第6話 ぐれーとてぃーちゃー。
「ぜ、全然ダメだぁ〜」
「そりゃまあ新学期始まって1ヶ月以上で経ってるし、めぼしい先生はだいたい決まってたり断ってたりするだろうな」
「でもまだ何名かの先生には頼めてませんよね。まだなんとかなるかもしれませんよ」
うちの高校はべつに特別強い運動部があるとか、有名な部活があるというわけでもない平凡な高校だ。
だから部活も先生も熱心な校風ではない。
「まあ、先生だって部活動に関わってられるほど余裕だってない人もいるだろうし」
「神井さんにお聞きたいんですけど、べつに顧問がいなくても活動はできるんですよね?」
「できるけど、顧問がいる・いないで出来ることはやっぱり変わってくるし、予算だって顧問がいて初めてより大きな額を動かせたりはするから、必然的に予算とかは少ないままなんだよねぇ」
僕個人としては、べつにこの部活の予算とかはわりとどうでもいい。
ただ何となく流れでそうなったというだけで、何かしら問題なり事情があれば辞める事もあるだろう。
相談部が他にも部員が増えて、僕が抜けても問題なく部として存続できるなら1番後腐れなく辞められるという事も視野に入れている。
「別にこの部活に予算ってそこまでいらなくないか?」
「予算があれば、合宿とか行けます」
「それこそこの部に合宿なんていらないだろ。なにするんだよ?
「せんぱいは滝行した方がいいかもですね。捻くれたその精神性が洗われるかもしれませんよ」
「滝行くらいで今更どうにかなるなら楽だな」
「では横須賀先輩、鞭打ちなんてどうでしょうか?」
「なんでそれが修行になると思ったのか論文持ってこい。話はそれからだ」
この後輩、踏み付けるだけじゃ飽き足らず鞭打ちなんてしようとしてるのか……
どうしてこうなったんだろうか。
人間、どこで変な性癖に目覚めるかわからんな。
怖い怖い。
「まあでも、部長の意向でもあるし、顧問探しはやらないとな」
「ですです」
「となると……あと頼めそうな先生となると」
「鬼塚先生とかどうだ? 鬼塚礼子先生 」
「お、鬼塚先生は……ちょっとぉ……」
急にあわあわし始めた神井。
なんでそんなリアクションなのかよくわからん。
「お、鬼塚先生って、元ヤンでレディースの総長してたって噂の先生ですよね?」
「なんだそれ」
「私たち1年生の間では
「せんぱいにはお友達がいないからそういう噂話が耳に入ってこないんだよ黒瀬ちゃん。可哀想だからあんまり聞いてあげない方がいいよ」
「1番失礼なのは神井だからな?」
だが否定できない。
なぜなら友だちがいないから。
まあでもほら「ぼっちは最高、ぼっちは最強」って言葉とかあるし、他にも「友だちは要らない。人間強度が下がるから」って迷言だってあるわけだし、べつに問題はない。はずだ。
「そういう噂が流れてたとして、実際鬼塚先生ってそんなに怖いイメージないけどな。2年の国語の授業を受け持ってるが、べつに怖くないぞ?」
笑ったり生徒と喋ってるところを見たことはないが、キリッとした切れ長な目とかスーツにポニーテールとかだし、怖いかはともかく、カッコイイ系女子的な何かを感じるのだが。
「ダメ元でも頼んでみる方がいいんじゃないか?」
「もし仮に噂が本当だったとしても、私たちの部活は運動部のような激しい活動ではないですし、鬼塚先生もそこまで干渉してこないかもしれませんよ?」
「まあ、そうですね。ダメで元々、名前だけでも十分有難いですもんね」
そうして僕らは鬼塚先生へのアプローチをするべく職員室に向かった。
鬼塚先生への偏見がないという理由で僕が
しかしそれでも流されてしまう自分の意志のなさはどうしたものか。
「失礼します。鬼塚先生はいらっしゃいますか?」
職員室の自分のデスクで作業をしている鬼塚先生と目が合った。
なんというか、職員室でもそんな感じなのかと思った。
人を寄せ付けない雰囲気とでも言うか、鬼塚先生の周りだけ魔界にでも繋がっているんじゃないかとすら思った。
……だけど僕は知っている。
たぶん鬼塚先生は絶望的なコミュ障なだけで、噂とは根本的に違う人間だろうと思う。
「……どうしました?」
「鬼塚先生にお話がありまして」
「ご要件は?」
「鬼塚先生にうちの部活の顧問をお願いしたいと思いまして」
そう言った瞬間、職員室の空気が凍った。
後ろにいた神井と黒瀬さんもそれに気付いたらしい。
「……少し、場所を変えようか」
「ではうちの部室はどうでしょう? 紅茶くらいならお出しできますよ」
「わかった」
固い表情の鬼塚先生。
釣り上がることのない口角。
不機嫌なようにすら見える鬼塚先生を見て、僕は酷く
相談部まで案内し、鬼塚先生をとりあえず椅子に座らせた。
神井が淹れた紅茶に手を付けた鬼塚先生を見て僕は話を切り出した。
「うちはお悩み相談部という部活動でして、先日新たに1人入部しまして。それで正式に部として活動する為に顧問を探していました」
「……なるほど」
「そこで是非鬼塚先生に顧問をお願いしたく思いまして」
もしも噂が本当だった場合、僕の読みは
そうなるとこの交渉はかなり難しくなるだろう。
「横須賀くんと、神井さんと黒瀬さんの3人の部活……相談部か。内容は理解したが、どうして私なのだ?」
「鬼塚先生は部活の顧問をされていないとお聞きしましたので」
鬼塚先生の
だが今僕はこの会話で確信を得た。
僕の読みはやはり正しかった。
「鬼塚先生にもメリットは色々あると思いますよ」
「……メリット?」
「ええ」
顧問なんてのは教師にとっては時間外労働以外の何ものでもないし、なんならやるだけ無駄に等しい。
自分の時間だって無くなるし、教師としての仕事もある。
より忙しくなるし、責任だって増える。
だから本来メリットなんてない。
ほとんどの先生方は、そのスポーツや文系部のOBだったりで経験があったり好きでやっている。
それ以外は周りの先生方の圧力で仕方なく顧問をしているのがほとんどだろう。
「鬼塚先生の噂は知っています」
「……だからなんだ?」
「その噂の真実については僕は知らないし、わりとどうでもいい」
「……何が言いたい?」
「『元ヤンでレディースの総長のあの鬼塚礼子』がお悩み相談部の顧問をする。それはあまりにも鬼塚先生の噂とはイメージがそぐわない」
僕は本当に鬼塚先生のその噂はどうでもいい。
こちらとしては、顧問になるという確約がほしい。
それが神井の望み。
名前さえ借りれればうちは部として正式に活動ができる。
だから実際鬼塚先生がレディースの総長だとしてと、たとえ人殺しだとしても関係ない。
……もちろんそれは極論ではあるが。
「鬼塚先生が本当にそうだったとして、その上で自分の仕事が増えたりで面倒事が増えるから顧問をしたくないというのならこちらとしては
本音でもあり、建前でもある。
「ですが、生徒の顔と名前を全員覚えているような先生がそんな面倒くさがりには僕には見えないんですよね」
「っ!!」
実際に先生が生徒全員の名前を覚えているのかは知らない。
だが鬼塚先生は僕の名前すら知っていた。
僕のクラスの担任でもない。ただ国語の授業を受け持っているだけだ。
さらに言うならば、神井と黒瀬さんの名前も知っていた。
この事が意味することは。
「本当は、先生は生徒と仲良くなりたいんじゃないですか?」
「…………」
鬼塚先生の過去なんて知らない。
どう過ごしてきたのかも知らない。
もしも、周りからの目が、噂が、そうであれと無意識に期待して、そういうレッテルを本人に貼り付けて事実にしようとしていくそんな人生だったなら、僕ならどうしたのだろうとふと考える。
「僕らが鬼塚先生に提示できるメリットは、鬼塚先生自身のイメージを変えるきっかけを与えられる。運動部でもなく、かと言って文系というには少し特殊なこの『お悩み相談部』という名の部活動なら、鬼塚先生が手にするのは『悩める生徒に寄り添う優しい先生』です。もちろん、それは先生自身の努力あって初めてそうなるかもしれないという話、ではありますが」
こちらが切れる1番のカードは既に切った。
あとはしょうもないカードしかない。
だからその手札でどうにか畳み掛けるしかない。
「それに、運動部とは違って頻繁に顔を出す必要もないですし、忙しい時は仕事をして、仕事が嫌になったら相談部に来て紅茶でも飲んでいればいい。先生の気分ひとつでどうにでも」
「……やる」
鬼塚先生は下を向いて静かに呟いた。
「わ、私も生徒たちと、仲良くなりだいっ」
あかん。
なんか鬼塚先生泣いとる……
え、なんで?!
も、もしかしてこれって僕が泣かせたみたいな流れになるやつ?!
どうしよう……
「ずっと、周りから誤解されて、学生の時なんかヤンキーに呼び出されてすっごく怖くて……なんか知らんヤバそうな人に睨み付けられてさ、ひっく……でも目を逸らしたら殺されるって思って目を逸らさなかったらなんか急に向こうが「負けた」とか言い出してもう意味わかんなかったし勝手に「レディースの総長はお前だ!」とか言われるし……ひっく……私は自転車にだって乗れないのにさぁ……しくしく」
「礼子せんせ、泣かないで。ハンカチどうぞ」
「ありがどぉ……」
「礼子先生、辛かったですよね。……踏みたい……」
「黒瀬さぁん! しくしく」
鬼塚先生ボロ泣きじゃん……
てか黒瀬、お前遂に見境なく人を踏みたがるようになったのか……
鬼塚先生までメスブタにされる未来を想像して僕は恐怖した。
「レディースの総長とか言われてさぁ……しくしく……「あいつは男も喰いまくってる」とか言われてさぁ……わだじまだ処女なのにさぁ……」
おっとここで鬼塚先生の処女カミングアウトですか。
なんかもうここまでくると、どうしていいかわかんないな。
「礼子の礼はお礼参りの礼だから気を付けろとか言われたりするし……しくしく……本当はお母さんが鬼塚って苗字だから気を使って考えて礼儀正しい子になるようにって「礼子」って名前にしてくれたのにさぁ……あんまりだよぉ……」
その後も鬼塚先生は泣き続け、黒瀬さんの胸に顔を埋めて神井に頭を撫でられてようやく落ち着いた。
……いやなんかほんと、大変だなぁ。
僕と彼女はどこまでもかみ合わない 小鳥遊なごむ @rx6
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