第5話

取り込んでいる最中に、また下界では乱交している集団を見つける。

「おい、南西の区画で集団で行っている、早く行って解散させて来い」

「ねえ、なんで止めちゃうの?」

「あまりに何度も何度も交わると、精気の質がわるくなるから俺の食事が滞るんだ」

「なるほど、この人たち大分薄いもんね」

「わかるのか」

「うん、なんか色でみえるよ」

まさか、シクザムが精気の質の色まで見えるとは思わなかった。そこまでの能力は与えていなかったはずなのに、どこまでも特異な存在であると再認識したスゥーイーだが、シクザムに驚かされる発言はこれだけではなかった。

「でもこの中に、愛してるから交わっている組がいるね。これこれ、濃いよこの組」

そう言って、画面の中の一組を指さしているシクザム。スゥーイーの思考が止まる、脳内でシクザムの言葉が何度か再生されると、浮いているシクザムの縄に手を掛け、思い切り手元に引き寄せる。引き寄せられると思ってなっかったシクザムの体が大きく振れると、スゥーイーの胸元にぶつかるように飛び込んだ。

「え、なんか悪いこと言ったかな」

「その目、どうなってる」

スゥーイーは、自分にはないものをシクザムが持っていることに気づいた。愛し合うもの同士の精気が濃いという事実は、スゥーイーに大きな衝撃を与えた。スゥーイーの急な行動に、怯えたシクザムがたどたどしく言葉を紡ぐ。

「赤というか淡い赤色が二人を包んでいるんだよね、その色から発してる精気の濃度が濃いってわかるんだけど」

「お前たちが恋心にふれたりして、人間の精気を奪うから、その能力があるのか?」

「どうだろう、寂しいとか、煩わしいとかの負の感情にも色は見えるけど」

「知らなかった、お前たちを人界に送っているが、サキュバスやインキュバスと話したことはなかったな」

精気の質でしか判断していなかったスゥーイーは、乱発的に発生する性行為を抑止していたが、もしかすると愛し合っているものも中にいたのではないか、と急激に己の判断への不安感が募っていた。濃度の高い精気をみすみす逃したというのだろうか。何が、色欲を管轄するだ。何もわかってなかった。改めるべきところは、改めようと思い立ったスゥーイーは口を開く。

「シクザム、力を貸してほしい」

「俺にできることなら、なんでもやるよ」


それから暫くは、シクザムとスゥーイー二人三脚でモニタールームに籠る日々が続いた。シクザムのおかげで、以前よりも効率よく質のいい精気を取れるようになったので、スゥーイーの目の下の隈も改善しつつあった。しかし、シクザムの甘い誘惑は、引き続きスゥーイーを悩ませていた。画面を見つめすぎて、ふっと意識が途切れてしまったときに、ここぞとばかりにシクザムが、スゥーイーの衣服を脱がせて下腹部をまさぐることや、夢への侵入が無駄だと知れば、物理的に寝込みを襲ってきたりと、二人の攻防は日々激しさを窮めていた。始めは、魔物たちもシクザムに注視していたが、近ごろは二人のやり取りを、生ぬるい目で見守るようになっていた。


騒がしくなったスゥーイーの領域だったが、日常となった光景に異変が起きた。

「シクザムが来てないがどうしたんだ」

「さあ、寝坊ですかね、珍しいこともあるもんだ」

いつもは、モニタールームで待ち構えているシクザムがスゥーイーに抱き着いてキスなどを狙ってくるのだが、今日はスゥーイーが部屋に入っても、シクザムが飛んでこない。魔物たちは各々の仕事をこなしているが、シクザムがここにいない理由を知っている者は誰もいなかった。仕方なく、スゥーイーがシクザムの部屋を訪れて扉を叩くが、返事が返ってこない。何度か試すが、一向に返事がないことに不穏な気配を感じとる。部屋の鍵は閉まっておらす、ドアはスゥーイーの要請に簡単に応えて開いたので、遠慮なく部屋の中へと足を踏み入れる。

暗い部屋のベットの上は布団が盛り上がっているため、シクザムが寝ていることは分かった。なんだ、寝ているだけかとスゥーイーは安堵の息を吐く。

「おい、時間だぞ起きろ」

しかし、反応がない。やはり何かが変だ。

焦燥感に駆られ、布団を引きはがしたスゥーイーは、横たわるシクザムがぐったりとしているのに言葉を失う。シクザムのその顔には血の気がなく、息も荒い。そっと抱き起すと、自分でも驚くような優しい声色がスゥーイーの唇からこぼれる。

「どうした、大丈夫か」

「スゥーイー、さん、だいじょうぶだよ。少し苦しいだけ」

元々、端正な造りの透き通るようなシクザムの肌には、元気いっぱいの血色があったわけではないが、今は薄い陶磁器のような白さで、少し力を入れただけで割れそうだった。

「……たぶ、んね、そろそろ時間だと思う。もった方だとおもうけど、精気ずっと得られなかったから」

それもそのはずだ。なんで気づいてやれなかったのだろうか。もう何か月も、この生き物は食事をしていないのと一緒だったことに、この状態になるまでスゥーイーは思い至らなかった。

処置として己の精気を流し込むも、衰弱が激しいのか入りが悪い。シクザムは、苦しさから体が汗ばんで冷えている。何か、何かしてやれることはないだろうかと必死で思考を巡らせていると、いつまでも戻ってこないスゥーイーを伺いに何匹かの魔物が、シクザムの部屋を訪ねてきた。

「スゥーイー様、シクザムはいましたか……って、大丈夫ですか」

シクザムの状態に気づいた魔物たちが口々に状況を危惧する。そんな中、一匹の魔物が声を上げた。「私でよかったらシクザムと肌を合わせましょう」 すると、それに続くように、他の魔物も私が私がと声を出す。ここまで、シクザムを救いたいと想うものがいるのにも驚いたが、それ以上に、俺以外の誰かがシクザムを抱くということに妙な感情が込み上げていることに、スゥーイーは困惑していた。押し黙るスゥーイーに気づいた魔物たちが、口を噤みだす。スゥーイーの答えを待っているようだ。意を決したスゥーイーが、自身の内にある感情に観念したように言葉を紡ぐ。

「俺が抱く」

一瞬、間があったが、その場にいる魔物たちが口を揃えて「どうぞ、どうぞ」と嬉しそうに言う。他にも「やっとですか」「長かった」「へたれ」など文句も混じってはいたが、一刻を争う事態に、咎めるのはやめたスゥーイーは、魔物たちを部屋から追い出すと、抱えていたシクザムをゆっくりとベットに置く。

「シクザム、お前に精気を渡そう」

「ふふ、やっと気持ちが決まったの?ありがとう」

ねえ、入れる?入れられたい?と軽口を叩くシクザムの唇を塞ぎ、スゥーイーは抱くほうだ、と口の端をあげて笑う。深く深く口づけを交わす二人の唇は濡れて妖しく光る。何度も何度も確かめ合うようなその接吻は、お互いの愛を混じらせていくように境界を曖昧にしていく。

「あ、淡くて赤い」

シクザムは、ぼうっとスゥーイーの体の輪郭を眺めて呟く。それは、以前シクザムが言っていた愛の色だったと思う。色でばれてしまうなんて、なんとも言えない気まずさを覚えたスゥーイーは顔が熱くなる。

「スゥーイーさんも俺のこと好きなの嬉しいな、俺もずっと、一目見た時から好きだったよ」

誰かを抱くことになるなど、永く永くその傍らに存在していたはずのスゥーイーにとって初めてのことで、まして愛の告白も、誰かが自分に向ける思いに応えたいと思うのも初めてだった。

「お前は、俺の特別だ。好きだ」

シクザムとスゥーイーの情交は、一晩では終わることはなく、精気はお互いの間で高まりあい循環される。その後もお互いの存在を確かめ合い、慈しみ合う二人は片時もそばを離れることはなかったという。


この日からスゥーイーの領域では監視の目が薄まり、下界はより性の欲にまみれていくことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七つの物語 色欲編 @poqco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ