第4話
「始動」
シクザムの脳髄は、低く怠さが滲む声に揺らされる。はたと目を開いたシクザムは、声の主に顔を向けると、濃い隈が特徴的なスゥーイーが眉間に皺を寄せていた。手を伸ばそうとするが、腕が上がらない。視線をさげて自分の体をまじまじとみると、縄で拘束されている。
「おはようございます、なんだけど、これほどいて」
「大人しくできないだろうからそのままでいてもらう。とりあえず今からもう一度、お前に指示を埋め込んでみることにした」
周りをよく見渡せば、見たことのない部屋、見たことない円陣が描かれた床に横たえられていた。スゥーイーが何をしようとしているか、見当もつかないが、事の成り行きに身を任せるしか選択肢はなさそうだと、起き上がりかけた体から力を抜いて、脱力した。諦めたシクザムは、黙って生気を失くしているが、その様子にスゥーイーは安堵の息をつくと、陣に力を込める。スゥーイーの、額を汗が伝うのを周りにいる魔物たちは初めてみたのではないだろうか。それだけこの状況から脱したいとの思いがこもっていたのか、それはスゥーイーにしか知る由もない。陣の輝きがおさまると、スゥーイーは額の汗を無造作にぬぐい、シクザムに声をかける。その場にいる誰もが、目を覚ましたシクザムの一挙手一投足に注目する。
「スゥーイーさ、ん?終わったのかな、じゃあ仕事していい?」
「失敗した」
縄で縛られたシクザムは、芋虫のように床を這うと、スゥーイーの足元まで辿り着く。
「失敗ってなにがあったのかはわからないけど、落ち込まないでよ、慰めてあげる」
お前が慰めても何にもならないんだ。と魔物たちは一様に思ったが、つっこめる雰囲気でもない。スゥーイーの足元で転がるシクザムは、器用なもので、縛られている縄の隙間に己の翼の固い部分を差し込んでこじ開けたのか、翼だけが自由になっていた。手足を縛られたまま浮遊すると、どうしたものかと悩まし気なスゥーイーの顔に、自分の顔を近づけ、触れるような口づけをした。何が起こったのか理解できずに呆けているスゥーイーの上唇を食むと、舐めるように無防備な歯列をなぞる。
「少しは元気出た?」
「お前は……。おい、これを捕まえてどこかに監禁しておけ」
この場に一瞬でもいたくないスゥーイーは、魔物たちに命じると足早に部屋を去る。その背中に向け、大きな声で呼びかけるシクザムに反応が返ってくることはなかった。
部屋に残ったのは数匹の魔物とシクザムだけだ。
「嫌、スゥーイーさんと一緒いたい」
「ちょこまかと逃げるな」
翼のみで器用に逃げ回るシクザムを、捕まえようと部屋を飛び回る魔物たちが散々格闘した結果、疲れ果てた魔物たちが荒い息を整えるように次々と膝に手をついては、立ち止まり、ついには、誰もがその場から動けなくなる。シクザムはしめたとばかりに、動けない魔物たちの間を縫うようにすり抜けると、開いた扉をするりと抜ける。神経を研ぎ澄まし、微かに残るスゥーイーの精気をたどると、点滅する光が漏れる部屋を見つける。扉にはほんの僅かに指を引っかけられるほどの隙間があったため、体を垂直に浮かすと縛られた脚先を器用に伸ばして開ける。
「捕まえて閉じ込めたか、ご苦労だったな」
スゥーイーは、無事シクザムを捕まえられた魔物のひとりだろうと、振り向きもせずに声をかけた。そのまま、前面にある画面を見つめているスゥーイーと同じように、シクザムも見たことのない画面たちに興味を惹かれると吸い寄せられるように近づいた。
「お前、ここで何してる」
「魔物たち撒いてきた。俺スゥーイーさんのそばにいたいの」
「なんでそこまで俺に拘るんだ」
「なんでと言われてもな、あなたの顔、が好みだからかな。あと精気の質が良いのがわかるから」
「ああ、お前たち種族をそういう生き物に造ったのは俺だったな」
「ふーん、でも俺、本当にスゥーイーさんしか嫌なんだよね、ここまで拒否られて困った困った」
シクザムは、本当に困っているのか疑わしいほど、にこやかな笑みでのんびりと構えている。そんなシクザムを、頑なに拒否しているのが馬鹿らしくなったスゥーイーは、かまうこともないかと「もういい、静かにしていろ」とだけ言い、束の間だけシクザムを捉えていた瞳は、すぐに画面の中に移っていた。
いつもの如く、あれやこれやとスゥーイーの領域に散っている魔物たちに、思念で伝達をしながら、休息がてらに人界で集まった精気を体に取り込んでいく。人界ではそれなりの質の精気が集まるが、これでもまだまだ足りない、何がどう足りてないのか、スゥーイーにも解明できてはいないが、この世に意識体として存在してから今まで、何も満たされたことがない。
どうしたら満たされるのだろうか。そんな不毛な自問を繰り返してきたが、未だに答えは出ていない。
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