五通目
この前のお手紙では自分の話ばかりになってしまい、つまらない思いをさせてしまったかもしれません。
再び怜との思い出に戻るとしましょう。
──僕達は世間のカップルと同じく、有名なテーマパークにも行ったりしました。
テーマパークに行くと決めたのは、彼女は関連したグッズや映画を見ているというのに「行ったことがない」と言うので、そうしたのです。
僕の方は行ったのことがあるとはいえ、家族で何回か行ったくらいで詳しくなく、行った例のない彼女の方が詳しいくらいでした。
「何故、詳しくなるほど知っているのに行かなかったのか」を尋ねると「仕事があるから」と言います。
誘われても断るしかなかったようです。自発的に行けるようになってからは怜に仕事があり、行くに行けなかったという話です。
故に溜め込んでいた怜の想いというのがあり、行けるとなった段階で計画を立てて「これでどうか」と何度も僕に相談して来ました。
こちらは、そこまで相談されても困ってしまいました。テーマパークにこれといった思い入れがあるわけでなく、彼女がOKならこちらはOK。というのに熱心に計画を話して来ます。
この熱にとりわけ困っていました。
怜には二十年近く、ある種の夢のようにして思い描いた思いがあるのです。やりたいことが兎に角一杯あった。
それは解っているものの、温度差は明らかで、流石に何度も何度となると鬱陶しさも感じていました。
僕はそんな感覚を抱きなからも、兄弟達に鍛えられたものがあり、鬱陶しさを耐え抜く(受け流すかもしれませんが)術を会得していたのです。
ですから怜は、こちらがそう感じているとは気づかなかったでしょう。
彼女は計画の実行日の前日まで相談して来たのですから、僕も乗り気であると思っていたに違いありません。
怜は行くとなっていたその当日まで、色々と計画をねり直していたようです。そのせいで当日は寝不足。決して体調がいいとは言えない中での行動を余儀なくされていました。
元々を言うと、僕は朝早くが苦手で、早朝からの行動には反対だったのです。自分は大学でも「朝が早いなら」と余裕のあるスケジューリングをするくらいでした。
だとして、怜の熱はこちらの意見を通せる感じがなく、計画の見直しを促すのは無理でした。向こうは仕事を休んでまで楽しみにしているのです。
それに怜も夜の仕事です。朝は苦手に決まっている。それ程までに楽しみにして、存分に味わいたいという願望を見、知っているのに断るのは、なかなかの勇気がいります。
その意味で、表向きは二人納得の早朝集合でした。
されども苦手は苦手であり、二人揃って寝起き丸出しで集まって、道中もそれを引きずった会話の少なさだったのを覚えています。
一転着いてしまうと、彼女は完全に元気を取り戻していました。
敷地内という世界に入ってしまうと、全く夢の中へと入り込んだように、決めてあった筈の計画もそっちのけで、怜は歩き回っているのでした。僕はただ付いて行くだけの人になって怜の様子を見ていました。
少しすると怜は正気に返ったようでした。突然持って来た計画の方へと移って急かされたりします。
一直線に進む彼女の行動を見ると、やはり『長年心待ちにしていた夢の世界を全て味わいたい』と思っているようで、効率重視という感じでした。アトラクションの数珠つなぎという感じで、余韻などは『帰ってからで良い』と思っていたのでしょう。
忙しいのは間違いないものの、僕はそれで良かったのです。
怜の長年夢見ていたものが、自分との行動に依って実現するのは、僕にとっても喜びです。僕が少し無理をして彼女の夢が叶うなら、こちらの労力などは、なんでもないのです。
にしても、次から次へと僕は移動させられ、場合によっては無理があるとも思える移動をし、付き合うだけで精一杯といった具合なのは事実でした。
息が切れ、ハァハァいっても怜は気にせず無理は続きます。
幾つかのアトラクションを体験したその間に、僕はちょっとした違和感を感じていました。
彼女は有名な絶叫系アトラクションを飛ばしていたのです。
おかしいのは、他の絶叫系は乗っていたので、乗れないわけではないようです。
どんな理由か気になりました。
そこで他のアトラクションの列に並んでいる間、浮かんだ疑問を尋ねてみますと「あれはいいの」と言います。
僕の方は「あれだけ楽しみにしてたんだから乗っていけばいいじゃん」と言ってみますと、同じく「いいの」と返します。
時間がある分しつこく「なんで、なんで」と訊きました。
怜ははじめ、尤もらしく聞こえる話をして誤魔化しておりました。
返答に納得いかなかった僕は「じゃあ、こうすれば······」と意見します。
やり取りが長くなると、本当のことを隠し通すのが面倒になったのか「私、怖いの」と小さい声で言いました。
あまりにも小さい声に聞こえず、僕が「えっ」と聞き直すと「私暗い所が怖いの」と念を押すように言います。
確かにパスしていたのは、暗くなる部分があるアトラクションでした。
しかしながら、良く行く映画館などは暗いわけで、言っていることに矛盾があると思いました。ところが待っていたアトラクションの順番が回ってきて、質問する時間は与えられませんでした。
アトラクションを味わったあと、計画通りの順路へと促される間に、一度とどめておいた疑問を尋ねてみますと「私なんか、映画の暗さは大丈夫なんだよね」と言うので、疑問を深くし更に尋ねると、少し考えて「多分、楽しみが勝るからだと思う」と結論しました。
僕には未だ疑問が残っていたとはいえ、彼女が実際そうしているという事実がある以上、言っているのが正解なのでしょう。異論を唱えても無意味に思えます。
従って「そうなんだ」と納得したように答えました。
一度は納得したとして、僕には彼女の言った事が「本当かどうか確かめたい」という気持ちが芽生えていました。
だから怜が徹夜に近い形で決めた計画を崩してまでも、パスしたアトラクションに乗せてみたいと考えました。
そこで遅めに設定されていた食事の時間が最適だと「その時間を削ってでもあれに乗りたい」と主張しました。
怜は「絶対に嫌」と頑なに言い張ります。
僕は「どうしても」と粘り、終いには土下座もじさないと願い出て、本当に両膝を地面につけました。
恥ずかしさからでしょう。怜はしょうがなくという感じで「じゃあ一回だけね」と折れてくれました。
強引に押し通すのに成功し、パスした絶叫系のアトラクションへと向かっていると、段々怜は無口になって行きました。
はじめは僕のわがままに怒ったからそうなったのかと思いましたが、様子からしてそうではなく、緊張でそうなっているようでした。
唇を舐めたり、終始髪を触ったりして落ち着かない様子を見せています。話し掛けても短く「うん」とか、考えて口に出したとも思われないような言葉を返すだけです。
怜の様子を見て、和ませようと言葉を重ねてみると、怜の中には入り込んでいく感じはない。まるでフロントガラスをコーティングした車の如く、言葉の雨は弾かれて流れて行くだけでした。
『こんなにまでなるのに、何故僕の意見を通したのか』を順番待ちの間考えていると、怜は長く絶叫マシンには乗っていないからだと思われました。加えて、さっき乗った絶叫系では大丈夫だったという実績がイメージを作り上げ、どのアトラクションでも大丈夫という錯覚を生んでいたのだと推測します。
喋らなくなった怜のせいでこんな事を考えながら彼女を見ていると、怜の緊張が自分にも伝染したようになって来ました。
何処かで聞いた話では、緊張した人がいると「客観的な目線が生まれ、緊張が和らぐ」と言っていた気がします。
なのに、この時は真逆と言って良く、彼女が感じているであろう「恐ろしい何かが待っている」という気が僕にも伝染っていました。
これは怜と僕が近しい関係になったから起こったのだと思われ、自分の延長が怜であり、自分の一部が緊張しているならば、本体である僕も本来そうなのかもしれない、という一種の錯覚があったと考えます。
錯覚はあったにしても、次第に現実が引き戻されて来ます。
このアトラクションに乗りたいと言ったのは僕なのです。言い出した方が一緒になって怖がっているのはおかしいと段々思えて来ました。
真っ当な考えに気づくと、空元気を出して、今言うような話題でもない話をするのに終始し、本来の自分が戻って来るのを待っていました。
そんな事をしても僕の緊張は未だ解けず、怜の方も押されたから鳴るベルのように、無機質な音、返答という声を発していました。
それから程なく順番が回ってきて、二人は会話もないままに席につきました。
そして安全バーを「最後の友」とでも思っているみたいに、握りしめる形となっていました。
緊張が高まって行くのを感じながら横を見てみますと、見るからに彼女は唇が乾いてい、僕がそれに気づくのと同時に、怜の方でも体の反応という感じで、舌が渇きを潤すのでした。
緊張した二人を乗せたまま、従順であるマシンは定められたルートを進みます。
プログラミングされた動きによって、乗せた皆を驚かし楽しませ、耳にはその意に応える声が大きく聞こえてきました。
僕も釣られて、知らぬ間に声を出していました。緊張は動きに従って吹き飛ばされ、他のアトラクションに乗った時と同じく、楽しんでいる自分がいました。
片や、横にいる怜からは、なんの声も聞かれないのです。
正面を見ていた僕も流石に気になって、暗闇から偶に訪れる明るい時間に横を見てみると、楽しめる方へと振り切れたこちらとは違い、全く楽しめていない怜がいました。
彼女は安全バーを強く握って「体が小さくなれ」とでもいうように体を丸め込んで、アルマジロが防御姿勢で丸くなるのを防がれているみたいでした。目は完全に瞑られています。
その後は悪夢と解っている人が「早く過ぎ去ってくれ」と願って、暫くジッとして時間が経つのを待っている人にも例えられ、さらなる悲劇が降り掛かってこないように、存在を消しているというくらいに見えました。
僕は叫んでいた声と同じくらいの声量で「大丈夫」と訊いてみます。
やっぱり悲劇が降りかかってこないようにと願う人を続けて何も答えません。
怜が心配になると楽しんでいる場合ではなくなり、ただ終りを待っていました。程なくゆっくりと元の位置まで機械が誘導し、降りるのを促されます。
怜はゆっくりと席をたったというのに、ある所まで来た後、僕を気にするでもなく、逃げるように出口まで速歩きで向かいました。
僕が背中を追っていると、怜は速度を上げます。急な行動に「待って」と声をかけますが振り返らず、答えもせず、走りと速歩きの中間くらいの速度で建物から出ていきます。
漸く天井のない辺りまで来ると、怜は立ち止まって、地獄から生還したように「あー」と安心感を表した声を出しました。
この一連の様子を見ていると、彼女が言っていたのは、完全に本当の事だったのだと思いました。矛盾をはらんでいるとはいえ「暗い場所は怖い」というのは事実に違いありませんでした。
思っていたよりも酷い状況に「悪いことをお願いしてしまった」と散々謝りました。
怜はまだ、自分に精一杯だからなのか、許す気がないのか、僕の言葉を無視する形で黙っていました。それでもこちらがしつこく謝るものですから、漸く「もういいよ」と言ってくれました。
この後、機嫌を取ろうとあれこれ言って、怜の気を少しは立て直せたと思います。
それでも強く感じてしまった恐怖は、すぐに消えないみたいで「もう絶対乗らない」と言っていました。
予定が狂ったのと予定外の感情の波が起こったせいで、計画された予定の変更は余儀なくされ、最初のペースからすると大分遅いペースでテーマパークを回る羽目になっていました。
これは多分疲れもあったと思われます。
早起きした分の寝不足はジワジワ効き始め、疲れから「変更やむなし」と互いが話し合いもせず思っていました。
結果的に後半は決めていた計画を何個かこなした後、残りの予定をキャンセルして「夜のパレードまでグッズなどを見て時間を潰そう」と流れ、彼女に付いてグッズ類を見ていました。
すると彼女は、ある一体の割とでかいぬいぐるみを見つけ「これ持って帰る」と言います。僕は「後で買えばいいから」と言ってみるものの、怜は「今買う」と言います。
買うといっても配送にすれば良いのですから『突然そうするもの』と強く止めずレジまで付いていくと、配送を頼まないのです。「どうするのか」を尋ねると「持って帰る」と言います。「どうやって持って帰るのか」と続けて尋ねると、僕のバッグを指して「それに入れる」と返します。
確かに僕は、それなりに大きいバッグを持っていました。ちょっとしたものならば入るでしょう。大きなバッグにはさして何も入っていませんし、入れようと思えば入る。
とはいえ、ぬいぐるみの大きさからして全部は到底入りません。
怜は僕の助言を無視し、結局ぬいぐるみを買いました。
それからレジを離れると直ぐ様、僕からバッグを剥ぎ取りジッパーを開けます。中身を取り出し、僕に全て渡しました。
バッグの中が空になると、早速ぬいぐるみの下半身を押し込みます。
キャラクターの手足はあるべき所にはいられず、押し込み方からして人間ならば「複雑骨折していなければおかしい」というくらいの、相違なく窮屈で不自然な体勢をとらされています。
そこまでしても顔は入りませんでした。
けれどそれは、彼女の中で計算済みだったようです。首から上だけが出るようにしてジッパーを閉めたのです。
僕はなんとなく『始めからこれがしたかったのではないか』と思いました。
だからこのリュックを出掛ける前に連絡して指定し、僕に持たせたのです。テーマパークに着き次第、ロッカーに入れておいたこのリュックを「すぐ帰れるように」と言って、直前に取り出させたのも計画の一部だったと思えます。
ほぼ徹夜で考え出された計画にはこれも含まれ、僕には伝えられなかったものの一部だったということでしょう。
もしこれが怜の考えた計画であるならば「付き合う」と決めたその一部です。今更文句を言うことではない。
依って「良いとしよう」と一度は決めました。
ところが、リュックを背負うのは自分な訳ですから「ぬいぐるみを背負った人」で居なくてはいけなくなったのです。
これが可也恥ずかしい。
ぬいぐるみに興味がない自分からするとキツく「勘弁してくれないか」と怜に申し出ました。
怜は、僕を見て「いいじゃん」と言って取り合ってくれません。
仕方なくリュックを背負ったままでいるとなりました。
これは、まだ園内だけなら良かったのです。
全く関係のない人が多くなる電車の中などは地獄でした。
もしかすると、怜に地獄を見せた分が自分にも回って来たのかもしれません。
因果応報はこんなにもすぐやって来たのです。
基、グッズ売り場から離れた後、怜が「パレードをいい位置で見たい」というので、早々に位置取りをし座らされ、それから長く座っているとなりました。(長く歩いて疲れていたので良かったのですが)
パレードが始まった頃には外が暗くなっていました。今更ながら『時間に合わせてそうなってるんだ』と気付かされます。
こんな当たり前のことに感心しながら電飾やらダンスを眺めて、平和な時間は過ぎていきました。
パレードの間怜は体を揺すったり、手を叩いたりして楽しんでいると見えたので、僕は安心し『最終的には良い所へと辿り着いた』という気になりました。最後まで変な雰囲気のままではなかったのを喜びます。
パレードの感動的なエンディングからも、とても良い感じという感覚でデートは終わりを迎えられました。
帰りの電車の中で、話はさっき見たパレードへと自然と向きました。僕は当然、怜が好意的なコメントをするものと思っていると、怜は「私、パレードあんまり好きじゃないみたい」と言ったのです。
驚いて「さっきあんなにノッてたじゃん」と言ってみますと「あれは雰囲気を壊すわけにはいかないから手拍子してただけ」と返します。「それじゃあ気に入らなかったの?」と尋ねてみると「あれはあれで楽しかった」と怜は言ったのです。
僕は混乱してしまいました。
先程の「暗いところが苦手」発言にしても、楽しんでいたパレードを「嫌い」発言にしても、こちらには矛盾しているとしか捉えられませんでした。
この疑問を解決するのに、電車内でぬいぐるみを背負った恥ずかしい姿のまま疑問を尋ね、答えを得ました。
パレードに関しては単なる好みだったものの、暗い所が苦手な理由は、内容からして我々の中をより深めたのは相当にあったと思います。
彼女が「多分······」と前置きして話したその答えは、また後にしましょうか。
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