半年後に死ぬ君と半年後に記憶を失う俺

近藤玲司

半年後に死ぬ君と半年後に記憶を失う俺


燦々と輝く朝日に、合唱のごとく風の音と鳥の囀り声が同時に耳に入ってくる。

そんな天気の中、俺は君と出会った。





「ねぇ、君って同じクラスの人?」


不思議そうに首を傾げながら彼女は俺に聞いてくる。

それに対して俺は彼女のために持ってきていたプリントをテーブルだけ置いて帰ろうとする。


「あ!ち、ちょっと待ってよ!!」


勢いよく起き上がった彼女に襟を掴まれてしまった。グェッ、苦しいぃ……。


「無視しないでよ!ねぇねぇ教えてよ。君は誰?同じクラスの人なの??」


「………北川、隆之介りゅうのすけ……貴方と同じクラスの人です……それじゃあ」


「あー!また帰ろうとする!!待ちなさい!!」


「ぐふっ……」


また彼女に首の襟元を掴まれてしまった。くそ、あんまり人と関わりたくないんだけどな……。


「私の名前は早瀬仁美はやせひとみ。子供の頃から病気で学校には……まぁ、行けてないかなぁ……」


あははと苦笑する彼女の姿を見ても、はぁ……としか反応が出来ない。


「ねぇ、もしかして隆之介くんがこれを届けにきてくれたの?」


「……誰も行く人がいなかったから……それだけです」


プリントを指差して聞いてくる彼女……早瀬さんに対して俺はぶっきらぼうに答える。


「へぇ……私、同じクラスの子にプリントとか送ってもらったことないから嬉しいなぁ……!ありがとう隆之介くん!!」


「……はい……じゃあこれで……」


「だからなんでそこで帰ろうとするのきみは!!」


2度あることは3度あると言うのだろうか?またまた彼女に帰るのを阻止される。


「なんでそんな帰りたそうにするの?そんなに私と居るのが嫌なの?」


「………」


……関わりたくない。それが本音であった。


俺は子供の頃、白血病により治療を受けた。

危ない状況であったが……今はなんとか完治している。


しかしその後遺症により、毎年に一回、全ての記憶が抹消されるの……らしい。


親も……どこにいったか分からない。きっとこんな不良品のような子供なんて捨ててどこかに行ったに違いない。

だから今は一人暮らしでなんとか暮らしてる。


たまに俺の事情を知っている人たちが助けてくれるが……ほんとに知らない人たちが来るので驚くのと同時に、良心が痛んでしまう。


だからあまり人とは関わりたくないのだが……この人は俺を離してくれない。


「やっと同じクラスの人が来てくれたんだよ!ここで逃してなるものかあ!!」


「あ、あのそんなに騒がないで……!」


結局、その日はなんとか彼女を振り解いて家に帰ることが出来た。


しかし、どうやら彼女に目を付けられたらしく、「明日絶対に来てね!約束だよ!」と言われてしまった。

うぅ……なんて運がないんだ……。





それからしばらく数日が経った。

俺はまた先生に頼まれてこの病院に来てしまった。

はぁ……とため息をしながら彼女の病室へと向かっていく。


「あ!隆之介くん!来てくれたんだ!!」


ドアを開けるとこの前と変わってないように見える。

俺は彼女のその言葉を無視して前回と同じようにプリントを置いて帰ろうとして……。


「……あれ?」


何かが突っかかって帰れない……手首に何かが着いてるのか?そう思い目をやり……絶句した。


「ふふふ……今日は帰らせないからね……とりあえず1週間は私と手錠生活を送って貰おうか!」


「なっ……なにやってるんですか!?」


思わず声を荒げてしまう。普通、会ってそこまで経ってない人にそんなことするか!?


「あ!隆之介くんが驚いた所初めて見た!これは中々いいものですなぁ」


「は、離してください!これはれっきとした犯罪ですよ!?」


「私が犯罪者になってほしくなかったら私と一緒にいろー!そして話し相手になれー!」


「んな馬鹿なこと言ってどうするんですか!?分かった分かりましたよ!話し相手になればいいんでしょ!!」


「ほんと!?なってくれるの?わぁーい!」


早瀬さんははしゃぎながら器用に手錠にある鍵穴に鍵を入れて外していく。

な、なんて子なんだこの子は……!?


「……ふふ」


「……ど、どうかしましたか?」


「ううん。ただ……やっと私のことを見てくれたなって思ってさ」


病人とは思えないその穏やかな表情を見て俺は思わず彼女に見惚れてしまった。


「……私ね。半年後には死んじゃうんだ」


そのまま彼女は語り始める。

どうやら生まれた時から持ってしまった病気のようだ。

今の現代医療では治すことが出来ないらしく、今は延命治療を受けてるらしい。


「今はこんなに元気なんだけどさ。実感ないよねー死ぬなんてさ」


「………そうなんですか」


「うん……だからさ私!死ぬまでにやってみたいことがたくさんあるの!!」


すると、彼女はテーブルの上にあったノートを俺に見せてくる。そこには私のやりたいことリストとノートの表紙に書いてあった。


「その一つがこれ!クラスの人と友達になること!」


「……友達、ですか」


「うん!だからさ……隆之介くん、私と……友達になってくれないかな?」


「……俺なんかが」

「ううん、君がいい。君じゃなきゃいけないの」


妙に迫力のあるその言葉に思わず俺は怯んでしまった。


「……な、なんで……?」


「うーん……女の勘ってやつかな。なんか、隆之介くんと友達になりたい!って思ったからさ」


そう言いながら、彼女は僕に向けて手を差し出してくる。


「だからさ……友達になってくれない?」


「……」


……俺は無意識に彼女の手を握ってしまう。


「……えっ?」


自分でも思ってもない行動に驚いてしまい、しばらくぼーっとしてると、早瀬さんの表情が明るくなる。


「私と友達になってくれるの!?」


「え、いや、その……これは……」

「いやったぁあああ!!隆之介くんと友達!隆之介くんと友達!」


彼女がはしゃいでるのとは対照的に、俺は自分の手を見ることしか出来なかった。


どうして彼女の手を掴んでしまった?俺はもう、誰かと関わる気なんてないのに……。


「隆之介くん、これからよろしくね!」


「あ……は、はい……こちらこそよろしく、早瀬さん……」


「んもう!こういうときは仁美って呼んで!そんな他人行儀だと寂しいじゃん!」


「……わ、分かりました……仁美さん」


「……へへ、よろしい!」


彼女の無邪気に笑うその姿を見てまた見惚れてしまう。

どうやら僕は……とてつもなくめんどくさい人と友達になったらしい。





それから俺たちは色々なことをした。

一言で言えば……楽しかった。


仁美さんと一緒に外に……行くことは出来なかったけど、スマホのビデオ通話を通して、俺たちはたくさんのところに向かった。


ある時は青空よりも青く広がっている海に。


ある時は夏の暑さなんて比べ物にならないほどの熱気を放つ火山に。


ある時は人々の声というなの絶叫が繰り広げられる遊園地に。


彼女は笑ってくれた。楽しそうにはしゃいでいる彼女を見るのは……とても好きだった。


……でも、この記憶もいつか……。


そう思っている時に、事態は急変した。


俺がいつも通りに仁美さんの部屋に向かっている時だ。


部屋に入ろうとして……いつも違うその慌ただしい様子に僕は呆気に取られてしまった。


その中心には……仁美さんがいた。

彼女は苦しそうに胸を抑えて呻いていた。でも、あのふてぶてしく笑っている彼女は……そこにはいなかった。


その後のことは覚えてない。でも、いつも見かける看護師さんに今日は帰ってちょうだいと言われたのは頭に残っていた。


「……仁美さん」


……大丈夫、なのだろうか。





「……ど、どうして……?」


翌日、僕は花束を持って彼女の所へ行こうとした。しかし、看護師さん曰く、もう僕とは会いたくないと言っていたらしい。


「あの子にも色々と事情があるの……分かってあげて」


「……そうですか」


花束だけ彼女に渡してあげてくださいと看護師さんに伝えて、俺は帰ろうと病院から出ていこうとする。


……そうだ、これでいい。

俺は元々人と関わりたくない。仁美さんは……特殊だっただけなんだと自分に言い聞かせるように歩いて行く。


「……あの、すみません…隆之介君ですか?」


「?は、はい……?」


すると俺に声をかけてきた人物がいる。少し人見さんに似ているだろうか、とても美人さんだ。


「仁美の母の美波と申します……仁美についてお話したいことが……」


「……少しだけなら」


彼女の母と聞いて、心臓がドキッとなった。どうして俺なんかを……いや、仁美さんが話したのだろう。

そう考え、彼女の母……美波さんと少しだけ話すことにした。





闇夜に纏わりつく雲が群がる中、仁美はそんな天気の下で空の方をずっと見ていた。


彼女が脳裏に浮かんだのは……この前出会ったばかりの同級生の男の子。


最初の彼は誰とも関わろうともしなかった。何かに怯えたように人を避け、この世に生きているとは思えない。そんな黒く濁った瞳を宿していた。


そんな彼も……彼女と関わりことで少しずつだが変わっていった。


自分の非常識な言葉に激しく反応する姿。自分が分からない世界を彼を通して見せてくれるお人好しな姿。

そして……時折自分にだけ見せてくれる控えめな笑顔。


その一つ一つが……彼女にとっては大きなもので、かけがえのないものであった。


……だからこそ、会いたくなかったのだろう。彼と関わる度に湧き出るを自覚する前に彼女は彼との縁を切った……はずであった。


「仁美さん!!」


「ッ!……りゅ、隆之介くん……」


彼女の後ろには友達だった彼がいた。しかしいつもの澄まし様子ではなく、息が少し荒くその冷たいような瞳でこちらをまっすぐ見つめていた。


「……な、なんで…」


「こ、ここにいると思って……屋上……」


何故ここに来たかったのは分からない、でも彼女がここにいる気がした。


彼がそう思ってくれるのを……嬉しいと思う反面来てほしくなかったという思いに苛まれる。


「……な、なんでここに来たの?私、伝えたはずだよね?会いたくないって……ゴホッゴホッ!」


「ッ!そんな状態で見捨てれるわけないじゃないですか!!」


彼が会ったときよりも症状が悪化している仁美に駆け寄る。


「……お母さんから聞きました……仁美さんの本音」


「っ!」


「俺……嫌ですよ。こんな形でお別れなんて……」


「……わ、私だって……私だって嫌だよ!」


顔色が悪くなりながらも彼女は切実に思いを……自身の本音を語りだす。


「隆之介くんと関わっていく度に生きてるって……楽しいって思いがいっぱい実感した!このまま生きるのかなって……もう病気なんてとっくに治ってるんじゃないかなって思ったりした……でも、現実はそんな甘くなかった……!」


湧き出る思いとともに瞳から落ちる涙。それが、彼女の悲痛さを物語っていた。


「前も死にそうになった時だってあった。その時は何も感じなかったの……でも貴方と関わって初めて死が隣り合わせにあるって実感して……怖くなったの……死ぬのが、恐ろしく感じちゃった……」


「……仁美さん……」


「隆之介くんともっと関わりたい、一緒にいたい……もっと生きたいって未練が湧き出て……苦しくなった……だからもう会わないって決めたのに!!そう、決めたのに……今度はここがぎゅって苦しくなった」


自身の胸を苦しそうに抑える仁美を見て、彼はどうしようもない気持ちに……自身の怒りを感じてしまう。


「ねぇ、隆之介くん……私、どうすればいいのかな?……もう、なにが正解か不正解が分からなくて……時間が経つにつれて……貴方と会いたいって思っちゃって……私、おかしくなっちゃったのかな?」


「…………俺に、こんなこと言う価値があるのかは分かりません……でも」


隆之介は彼女の背中に腕を回して優しく抱きしめる。それに対して、仁美はどうすればいいのか分からず戸惑ってしまう。


「……俺は、貴方と一緒にいたい……こんな形で別れるなんてもっと嫌です」


「……隆之介くん」


「……俺も、人と関わるのが怖いです。半年後には何もかも失う自分が……自分が自分じゃなくなるみたいで怖くて……でも仁美さんと離れるのはもっと嫌だ!貴方と笑ってられない人生なんて……記憶がなくなってもごめんだ!」


そして、彼は仁美の肩を掴み……彼女の唇に自身の唇を重ねた。


仁美はビクッと跳ねたものの……隆之介の甘いキスを受け入れた。


「……ごめんなさい仁美さん。俺…」

「……ううん、いいの」


弱々しくも彼女は笑っていた。


「……死ぬのは、やっぱり怖いや。でも……隆之介君と一緒にいられないのは……もっと怖い。だからね隆之介くん、こんな我が儘な私でもいいなら……一緒に居てくれますか?」


「……そんなの、当たり前ですよ」


——貴方が死ぬ半年の間……それでもいいなら。





「……んん……あれ、ここは……」


目が覚めるとそこは見覚えのない真っ白な天井。

横は……窓だろうか、今にも枯れそうな木の葉が数枚見える。


「あ、目が覚めたんだね」


声が聞こえた。すると、見覚えのない美人さんが目に映った。


「……えっと、貴方は……?」


「あー……やっぱり覚えてないんだね……仁美ちゃんの担当の看護師やってたんだけど……覚えてる?」


「ひ、仁美……?」


誰なんだろうか……俺の、知り合い?いや、そもそも俺は誰だ??なんでこんな場所で眠っていた……?


「……本当に何も覚えてない?」


「は、はい……」


「……そっか」


とても寂しそうに笑う看護師さんの姿を見て罪悪感が沸いてしまった。


「あ、あの……ごめんなさい」


「あ、ううん!覚えてないなら仕方ないよ!でも、そっか……これ、あの子に頼まれたんだけどなぁ……」


そう言いながら、俺のサイドテーブルに一通の手紙が置かれる。手紙の裏には……仁美と書かれていた。


「……さっき言ってた人からですか?」


「うん……貴方にとっては知らない人かもしれないけど……もし良かったら読んで欲しいな」


それだけ言って、その看護師さんはお医者さんに伝えるべく部屋から出て行った。


……自分のことも誰かのことでさえ分からない……でも、何故かこの手紙は読まなきゃ。

そんな予感がした。


そして、封筒に入ってあったのは……一枚の細長い紙と二人の男女が映っていたいくつかの写真であった。





——半年後に記憶を失う君へ









やっほー隆之介くん!元気?私はね……元気っていえば元気かな。


でも、この手紙を読んでいるってことはもう私は死んじゃってて……君も記憶が無くなってるんじゃない?


いやあの時はびっくりしたよ。半年後に記憶を失うなんてさ……でも不思議。私達ってお揃いだったんだね。


そういえば知ってる?私、君の恋人になったんだよ?


嬉しかったなぁ……あの時始めたしてくれたキス……昨日のように覚えてるよ。


それに、たくさんの景色見たよ!水族館だったり、海だったり、山の中だったり、遊園地だったり……私が元気だったらデートでも出来たんだろうなぁ……まぁ仕方ないよね。


ねぇ、隆之介君。私ね……貴方と一緒にいれてよかった。


確かに君と出会って死ぬのが怖くなったりしたけど、それ以上に幸せを貰ったよ。


病人になっても幸せをくれるなんて……私って恵まれてるなぁって思った。


それにね、私まだ死んでないと思うの。


だってどんな形であれこうして隆之介君が私という存在を認識してくれるんでしょ?


それなら私は貴方の心の中で生き続ける……そう思うの。


だからね……もし貴方が自分のことを責めようとするのはやめてね?


だってこんなにも自慢の彼氏が傷つくのを見守るだけしか出来ないなんて嫌だよ私。


それに、彼女は……出来るだけ作らないでくれると嬉しいなぁって思う……なんか、安っぽい女って思われるのは癪だし……。


でも、いつか……いつか隆之介くんが心の底から笑える日が来たら……その時は私のことなんて忘れて彼女さんでも作ってね。


……最後に、一つだけ。


死ぬのは、怖いよ。君に忘れるのも怖いし……もう私っていう存在が君にとってどうでもいいなんて思われるのも……怖い。


でもね、そんな怖がりの私でも言わせて欲しい言葉があるの。


たとえどんなに記憶を忘れても、たとえ自分のことを責めようとしても……たとえ、私のことを忘れようとしても……最後には絶対に幸せになってね?約束だよ??



………隆之介くん………私、本当に出会えて良かった……だから言わせて欲しいな。



…………ありがとうって。










——半年後に死ぬ私より。

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