三通目

貴方への手紙を書くようになって怜との記憶を思い返すようになると、僕が彼女を気になるきっかけというのが、他にもあったように思います。


色々と思い出したので、少しお話してみましょう。 


──我々が付き合う以前、サークルの集まりだったり、実際山へと行くくらいでしか話す機会はなく、怜の印象は限定的でした。

その限られたイメージでも、彼女は気の利くタイプという感じで好印象でした。

気分に多少のムラはあるとしても、集まりでは率先して動き回ったりして非常に気が利き、周りも同じような印象でした。

それが好きになるきっかけの一つでした。


 怜がサークルにいるのが当たり前となるくらいの時間が経つと、怜が何故こんなにも気が利くのかを、風の噂で知るとなりました。


知るとなったのは本人からではなく、同じサークルへと同時期に入った女の子の二人のうちの一人からでした。

教えてくれたのは、恐らく親切心からだったと思います。気にする人も多いことですし、僕も『そうなのかも』と思って、話してくれたのでしょう。

大学のサークルくらいの小さな輪では「誰と誰がくっついた」「誰が誰を好き」等は筒抜けで「なるべく、こじれないように」という配慮があったと想像出来ます。


 肝心の怜に関する情報ですが、彼女は以前から夜の店、所謂「キャバクラの務めている」というものでした。


人によっては別れを意識するかもしれない情報も、僕はさしたる影響は受けませんでした。寧ろ「だからか」というような、疑問を解決してくれたくらいの印象しか与えず、好印象が覆されるでもありませんでした。

一方、当人である怜は友達には話していたとしても、僕には知られたくないのかもしれませんでした。事実、僕はこの時まで聞いていなかったのです。

けれど、知ってしまったわけですし『自分から訊いてしまおうか』と考えました。


 本当にどうとも思っていなかったので、ある日実際に尋ねてみたのです。


怜は驚いたように「なんで知ってるんですか」と言って、話の出どころを知りたがりました。

本当のことを言って、友達を脅かしてもいけないと「いやちょっと、ある所で『君を見た』って人がいてね」と言いました。怜は言葉のままに受け取って「そうですか······」と言ってから『どう言おうか』と思案している感じを見せました。

僕は問い詰めていると取られたくなく「いや、夜の店に勤めていたって別にいいと思ってるんだ」と言いました。

こう言っても怜はそのままでは受け取らなかったらしく「ほんとにですか?」と疑いの言葉を出しました。

僕は念を押すように「本当だよ。ほんとに何も思ってないんだから」と言います。


こう言うと、怜は渋々という感じで「学費の為にやってるんです」と白状しました。


僕は「親は学費を払ってくれないの」と問いますと、怜は「払ってくれないんです」と返します。その後、色々と話している流れでおかしいと思うことに行き着き「じゃあ、まさか高校まで?」と言ってみますと、「高校も払ってくれませんでした」と言います。

驚いて「じゃあ、はじめからキャバクラで?」と訊いてみますと「はじめはファーストフードで働いてたんです、それじゃあ厳しいと解って、時給の高い普通の飲食店で働き始めました。けど、それでも厳しいから他の店を探し始めたら、今の店が見つかって」と言います。

キャバクラみたいなお店では、高校生は雇ってくれないのではと思って尋ねてみると、どうやら合法な店ではないようでした。

聞けば、就労ビザを持たない外国人をメインに扱っている店のようで「見てもわからないから」と高校生もついでに雇っている形であったらしく、違法とはいえ飲み屋という体を守っているお店と言います。

僕の想像ではもっと劣悪な店での働かせ方と思っていた為に、違法だとしても飲み屋の形式であるなら少しは安心出来ました。


 一方、僕は怜の親に対して怒りを覚えました。

『子供が夜の店で働いているというのに、何も言わないのはどういう理由なのか』と思わざるを得ませんでした。

僕は自分の意見を怜に伝えますと、彼女は庇うように「だって私は子供の頃から『自分で働いて生きていくのは当たり前』と言われていたし、私も納得してたんです······」と言い、続けて「私はお母さんが、夜出かけて大変なのは知ってたし、自分も早くから頑張らなくてはいけないと思ってました」と強い口調で言います。それから「だから自分なりに頑張ってるんです」と僕を見据えて言い放ちました。


 言葉を聞いて、僕は何も言えなくなってしまいました。話からすると、少なからず彼女は自ら選んでそうしているのです。

言い方からしても強い意志を感じます。


それでも、僕の中には正論と呼べるような意見がまだ残って、反論の余地があった筈なのに、怜への好意から何も言えませんでした。怜の現状に僕は寄り添おうと「否定するつもりはない」という意思を伝え、解りやすい態度を気づくと取っていました。


この日に限らず続けられた僕の態度は、二人の仲を深めるのに役立ちました。

その反面『この時強く出ていれば······』という思いも生まれていました。


 二人の関係性は、個人個人の性格から来ているのであり、付き合いが長くなるに連れて見えてくる不都合は、自分がどういう立場に立つかに依って決まり、その根は「一個人と向き合う」という基本的な部分から形成されるのです。

結果「僕が怜との問題をなぁなぁにしてしまったその結果、運命の糸が絡み合って今僕はここにいるしかなくなった」とも言えるのです。



すみません。今斯様な後悔を口にしても仕様がないのかもしれません。



 後悔があるにしても、あの時の二人は未来という、まだ見ぬ光を光のままに受け取る「若者」そのもので、二人が行く先の将来も想像通りの明るい場所へ辿り着くと、素直に思っていました。

自分も若かったですし、怜に比べ環境も良く、怜の望む自分でも居られた気がします。

僕は生活に必要なお金を両親から貰って『もっと欲しい』と思う時、片手間にバイトなどをすればよかったので時間もありました。その時間で怜との時間が作れ、怜の愚痴を聞いたりしました。

 怜の愚痴を何時間、今まで聞いたでしょう。

こんな話を書いていると、彼女が出勤する前に鏡を見ていた記憶が蘇ってくるのは不思議です。

当時何を思うでもなかったこの光景は、今になると『何某かの感情が含まれていたのだ』と思えます。

そしてそれは、怜の当時の現状を否定的に見ていたのではなかった訳であるも、反する気持ちが僅かに発生していたのだと感じます。


この感情は「怜と長く人生を共にしていく考えがあったから」でもあり、深く考えなかった「矛盾」でもありました。


 自分の育った家庭はごく普通の、昼間仕事をする両親がいて、夜まで帰って来ないのを除けば「恵まれた家庭という中で育った」と言えます。僕は、恵まれない家庭に対してちょっとした誤解をしていたのかもしれません。知らないからこそ否定的な要素も知らず、否定的に捉えられる何かはなかったのです。

準じて夜の仕事にもで、今まで真剣に考えて来なかった分の、言ってみれば「不都合は知らず、無いも同然」という、或る意味での受け入れ姿勢が自分の中に出来上がっていたと言えます。

結果的に、この出来上がった受け入れ姿勢は、二人にとって幸運だったと言えるもので、反するものに気づかずに済んだからこそ、関係が発展し、継続するに至ったのです。

 関係が続く事で、僕の中にある「長男気質」が刺激され、「可哀想だ」は「面倒をみたい」に変換されて行きました。

そして実際行動に移すと、怜という存在は日に日に僕の中で大きくなっていました。

最早、身内に近い感覚になった怜は、そのうち母と同じく捉えられ、仕事で帰って来ない母を投影していました。幼い頃に母が帰って来るのを心待ちにしたように、怜が帰って来るのを心待ちにするようになったのです。

心待ちにする時間が「愛すべき存在なのだ」という感覚を強め、同等に自分も愛されて然るべき存在なのだと、妄信的に思っていたのです。


 こうして振り返って考えると、僕が彼女を愛する理由というのはあってないようなものと思っていましたが、単純なものでもあり、反対に不可解とも言えるような、思ってもみない点にもあるのだという気が致しました。


 こんな諸々も、今はもう愛おしい思い出の一つとなっています。中には最悪な思い出となっているものも修正され、良い思い出になっていると感じるのは面白いことです。


とある部分を抜き出した前述の出来事の中にも、僕を刺激し影響を与え、愛する理由となった物事が僕の行き先を決めていた······

そう言っていいのでしょう。


自分がどういう人でいたか、どう他人を愛したかは、時を経た今、これも変わっていると言えるのでしょうね。

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