第3話

しばらく、見つめ合う形となっていた二人の空間を、ドアをノックする音が破る。

「スゥーイー様」

「なんだ、入れ」

ドアはすっと音もなく開かれ、シクザムがみたことない生き物が佇んでいる。

「あ、その個体起きたんですね」

「いや、起きたには起きたんだが」

「不具合でもありましたか?」

「指示が曖昧になってるようだな、それよりも何か用事か?」

「先程、スゥーイー様が陣に力を注いでる時に、手が少し早めに陣から持ち上げられていたような、と世話係の間で話していたので、それを伝えようと訪ねたのです」

「なるほど、不足分があとから植え付けできるか調べる。こいつは当分預かろう」

目の前で繰り広げられる会話についていくことが出来ずに、ただただ聞きに徹するしかないシクザムだったが、見たことの無い魔物が部屋から出ていくと、スゥーイーに顎を軽く掴まれた。

シクザムの固定された顔を、上下左右くまなく眺めたスゥーイーは、「名は?」と短く質問をする。

「シクザム、難しいことは分からないけどお仕事続けてもいい?」

「シクザムか。だめだ、お前は少し欠けて造ってしまったようだから、明日いろいろと中を診ることにする」

「中?」

「そう、中。って違う、脱ぐな」

シクザムは、前戯もなしで中だなんて大胆な人だ、けど手っ取り早いと有難い気持ちで己の服を取り払おうとする。服といっても布ぺらに近いので脱いでしまえば、柔肌が露になるが、それをスゥーイーに止められる。

「お前は、なんで俺から精気をとろうとするんだ」

「そう指示されたから、かな」

「いや、お前に指示したのは人界の民から生気を吸い取ることだ。ましてや、男からではなく、女から」

「え、でもシクザムどっちもできるようになってるよ?」

二人はまた見つめ合う。先程と違うのはどちらの表情も呆けていて、お互いが何を言ってるか理解してないようだった。


シクザムの話は、スゥーイーの予想を超えたことになっていた。まず、一つ人界が何かを分かっていない。二つ、人間から精気を吸い取る指示が埋め込まれていない。三つ、インキュバスとしての能力も備わっているが、サキュバスとしての能力もある。四つ、五つと上げだしたらきりがないが、中身を調べる前に話だけで、未完成の魔物を造り出してまったことを理解するのには十分だった。

スゥーイーは、一通り話し終えたシクザムの額をワシ掴みにすると、「眠れ」と呟く。自身の日常は、穏やかなことは少ないが、今日は特に騒がしかったような気がする。疲弊した体を横たえると、深い眠りに誘われるように意識が途切れた。


ここは、どこだ。スゥーイーは、四方に闇が広が空間に佇んでいた。思索しようとするが霞がかかったように、何も思い浮かばない。靄を振払うように、首を振るが、そもそも身体の感覚がない。これは夢か。そう悟ったと同時に、何もなかった目の前に見慣れたベットが現れる。

「シクザム」

こんなことできるのは、今はシクザムしかいないと思わず言葉が漏れた。しまった、と思った時には遅かった。インキュバスが存在する夢の中では、相手に話しかけてはいけない。夢の世界の主はシクザムで、声をかけるのはそれを受け入れたということになる。

ふっと誰かの気配と共に、太ももから胸元にかけて、生ぬるいぬくもりがスゥーイーを包む。曖昧な気配は徐々に人の形に輪郭を鮮明にさせる。シクザムの手が、スゥーイーの腰骨から腹部の筋肉の浮き上がりをやおらに這うと、胸筋の張り出しの下を舐めるようにしつこく撫でまわされる。もどかしいような、気持ちの悪さを感じたスゥーイーは、シクザムの手を掴もうするが、体の自由が利かない。「やめろ」と囁くような声を出している間に、シクザムの手は、スゥーイーの胸元の突起まで弄ぶ、微かに触れてみたり、つまんだり、はじいたりと緩急のある刺激を受けたスゥーイーの唇から吐息が漏れる。スゥーイーは身に慣れない愛撫に、自制心が削られる側になる感覚を知った。

「いいでしょう、楽しもうよ」

一瞬、スゥーイーの体が弛んだように思えたシクザムは、背中の翼を軽く広げてふわりと飛ぶと、体重をかけないようにスゥーイーの首元にまとわりついて耳元で嬉々とした声を出す。

しかし、スゥーイーの脳裏を壁一面を占領するモニタールームが過ぎる。このまま体を委ねれば、嫌悪にも近い感情を抱いている画面の向こうの奴らと同じだ。動かない体を無理に覚醒させようと、自身の精気を針のように体内に流し込む。刺す痛みが、感覚をとり戻したことを知らせていた。外から見ているだけでは、何が起こっているのか分かりようもないが、シクザムは、スゥーイーの口の端に一筋の血が伝うのを見て、目を瞠った。と同時に、パリンと硝子が割れる音が響くと闇がはらはらと剥がれ、空間に光が差し込んでゆく。

「わあ、強引…」

「やめろといっただろうが」

なぜそこまで頑ななのか、シクザムにはちっとも理解ができなかったが、スゥーイーが苦し気に顔を歪めているのを見て、それ以上踏み込むことができなかった。スゥーイーは歪めた顔を取り繕うことなく、ベットにへたり込むシクザムを睨みつけると、「停止」と吐く。シクザムを睨む射干玉色の目が、淡く紫に光ったの見た。

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