「施設はどこですか」と、坂を昇って来た人がミツギに訊く。その声は張りつめている。

ミツギ「このまま昇っていけば着くよ。すぐ着くと思う」

ミツギの言葉を無視するかのように、昇り坂の階段を見つめている。

ミツギ「ここに来る人、もう怒ってないんだよね。大体みんな真剣な感じなの」

すると、

「そうですか!」

と軽く声を荒げた。でもどこか違う方を向いている。

町は広くて、ミツギ以外の誰にも届かない。

ミツギ「山登りみたいに、楽しそうに登っていく人はあんまり見ない」

するとじっとミツギの事を見た。

「あなたは楽しく登るんですか?」

ミツギ「え? どうだろ。まぁ怒って昇るよりは良いね」

それから、ミツギにも聞こえない独り言をしばらく何か言って、静かに階段を昇りだした。ミツギも黙っている。

坂の端に、ミツギはゆっくり横になった。まだ朝だろうか、自然の音がいろいろした。


起きなくても、側に彼女の居るのがわかった。まだ横になっている。


・・・


ミツギが目覚めてることには、彼女はもう気づいてるみたいで、

「昇って行った人、あなたのこと見てたよ」

起きあがりはしないまま、

ミツギ「ちょっと眠ってた?」

「一人だけ、ここを通って行ったよ」

ミツギは坂道の方を見た。今は誰もいない。

「始めは上がって行ってね、向こうで黙って見下ろしてた。しばらくね」

ミツギ「見下ろしてたか」

「あなたのことを見てたと思うよ」

ミツギ「そのあと昇って行った?」

「うん」

ミツギ「そっか。見下ろしてたか」

それがどういう気持ちなのか気になった。これから死にに行く人が、この世の最後にミツギのことを見る。ふたたび歩き始めた瞬間に、ミツギのことはサッパリ忘れるんだろう。

「この世に残されたみたいだね。置いて行かれたみたい」

いじわるな言い方かもしれなかったけど、私がそう言うと、

ミツギ「そうね」

と平気そうに、むしろ明るい声で認めたので、私は何かが嬉しくて、しばらくぼんやりと彼の姿を眺めていた。



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この世で暮らす人 白象作品 @hakuzou

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