第7話 真の断罪劇
翌日、王城の一室に事件の関係者全員が集められた。
最初に登城したレナルドは、昨日の失態を咎められるのかと委縮する。
しかし段々と人が集まるにつれ、その顔触れに各々気づくと戦々恐々となっていった。お互い犯罪に手を染めた、いわば仲間ばかり呼び出されていたからである。
全員が集まったところで、国王の入室を知らせる声が響いた。一同は恭しく最敬礼を執る。
国王が席に着いた気配に顔を上げたレナルドは、その隣にアナスタシアがいることに気付いて視線を送った。
「アナスタシア様、昨日は申し訳ありませんでした」
「別にいいのですよ」
レナルドの謝罪をアナスタシアはサラリと受け流す。
(だって私が睡眠薬を盛ったのですからね)
二人のやり取りを見届け、国王は声を上げた。
「全員集まっておるな。ここに呼んだのは他でもない、皆を投獄する為である」
『投獄』という言葉に、場は騒然となる。
寝耳に水と驚く者、集められた面子に察していた者、これから先を想像して恐怖に慄く者、それぞれであった。
そんな中、一人だけ国王に堂々と意見を述べる者がいた。主犯であるボクワナ伯爵である。
「陛下、どういう事でしょうか?」
「わしが、おぬしらの悪行の数々を知らぬと思っておるのか」
「何の事でしょう。わたくしめには見当もつきません」
悪びれることもなく白を切る伯爵に、集まっていた人々は徐々に活路を見出す。
「ほう、知らぬと言うか。人身売買、麻薬の製造販売、横領と色々あるがのう」
「そんな証拠が何処にございましょうか」
「これを見ても、まだ心当たりがないと言うか?」
国王が目で合図を送ると、やや後ろに控えていた宰相が証拠の写しを伯爵に差し出した。それを見た伯爵は、僅かに口角を上げる。
「これはフィルバートが犯した罪。わたくし共ではございません。現にアナスタシア様によってフィルバートの罪は暴かれ、貴族牢に投獄されているではありませんか。あぁ、確か襲撃に遭い、お亡くなりになったとか。既に刑が処されたという事でしょうね」
死人に口なし。したり顔で伯爵は調子良く舌を動かす。
「ほう、俺が死んだと思っているんだな」
アナスタシアの背後から現れた人物に、伯爵はギョッと目を見張る。
フィルバートは襲撃の際に捕らえた賊の一人を寝返らせて、自分の死亡を報告をさせていた。
襲撃が成功したと思っていた伯爵は、生きているフィルバートを目にして凍り付いたように固まる。一拍置いて、辛うじて喉から絞り出すように音が出た。
「な、何故……」
「何故、俺が生きていると言いたいのか? もちろん、俺が賊を返り討ちにしたからだ。それよりも、どうして俺が死んだと思っている? そう思うのは襲撃を命令した犯人しかいないのだが」
フィルバートの言葉に、やっと自分が嵌められたと気づいた伯爵は茫然自失する。
隣に立つレナルドは、まだ事の次第が信じられないようでアナスタシアに助けを求めた。
「アナスタシア様。僕は、僕は父とは関係ありません」
父親を裏切る発言に、アナスタシアは答えない。
「アナスタシア様、僕は貴女様の婚約者です。まさか、未来の夫を見捨てたりしませんよね?」
縋る様にアナスタシアへと一歩踏み出すレナルドの前に、フィルバートが立ちはだかった。
「どけ、フィルバート」
「退くわけがないだろう。アナは俺の婚約者で、彼女の未来の夫は俺だ」
フィルバートの発言を妄言と思い、レナルドは思わず高笑いを上げる。
「あははっ、何を言っているんだ? お前は、皆の前で婚約破棄されたじゃないか!」
「あぁ、あれは芝居だ」
「え?」
フィルバートはサラリと告げる。虚を突かれたレナルドは唖然としながら、フィルバートの背後に隠れるアナスタシアへと視線を動かした。
「アナスタシア様、芝居だなんて嘘でしょう? 僕を愛してくださっていますよね?」
「わたくし、貴方を愛しているなんて一言も言っていませんよ」
アナスタシアはフィルバートの影から出て答える。
そう実際、アナスタシアはレナルドに対して愛の言葉を一言も口にしなかった。ただ、フィオナ直伝の“そう思わせる態度”を取っただけ。
あの断罪劇でも“レナルド”と婚約するとは言わず、“彼”と言った。それは、嘘でもフィルバート以外と婚約すると口にしたくないアナスタシアの細やかな抵抗である。
「わたくし、貴方達が犯したという罪を聞いた時、とても悲しくなりました。そして、とても憤ったわ。そんな酷い事をするなんて、許せないと思ったの。こんなにも、胸の中に嫌な感情が渦巻いたのは初めてよ。貴方達は、人の道から外れる過ちを犯した。大人しく罪を認めて、罰を受けなさい」
日頃、怒りを露にしないアナスタシアの静かな激高に、フィルバートも国王も宰相も思わず息を飲む。
「そんな、僕を騙したのですか!」
「騙したのは、そちらでしょう? ありもしない罪をフィルバートが犯したと、わたくしに訴えた。分かっているの? 貴方は王女である、わたくしを欺こうとしたのよ。それだけで重罪だわ」
「違うのです、アナスタシア様! 僕は、僕は」
尚も縋り付こうとするレナルドに、アナスタシアは侮蔑の眼差しを向ける。その視線に反発するようにレナルドは声を荒げた。
「嘘つき、アナスタシア様の嘘つき! 僕を騙して楽しかったですか? 僕の気持ちを踏みにじって、貴女は最低な人だ!」
「最低なのは、お前だろう! なんて低劣なやつだ。自分の事は棚に上げて、人を責めるのか? 愚かだな」
アナスタシアの盾になるように、フィルバートは一歩前に出る。そしてアナスタシアと同じ目でレナルドを見降ろした。それが癪に障ったのか、レナルドの罵倒は酷くなるばかりだった。さすがにアナスタシアも表情が曇っていく。それを目敏く捉えると、フィルバートはアナスタシアの手を取った。
「アナ、もう行こう。君は、こんなやつの言うことを聞く必要も、見る必要もない」
二人の背後で、全員捕らえるよう指示を出す国王の声が響く。
こうして、本当の断罪劇の幕は下りた。
******
アナスタシアの部屋で二人きりになると、彼女はフィルバートの肩に凭れた。その目は憂いを帯びている。
「彼の言う通り、私は嘘つきだわ」
「レナルドの言う事なんて、気にしなくて良いんだよ」
「でも騙したのは事実よ」
「アナ、正しい事をするために時には嘘をついたり、誰かを騙す必要があるんだよ」
世の中、綺麗事だけでは正義は貫けないとフィルバートは言う。そういうものだと分かってはいるが、アナスタシアの心は晴れないままだった。
「でも……」
「悪いのは罪を犯したボグワナ伯爵達だ。それでも自分が悪いと思うなら、アナにあんな事をさせた僕が悪い。だから、アナは気にしてはいけないよ」
「それを言うなら、悪いのはお父様だわ」
「うん?」
「そうだわ。お父様に、ご褒美をもらわなくちゃ」
アナスタシアの矛先は急に方向転換した。フィルバートは彼女らしい発想に、自然と笑い声が零れる。
「ふふふっ。陛下は西の鉱山をアナに贈るつもりみたいだよ」
「えっ! あれは王家の大事な財源でしょう? そんなのいらないわ」
キッパリと言い切るアナスタシア。
離れた部屋で事後処理を行っていた宰相は、急に肩が軽くなった気がした。
「あ、そういえばフィルがくれるって約束した『とびきり甘いご褒美』って何?」
フィルバートは、いつも以上のラブラブいちゃいちゃを予定していた。しかし、他にも何かないか悩んでいたので、アナスタシアの質問に質問で返す。
「アナは何が良い? 僕に何をして欲しい?」
「そうねぇ……フィルと早く結婚したい! あ、これはお父様にお願いしようかな?」
アナスタシアは早くフィルバートと結婚したかったが、子煩悩の国王は離れがたいからと彼女の嫁入りをのらりくらりと引き伸ばしていた。
「それは僕のご褒美になってしまうね」
「あら、フィルも大変だったんでしょう? ロイから聞いたよ。伯爵家での証拠探しは、とても難儀したって。だからフィルも、ご褒美を貰ったらいいのよ。あ、結婚は私のご褒美としてお願いするから、フィルは他の何かを強請るといいわ!」
閃いたと顔を輝かせるアナスタシアにフィルバートは苦笑する。
(さて、陛下にどんな要求をしようか。アナと僕にとって有益になる内容にしないとね)
心の中で悪巧みをするような笑みを浮かべたフィルバートは最善案を熟慮するのだった。
「ふふふっ。結婚式、楽しみね」
「そうだね、楽しみだ」
結婚式を想像して、満面の笑みのアナスタシア。つられるようにフィルバートの表情も緩んでいく。彼が楽しみなのは“結婚式”以上にアナスタシアとの結婚生活なのは言うまでもない。
「フィル、愛しているわ」
「僕もアナだけを愛しているよ」
誰も見ていないのをいいことに、フィルバートはアナスタシアの頬に手を添える。暫く見つめ合った後、ゆっくりと二人の唇は重なった。
後は、アナスタシアに甘い国王がどうするのかという問題だけである。
残されたのは“アナスタシアの願いを叶えたい国王”と“アナスタシアを手放したくない国王”どちらが勝つかという戦いであった。
溺愛される末っ子王女の断罪劇 しろまり @shiromari74
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