第46話「約束通り、見せてもらおうか・・・」

「本日はよくお越しくださいました」


着物に身を包んだ礼司さまが深々と一礼する。

まるで計算されたかのような角度で、一分の隙もない。

素人の私でも一目でわかる洗練された所作・・・これが次期家元としての礼司さまの姿なのだ。


そんな礼司さまを値踏みするような視線で見つめるのは四十院流の現家元であり礼司さまのお父さんでもある千悠斎さん。

そしてその隣に控えているのは着物姿の妙齢の女性・・・あれが礼司さまのお母さんか。

穏やかそうな物腰をしているけれど侮れない、下手したら千悠斎さん以上に厳しい人である事を私は知っている。


部屋を区切るように設置された屏風の向こうで、私達は用意を進めていく。

大事なのはお湯の温度だ、予め礼司さまに指定された温度になったのを見計らってお湯を茶器へ注ぐ。

お湯が冷めないように肉厚に作られた茶器は結構重たい、だがその重さを感じさせないように運ぶのが私の役目だ。


スッ・・・と、音もなく礼司さまの脇に茶器を添えるように置く。

反対側では左子が同様の動きで茶碗や茶筅の乗ったお盆を置くのが見えた・・・あっちは軽そうでいいなぁ。

この場に合わせて、私達双子は着物姿だ・・・動きにくいし、緊張するしでいつヘマをするかわかったものじゃない。


「約束通り、見せてもらおうか・・・」


幸いな事にお父さんの意識は私達双子をチラリとも見ず、その意識は礼司さまに集中しているようだ。

その代わりに突き刺さってくるのはやはりお母さんの視線・・・本当に油断出来ない。

逃げるように屏風の向こうに私達が引っ込むと、礼司さまの戦いの火蓋が切って落とされた。


とは言え、屏風の向こうからは何も伝わってこない。

礼司さまの動きには無駄がなく、衣擦れの音も立てずにお茶を点てていくのだ。

茶の心は静寂の中に・・・余計な物音など立てないのが鉄則だ。

窓から差し込んで来る秋の日差し・・・その日の傾きだけが、この部室に僅かな変化を与えている。


そう・・・何を隠そうここは紅茶研の部室だ。


この1週間、私達で紅茶研の部室に畳を貼って和室に改装したのだ。

元々茶室用に作られていた和室を礼司さまが洋風にしたという話だから、さほどの労力は掛からずに畳を貼れたんだけど。

むしろ、こちらがこの部室の本来の姿と言えるのかも知れない。


「・・・どうぞ」


礼司さまがお茶を差し出した所だろう・・・本当に気配も何もないので察するしかない。

直接この目で千悠斎さんの反応を見たいけれど、私達は裏に引っ込んでいないといけない、そういう段取りだから仕方ない。


料理漫画だと、口から光線を出したり、背後で火山を噴火させたり、とにかくすごいリアクションをする所なんだけど・・・やっぱりああいうわかりやすいリアクションって大事だな。

今千悠斎さんはどんな表情を浮かべているんだろう・・・礼司さまの気持ちが通じていると良いんだけど。


「・・・良いお手前で」


ようやくその台詞が聞こえてきた。

これは私もなんとなくわかる、褒めてるやつだよね?

千悠斎さんの声も威圧するような重さがなりを潜めて、穏やかさを感じられた。


「まごう事なき四十院の茶だ・・・よもやお前がここまでの物を出してくるとはな・・・」


うん、礼司さまを認めてくれたみたいだ。

これで親子仲直りで一件落着・・・ゲームではそういうルートもあった。

私としては、そのルートでも全然構わなかったんだけど・・・


「ここまでの物?・・・こんな物が?」

「礼司?何を言って・・・」

「父さん、僕はこんな苔が生えたような物を振舞う為に貴方を呼んだのでは、ない」


いつになく強い口調で放たれた、礼司さまのその声を受けて。


段取り通りに、私達は動く・・・練習通りにいくか心配だけど・・・

左子と共に屏風の向こうからもう一度前に出て、この和室を構成する最大の要素である畳に手をかけた。


「ていっ!」


これぞ必殺畳返し・・・なんちゃって。

畳を引っぺがすと、下から折り畳み式のテーブルと椅子がせり上がってくる。


「!!」

「えいっ!やぁ!たぁ!」


驚く千悠斎さんたちを他所に、そのまま私達は全ての畳を剥がしていく・・・

畳の裏側には赤煉瓦を模した壁紙が張られていて、壁に立て掛けていく事で部屋の雰囲気はがらりと変わっていく。


純和風の茶室から、洋風の喫茶室へ。


これこそ私達が1週間かけて用意したギミックだ。

最後の仕上げとばかりに、私と左子が屏風に手をかける。

その後ろに視線を送り・・・屏風をくるりと一回転。


そこから現れたのはサラサラの金髪美少女・・・我らが綾乃様だ。

いつぞやぶりのメイド服スタイル、その手には耐熱ガラス製のティーポット。

ガラス越しに見えるのは紅茶・・・にしては色が薄い、礼司さまがブレンドしたそれはハーブティーと呼ぶ方が適切か。


礼司さまに歩み寄りながら綾乃様がティーポットの蓋を開ける。

こともあろうに、礼司さまは先程淹れたお茶をその中へと・・・


「な、何をしている!礼司!」


ティーポットの中の液体が薄緑色に変わっていく。

一見して無造作に注がれたかのように見えるけれど、事前に何度も試作して分量を調整した礼司さま渾身のブレンドだ。

カップに注いだ瞬間、上品な香りが立ち上り・・・この部室を包み込んでいく。


「これが僕の提案する新しい四十院流の形・・・『姫ヶ藤』と名付けました」

「何が新しい四十院流だ・・・こんな悪ふざけが認められると思っているのか!」


つい先程『四十院流の茶』とまで評したそれを、躊躇う事無く混ぜ込まれたその紅茶に拒絶感があるのは無理もない。

長い歴史の中で護り続けた伝統の味をもて遊んでいるように見えたのだろう。


「そう・・・父さんからは悪ふざけに見えていた、僕がこの学園で学んだ事の全てがこの一杯に詰まっています」

「・・・」


すっかり洋風となったこの部屋に一枚だけ残された畳。

その上に留まる千悠斎さんを見下ろすような形で、礼司さまは洋風のテーブルにカップを置いた。


「さぁ、こちらの席へどうぞ・・・僕のお茶は畳で正座して飲むような物ではありませんので」

「礼司・・・どこまで私を・・・四十院流を馬鹿に・・・」

「いいえ、この香り・・・私は悪くないと思いますよ」

「な・・・おまえ・・・」


そう言って動いたのは、隣に控えていたお母さんだ。

スッと立ち上がると、動揺するお父さんを他所にテーブルの方へと・・・


「母さん・・・ありがとうございます」

「礼司、私は悪くないと申し上げただけです・・・まだ認められたわけではありませんよ」

「はい、わかっております」


椅子を引く礼司さまに小言を言いながらお母さんは優雅に腰掛けた。

続いて礼司さまも向かいの椅子に腰かける。

着物姿の二人が洋風のテーブルで紅茶を飲む光景はどことなく異国情緒を感じさせた。


「あら、おいしい・・・香りからはもっと癖のある味かと思いましたが」

「最近では味に影響を与えない、香りだけを抽出したエッセンスがあるのです、それらをいくつか使っております」

「そう・・・勉強したのね・・・」


お母さんは目を細めながら紅茶をもう一口すすると、ほうっと一息ついた。

そして未だに畳から動かないお父さんの方へと、その視線を滑らせ・・・


「あなた、いつまで意地を張っているの?それともその畳に縫い付けられでもしましたか?」

「ぐ・・・むぅ・・・」


千悠斎さんは満面に苦渋を浮かべながら、それでも動こうとしない。

『ここで動いては四十院の歴史の敗北を認めるようなものだ』だったかな。

ちょっとこの状況とは違うけど、ゲームではそんな事言ってたあたりが該当する感じだ。


たしかそのシーンだと・・・

後ろに座ってた主人公の葵ちゃんが『正座で足が痺れた、動けない』って言い出して張り詰めた場の雰囲気を和ませたんだよね。

そんな葵ちゃんの無邪気さが千悠斎さんを動かす事に繋がるわけだけど、今のこの場だとそう簡単には・・・


「大丈夫ですか?」


不意に綾乃様が動いた。

千悠斎さんの方へ駆けよると、その肩に腕を回して・・・


「な、何をする・・・わ、私は別に・・・」

「膝を痛めていらっしゃるのでしょう?今お一人では立ち上がれないのでは?」

「そんな事はない!放さんか!・・・くぅ・・・」


そう言いながら千悠斎さんは綾乃様を振りほどくも、確かに足元がおぼつかない。

2、3歩歩く前に姿勢を崩して・・・再び綾乃様に支えられる形となった。


「父さん!?」

「膝の事は知っていましたが・・・一人で立ち上がれない程だなんて・・・」


お母さんも驚いている・・・急に悪化したという事なのか。

ちょっと見ただけで綾乃様はそれを見抜いた?


「二階堂の娘・・・なぜわかった?」

「姫祭でお会いした時、歩き方に違和感がありましたので・・・それに先程から身じろぎをしながらつらそうな顔を・・・」


そうか、てっきり礼司さまを認めまいとする一心でああいう険しい表情を浮かべていたのかと思っていたけど・・・あの表情は膝の痛みによる苦痛からだったのか・・・


「・・・もう大丈夫だ、放せ」

「ですけど・・・」

「そこの椅子に座れば良いのだろう?それくらいなら問題ない」


まだ心配そうな綾乃様が恐る恐る手を放すと・・・

千悠斎さんは今度はふらつくことなく、ゆっくりとした足取りで椅子に座った。


「父さん・・・ひょっとして」

「礼司、みなまで言ってくれるな」

「あなたという人は・・・はぁ・・・情けない」


その様子を見ていた礼司さまとお母さんは何かに気付いたらしい。

千悠斎さんに対して、どこかがっかりしたような表情を浮かべ・・・あれ、ひょっとして・・・


「・・・足が・・・痺れてた?」

「あ・・・」


左子がボソッと放った容赦のない一言。


反応を見る限りはその通りなのだろう・・・まさか茶道の家元が、正座で・・・そりゃがっかりだよ。


「うむ、たしかに美味い・・・四十院流の新たな可能性として、一考の価値はある」


今更そんな事を言っても、いまいち締まらない。

なんか、すっかり威厳が半減してしまった。

無事に礼司さまが認めて貰えたのは喜ぶべきなんだろうけど・・・なんだかなぁ。

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2024年11月9日 23:00
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いつも貴女の右側に ~悪役令嬢の右腕 右子さん奮闘記~ 榛名 @haruna1law

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