第45話「理想の恋人そのものだよ!」
『クラスの皆に噂されると恥ずかしいし・・・』
学校を舞台にした恋愛ゲームにはよくこんな台詞がある。
まだ仲良くなっていないうちから攻略対象に「一緒に帰ろう」と誘うと発生するやつだ。
この台詞と共に苦笑いを浮かべる攻略対象、当然のように好感度減少のエフェクトが出る。
あまり最初からがっついてはいけないよ、という恋愛初心者に向けたメッセージのようなものが感じられる1シーン。
とはいえ、実際にはそんな台詞とは無縁の前世を生きてきた私なんだけど、今はちょっと違った。
「うわ・・・皆が注目してる・・・これちょっと恥ずかしくないですか?」
まだ姫ヶ藤学園の校門を抜けてもいないうちに、周囲からものすごい視線を感じる。
刺すような視線、なんてもんじゃない・・・全身をマシンガンでハチの巣にされるような視線。
その原因ははっきりしている、礼司さまだ。
先日の姫祭での一件が広まったのか、単純に礼司さまの人気によるものか。
まぁ・・・姫ヶ藤屈指のイケメンである礼司さまが、綾乃様と並んで歩く姿はそれだけでも生徒達の注目が集まるものかも知れない。
その傍を歩く私ですらこれだけの視線を感じるのだから、はたして当の本人はいか程のものなのか・・・
いつもと違って綾乃様の右側ではなく、間に礼司さまを挟んでさらに右側、通行に配慮できるよう少し後方というのが今の私のポジション。
「やっぱり礼司さまは時間をずらすとかした方が良かったんじゃ・・・」
「君達に迷惑をかけてしまって申し訳ない、けれどこういう時は下手にあれこれ意識するよりも堂々としていた方が良いんだ」
「そうよ右子、ここで私達が動揺していてはいけないわ」
そういうものなのか・・・日頃から注目を受け慣れてる2人だけあって、こういう時は意見が一致するようだ。
左子はいつも通りのマイペースだし、周りの目を気にしてわたわたしてるのは私だけ・・・なんか別の意味で恥ずかしくなってきた。
「それより右子、遠くて話しにくいわ・・・もう少しこちらに寄れないかしら」
「えっ、そうですか」
今は間に礼司さまがいるからね、じゃあちょっと後ろに回って・・・
「そうじゃなくて・・・もう右子ったら・・・」
後ろではお気に召さなかったらしい。
綾乃様的にはいつもの定位置じゃないと違和感があるんだろうか・・・かくいう私もちょっと落ち着かないんだけど。
・・・でもしばらくは礼司さまに譲っておかないとね。
校舎に入ってからも、周囲の視線は止まる事を知らず・・・確かに堂々と歩く2人の姿は好印象を与えてそうだ。
普通にお似合いの二人、思わず見惚れてしまう生徒もいる。
綾乃様と礼司さま、それぞれクラスが違うのがちょっともったいないくらいだ。
「右子さん!左子さん!」
私と左子が教室に入るや否や、成美さんが飛び込んで来た。
おとなしい彼女にしてはなかなかの勢い・・・それだけ気になっていたのだろう。
礼司さまと同じステージにいた彼女達吹奏楽部の面々も、ある意味当事者と言えなくもない。
「礼司さまがあんな事になってしまって、私達ずっと心配しておりましたのよ」
「大丈夫、四十院家の人達に連れ戻されたりしてないし、今は屋敷の客室で過ごしてもらってるわ」
「・・・姉さんが・・・礼司さまのお世話役」
「ちょっ・・・左子?!」
それは事実だけど、誤解を招きそうな事を・・・
「まぁ・・・メイド長の右子さんが付いてくれているなら安心ですわね」
「そ、そうなの!・・・私のメイドとしての手腕は姫祭で皆わかってるわよね!」
危ない危ない、姫祭ですっかり定着した『メイド長』の二つ名のおかげで、変な誤解は回避出来そうだ。
?・・・左子が不満そうな顔をしたような・・・気のせいかな。
「そう言えば姫祭の結果はどうだったの?」
結局、葵ちゃんのクラスとの売り上げ勝負は勝てたんだろうか・・・
礼司さまの事があって抜けちゃったから結果を知らないんだよね。
昨日の流也さまは何も言わなかったから負けた?・・・でもあの人、勝っても当然ってノリだからなぁ・・・
「ああ、それがね・・・」
そう言って話に入ってきたのは美咲さん。
その残念そうな口ぶりから察するに、負けたかな・・・チート庶民め。
「売り上げ1位は綾乃さまのクラスよ」
「えっ・・・」
そんなの私聞いてな・・・あ、綾乃様も知らされてないやつか。
礼司さまの件でそれどころじゃなかったのは一緒に居た私がよく知ってる。
しかし綾乃様のクラスか・・・何やってたっけ・・・
「あれは二階堂の作戦勝ちだったな・・・この俺としたことが盲点だった」
あの流也さまが素直に負けを・・・綾乃様ってばどんな作戦を・・・うーん、全く思い出せないや。
後で本人に聞いておこう。
「そうだ流也さま、昨日はありがとうございます」
「?」
「あの後、礼司さまの表情が明るくなったというか・・・なんか気が晴れたみたいで」
「ああ、そういう事か・・・別にお前に礼を言われる事じゃない」
そうかもしれないけど、一応ね。
流也さまのおかげで一歩進んだのは間違いないと思う。
正直な所、礼司さまの件はゲームと違う展開だから、どうすれば良いのかわからなくて・・・
「・・・ツンデレ?」
いや左子、それは違うと思うよ。
流也さまはああ見えて、デレた時は結構直接的にグイグイくるんだ。
照れたり恥ずかしがったりって感情を知らないんじゃないかってくらいの自信家だからね。
でもその分攻略状況がわかりやすいとも言える。
別のクラスの教室まで会いに行くくらいは余裕でやってくるから。
今の所そういう動きはないので、綾乃様も葵ちゃんも好感度はたいして稼げていないようだ。
あるいは拮抗してる?
流也さま主催のパーティが開かれるクリスマスまでにはなんとかしたい所だけど・・・
「どうした、左子のような顔をして」
「や、べつに・・・」
そりゃ双子だもの、同じ顔ですよ・・・いや、ジト目になってたのかな。
髪形を解くと見分けの付かない位に同じ顔した私達だけど、意外と流也さまには見分けが付くのかも知れない。
試しに今度入れ替わってみようかな。
・・・放課後。
姫祭も終わったばかりという事で、時間の空いた綾乃様と一緒に紅茶研の部室へ向かった私達だったんだけど・・・
「・・・姉さん」
「・・・うん、わかってる」
綾乃様の両脇に私達双子が並んで歩く、いつも通り安心の定位置。
しかしその背後に気配・・・なんて生易しいものじゃなく・・・
「今日は人が多いわね」
「そ、そうですね・・・」
注目される事に慣れてる綾乃様からしたらそんなものなのかも知れないけれど、さすがに私は慣れそうにない。
部室棟に向かうべく、校舎を出ようとしたあたりで更なる人の波が・・・
「あっ・・・いらっしゃいましたわ」
「まぁ、やっぱり・・・」
そんなことを言いながら道を空ける彼女らの先に居たのは、なんとなくわかっていたけれど礼司さまの姿が。
「さすがにこれは・・・困ったね」
そう言って礼司さまが肩をすくめるのも無理はない。
一応紅茶研の存在自体は秘密でも何でもないんだけれど・・・この子達を引き連れて行くのはね。
2人の逢引の場所として変な噂にもなりかねないし・・・確かにこれはちょっと困る。
「何か目立っちゃってますし、今日のところはこのまま帰った方が良いかもしれません」
ひょっとしたら葵ちゃんは先に部室にいるのかも知れないけど・・・
さすがにこれは無理だ、ごめんね葵ちゃん。
「そうね・・・礼司さま、校門の方に車を回してもらいますので・・・」
綾乃様がそう言って千場須さんに連絡をしようとしたその時___
「皆さん、そんな所で何をしているのですか」
どことなく中性的な色気を感じるその声は・・・攻略対象の一人、十六夜透さまだ。
モデルの仕事で海外に行っている事も多い透さまだけれど、確かに姫祭のようなイベントの時期には戻ってきているはず・・・その割には見かけなかったけど。
「と、透さま?!」
「あ、あの・・・私達は別に何も・・・」
思わぬ所から問い詰められて、周りにいた子達がしどろもどろになる。
確かに彼女達は見ていただけで、特に何かしてきたわけではないけど・・・透さまの鋭い視線には有無を言わせないものがあった。
「ふむ・・・では暇を持て余しているのですね、ちょうど良かったです」
そう言いながら透さまが取り出したのは、派手な色合いが目に痛・・・印象的なリーフレット状のチラシの束だった。
「数年前から父のアシスタントをしていた方が今回独立しまして、日本にお店を出しました」
どうやら洋服の店らしい・・・扱う服の方もあんな色合いなんだろうか・・・
透さまは先程とはうって変わった営業スマイルで、女の子達にチラシを配りだした。
「ここだけの話ですが・・・私の名前を出せば割引をしてくれます、良かったら遊びに来てください」
ここだけの話で割引・・・意外と庶民臭い。
だけどさすがは礼司さま達と並ぶイケメン、女の子達はすっかり釣られてしまったようだ。
「なんて素敵なお店でしょう」
「是非伺わせていただきますね」
その場を後にしていく彼女達に手を振って応える透さま。
よくわからないけれど助けてくれた・・・のかな。
正直彼は何を考えているかわからないので素直に喜べない・・・それは礼司さまも同じらしく、険しい表情を浮かべていた。
「十六夜透・・・君はいったい何を考えて・・・」
「ふ・・・困っているようだから助けてあげたのですよ、素直に感謝してくれたまえよ」
その顔にはもう営業スマイルはない、拗ねるような今の顔は作られた表情なのか、それとも本心なのか。
やはり素直に喜べるような状況じゃない気がする。
「透さま、助けていただいてありがとうございます」
「うんうん、綾乃嬢は素直でとてもよろしいです・・・で、彼とはうまくいってますか?」
「はい?」
「もちろんそこの四十院礼司ですよ、私も彼の事は心配していたんです」
ああ、噂を聞いて心配してたのか。
透さまも流也さまみたいに礼司さまと仲が良かったり?・・・でもそこまで親しいようには見えないような。
他の攻略対象同士の関係ってゲームではそんなに描かれてないんだよね。
「だから私も及ばずながら2人の力になろうと馳せ参じたのです」
「・・・」
話を聞いていると、やはり善意で助けてくれたような感じがする。
でも何か違うような・・・それに礼司さまの表情も訝しげだ。
「綾乃嬢、あの時は感動しましたよ!とっさに彼を庇って、見事毒親の魔の手から護ってみせた・・・あれこそは愛のなせる業!ええ、愛を感じましたとも!」
「え・・・」
「見ての通り邪魔者達には消えていただきましたので、どうぞ後はごゆるりと・・・2人の時間をお楽しみください」
やっぱり何か違う。
何か変な噂を聞いて誤解してしまったんだろうか・・・
「透、君は勘違いをしている」
「別に照れなくても良いだろう?私は君達を応援しているのだから・・・君達は実に美しい!理想の恋人そのものだよ!」
うっとりとしたように語る透さまは、やっぱり誤解しているようで・・・確かにお似合いの2人だとは私も思うけど。
そんな風に大袈裟に言われたら、本人達も気まずくなっちゃうよ。
「透さま、私達はそういう関係ではなく・・・」
「綾乃嬢、君もか・・・日本には似たもの夫婦という言葉があるが、まさに・・・」
「いい加減にしてくれ!」
まだ何か言いたそうな透さまを遮るように、礼司さまが叫んだ。
校庭で練習中の運動部が何事かとこちらを見てくる程の声で・・・でも彼らは一瞥しただけで、練習の方を優先してくれたようだ。
「二階堂さんとは決してそういう関係じゃないし、僕達の気持ちを無視してそんな風に応援されても迷惑だ」
「・・・」
日頃穏やかな礼司さまだからこそ、怒った時の迫力たるや・・・
「ふふ・・・君のそんな反応が見れるとは・・・面白い」
「透、まだわからないのか」
「いや、退散しますよ・・・さすがにこれ以上君を怒らせたくない」
「・・・ならもう二度と僕達には関わらないでくれ」
まだ何かすると思いきや、意外なほどあっさりと引き下がる透さま。
本当に彼は何を考えているのか・・・その背中にかける礼司さまの声も届いたようには思えなかった。
「・・・」
まるで嵐が去ったかのように、沈黙が場を包み込んでいた。
礼司さまは透さまの去っていった方を睨んだまま・・・さすがに透さまが戻ってくる気配はないんだけど、何か思う事があるのかも知れない。
綾乃様も黙り込んだままで・・・左子も・・・ってあの子はいつも通りか。
私はというと・・・すっかり礼司さまの迫力に気圧されてしまって声を掛けられずにいた。
「凄い騒ぎだったね、みんな大丈夫だった?」
その静寂を打ち破ったのは葵ちゃんだ。
「うん・・・なんとか」
「なんとか?・・・まぁ、こんな所で立っていてもしょうがないよ、部室に行こう?」
「・・・そうだね、今日は試してみたいブレンドがあるんだ」
「礼司さまの新作紅茶?!うわ、楽しみだなぁ」
「二階堂さんの屋敷にあった茶葉で試作したんだけど、好評をいただけたので」
「あー、じゃあ3人はもう飲んでるんだ!」
「え、ええ・・・」
さすがは主人公、屈託のない彼女の笑顔が徐々に場を和ませていく。
こういう所が強いんだよなぁ・・・コミュ障の私にはとても真似出来ない芸当だ。
葵ちゃんに引っ張られるようにして、私達はいつもの部室へと到着した。
「うちのクラスでも2人の噂で持ちきりだったよ」
「やっぱりかぁ・・・」
若い男女が一つ屋根の下、同棲と見れてもおかしくないもんね。
一応私と左子、千場須さんや三ツ星シェフも屋敷に住んでるんだけど・・・普通の人には想像もつかないだろうし。
礼司さまの淹れてくれた紅茶をゴクゴクと飲み干しながら、葵ちゃんは今生徒たちの間で流れている2人の噂話を教えてくれた。
「話に尾ひれとかしっぽとかいろいろ付いちゃってさ、礼司さまのご両親が2人の関係を認めずに駆け落ちをしたんじゃないか、なんて話もあったよ」
「まぁ・・・そんな風に」
「すごい想像力だ」
なんかそういう内容の同人誌を見たような・・・まさかこの世界に同人誌の影響が・・・いやいやそんな。
確かあの同人誌の内容だと、礼司さまと駆け落ちするのはその・・・流也さまだし・・・
「やはり、いつまでも二階堂さん達に迷惑をかけるわけにはいかないね」
「「そんな事ありません!」」
とっさに発した私の声にかぶさる別の声・・・このハモり方は左子ではなく・・・綾乃様?!
「あっ・・・ごめんなさい」
と、即座に謝ったのも私ではなく綾乃様・・・や、綾乃様が謝るような事じゃないと思うんだけど。
むしろせっかく綾乃様が自ら動いてくれたのを邪魔してしまった・・・今後は気を付けなければ。
ともかく、今は礼司さまだ。
「礼司さまが居て迷惑だなんてことは全然、これっぽっちもありません!そうですよね綾乃様?」
「え、ええ・・・どうか礼司さまは何も気にせず」
「いや、父さんとはちゃんと話を付けようと思う・・・僕が向き合わないといけないんだ」
そう語る礼司さまの瞳には、強い意志を感じさせる光が。
この流れは・・・イベントが進んでいる?
充分な好感度を稼げたという事だろうか・・・だと良いんだけど・・・
「ただ・・・それにはもう少し準備がいるんだ、あと・・・1週間」
「1週間・・・ですか」
「ああ、1週間・・・それだけお邪魔させてほしい」
あと1週間・・・その言葉を噛み締めながら、礼司さまの淹れてくれた紅茶をすする。
その紅茶からは微かに・・・緑茶の香りがした。
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