第20話 もうかぞくだよ?

「ねぇ! あっち行ってみよう!」


 ミリアが楽しそうに市場の方向を指して小走りする。それに俺たちは笑顔で振り回されていた。


「まぁ、待てって。そんなに急がなくても市場は逃げないぞ?」


 そう口にしても、関係なく行きたいように駆けていく。

 こんなに笑顔になるとは思っていなかった。

 初めて会った時は、目が死んでいたからだ。


 連れ出してきてよかった。

 ずっと店にいるのもまいってしまうだろうから。


 市場には俺の知らない食材がまだまだあった。

 スイカのような大きさの棘のあるもの。

 それは、ドグアという果物なんだそうだ。


 割ってあるドグアを見るとライチのような白い果物だった。

 甘くていい香りがしている。

 『わ』では、果物は出していない。


 定食に付けるのはいいかもしれないな。甘いものというのは、人を幸せにする。だから、スイーツのようなものが流行るのだろう。


「お兄さん、これの半分のやつもらっていいですか?」


「あいよ! おやっさん、これはねぇ。生も美味しいんだけど、煮ると更に甘くなるんだよ。不思議なことにね。香りもよくなるし、いいこと尽くしだよ」


「へぇぇ。食べ方まで教えてくれてありがたい。試してみるよ」


 持ってきた麻袋へ果物を入れる。一気に周りの空気を甘い香りが包み込んだ。


「ミリアもたべたーい!」


「あぁ。帰ったら食べてみような?」


 小躍りしながら歩くミリア。今の時間帯は朝の書き入れ時を過ぎているから、そこまで人通りは多くない。多くなかったはずなのだが。思わぬ人物に出会ってしまった。


 前から歩いてきた二人組。中良さそうに腕を組んでいる。カップルだと、遠目から認識した。


「あれ? 生きてたんだ? 死んだかと思ってたぁ」


 カップルの女性の方が、小さくつぶやいた言葉。その言葉が聞こえた瞬間、俺の黒い気持ちが全身からあふれ出しだ。


 この女。またそんなことを言いやがって。


 正面から歩いてきたのはミリアを産んだ女。そう、産んだだけ。俺からしたらこの世界に来て、許せない人間の一人である。


 男は父親ではない。ということは、別れたか。浮気をして他の男と楽しんでいたか。


「この子供知ってんのか?」


 一緒にいた男性は疑問を口にする。


「知らなぁい。いこ?」


 わざわざミリアの目を見て言いやがった。許せねぇ。


 そのカップルはすぐ横を通り過ぎ、歩き去った。

 こんなにタイミングの悪いことがあるだろうか。

 俺は、自分がミリアを連れてきてしまったことを後悔した。


「ミリアちゃん、大丈夫?」


 立ったまま固まっていたミリアへとリツが声をかける。何かを察したのだろう。イワンもミリアの肩に手を置き気遣っている。


「ミリア。すまん。外に出れば遭遇する可能性だってあった。俺の考えが足らなくて嫌な思いさせたな……」


 こちらを振り替えったミリアはまた昔の目に戻っていた。何も求めないような。現実を突き放した虚空の目。


「わたしって、いきてちゃダメなの?」


 胸が締め付けられる。苦しい。この苦しさ以上に今、ミリアは苦しんでいるんだろう。

 こんなとき、なんて言葉をかければいいのだろうか。

 再び暗くなってしまった心に火を灯すには、どうすればいいのだろうか。


 頭では考えていたが、身体が先に動いた。


 気が付いたら、小さく立ち尽くすその身体を抱き寄せて抱きしめていた。


「うまれてこなきゃよかったんだ」


 ミリアが悪いわけではないのに、なんでこんな思いをしなければならないんだ。


「ミリア、俺は数日、ミリアと一緒にいてすごく幸せだった。この俺が味わったこの幸せは、ミリアがいないと味わえなかったものだ」


 虚空の目を見つめて、自分の言葉をぶつける。

 この世界を否定するようなその目を生き返らせたい。

 また笑ってほしい。


 ミリアの実の親は、生きている限り会うことはあるかもしれないんだ。俺には、排除する力はない。不甲斐ない自分を恨むことしかできない。


「うまれてこなきゃよかったなんて言えないくらい、楽しいことをしよう。そして、これからもずっと、俺の料理を笑顔で食べてくれ」


 少しミリアの目に光が戻った。


「リューちゃんといっしょにいていいの?」


「一緒にいてくれないと、俺が困るんだが?」


「ふふっ。じゃあ、しかたないから、いっしょにいてあげる」


 完全に吹っ切れたわけではないだろう。でも、少し笑顔が戻った。


「ミリアちゃん、いっしょにいていいにきまってるじゃん。だって、ぼくたち、もうかぞくだよ?」


 込み上げてくる気持ちを抑えられなかった。不覚にも、人の行き交う道で嗚咽がこぼれてしまった。

 なんて率直な言葉だろう。

 これだから、子供はすごい。


 直球なその言葉に、ミリアも目を見開いていた。


「そうなの?」


「そうでしょ! だって、サクヤ姉ちゃんとアオイ姉ちゃんが言ってたもん!」


 これは、サクヤとアオイにも感謝しないといけないな。そんな話をしていたとは。


 何か甘いものを食べさせてあげよう。

 折角だからこのお子達にもパフェとやらがある店に行ってみようか。


「甘いものでも食べに行くか!」

 

 声を張ってそう口にした。

 自分の中の負の感情も全部その言葉にのせて外へと吹き飛ばす。

 

「やったー!」


「いくー!」


 リツとミリアがはしゃぎだした。元気になるのも早いな。切り替えが早いのはいいことだ。


 街の奥へと向かっていると、遠くにレンガ造りのかわいらしい建物が見える。建物の外には、ウッドデッキが広くせり出している。


 ウッドデッキにはテーブルと椅子が多く並べられており、お客さんが座っていた。その中に見慣れた二人がいた。


「あれ? リュウさん?」


「すまん。この子達にも食べさせたくて、連れてきてしまった」


「ふふふっ。いいですよ。追加で注文してきます!」


 サクヤが気を使って注文してくれた。

 少し待つと、大きめの逆三角形の器にたくさんの果物と生クリームののっているパフェが出てきた。

 これは、女の子と子供が好きそうだ。


「わぁ! すげぇ!」


「おっきいねぇ! おいしそう!」


 リツとミリアがはしゃいでいる。イワンも目を見開いているところを見ると驚いているようだ。


 スプーンでパフェをほじくり、競うように口へと運んでいく子供達。

 この光景が心を温めていく。

 この家族を俺が守っていく。


 そう改めて誓った。

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異世界こども食堂『わ』 ゆる弥 @yuruya

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