やっぱりいらないや


『まったく、ここまで逃げるなんてね』


城外にて。

勇者は薄暗い路地裏で、ある人物を地面に押さえつけていた。

石畳に体を押さえつけられた人物は、苦しそうにうめき声をあげる。


『僕と魔王のこの密会を盗み聞くなんて、おかしな趣味をしてるね。……って、こんな世界はいらないとか言っている僕が言えたことじゃないけど。……ね?魔王の側近

君』


勇者に抑えられている人物は、先ほどの紅茶を用意した魔王の側近の男だった。

魔王はこのことには気づいていないだろう。なにせ、側近の立場に置くほどには信頼を置いているのだ。むしろこれで正体を見抜いていたというのなら、魔王は本物の策士である。


『僕が君の存在に気が付かないとでも思った?紅茶に毒まで盛っちゃって』


勇者は冷めた目で彼を見下ろす。男はしばらくの間逃げ出そうともがいていたが、勇者の前では敵うはずもなく。


やがて逃走を諦めた男は、地面に押さえつけられながら肺から息を絞り出すように声を発した。


『わ、私は悪くない……私は指示に従った、だけで』

『一応、言い訳は聞いてあげるよ』


勇者は話しやすくするため、拘束を若干緩める。それは、もし仮に逃げられても絶対に捕まえられるという確信の表れでもあった。


『仕方なかったん、ですよ。奴らは、私の家族を人質にして、脅して、きたんだっ……』

『奴ら?』


『貴族に、決まっているだろう……!』


 男は涙をこぼしながら、己の敵の名を叫んだ。



───



「それで、これで僕がお前を殺そうとしている理由は話したわけだけど……これ以上お前に時間を使いたくないから、そろそろ終わりにしようか?」


勇者は改めて、刃を男の首に強く押し付ける。


「ま、まて、殺さないでくれ!な、何が望みなんだ。俺にできることがあれば何でもお前に与えてやる!金でも、名誉でも、なんでもだ!」


男は自分が死の際に瀕しているのだと改めて認識した途端、今度はわめき始めた。

死にたくないという生存本能が、彼の気を大きくさせていたのだろう。


けれど勇者にとって、そんな言葉は響くはずもない。


だが、次に男が発した言葉に勇者は思わず自分の耳を疑うことになる。


「そ、そうだ、俺の子と結婚させてやる!どうだ、この条件でどうだ!」


男は名案だというばかりに、鷹揚と語った。



「は?」



心の底から、素で出た言葉だった。

勇者は絶句した。

この男がこの状況で自分がまだ助かることができると、本気で思っているのだろうか。

ただただ、呆れるばかりである。


「ふざけるのも大概にしてほしいよ。というか、お前自分の立場分かってるの?」


「なっ……き、貴様、今なんて……なんて、なんて言ったああああああ!」


貴族の男はかっと目を見開き、大きく吠えた。


「こ、この俺が、貴族の俺が、お前に条件を出してやっているのが理解できないのか!ええ⁉それを断るなんて、貴様、自分の身分をわきまえたらどうなんだ!」


ついに、化けの皮がはがれたか。やはり、貴族は変わらない。性根からの悪なのだ。


「平民風情で勇者になったお前があ!‼調子に乗るなよ、この─────」


勇者は、そこまで聞いてから剣を大きく薙ぎ払った。

周囲の木の幹が赤く染まり、勇者の足元には赤色の水たまりが広がっていく。


「……はあ」


魔族は基本、人に見下される存在だ。平和条約を結んだものの、それはあくまで表面上のお飾りでしかない。勇者と魔王の関係は良いものだろうが、それ以外の者にとっては関係のない話。小さいころから受けた王家による洗脳は、掟と化し、伝統という聞こえの良いものへと変化する。


「……嫌になるなあ。勇者は男であるべきって、誰が決めたんだろう」



『女のくせに、勇者なんて』。


自嘲のように、その言葉が脳内で再生される。

勇者になった当時から、ずっと言われ続けてきたことだ。


この後、勇者は魔王と共同し、この世界を一度無に帰すことになるだろう。

そして二人によって作られた新しい世界で、こう伝えられるに違いない。


〈伝統が、勇者(彼女)を殺したのだ〉


と。


こんな世界が、作れたらいいな。


だから、やっぱり。




「やっぱりいらないな、この世界」












もそう思うだろ?」

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消えゆけ世界と願うは勇者 香屋ユウリ @Kaya_yuri

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