5
「施設はどこですか」と、坂を昇って来た人がミツギに訊く。その声は張りつめている。
ミツギ「このまま昇っていけば着くよ。すぐ着くと思う」
ミツギの言葉を無視するかのように、昇り坂の階段を見つめている。
ミツギ「ここに来る人、もう怒ってないんだよね。大体みんな真剣な感じなの」
すると、
「そうですか!」
と軽く声を荒げた。でもどこか違う方を向いている。
町は広くて、ミツギ以外の誰にも届かない。
ミツギ「山登りみたいに、楽しそうに登っていく人はあんまり見ない」
するとじっとミツギの事を見た。
「あなたは楽しく登るんですか?」
ミツギ「え? どうだろ。まぁ怒って昇るよりは良いね」
それから、ミツギにも聞こえない独り言をしばらく何か言って、静かに階段を昇りだした。ミツギも黙っている。
坂の端に、ミツギはゆっくり横になった。まだ朝だろうか、自然の音がいろいろした。
起きなくても、側に彼女の居るのがわかった。まだ横になっている。
・・・
ミツギが目覚めてることには、彼女はもう気づいてるみたいで、
「昇って行った人、あなたのこと見てたよ」
起きあがりはしないまま、
ミツギ「ちょっと眠ってた?」
「一人だけ、ここを通って行ったよ」
ミツギは坂道の方を見た。今は誰もいない。
「始めは上がって行ってね、向こうで黙って見下ろしてた。しばらくね」
ミツギ「見下ろしてたか」
「あなたのことを見てたと思うよ」
ミツギ「そのあと昇って行った?」
「うん」
ミツギ「そっか。見下ろしてたか」
それがどういう気持ちなのか気になった。これから死にに行く人が、この世の最後にミツギのことを見る。ふたたび歩き始めた瞬間に、ミツギのことはサッパリ忘れるんだろう。
「この世に残されたみたいだね。置いて行かれたみたい」
いじわるな言い方かもしれなかったけど、私がそう言うと、
ミツギ「そうね」
と平気そうに、むしろ明るい声で認めたので、私は何かが嬉しくて、しばらくぼんやりと彼の姿を眺めていた。
この世で暮らす人 白象作品 @hakuzou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。この世で暮らす人の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます