第7話 出されていない捜索願い

「被害者は一体誰なのか?」

 捜査本部の見解としては、

「さすがにこれだけの首なし死体を作るくらいだから、行きずりの犯行ということはありえないだろう」

 というものであった。

 だから、被害者は、捜索願が出ていないとおかしいはずだと思うのだ。

 当然、被害者が殺されてから、すでに、数日が経っている。

 確かに今の時代、マンションやアパート暮らしをしている人が、

「隣に誰が住んでいるのか分からない」

 というのは、普通にあることで、下手をすれば、

「空き部屋かどうなのかも、知ったことではない」

 というのも当たり前のようになっている。

 それを考えると、なかなか、普通は捜索願も、簡単には出さないだろう。

 中には、

「無断欠勤が続いていて、おかしいと思い、行ってみると、ずっと帰っていないということが判明した」

 ということで、会社が捜索願を出すこともあるだろう。

 しかし、実際には、それもなかなかありえない。

 というのも、普通の会社であれば、

「数日無断欠勤が続けば、通告なしに、会社を首にするだけ」

 という、会社は、

「ただ、雇っているだけ」

 ということで、

「社員のプライベイトには、干渉しない」

 というのが当たり前であろう。

 特に、今の時代のように、

「個人情報保護」

 という観点からも、必要以上に会社の人間とはいえ、干渉はできないのだ。

 そもそも、警察自体が、

「民事不介入」

 ということで、その対応範囲が明確化されているではないか。

 実際の世の中においても、必要以上に、他人に干渉すると、下手をすると、自分が損をしたり、被害にあったりということが、往々にしてあったりするのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、

「家族であっても、簡単には、捜索願を出さない可能性だってある」

 というのは、

「ただの家出かも知れない」

 ということが考えられるからである。

「警察に捜索願を出したはいいが、実は家出でした」

 といって、捜索願を取り下げるというのは、恥ずかしいことだ。

 と考える人がいるかも知れない。

 他人に干渉したり、されたりすることを嫌う人間が多いわりに、このように、

「世間体を繕う」

 という人も、いまだ一定数いることである。

 しかも、

「その両方が、共有される」

 ということだってあったりする。

 それを思うと。

「捜索願」

 を出す方も、結構いくつかの、

「ハードルを越えなければいけない」

 ということになるのではないだろうか?

 出す方にも警察にも、こんなにハードルというか、

「出すことに、何かの意味を見つけなければいけない」

 ということであれば、それは、行方不明者が増えるわけで、捜索願が出されたものは、

「氷山の一角」

 ということで、

「本当の行方不明者がどれだけいるか?」

 など、想像を絶するものなのかも知れない。

 実際に、被害者が、外人ということもあるので、捜索願の取り扱いも難しいだろう。まず、捜索はしていないと見て間違いないだろうということで、

 捜索していないところから探すことにした。

 といっても、まったく誰か分からないところから探すのだから、そうもうまくいくわけはない。

 しかも、捜索願が出されているのかいないのか、それすら分からないのである。

 そんなことを考えると、

「この事件というものが、どういう意味を持つのだろうか?」

 ということになるのだった。

 実際に捜索願が出されてはいなかったが、それには、

「出せない何か理由があるのではないか?」

 と考えた時、

「相手が外人だ」

 ということを考えると、

「何かの不法就労であったり、果たして、犯罪に絡んでいることであれば、捜索願というのも、簡単には出せないわな」

 ということであった。

 これだけ、世の中に、外人が溢れているのだから、その問題は大きいというものだ。

 警察も、外人に対してのそれなりの対策があるのだろうが、よくわからない。

 そんなことを考えていると、事件は、それから少しして、進展したようだ。

 死体発見から、1週間ほど経ってからのことだったが、ある男が出頭してきた。

 といっても、

「犯人が自首してきた」

 というわけではなかった。

「ある目撃情報を持ってきた」

 ということで、最初は、その目撃情報が、事件に関係があるかどうかも分からなかったくらいだった。

 というのも、その男がいうには、

「私は、その日、会社の飲み会があって、繁華街の方に出たのですが、その裏手で、人が争っているような声が聞こえたんです」

 ということであった。

 この男性が出頭してきたのは、例の死体が発見された街も管轄になっている、この辺りでは、小規模な市だった。

「平成の市町村合併」

 というもので、元々、市ではなかったところが合併したことで、市に昇格したわけだが、それが、ちょうど、21世紀になった頃だっただろうか。ちょうど、市に昇格してから、四半世紀が過ぎるくらいであろう。

 それでも、市に昇格してから、駅に隣接している近くは、繁華街もできていた、近くには、

「郊外型のショッピングセンター」

 というものもあり、車以外の人も利用できるところから、この繁華街も、結構賑やかだったのだ。

 ショッピングセンターから、駅までの途中に繁華街はあったが、夜も9時を過ぎると、人が結構多くなってくるというものだ。

 ただ、この繁華街というのは、少し規模は大きいのだが、飲み屋街と、風俗街に分かれている。

 その風俗街では、市に昇格してから、どんどん、店も増えていったのだ。

 県庁所在地にあるお店が、

「支店を開く」

 という感じだっただろうか。

 ただ、実際に、この辺りに立ち寄る人でないと分からないようだが、開いた支店のほとんどは、外人の女の子が多いようだった。

 フィリピンや、東南アジア系の女の子が多いようで、

「どうも、西洋人はちょっと苦手」

 という人が、結構きていたようだ。

 何といっても、費用が安い。

 都心部の風俗街では、

「4,5万年が主流なのだろうが、こちらでは、2,3万で利用できる」

 ということだ。

 しかも、交渉次第では、

「さらなるサービスも受けられる」

 ということで、結構、人気だったりした。

 キャストの女の子に、

「外人が多い」

 ということは、男性スタッフにも、外人が多いということで、受付の男性などは、明らかに外人だったりする店も多い。

 途中に、いくつかの、

「無料案内所」

 というところがあり、そういうところは、結構ありがたかった。

 そこで、自分が行きたいお店や、その日の予算など話をすれば、割引の聞く店を教えてくれたりするので、重宝される。

 しかも、お店のスタッフが迎えに来てくれたりするので、その店にいくまでに、他の店の人から声を掛けられることもないので、安心である。

 そんな、

「無料案内所」

 というのは、この地区には、数軒あり、そのお店業態ごとに違っていたりする。

「キャバクラのような店から、ソープのような店まであるからだ」

 ということであった。

 実際には、都心部の繁華街に比べれば、狭いものだが、その狭い範囲に、密集しているのだから、結構すごいものである。

 特に、ソープなどは、一つの雑居ビルに、密集したりしているので、初めての人は、かならず迷うだろう。

 ソープというのは、

「条例によって、作っていい場所というのは決まっている」

 ということであったが、この地区は、なぜか、あとから付け加えられたところであった。

 他の県からすれば、

「そんなことは、普通はありえない」

 と言われてもしょうがないくらいであるが、それが許されるのは、何か、利権のようなものか、あるいは、地元の有力者の力が働いたか何かではないかと思われた。

 その男がいうには、

「私が、飲み会から、2次会ということで、同僚が、風俗に行こうと言い出したことで、最初から決めていたわけではないので、ここは、無料案内所で事情を聞こうということになったんです。それで、3人いた仲間だったんですが、それぞれに趣味趣向も違うし、一つの店に集中すると、終わりがバラバラになったりするので、皆別々の店に行くことになったんです」

 ということだった、

 刑事も、風俗のことは、少々知っていたので、

「無料案内所」

 のことも、この男が言っている内容も、よくわかっているといってもいいだろう。

 実際に、この男性は、ちょうどすぐに入れるお店だったようで、60分コースを選んだ。

他の2人は、少し待ち時間があるようで、どうしても、出頭者の男性が、一番最初に、店から出てくるということであった。

 そこで、

「じゃあ、大通りにある、カフェで待ち合わせよう」

 ということになり、その店は、この辺りが繁華街だということで、深夜の12時まで開いているところだったので、待ち合わせにはちょうどよかったのだ。

 案の定、出頭者が、一番先になったようで、お店を出てから、狭い路地を歩いて、そこから大通りに出るまでの間に、目撃したことだったという。

「その時の、状況を話していただけますか?」

 と刑事がいうと、

「その時、ちょうど、奥にワゴン車が止まっていたんです。そのワゴン車に誰か、人を押し込めようとしていて、押し込められそうになっている男性が、それを嫌って、逃げようとしていたんです。それを見て、こっちも見つかると何されるか分からないということで、陰から見ていたんですが、さすがに、相手は3人くらいいたので、すぐに、車に押し込まれて。そのままどこかに連れていかれたんです」

 というではないか。

「ナンバーは見ましたか?」

 と聞かれた男は、

「ワゴン車が横向きだったので、ナンバーは見えませんでした。ただ、どこかのお店の車のようには見えました」

 ということであった。

 それを聞いた刑事は、最初は、例の外人の殺害と関係ないと思っていたが、実際にはそんなことはないようだった。

 その男は、その時、男が落としたと思われる紙だといって、机の上に、一枚の名刺を出した。

 その名刺に書かれている会社名は、どうやら、

「外人の不法滞在」

 などをあっせんする会社だったようで、そこに、取締役と書かれていたので、幹部の一人であろう。

 この幹部は、外人幹部のようだった。

「どうして、すぐに名乗り出なかったのか?」

 と聞くと、

「すみません、とにかく怖かったので、すぐには、名乗り出ることはできませんでした」

 という。

 それほど、その場の雰囲気は、臨場感にあふれていたということであろう。

 誰も、そんな場面に遭遇すれば、誰だって、何もできなくなるというのは、当たり前おことに違いない。

 それを聞いた刑事は、その話を、桜井刑事と山田刑事に伝えた。

「外人首なし殺人事件」

 の捜査をしていることを知っていたからだ。

 桜井刑事と、山田刑事は、ちょうど、その外人による、不法滞在や、不法就労に関しての組織としての会社があることを突き止めていて、その拠点が海外にあることも分かっていた。

 そして、日本では、それら、似たような組織が暗躍していて、彼らは、あらゆる手段で、残虐なことをしているということも、ウワサであるが聞いていた。

 それこそ、

「交換殺人」

 であったり、などの、

「日本では、不可能とされてきた犯罪も、平気でやるかも知れない」

 という連中であった。

 それを考えると、

 目撃情報をもってきてくれた刑事の話を聞いて、

「やつらなら、あり得ることで、むしろまだおとなしいくらいのことなのかも知れないな」

 ということであった。

 そこで、桜井刑事と山田刑事は、この組織のやり方を、以前この組織に入っていて、今は足を洗ったが、生活できないということで、なるべく警察に協力してくれる男性に、この話をしてみると、

「ああ、その人は、本当に拉致された人間ではないのかも知れないな。そもそも、拉致というのが本当のことなのかということも怪しいものだ」

 という。

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「いや、やつらは、実際にはそのような目立つ行動はしないんだ。だから、もしやつらだとすれば、何かも目的があるのかなと思ってね」

 というではないか。

「あの首なし死体の件ですか?」

 と聞かれたので、

「そうだけど」

 と答えると、

「被害者らしき人物はみつからないんだろう?」

 と聞かれると、

「ああ、そうなんだ」

 と答えたが、

「それは、きっと、やつらの仕業じゃないよ」

 というので、また頭をかしげると、

「やつらは、身元を隠すなら、海に捨てるか何かするよ、見つかるようなところにわざと首なし死体を置くということは、警察に、その被害さや、犯人を捜索させるためということで、殺人犯と、事後共犯とが、それぞれいるじゃないか? しかも、殺人者の知らないところということだね」

 とその人は言った。

「なるほど、それなら、理屈は分かるかも知れないな」

 と桜井がいうと、

「だったら、被害者は、幹部の人かも知れないが、それは、拉致された人ではない可能性があるな。その名刺の人物を調べたのかい?」

 と聞かれたので。

「それが妙なんだ。その組織にそんな名前の部署も人間もいないんだ」

 ということをいうと、

「それは、奴らの裏の組織だね、だけど、裏組織なのに、名刺が存在しているというのは、ちょっとおかしな感じだね。何かそこに、理由があるような気がするな。ひょっとすると、警察への何かのメッセージなのかも知れない。しかし分かっていると思うけど、相手があの組織なので、まともに信じると、やっかいな目に遭いかねないということになるのだろうね」

 と男が言った。

「ということは、やつらは、警察に捜査させるために、何かを計画したということになるのかな? じゃあ、あの死体も、実はまったく関係のない誰かということになるんじゃないかな?」

 と桜井刑事がいうと、山田刑事は、

「顔のない死体のトリックと相対する」

 と言われる、前に自分が考えた。

「一人二役のトリック」

 が絡んでいるように思えて仕方がなかったのだ。

 それを考えると、桜井刑事が話していた。

「交換殺人」

 という話にまで言及してきそうな気がしたのだった。

「だけど、じゃあ、どうしてあの神社だったんだろう?」

 と聞くと、

「あそこは、例の組織の隠れ家の一つで、その中でも重要拠点だ」

 と、相談した男は言った。

「でも、それなのに、あそこを死体発見現場に選ぶというのも、組織が絡んでいるとすればおかしいな」

 と山田刑事がいうと、

「だから、今回の犯行は、組織がやったんじゃないんじゃないか?」

 と、桜井刑事がいうと、相談した男が、

「だから、実行犯と、事後共犯の男が違うというのが、今回の事件の特徴なんじゃないかな? しかも、そのうちに、ここでは見えないもう一つの犯罪が蠢いているとすれば?」

 と男がいうと、桜井刑事が、ニンマリとした、

「ああ、なるほど、交換殺人に近いものがある」

 というと、

「そうだね、単純な交換殺人ではなく、少しひねったような交換殺人なのではないか?  

ということが言えるのではないかと思うんだ」

 と、男が言った。

「じゃあ、今回の犯罪は、警察にそれだけのことを考えさせようということなのだろうが、

通り一遍の捜査では、そこまで分かるわけがない。しかし、だからといって、露骨にこと

を起こせば、やつらに怪しまれる。彼らとしては、苦肉の策だったんだろうな」

 ということであった。

 今回の事件は、

「まず、捜索願を出していないことへの抗議と、それを警察に認識してもらうため」

 というのが一つで、

「その次には、この神社が、悪の巣窟の一つだ」

 ということがからんできている。

 それらを総合すると、

「結局行きつくところは、交換殺人と、一人二役のイメージだ」

 ということであった。

 それを思うと、

「今度の事件が、警察に対する挑戦ではないか?」

 ということであった。

 もっとも、このことも、

「あの目撃者がいなければ、分からなかったことであり、逮捕にも至らなかったことだ」

 といえるのだった。

 だが、この事件は、そこから急転直下、解決したのだが、その後に、この目撃者と、事

件を解決してくれた男が、忽然とこの街から消えてしまっているのが、二人の刑事に

は分からなかったのだ。


                 (  完  )

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警察に対する挑戦 森本 晃次 @kakku

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