏付ける概要としか扱われず、見事僕は犯人になり得たのです。


 ここで疑問に思われるのは、こちらが送った手紙には「犯行の様子が細部に渡って書いてあるではないか」という部分でしょうか。

手紙の様子からして、僕が犯人に違いないと思われるでしょう。


何故犯人ではない僕が「自分が犯人だ」と主張し、現在塀の中にいるのか。そこが気になっているでしょう。


僕が犯人でいるのは「怜を愛しているから」の一言に尽きるのです。

愛が故に犯人になりたく、仮の現実をつくる事で犯人になりきったのです。


それが書いて差し上げた手紙の内容です。


自らの中でより細かく、詳細に想像する方法で、想像上での犯人になりきれ、現実でも、頭の中のその人でいられる自分をつくり上げたのです。


その想像上の現実は事実を取り入れるからこそ、他人が聞いても矛盾のないものとして存在させられた。


断っておきたいのは想像と言っているのは、あくまで「令美を殺めた辺りの詳細」の部分のみで、その他の思い出などは、全くの現実ですからご安心下さい。


 尤もこんな注釈などは貴方には必要なかったのではないかとも思っているのです。貴方は既に僕の言いたかった粗方を理解していたという気もしているからです。


そう考えたから、ちょっとした違和感や矛盾も残しておいたと言えます。


 前回までの僕は、自分で娘を殺しながらも悲しんでいる「サイコパス」そのものだったでしょう。他人が見ればおかしなこんな文面も、貴方の頭の中では修正して捉えられているとして直さずに続けたのです。


一方では気づいていなかったらとして「手に掛かる」という言葉も使ってみたりしました。


手に掛かるとは、他人に殺されるの意味もあり、暗に「僕が殺したのではない」というのも示してみたのでしたが、お気づきになられたでしょうか。


でもまぁ、そんなのは今となってはどうでも良いのです。


貴方もそうでしょう。


解ります。

貴方の言わんとしているのは。


「私にそんな事を伝えて、結局何がしたいの」と言うのでしょう?

裁判に納得せず、真実を貴方に話すことに依って『新たに訴え出てくれないか』とでも願っていると考えるのかもしれません。


だとしたら、それは違います。


訴え出てほしいなどとは思っていません。


僕は好んで此処に居るのです。

寧ろ、このままにしておいて欲しいと思っているのです。

「では何故、長々と手紙を書いて寄越しているのか」と言われるでしょう。

それは······




「こうなったのはお前のせいでもあるのだ」




という部分を指摘したかったからです。


はじめに言ったように、全ては偶然であり必然。しかし偶然の要素が少ないならば、それは偶然を少なくした人間のせいであると言えます。


その偶然を少なくした人間こそ、貴方なのです。


貴方のせいである物事は、誰に降り掛かった災難であれ、貴方の責任は免れない。

貴方にしてみれば、僕の言う言葉は責任逃れをしている言葉という風にも受け取れるかもしれません。


怜を知っている僕からすると、こちらの言っているのが正しいと思え、怜の愚行の中でも最悪なものは貴方から生み出されたと思うのです。


それこそ、今まで書いてきたのはその前置きとして良いのです。


 僕が本当に言いたいのは、ここからです。


人というのは、その時ポッとこの世に発生し此処にいるのではない以上、今此処にいるのも、何をするのも、前段に繋がっていると言えます。その元となったものには遡れる。場合に依っては、この世に産み落とされる所まで戻って原因の究明が出来るのです。


怜が何故、愛する我が子を殺めるに至ったかは考えるべきなのです。


その為に今一度、過去にあった諸々を思い出して下さい。

そのうえで「僕がしたことを」として書いて差し上げた手紙の「僕」の部分を「怜」に変え読んで頂きたいのです。


 

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